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種牡馬としての未来に飛び立った

コントレイルがジャパンカップで有終の美を飾った今、この馬に思い入れのある私としては実に晴れやかな気持ちではあるが、ずっと一点だけ曇りがある。それはホープフルSのレース後、ノースヒルズのGMである福田さんとの会話にある。

「おめでとうございます!」と声を掛けると、「福永騎手が上手く乗ってくれました。それにしても、ひとつ勝つのは難しいですね」と福田さんはニッコリと微笑んでくれた。それに対して私は「去年のサートゥルナーリアはレース後もゆったりと歩けていたので、コントレイルにとっての課題はそのあたりですかね。今後は距離も延びますから」と率直に言ってしまったのだ。後から思い返すと、素人にそんなこと言われたくない(言われなくても分かっとるわ)という話だが、福田さんは優しく「そうですね」と返してくれた。

これまであちこちに書いているように、私はノースヒルズ清畠に見学に行った際、当歳のコントレイルを見せてもらっている。数頭の当歳馬を披露してもらった中で、際立って目立つ存在の馬がいた。とにかく動きが軽く、首を使って柔らかく歩けていて、大人びた雰囲気をまとっていた。大げさかもしれないが、手脚が地面から少し浮いているような感じを受けた。見惚れていたが、慌ててカメラを動画モードに切り替え、ほんの一瞬だけ、その歩様を記録に収めることができた。それがコントレイルとの出会いであった。

それから歳月が流れ、東京スポーツ杯を勝ったディープインパクト産駒の勝ちっぷりの良さに驚き、その姿と血統構成を見たとき、突然、当時の記憶がフラッシュバックした。あのときの当歳馬はもしかするとコントレイルかもしれない、と2年前に撮影した写真や記録をひっくり返して探してみたところ、その額にある受話器のような流星の形が見事に一致した。それ以来、私は久しぶりに思い入れを持って、1頭の馬を追いかけて応援することに決めたのである。

そういう経緯があっての上記の会話だけに、福田さんも他意はないことは分かってくれただろうが、もしかするとせっかくの勝利に水を差してしまうような言葉だったかもしれない、余計なことを言ってしまったと素直に反省した。たしかにサートゥルナーリアはホープフルSを勝ったあとも、何ごともなかったように悠然と歩いて口取りから表彰式までを迎えていたのに対し、コントレイルは興奮が冷めやらず、スイッチが入ったまま、ゆったりと歩くことができずにいた。2歳馬が厳しいレースを戦ったのだから、チャカついて当然なのだが、思わずサートゥルナーリアと比べてしまったのだ。その心の底には、コントレイルは血統的にも馬体的にもマイルから2000mが適性の馬だが、余計なところでエネルギーを消耗しなければ、日本ダービーを勝てる能力を秘めているという想いがあった。

年明け初戦の皐月賞のパドックを見て、コントレイルがゆったりと歩けていて、私は胸をなでおろした。さすがチームノースヒルズはコントレイルを落ち着かせることに成功し、コントレイルも精神的に成長したのである。今となっては、そのサートゥルナーリアが日本ダービーで入れ込んで出遅れ、勝利を逃し、コントレイルは見事な立ち回りで日本ダービーを楽勝したのだから、サラブレッドは難しい。その後、コントレイルは菊花賞まで制して3冠馬になり、私の想像を遥かに超える歴史的な名馬となった。

先月、ノーザンファーム繫殖牝馬セールに行ったとき、「治郎丸さん!」と福田さんから声をかけてもらった。福田さんが来ているとは知らなかったし、向こうも私が来ていると思ってもいなかっただろう。しかもマスクをして顔の半分が隠れているのに、遠くから私を見分けて、声をかけてくださったのだ。私も「福田さん!」と手を振った。互いに忙しくて話はできなかったが、あのときの会話のことなど気にもしていないのだろうなと思わせてくれたようで、私は嬉しくて仕方なかった。私は許されたのかもしれないと。そして、残り2戦、コントレイルを全力で応援しようと心に決めた。

天皇賞・秋こそエフフォーリアに敗れてしまったが、絶好の良馬場で行われたジャパンカップは2着以下の馬たちとの格の違いを見せつけるように、切れ味鋭い末脚を披露して勝利を収めた。どこまで走ってもコントレイルに追いつける馬はいないと思わせる走りであったし、東京競馬場の最後の長い直線を滑走路にして、そのまま離陸してしまうようにも見えた。出会ったときはあんなに幼かったコントレイルが、種牡馬としての未来に勢いよく飛び立ったのである。

最後に宣伝ではないが、「ROUNDERS」vol.5の裏表紙と背表紙は、コントレイルの東京スポーツ杯の写真である。表紙はダーレーアラビアンらから広がるサラブレッドの血統の広がりを表現しているのに対し、なぜコントレイルの写真を裏表紙で使ったのか。この先10年、20年と読み継がれていく血統の本の裏表紙に、コントレイルの姿がある意味を私たちが知るのはかなり先になるだろう。私の心が晴れ渡り、名種牡馬となったコントレイルを当歳時から知っていると自慢できる日が来ることを願ってやまない。

コントレイル


「ROUNDERS」は、「競馬は文化であり、スポーツである」をモットーに、世代を超えて読み継がれていくような、普遍的な内容やストーリーを扱った、読み物を中心とした新しい競馬雑誌です。