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ニャンコ先生

 俺様は猫である。名前はもう無い。
 あったけど忘れた。

 記憶にあるいっとう最初の場面は、母ちゃんの少し骨ばった腹に包まれて、にゃあにゃあと鳴いている夜。
 北斗七星というのか、南十字星というのかは知らないが、今にも降ってきそうな夜空の星がたまらなく怖かった。
 綺麗だなんて、これっぽっちも思わなかった。
 暖かくて、暑いくらいの夜だった。

 次の記憶は雪の日。
 道路の端っこに追いやられる、血まみれの母ちゃんと兄ちゃんと弟。
 みんな、ぴくりとも動かなくなって、恥ずかしながら俺様は、怖くて震えた。
 悲しいとか悔しいとか、そういうのはピンと来ない。ただ、生きるにしても死ぬにしてもこれからは独りぼっちなんだなって、その時に俺様は学んだんだ。


 「おい。魚でも食わんか?」
 いつもの軒下でうつらうつらと惰眠だみんをむさぼっていると、夢かうつつかのんびりとした声が耳元で響いた。
 この声は先生だ。
 ぼんやりと夢見心地に思いながら、俺様は寝返りをうった。
 先生はどっしりと何事にも動じない泰然自若とした孤高の老猫で、いったい何年ぐらい生きておられるのかは知らないが、とんでもない長生きではなかろうかと俺様は睨んでいる。
 その含蓄ある言葉や、洞察と慈愛に満ちた話の数々にはただただ敬服するばかりで、俺様は敬意を込めて『先生』と呼んでいる。
 先生はなんだって知っていて、おそらくは万物のことわりの全てをわきまえているに違いない。
 いつだったか若い野良衆が「偉そうにしやがって」と先生に悪態をついた事があったが、何をか言わんやだ。
 『偉そう』なのではない。偉いのだ、先生は。
 生憎あいにくその時は俺様の体調が万全ではなかったため若い野良衆も命拾いをしたが、次に会った時にはただでは済まさない。蝶のように舞い蜂のように刺し、もう何が何だかわからないぐらいにしてやるつもりだ。
 先生と初めて会ったのはいつだったか?
 もう覚えてはいないが、そんな事はどうでも良い。せんない事だ。
 なんたって先生は、俺様の猫生の大きな道標みちしるべなのだ。
 道標にいつ出逢おうと、遅すぎるという事もなければ早すぎるという事もないだろう。

 「何をニヤニヤしとるんだ、気色の悪い」先生は呆れたような顔をしながらも「ああ、この暑さでは食欲はないか」と気遣うように仰る。
 慌てて俺様は起き上がり、首を振る。「いえ先生。今、回想をしているところでした」
 「回想……? お前はたまに訳の分からんことを言う」魚を俺様の鼻先に置くと、先生は大きく欠伸あくびをしてから頭を掻いた。
 「では、ありがたく頂戴します」言うや目の前の魚に俺様はむしゃぶりつく。腹が減っていたし、何より先生が持ってきて下さった魚だ。俺様は昨今よく耳にするグルメな猫ちゃんではないので、この魚が鯛だか鰯だか鶏だかはよく分からないが、美味しく頂けばそれで良い。
 「美味いかえ?」
 「そりゃあもう。先生は、お食事は?」
 「わしゃあ、もう腹も減らんようになってなぁ」
 実際、先生が食事をする姿を見たことはなかった。たしか人間も、長生きをしている連中は『カスミ』というやつを食っているらしいから、先生もその『カスミ』を召し上がっておられるんだろうと思う。これは俺様の推察だが、先生のご様子を見る限り、その『カスミ』はたいそう旨くって、滋養強壮に富んだ食い物なんだろう。おそらくは程良く脂の乗った白身じゃあなかろうか。
 「ときにお前、知っておるか?」
 「はあ、学が無いもんで。お恥ずかしい」
 「まだ何も言っとらんよ」
 「そうでした」
 先生は耳の裏を掻くと再び大きく欠伸を一度した。「この家が近々、取り壊されるそうな」
 「……そ、そりゃまた急な……」
 これを絶句というのかはよく分からないが、腹の上の方をきゅうっと掴まれたような苦しさに襲われる。
 「もう長いこと、主のおらんようになった家じゃからなあ。仕方あるまい」
 「し、しかし先生。まだ手入れをすりゃあ立派に住めそうな家じゃあないですか」
 「もう、そんな時代じゃあない。ここは更地になった後、大きな高層マンションが建てられるそうな」
 「高層、マンション……?」
 「現代の人類が築かんとするバベルの塔だな」
 先生の言うことは時々高尚すぎて俺様にはさっぱりだが、バーベルというのは俺様も知っている。確か、人間が体を鍛えるのに使う重り付きの鉄の棒だ。さぞかし屈強な連中がこぞって集まる不気味な塔が建てられるに違いない。
 「なんでまた、そんなもんが……」
 「ここの主は遠い昔に子供を亡くし、連れ合いにも先立たれておる。後の処理を任された縁の薄い親族からすれば、何の思い入れもないこの家よりも、マンションを建てた方が懐も温もろうて」
 「あんなもんで、懐が……」バーベルで鍛えりゃあ、確かに体が温もりはするだろうけれど。
 「先週あたりも甥だという男がにこにこと、業者を引き連れて隅々を見て回っておったよ」
 先生は首を振ると、前足で顔を洗いだした。
 俺様はふたたび腹の上辺りがきゅっとなるのを感じた。


 その夜、珍しく夢を見た。
 夢の中とはいえ、会うのは久しぶりだ。何年ぶりだろう。案外と覚えているもんだな。
 「……ちゃん、……ちゃん」
 柔らかくって、優しい声だった。
 良い匂いだった。
 こんもりとカツブシが載っためしには、所々に煮干しが添えられていて、たまらず俺様は皿めがけて飛び上がった。
 そこで目が覚めた。
 「ありゃ、野良猫だよ」
 「追っ払え、追っ払え。あの施主、そういうのうるせえから」
 作業着を着た男らが、しっしっ、と汚い物でも追い払うように手をひらひらとさせる。うぅ、と唸り声を上げると「ひっ」と作業着の男の一人が声を上げた。
 「なにを猫相手にびくついてんだ、おらっ!」でっぷりと肥えた男がバケツを手に中の水を俺様めがけてかけてくるので、たまらず俺様はその場を離れた。
 逃げている訳じゃない。態勢を立て直し策を練るのだ。
 今日のところは逃げるが勝ちだ。いや、決して逃げている訳じゃない。


 その夜、また夢を見た。
 ぽかぽかとした縁側の暖かい膝の上。柔らかい掌が背中を撫でる。
 縁側から眺める小さな庭には大きな梅の木が一本。その天を仰ぐように威風堂々とした姿に、かねてより俺様は敬服している。
 俺様のような小物がその根元で寝転ぼうが、悠々と伸びる枝の上を飛び跳ねようが、梅の木はただ黙したままでいる。俺様もかくありたいものだ。
 「……ちゃん、良いお日柄ねえ」頭の上から、優しい声が降ってくる。
 俺様は「にゃあ」と答えるが、どうやら俺様の声は相当に不細工らしく、人間には「があ」と聞こえるらしいから、いつも小さく声を出すようにしている。
 「があ」
 「昔は子供らがそこで、野球の真似事をよくやっててねえ。ちょうど、こういう晴れた日で。懐かしいわぁ」
 降ってくる声が少しだけ震えて、「もう、見れないんかねえ」と呟いていた。声だけじゃなく、膝も震えているように思えて体を起こしてみる。顔を覗き込もうとしたら、膝の揺れがひどくなって振り落とされそうになる。
 ブロロロロ、とひと際大きな音と振動に俺様は目を覚ます。
 夜の寝床にしていた軽トラックがエンジンをふかし、荷台が小刻みに揺れていた。
 慌てて荷台から地面に降り立つと、大きく体を伸ばした。


 「そうか。いよいよ、取り壊しにかかるんであろうなあ」
 真っ昼間の強い日差しを気にも留めず、のんびりとした口調で先生は大きく欠伸をした。
 「どうにか出来ないもんでしょうか」
 先生は口をもごもごとさせながら、難しい顔で目を瞑る。何かを熟考しておられる時の仕草だ。こういう時は、先生が次に口を開くまで辛抱強く待つのが吉だ。
 「……お前の気持ちは分からんでもないが、こればかりはおそらく難しいだろうて」
 すっかり陽が落ちて辺りがぼんやりと薄暗くなる頃、先生が口を開いた。
 先生がそう言うのなら、多分そうなのだろう。俺様は「……そうですか」と思わず深い溜息を漏らして、もう明かりの灯ることのない家を眺めた。
 最後にこの家の中に入ったのはいつだったろう。
 毎日、玄関の横の階段を駆け上がって爪を研いだ柱はそのままだろうか。
 雨戸で閉ざされた縁側にもう一度寝転びたかった。
 「その……物騒な塔を建てるぐらいなら、あの庭を残してやれねえもんでしょうか」先生に反論するようで気が引けたが、恐る恐る俺様は尋ねてみた。
 「猫だろうが人間だろうが関係なく、子供らが駆け回れるような広い庭にして……それこそ、野球の真似事みたいなことも出来るような」
 「ふむぅ」先生はまた目を瞑るが、今度は間を置かずに「手が無い事もない」と仰る。
 「本当ですか? そりゃあいったい……」
 先生が体を起こしたので、慌てて俺様も後に続く。
 「良い良い。お前はここで待っておれ。朝までには戻るでな」
 先生は言い残すと、いつも通りのっそりとした足取りでどこかへ向かっていった。
 先生のお考えは俺様なんぞには計り知る事もできないので、ここはおとなしく待つより他はない。ごろんと寝転ぶと、薄っすら顔を出したお月さんが綺麗だった。

 黒一色の空が少しずつ青みがかってくる夜明け前、先生はのっそりと戻ってこられた。
 見れば口元に何かを咥えておられる。
 「待たせたのう」と、先生が地面に放ったそれをよくよく眺めてみるが、なんに使うものかは全く分からなかった。
 円くて平べったい形は何かの蓋のようでもあり、人間がよく使う手鏡のようにも見える。中心に十字のような装飾が施されてはいるが、周りを石のように白く固まった泥がこびりつき、ところどころ錆びたように古びている。その白っ茶けた見た目は、いつだったか駄菓子屋の前で子供らが食べていた『きな粉棒』のように見えた。
 「先生……こいつは何ですか?」尋ねると、「古い時代の物だ」と先生は欠伸をしながら仰った。
 「人間というのはな、過去と未来に執拗に固執する。固執するあまりに現在の事がおざなりになるぐらいにな」
 「ははぁ、なるほど。そいつはまた結構な事で……」
 先生の仰る事はさっぱりだったが、どうやらその蓋だか手鏡だかをこの庭深くに埋める事で、上手くすればバーベルの塔が建つのを回避出来るかもしれないのだと言う。古墳がなんだとか遺跡がどうだとかで工事が出来なくなると先生は仰るけれど、俺様には高尚すぎてちんぷんかんぷんだ。
 とにもかくにも俺様は必死で穴を掘った。
 何しろ、深ければ深いほど良いのだと先生が仰るのだから仕方ない。
 「お前は、お前の生まれる前の事をどれくらい知っている?」
 一緒に穴を掘りながら先生がお尋ねになる。
 少し考えてみるが、なに、考えたところで立派な答えなど何も持っていない。
 「そりゃあまあ、父ちゃんと母ちゃんがどっかでねんごろになったんでしょうが……」
 「もっともっと、そのまたもっと昔だ」
 「さあ……考えた事もねえですが」
 「知りたいとは思わんか?」
 「はあ……」知ったところで俺様の毎日が変わるわけでもない。今は、この穴をあとどれぐらい掘れば良いかの方が知りたい。「あんまりピンとは来ねえですね」
 「ところが人間というのはな、過去を紐解こうとする。遠い昔の己の先達が何をしたのか。その連綿と続く営みに何事かを見出そうとする」
 いよいよ先生の仰ることが難解になってきたので、俺様は黙々と穴を掘り進めた。
 「ここらで良いだろう」
 角の爺さまが飼う鶏が「クックドゥドゥルドゥー」と鳴き声を上げ、空が白み始める頃に先生が仰った。
 掘った穴は俺様が立ったまますっぽりと収まるぐらいには深かった。
 先生はその穴に、さっきの円いきな粉棒のような蓋を前足で放り入れると、「ふう」と息を吐いた。
 「これが未来を動かすやもしれんのう」
 「はあ」未来とか過去とか、先生の話はスケールが大きい。
 「遥か遠い未来では『猫型ロボット』なるものも造られるという」
 「猫型ロボット……何です、そいつは?」
 「猫の造形を模したロボットだそうな。しかしながら、多くの人がそれを猫とは認識しないという」
 「そりゃまた奇っ怪な」
 まるでその目で見てきたように仰る先生に朝の陽の光が優しく差して、その姿は神々しくすら見える。思わず俺様は見惚れてしまった。
 「先生には分からねえ事なんざ、ないんでしょうね」
 「……ワシにも分からんことが一つある」
 「まさか、先生に」先生らしくもない冗談に俺様は笑ってしまったが、先生はニコリともせず眉根を寄せ、考え込むような顔をしている。
 「アルファがベータをカッパらったらイプシロンした。なぜだろう」
 「は?」
 「……分からんか? ワシにも分からんのだ。だが、遠い未来ではこれが『ケッサク』なのだという。考えても考えても、分からん」
 「何かの呪文じゃあないんですか?」
 「これはのう、まずギリシャ文字であるところのαアルファβベータεイプシロンκカッパがだな、仮に独立変数として意味をなすものならば――」
 先生の話は続いた。ほとんど意味も分からないまま「仰るとおりで」と機械的に頭を下げる自分の姿に『猫型ロボットというのは、もしやこうやって機械的に頭を下げるロボットのことじゃあなかろうか』と思い至り、「なるほどぉ」と俺様は深く頭を下げた。
 明け方のひんやりとした空気は、あっという間にうだるような暑さへと変わり、熱気を帯びた空気が体にまとわりついてくるようだった。
 雲一つない快晴の空を見上げながら、俺様はこの企みが上手くいってくれることを願った。

 結果的に、その後すぐやって来た作業員の男達によって、先生と俺様の企みはあえなく失敗した。

 俺様はたしか、作業員が振り回す鋭い鎌で、眉間をえぐられて……。
 後はもう、よく分からない。


 「……正ちゃん……正ちゃん」
 ああ、婆ちゃんじゃあねえか。
 そうか、そうだった。そんな名前だったなあ、俺様は。
 婆ちゃん、悪いなあ。
 この家、俺様はやっぱり守れなかった。
 知ってるだろう? 俺様が実は臆病だって。
 婆ちゃんの足の後ろに隠れて、婆ちゃんがいなくなれば先生の後ろに隠れて。
 俺様はつくづく情けない猫だ。
 それでもこうやってもう一遍、あんたの膝の上に寝っ転がれるんなら、臆病でいるのも悪くないなあ。
 「正ちゃん。勇敢でなくって良いからねえ、臆病だって、良いんだからねえ」
 優しい婆ちゃんの声と一緒に、頭の上にぽたぽたと雨が降ってくる。
 ああ。こういうのも、悪くないな。


 ――なあ、あんたはこの世のもんじゃあないだろう――
 先生の声がする。
 ――気付いてたんですか――
 人間の、若い男の声がする。
 ――そのぐらい分かるよ、伊達に歳だけはとっとらん――
 ――そうでしたか……――
 ――どうにか、こいつを助けてやれんか――
 ――僕にそんな力は……――
 先生の頼みを断るとは太ぇ野郎だ。
 腹が立ったが、生憎、今の俺は夢見心地でしっぽ一つ動かすことも出来ない。若造め、命拾いしたな。
 ――じゃあ、こいつとわしを入れ替えてくれんか。そのぐらい、あんたなら造作もなかろう?――
 ――入れ替えるって……そんな事したら、あなたが死んでしまいますよ?――
 ――構わんよ。わしゃ、充分に生きた――
 ――そんな……――
 ――若い者がむざむざと死んでいくような、そんな世の未来になんの希望があろうか。あんたなら分かるだろう?――
 ――…………――
 ――さあ、頼む――

 夢から覚めた俺様の目の前には、横たわった先生がおられた。
 先生はもう、口を開くことも目を開けることもなく、ただ穏やかに眠るように横たわっておられた。
 何が起こったのかはよく分からないけど、俺様が助かって、先生がもう目を開けてはくれない事だけは理解出来た。
 「……先生」
 不思議と悲しみはない。
 ただただ、これまでのその深い恩情への感謝が俺様のこうべを垂れさせた。

 「目が覚めたかい?」
 若い男が俺様を見下ろしている。
 「……あんた、どっかで見たような」
 「多分、君とは写真でなら会っているかもしれない」
 写真、と聞いて頭の隅の方がもぞもぞと騒いだが、どうにも思い出せなかった。
 ひゅうっと吹く風にぶるっと体を震わし、辺りを見回すと、呆気なくあの家は崩れ落ちていた。
 「あっという間だったよ」
 地面に倒れるようにして、ただの材木に戻ってしまった柱や瓦礫の山を呆然と眺めていると、中の柱の一本に爪を研いだような跡が見える。隣に転がる柱には、小さな彫り跡とともに「正太郎 五歳」と刻まれていた。その上にもいくつかの彫り跡が刻まれていて、最後の彫り跡は「正太郎 十五歳」だった。
 「兄さん。あんた、婆ちゃんの知り合いか?」
 「……そう。昔からのね」
 「そうか……」
 「ありがとう。君がそばにいる間、お婆さんはきっと寂しくなかったよ」
 「……」
 俺様はしばらくぼんやりと崩れた家を眺めた後、庭に残った梅の木の根元まで先生を引っ張った。

 「そこに、埋葬するのかい?」
 「……この木はな、そりゃあ堂々としてて悠々としてて、まるで先生が木にでもなったみたいなんだ」
 俺様は一生懸命に地面を掘った。
 口に塩っ辛いものが流れ込んできて鬱陶しかったけど、それでも深く深く、目の前の地面を掘った。

 「もしかしたら君には辛いことかもしれないけれど、君はこの先、かなり長生きをすると思う」
 穴の底深くに先生を寝かすと、兄さんが言った。
 横たわる先生に俺様は深く頭を下げながら、兄さんの言葉にいつかの先生とのやりとりを思い出していた。

 『――長く生きるというのは良い事ばかりではない。むしろ辛い。だが、その長命がもたらす叡智が誰かを、いや多くの人を救う事もある』
 『先生はどのくらい生きておられるんですか』
 『そうさなあ、ざっと二百年ぐらいになろうか……』
 『またまた、ご冗談を――』

 眠る先生の横に庭先からとったツユクサとネコジャラシと、最後に、先生が持ってこられた白っ茶けた円い蓋のようなものも添えてから土をかけた。
 「兄さん。ここ、すぐに掘り返されっちまうかな?」
 なんだかんだ言っても、所詮は猫のやることだ。人間にかかりゃあ、すぐにひっくり返される。
 「きっと大丈夫だよ。僕がおまじないをしておくから」
 「おまじないって……あんたも人間の大人にしちゃあ、子供じみたこと言うねえ」
 兄さんは笑い、俺様も思わず笑ってしまう。
 人間みたいに神様なんて信じちゃあないが、もしもいるんなら、来年もそのまた来年もその先の未来まで、この梅の木が堂々と悠々と、枝を伸ばして花を咲かしてくれますように。柄にもなく俺様はそう祈った。


 俺様は猫である。
 ただの猫じゃあない。
 その昔は『正ちゃん』って立派な名前をもらっていたし、つい最近までは、高名な徳の高い先生に万物を学んでいたぐらいだ。

 天気の良い日は気分が良い。
 道行く人間の子供が「わあ、にゃんにゃんだ」と俺様を見て喜ぶから、気分が良いので俺様も「があ」と返事を返す。
 言葉が通じるんならいっそ、「ありがとうよ」とか「気ぃつけて帰れよ」とか言ってやりたいもんだ。

 ああ、天気が良い日は気分が良い。


 ……あれ。

 あの兄さん、なんで俺様と喋れたんだっけ?







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