【レビュー】『今日は寝るのが一番よかった』吉田靖直著 ―能ある怠け者は苦しむ―
能ある怠け者は苦しむ
この本を読んだ率直な感想だ。
才能がなかったら、ここまでの苦しみ方はしなかったはずだ。とっくの昔に現実と折り合いをつけ、どこにでもいる「普通のグータラ青年」として生きていたのだろう。
著者の吉田氏は違う。どうしようもなくだらしない人間だが、才能を隠しきれていない。文才や発想が尋常ではないのである。
自分の持つ才能で到達可能な最大限の成功と、どうにもうまくいかない現実とのギャップに苦しんでいる気がしてならない。それはこの本だけでなく、吉田氏の本職である音楽からもひしひしと感じる。
そう、吉田氏はロックバンド「トリプルファイヤー」のボーカルである。早稲田大学の音楽サークル出身ということもあり、かつては「高田馬場のジョイ・ディヴィジョン」と呼ばれていたらしい。
吉田氏のこともトリプルファイヤーのことも、つい最近まで知らなかった。サブカル解説系YouTubeチャンネル「おませちゃんブラザーズ」で紹介されていたので興味が湧き、そのままYouTubeでライブ映像を観たらハマってしまった。その流れで本書も買った次第である。
他人との距離の取り方に異様に悩み、(世の中の大多数の人からすれば)どうでもいいことを延々と考え、自意識が暴発した挙句ひねり出した謎の言動で、周囲を困惑させる。
こんな人が近くにいたら、面倒くさいと感じる人が大半だと思う。「悩んでいるヒマがあったら行動しろ」という(ホ〇エモンとかの)起業家タイプからは、最も遠い存在だろう。
けれど、いや、だからこそものすごく親近感を覚えてしまう。私自身も間違いなく「吉田側」の人間だからだ。本書で披露される数々のやらかしエピソード、そしてそのときの心情。想像するとあるあるを超えて共感性羞恥に襲われる。
しかし、単に自身のダメダメエピソードを羅列するだけの本ではない。ときおり、読み手をはっとさせるような考察や指摘を交えてくる。
たとえば、買ったばかりの高級ジーンズの写真をSNSにアップし「ディーゼル穿きてえ」とつぶやく男に抱く違和感。「食べたい」とか「ヤリたい」みたいな生物的な本能よりも、社会的な欲望をあけっぴろげにする方が実は気持ち悪いというこの感覚は、たぶん正しい。なぜならそれは、人間特有の醜さだから。
こじらせた中二病
とはいえ、やはり吉田氏の真骨頂は、中二病のこじらせ感がひしひしと伝わってくるエピソードだろう。たとえば「褒めても何も出ないですよ!」とさらっと切り返せる若い女性に、羨望と若干の不信感を抱くくだり。
そんな常套句を使いこなせるようになると、何かを失うのではないか、「普通」になってしまうのではないか…。30代になっても、こんなふうによくわからない抵抗感を表明できるのは素直に尊敬する。
私も含め、「特別な人間」とか「選ばれし者」みたいな中二病全開の言葉に弱い人間は、世の中に一定数いる。ただ、普通は歳を重ねるごとに、自分が取るに足らない人間であることを自覚するようになり、中二病は自然に治癒していく。
厄介なのは、そこそこに才能を持っている人間である。自分より優れた才能の持ち主や、圧倒的に努力できる人間をこれまで嫌というほど見てきたにもかかわらず、「自分もできるんじゃないか」とどこかで期待してしまう。だから簡単にあきらめきれない。その結果、人生を棒に振る危険性も高まる。
吉田氏もたぶん、そういうタイプなのだろう。冒頭に書いたように、明らかに才能を持っている。そうでなければ本を3冊も出したり、タモリ倶楽部に何度も出演したり、大喜利企画で笑いをとったりできないだろう。もちろん、本職で手掛けている歌詞もすごい(『漁師の手』など、自分の人生を見透かされているような気にさせられ、苦しくなる)。
「怠け者」は才能?
実は、どうしようもなく怠け者という性格も、吉田氏の才能なのではないか。「能ある怠け者」でなければ、こんな摩訶不思議な創造性は発揮できない。吉田氏自身、若干そのことを自覚している節もある。それは次の文章から垣間見える。
だから、これは他人事して書くのだが、吉田氏にはこれからも、ぐうたらなまま、そしてそのことに苦しみながら、しかしできる範囲で頑張って音楽をやったり、文章を書いたりしてほしい。
ちなみに私も、吉田氏と同年代。もう30を過ぎたというのに、中二病は治る気配がない。どうでもいいことを考えすぎる癖も、努力したいのに大してできないところも同じだ。ということは私にも、「そこそこ」の才能があるということか??
おっと、そんなことを考えたらますますドツボにハマってしまう。この辺でやめておこう。
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