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母らしさを手放すまで

仕事帰り、駅から駐輪場に向かう。
前後に子供を乗せられる私の愛車。
色は好きなワインレッドにした。
長男が保育園に入るときに買って6年以上乗っている。

こいつを見る瞬間が、仕事と家庭の切り替えにすらなっているかもしれない。
これに乗って保育園まで10分。次男を乗せてそこから学童まで10分。
最後に長男のランドセルを乗せて、長男と次男を歩かせて家まで10分。

あと何年、これが続くのだろう。

次男も小学生になれば、お迎え先は小学校だけで済む。
荷物も多少は減る。と考えたらあと1年半か…。

6年乗った自転車は、タイヤはもう何回変えたか分からない。
今のタイヤもガタが来ている。
何度か倒してしまっていろんな傷もついている。

自転車を子供に乗せることがなくなったら、新しい自転車がほしい。
先日、長男の自転車を買いに行った時に一目惚れした、めちゃくちゃ鮮やかなオレンジ色の、細いタイヤでどこまでも漕げそうな軽さのロードバイク。
もしくはたまに朝すれ違う人が乗っている、タイヤがやけに太い(ファットタイヤ?とかいうらしい)自転車。

子供を乗せるためじゃなく、私のためだけの自転車。
でも少し上の学年のママさんたちは、まだ同じような子供乗せ自転車に乗っている。
やはりまだ必要なのだろうか。
そして自分のためだけの自転車を買っても、私はそれでどこに行こうというのだろうか。

母親であることが嫌なのではない。
母親だからって、好きでもない自転車に乗って、汚れても大丈夫な服を着て、引っ張られるからとピアスも着けず、ヒールのない靴を履き、リュックを背負い、趣味を諦め、飲み会を断り、時短でしか働けないことが嫌なのだ。
母親らしくいなければいけないことが嫌なのだ。
少しずつ手放してきた。今は好きな服を着るしピアスもつけるし、ヒールも履くし、ライブにも飲み会にも行く。
母らしくなく生きている。でも子供のことは好きだし、今の生き方を子供は別に嫌がっていない(多分)。

でもまだ囚われている。時短で働き、自転車でダッシュで送迎するワーママの姿に。
いつまで続くのだろう。

毎日暑い中、小学校の夏休みが始まり、あまりにも過酷な日々。
汗とともに涙も出そうな日々。

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