見出し画像

私が『平家物語』をウクライナ語に訳した理由(わけ)

 私の本棚には戦争・合戦関連の書籍が何冊も並んでいます。元々の専門分野が戦争(合戦)を題材とした軍記物語であるので、それらに関連する書籍が何冊もあるのです。世界で何かがおこるたびに、自分の本棚を見て思うことがあります。それは「戦争の世界史」「戦争の日本史」という、このようなジャンルのシリーズはけして更新されないでほしいということです。

 戦争は正当性と正当性のぶつかりあいです。どのような大きな戦争も、最初は人と人の争いから起こります。人が2人以上いれば、何らかの争いが起こる可能性はあります。どのように関係が近かろうが、この世に同じ人間がいない以上、相手と自分との間には相違点があるものです。それを認めることができず、どちらも正しいということを主張し、落としどころを見つけられないために争いは起こるのです。皮肉にも、最初から噛み合わないような相手よりも、可愛さ余って憎さ100倍のように、案外関係がうまくいっていた、関係が深い間柄の方がこのようなことに陥りやすいと感じます。

 「争う」ということが、世の中で推奨されない行為であることについて、みなどこかではわかっているものの、私も含めてこのことを完璧に克服できた人間はいないと感じます。個人と個人の争いも問題ですが、1番問題であるのは、国と国・地域と地域などの共同体同士の争いです。範囲が大きければ大きいほど、多くの人・動植物・無機物などが犠牲になります。そして、どちらかが矛をおさめないかぎり、1回、戦争の方向に動き出した歯車というものは、なかなかその歩みを止めることができないものです。あくまで個人的な見解ですが、戦争において、開戦後の撤退と負け戦のしんがりをつとめるほど勇気が必要で大変なものはないと思っています。

 私はめぐりあわせで第二次世界大戦後の日本に生まれ、今も日本からウクライナとロシアの戦況を見ている毎日であり、できることは祈ることと募金をすることです。それができることも感謝とも言えるのですが、やはり「何とかならないだろうか」という気持ちは常にあるものです。

 私の中に昔からある考えの1つにこのようなものがあります。物事には始まりと終わりがあり、この世ではあらゆるものがうつりかわることから、どのような過酷な状況であっても、永遠には続かないはずであるというものです。まさに「諸行無常」です。特に近年は、ネガティブと思えることが起こった時は、まるで大きな絵画を見るように、一歩ひいて物事を見つめることを心がけています。かつて某法科大学院のキャッチフレーズにあった「冷たい頭と温かい心」さながらにです。この視点をもつと、あらゆることはたとえ理不尽に思えることでも、何か意味があって起きているととらえることができるからです。そうすると冷静に現実に向き合うことができ、適切な愛をもって物事を見つめ、変に翻弄されずにいられます。

 そのような中、2月28日の夜のことでした。

 理由は不明ですが、いきなり「ウクライナ語訳で『平家物語』を発信しなくては!」という思いがわきあがったのです。おそらくどこかで、「何とかしたい」・「何とかならないだろうか」という思いが蓄積され、まるでコップから水があふれでるように、その思いもあふれ出たのでしょう。

 どうして『平家物語』かと言えば、もう、この理由しかありません。良いことも悪いことも永遠には続かないという、大きな真理-「諸行無常」が作品を貫く大きなテーマである作品では『平家物語』の右に出るものはないからです。

 そうは言っても、ウクライナ語は、あまりかかわったことがない言語でした。かつて研究機関において、科学研究費補助金による研究協力をおこなっていた際に書誌データを作成しただけですので、正直なじみがある言語とは言えません。一体どうしたものかと思ったものの、何はともあれ動かねばと、オープンデータとして公開されている、国文学研究資料館蔵の『平家物語』を元に、翻字と校訂本文のデータを作り、それを現代語に訳しました。さらに、ウクライナ語訳にするにあたっては、機械翻訳とにらめっこをしながら、原文からなるべく離れすぎずに、かつ外国語に翻訳ができるようにと、現代語訳を調整することを繰り返しました。その結果、数日かかって、「祇園精舎」・「壇ノ浦の戦い(安徳天皇の入水)」・「徳子の往生(女院の往生)」をそれぞれ抜粋した3つのデータができあがったのでした。ただ、その内容にはいくつもの課題があります。

 通常、こういった作業の場合は、機械翻訳に加えてセルフチェックを行えるのですが、母語がウクライナ語ではなく、第二外国語等で一度もウクライナ語をきちんと勉強したことがない人間の語学力であるため、いつも以上に機械翻訳に頼る面が強くなりました。そのことから、機械翻訳の結果を日本語へ訳し戻しした段階で、日本語としては不自然である箇所も多々見られました。機械翻訳の精度は格段にあがっているとはいえ、やはり、人間によるチェック機能がまだまだ必要であることを痛感した瞬間でした。

 次にどこから発信をするかということでしたが、先にアメブロから発信し、次にサイトから発信するということにしました。アメブロを通じて、ツイッターにもアップしました。このサイトは、もともとは学生時代に作成したデータを保管するために作成しました。最初はガラケー用のサイトで、今は2回の引っ越しを得て、Wordpressにより作られたサイトに落ち着きました。その後は研究機関でおこなっていた研究の際に、自主実験の場として運営し、今に至ります。具体的には、「わかりやすい・翻訳しやすい現代語訳」をめざし、主に、「今まで全範囲における訳が存在しない古典文学作品の現代語訳を作る」という13年前からの取り組みがあり、その成果の公開先でもあるのです。

 正直なところ、他の作品ならば、もう少し寝かせてから発信をしたことでしょう。しかし、今回は発信することに意義があると考えたので、とりあえず形になった段階でこの世に送り出したのでした。

 もちろんウクライナの方がこれをご覧になることは、大変難しいことも承知の上です。それでも、人間の集合的無意識(思いや念)は計り知れないものであると痛感する私は、「今、発信しないでいつ発信するのだ」という思いの方が強かったのでした。

 『平家物語』を貫く1つの大きなテーマは「諸行無常」であり、そのことが最もよくあらわれているのは冒頭の「祇園精舎」です。諸本があまたある作品で、物語の終わり方も大きく2つのパターンがあるにもかかわらず、この「祇園精舎」には異同がないと言われています。学術的な面を横に置いても、よく考えると重いものです。下記に本文を数か所あげてみます。

 「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」

 本文のみで考えれば、本来は色があったであろう沙羅双樹の花は、釈迦が亡くなった時に、その悲しみのあまりに色を白くかえました。それは、勢いが盛んなものであっても必ず衰えるというこの世の道理をあらわしています。

 「おごれる者久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」

 栄華を誇り、勝手なふるまいをする者も永遠の存在ではありません。ただ、春の夜の夢のように儚いものなのです。

 「猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」

 権力や腕力をふりかざす者も最後には滅びます。ただ、風の前にある塵と同じようにです。

「祇園精舎」のこれらの部分では、力をもっていても、その力の使い方がよいとは言えない者にとって、良い状態でいたものが悪い状態に変化するという流れが書かれているとも言えます。

 しかし、あらゆる万物はうつりかわるととらえれば、またその逆の意味から考えることもできるのです。栄華を誇って勝手なふるまいをされ、その犠牲になっていた者や、権力や腕力をふりかざされてひどい目にあっていた者の復権です。そして同時に、相手に対してそういった行動に出てしまった者にとっての目覚めと悟りです。

 こうしてこの記事を書いている最中にも、多くの罪なき人々・動植物の命が失われ、命は助かっても心が傷つけられ、共同体もその姿をかえていっています。このことが、最終的に世界が良くなるための過程であると考えたとしても、あまりにも過酷な現実です。

 ただ、1つ光があるとするならば、そもそも同じ状態が続かないということは、いわゆる悪い状態も永遠ではないということなのです。そのことがいつになるのかをいうことを断定はできないものの、いつかは双方にとって何らかの気づきがもたらされる時は訪れます。

 1秒前の自分と今この瞬間の自分が同じ自分ではないように、あらゆる万物はその姿を永遠にとどめることはできません。この世の全てはうつりかわっていくこと、この世自体が諸行無常であるのだからと信じて。

※画像:「赤間神宮」

https://www.photo-ac.com/main/search?q=%E8%B5%A4%E9%96%93%E7%A5%9E%E5%AE%AE&srt=dlrank&qt=&pp=70&p=1&pt=A

※拙サイト 「Gentiana&Butterfly」https://militaryaristocrats.wordpress.com/

#平家物語 #ウクライナ #ウクライナ語訳

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?