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「ただ、君に会いたい」#12【創作大賞2024・恋愛小説部門】

前話↓【#11】
https://note.com/royal_serval8408/n/n13a4c611b803 

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 やっぱり傘は返さないと。あれは瀬名くんが買ったものなんだから。
 礼儀はきちんと尽くすべきと、昨日、私は瀬名くんと駅で待ち合わせたのだけれど、そこで意外な場面に遭遇した。
 一つは、構内で私が落とした小銭を拾ってくれたのが南雲だったということ。
 もう一つは、その南雲が瀬名くんの名前を呼んだこと。
 同一線上にない点同士、なはずの二人を前にして、私は四月の出来事を思い出していた。
 紗月のお店でご飯を食べたときだ。瀬名くんの話をしているところに南雲が加わり、なぜか話に食いついてきたことがあった。南雲と瀬名くんが旧知の仲なんて知らなかったから、私と紗月は驚いてその関係性をたずね、だけど南雲はすぐに話を逸らした。
 不自然に避けたといえば、昨日の瀬名くんもそうだった。
 ──二人は知り合いなの?
 南雲が改札の向こう側に消えてから、純粋に気になって私は聞いた。
 しかし、その答えはうやむやにされてしまった。
「夏々花せんぱーい」
 後ろからした大きな声で、きゅっと肩がすくんだ。
「だから、どうするんですか?」
  意識のピントを今の現実に合わせると、鏡には寺田くんの姿の眇めた目。私は寺田くんの前に座っていて、ぼけーっとした顔をしている。
「……カラーリング! 今回はどうしますかって、さっきから何回も聞いてるのに」
 寺田くんが口を尖らせる。営業終了後にカラーリングをお願いしたのは私からだった。
「そうだった、そうだったね。ごめん。今回も前と同じでお願いします」
「グレーブラックですよね。了解です」
  グーサインを作る寺田くんに、私はぎこちなく笑顔を返す。
 ……駄目だ。一度はしぼんだ疑問でも、もう一度触れてしまえば膨らむばかりでしかなくなる。

 二人はどんな関係なんだろう。
 前の場面で紗月も不思議そうにしていたから、何を知れるわけでもないけれど、カラーリングを終えた私の足は、自然と彼女の店へ赴かれた。
「あ、夏々花!」
 熱した油とソースの匂い。暖簾をくぐって店内に足を踏み入れると、厨房にいた紗月が私の来店にすぐ気づいてくれた。カウンター席に座っていたサラリーマンも振り返って私に反応する──南雲だった。
 やましいことなんて何もない。でも昨日の今日。私は反射的に身構えてしまった。
 しかし、一方の南雲はというと違ったから困惑した。
「これおすすめ」
「……何それ」
「酸辣湯麺。今日初めて食ったけど、意外といける」
 こんなの、いつもの南雲じゃない。カウンター席に座った私に切れ目なく話しかけ、私が頼んだラーメンが届いてからもその口が止まらない。
「中華料理屋なのに、何でカレーとかオムライスとかあるんだろう。うまいのかな」
「……」
「食ったことある?」
「……南雲、今日どうしたの?」
「どうしたって?」
「変だよ」
 不快そうに南雲は眉をひそめた。
「声のことか? エアコンかけっぱなしで喉やられたかも──」
「瀬名くんと友達なの?」
 ストレートに切り込んだ。じゃないと、南雲のペースに飲まれて、うやむやになりそうだった。 
 イエスかノーの簡単な質問。だけど南雲は黙り込む。
「知り合いなの?」
「知り合いではないな」
「名前呼んでたのに?」
 追及すると観念したのか、
「……小学校の同級生だったんだよ」
 握っていた箸をラーメン鉢に渡らせ、話し始めた。
「小四のクラスに転校生が来るって噂になって、紹介されたのが瀬名だった」
 机上に置かれたメニュー表をぼんやり見ながら南雲が言う。ゆったりな語りの行間で、私はいつかの瀬名くんの言葉を思い出す。
 ──小学生のとき、親友ができたんだ。
「仲良かったんだよ。お互い野球好きだったし」 
 だんだんと繋がってくる。今、南雲が振り返る過去を、以前、私は瀬名くんから聞いた。出会いからその顛末まで。
 二人は親友になって、しかし瀬名くんの転校によって物理的に離れてしまったこと。
 そしてある誤解が解けないまま、二人の間には溝ができてしまったこと──
「まぁ、昔の話だけどな」
 南雲は一言で過去の話を締めくくり、音を立てて麺をすすりだす。
 ここから先は触れてくれるな、ぴしゃりとシャッターを下ろされたように思えた。
「連絡取ってないの?」
「連絡先知らない」
「教えようか?」
 一瞬の間。
「いいわ。姿見れただけで十分」
「いや、そんなの──」
「あいつ相変わらずイケメンだな」
  さすがだわ。瀬名くんを語って南雲は笑ったけれど、私からすれば全然面白くなかった。
 瀬名くんが冷たい態度を取ったんだと、おそらく南雲は今でも勘違いしている。
 その原因となった瀬名くんの相貌失認。
  絡むそれらを知っているのは奇しくも私で、その事実が私を俯かせる。
「会いたくないの?」
「あ?」
「仲良かったんでしょ? 親友だったんでしょ? ひさしぶりに会って、懐かしい話したいなって思ったり──」
「お前こそどうしたよ」
「え……」
「お節介焼くとか、お前のキャラじゃないだろ」
 言葉を失くす。
  南雲の言葉に動揺した私は思考を落として割ってしまい、結局、何を南雲に言いたかったのかわからなくなってしまった。

 送ったメッセージに既読がつき、放置されずに返信が来たこと。待ち合わせ場所へは先に瀬名くんが着いていて、私を待ってくれていたこと。
 今までどんな約束も反故にされたことはないけれど、私は安心した。
 駅から居酒屋に向かうまでは『焼き鳥の串は外す、外さない』という、ちょっとした二択がトピックになった。
「ここって」
「やっぱりそうだよな」
 がやがやとした店内に入ってからは、案内された座席が前に彼と来店したときと同じだったことに盛り上がった。
「焼き鳥の話してたら、何か焼き鳥食いたくなってきた」
「口がもう焼き鳥だよね」
 だよな、と瀬名くんは注文用のタッチパネルを手に取る。画面を操作しだし、それから、
「……びっくりしたわ」
 何気ない口調で話し始めた。
「この前。駅で南雲と」
 私は反射的に瀬名くんの顔を見た。
「佐藤と南雲って友達なの?」
「あぁ……うん」
「へぇ、何か意外」
 意外、は私の台詞だと言えた。会ってからというもの、瀬名くんとの会話は他愛ないもので、今日もし南雲の話になるとしたら、それは私が切り出してのことだろうと思っていた。先日の南雲は瀬名くんの名が話題に上るのを回避したがったから、逆もしかりと予想していたのだ。
「クラスメイトだったの?」
 たずねられる。
「うん、高二と高三のときの」
「今でもよく会うの?」
「まぁまぁ、かな?」
「そうなんだ」
 それきり瀬名くんは静かになる。タップに連動した機械音だけが鳴る中、
「その……南雲から聞いたよ。瀬名くんと南雲が同級生だって」
 私が伝えると、彼の指が止まった。
「……そう」
 そのままタブレットを離した。
「何か本当、世間って狭い」
 どういう反応をするんだろう。見守っていると、瀬名くんは吐き切るように長くため息をついて、
「悪いこととか絶対できないよな。するつもりもないけど」
 と、笑みを作った。
 無意識の癖なんだろうと思う。気持ちを隠したいとき、わざと明るく振る舞おうとする。 相貌失認を私に打ち明けたときも、瀬名くんはこんなふうだった。
「でも、あいつ元気そうでよかったわ」
 今も、何てことないという顔をする。
「それは南雲に言わないとだよ」
 悪いことをした子どもみたいに、瀬名くんはおずおずと顔を上げた。その黒目が怯えたように泳いで、こちらが責めているような気持ちになってくる。だけど、私は続けた。
「前に教えてくれた小学校のときの親友って、もしかして南雲?」
 続けて聞いたとたん、瞳は逸らされた。
「……他に何が食べたい?」
 タブレットを自分のほうへ傾けて、話まで逸らされた。
「わかんないけど、南雲は瀬名くんのこと、もう気にしてないんじゃないかな。怒ってたら、自分から声かけるなんてしないよ」
 ふっ、と瀬名くんは自嘲するように笑った。
「今さらあいつと話しても遅いでしょ」
「遅くない」
「もう手遅れだって」
「手遅れじゃないよ。……みんながみんな、思ったことをすぐに言えるわけじゃない」
「もういいんだ」
「もういいって思われてるほうが、南雲は怒るんじゃないの?」
 途切れなく往来する言葉。だけど瀬名くんは次のターンで何も発さず、
──うるさい。
 声の代わりに目線で言われた。いらだちを見せる彼を、出会ってから私は初めて見た。
 どれだけ見つめ合っていただろう。何かの合図がかかったかのように、私たちは同時に顔を背けた。
「……ごめん。俺のために言ってくれてんだよね」
 ごめん、と繰り返す。
 「人付き合いが下手なのは、相貌失認のせいって思ってたんだけど」
  瀬名くんは俯き、まいったなと言いたげに首を一度ひねった。そして、ぽつりとこぼす。
「つけが回ってきたのかな」
「つけ?」
「顔覚えられないのがストレスだからって、人との関わりを極力避けてた……その、つけ」
 下を向いていたからよく見えなかったけれど、瀬名くんの表情は寂しそうに見えた。
 その姿は高一の夏の日、ホームでの彼に重なり、私は不安に駆られる。
「開き直って、嫌なことから逃げ続けてきたんだ。周りから人がいなくなっても、全部、顔がわからないせいだって都合よく解釈してきた。だからいざとなったとき、どう向き合えばいいのかわからない。ずっと逃げてきたから。こんな歳になるのに、あいつに謝るのさえ……」
「逃げじゃないよ。違う」
 言い聞かせるみたいに強く言った。
「逃げじゃない。今がタイミングなだけだよ」
 お節介。南雲の言葉がフラッシュバックする。どくどくと脈を打ちながら存在感を増していく。
 お節介、なんだろうか。だけど──
「瀬名くんなら大丈夫だよ」
 私は所詮、その程度のことしか言えない。 本当に私がお節介なら、実践的で、もっと踏み込んだアドバイスを瀬名くんにしてあげられるだろう。でも私にはできない。だから私はお節介じゃない。お節介になりきれない。
 頼りないとわかっている。でも手を添えたいと思ってしまう。
 後悔に後悔を重ねてほしくない。 

【#13】↓


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