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いつでも変わることができる

四位洋文騎手がアサクサキングスで勝った2007年の菊花賞は好騎乗であった。もちろん、ウオッカで制したダービーも素晴らしいレースであったが、巧く乗ったという点に関しては、こちらのレースの方を高く評価したい。

60秒6-63秒7-60秒5 
60秒7-63秒6-60秒8

菊花賞(3000m)のラップタイムを、前半中盤後半の1000mずつに分けたものである。上は平成15年に安藤勝己騎手がザッツザプレンティで勝った菊花賞、下は四位騎手がアサクサキングスで勝った菊花賞である。驚くほどに、ラップ構成が酷似していることが分かる。

京都3000mは、前半と後半の1000mが60秒台のフラットで中盤が極端に緩む展開になると、後ろから行く馬にとっては差し込みづらいレースとなる。スローに落として逃げるよりも、ある程度のペースで前半部分を引っ張った方が、瞬発力勝負にならない。また、中盤の緩んでいる部分で逃げ・先行馬がスタミナを回復するため、容易には止まらないということである。

そんな展開の中、ザッツザプレンティに乗った安藤勝己騎手が早めに動いて押し切ったように、四位騎手もアサクサキングスに残り800mの時点でゴーサインを出した。この時点で勝負あったと言ってもよいだろう。この展開とラップを読み切っていたとしても、G1レースで、あの時点から動き出すのは勇気と決断力が要ることだ。ダービーを勝った四位騎手の自信がもたらした名騎乗であった。

デビュー当初より、四位騎手の馬乗りとしての評価は高かった。四位騎手は馬上でのバランス感覚が特に優れていて、どの馬に乗っても、馬と四位騎手の重心がピタリと落ち着く。俗に言う「鞍はまり」が良いということである。「鞍はまり」が良いからこそ、馬は背中に負担を感じることなく走ることが出来る。人馬一体となって走る姿は見た目にも美しく、四位騎手が乗っている馬はすぐ判別出来たほどである。

ただひとつだけ、インタビューでの受け答えがどうしても好きになれなかった。勝利ジョッキーインタビューで、嬉しさを表さなかったり、つれない返答をしたりと、見るに堪えないことが多かったように記憶している。悪気はないのだろうが、競馬を知らない人が見る可能性もあるテレビ等でのインタビューにもかかわらず、あのような受け答えをすることに憤りに近いものを感じたこともある。競馬の騎手は当たり前の受け答えすら出来ない奴らだと思われるのは、いち競馬ファンとして悔しい。

しかし、ある雑誌の対談で、四位騎手と松岡正海騎手との間にこんなやり取りがあり、私は感激した。(以下、敬称略)。

四位
「それにしても、昨日の皐月賞は惜しかったねえ。」
松岡
「悔しかったです。」
四位
「レース後、ヘルメットを叩きつけていたもんね。」
松岡
「はい、つい興奮してしまって…。」
四位
「自分でもわかっていると思うけど、命を守る道具を叩きつけたらダメだよ。まあ、まだ若いし、直線では一旦、ヴィクトリーを交わしていたわけだから、熱くなる気持ちも分かるけどね。」

関東の若手のホープに対し、命を守る道具の大切さを優しく諭した四位騎手に、私は大きな成熟を感じた。ウオッカで勝利したダービーにしても、アサクサキングスの菊花賞にしても、その立ち振る舞いは堂々とした見事なものであった。喜びを噛み締め、馬を労い、関係者に敬意を表し、競馬ファンに感謝する。ダービーを勝つと、人間はこうも変わるものなのだろうか。いや、変わったからこそ、ダービージョッキーになれたのかもしれない。人間はいつでも変わることができるのだ。

Photo by M.H

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