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休業支援金の給付が伸びないワケ

休業支援金は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けた事業場が、売上の減少により労働者を休業させた場合で休業手当を支払わなかった場合に、労働者が自ら直接国に申請することにより休業期間中に休業開始前賃金日額の8割相当を国が直接給付する制度です。この休業支援金の制度は今年の7月から実施されています。

しかしながら現状この休業支援金の給付は当初の政府の思惑とは裏腹に、伸びていないようです。政府は休業支援金の予算として5442億円を準備していますが、10月下旬現在で給付率は約5%にとどまっています。
参考(東京新聞 https://www.tokyo-np.co.jp/article/63607

何故でしょうか?

一つはこの制度そのものの大きな欠陥として、対象が中小企業で働く労働者に限定されており、大企業で働く労働者が除外されていることにあります。
大企業というと、皆さんは東証1部に上場しているようなそれこそ巨大企業をイメージするかもしれませんが、労働関係の法令でいう大企業はそうではありません。大企業か中小企業かの基準は次のとおりです。表の中の、資本金の額または出資の総額と常時雇用する労働者の数の両方の基準を満たす場合には中小企業となります。

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表の中の「常時雇用する労働者の数」というのはその会社全体の労働者数で事業場単位の労働者数ではありません。例えば、多店舗展開をしている法人のラーメン屋さんで資本金が5000万円を超えている場合、店舗ごとの労働者数が10人程度だったとしても、会社全体の労働者数が50人を超えていれば大企業に該当することになります。また、資本金や出資金といった概念がない社会福祉法人や医療法人といった法人の場合、判断基準は常時雇用する労働者数のみとなります。例えば株式会社ではない法人の介護施設の場合、介護事業はサービス業に属するので、常時雇用する労働者の数が100人を超えていれば大企業に属することになります。

どうでしょうか。中小企業から大企業へのハードルは意外と高くないように思いませんか。特に、株式会社ではない法人や個人の企業の場合、常時雇用する労働者の数だけで判断しますので、社会福祉法人や医療法人等でちょっとした規模の事業であればすぐに大企業に該当しそうです。したがって、ここでいう大企業に属する事業場で働く労働者は少なくはないのですが、そういった労働者は休業支援金の給付の対象にはなっていません。

休業支援金の給付が伸びないもう一つの理由は、この制度の手続き上の問題です。
労働者が休業支援金の支給を申請する場合、事業主によるその労働者の休業日の証明(支給要件確認書の作成)が必要となります。労働者が事業主から直接休業日の証明を得られない場合には、その労働者は休業日の証明がないままに休業支援金の支給申請をすることは可能ですが、そういった申請を受け付けた厚生労働省(実際は各都道府県労働局)は事業主に直接休業の証明を求めることになります。しかしながら、この休業日の証明に事業主が応じようとしないケースが多くあります。それは、前回の私のブログでも述べていますが、新型コロナウイルスの感染拡大以降、パートやアルバイトのシフトそのものを組んでいないために、そういった労働者の休業日を特定できないから、そもそも休業を指示していないという考えの使用者が多くいるのです。こういった休業日を特定できない状態で労働者の休業支援金の支給申請に必要な休業の証明をしようとすると、事業主が不正を行ったとして後から労働局による調査等を受けるのではないかということを恐れているのです。
また、そもそも使用者が労働者に休業を指示した場合には、労基法上の休業手当の支払いが必要になりますが、休業支援金は労働者が使用者から休業手当の支払いを受けられない場合に、直接国に休業手当の支給を申請する制度ですから、労働者に休業日の証明をする使用者からすると、自ら労基法違反を認めていることになります。そうすると、当然使用者は、後から労基署の監督官が訪れるのではないかと、不安になります。なお、支給要件確認書で休業の証明をしたとしても、この内容を以て労基法第26条違反の有無の判断材料とはしないこととなってはいますが。

以上のような二つの大きな理由から、休業支援金の支給が伸びていないのです。

私も、労働者から休業支援金に係る相談を何件か受けました。

一つは大企業に属する会社に勤める労働者からの相談です。その労働者は新型コロナウイルスの感染拡大以降に出勤日数が激減したので、休業支援金を申請することを考え、ハローワークで相談したところ、ハローワークの担当者から、労働者の勤務する会社は大企業だからダメだと断られた、というものでした。その労働者の勤務日は毎週何曜日と何曜日に出勤するという形で決まっていたものではなく、その労働者の従事する業務が発生した日に出勤するという労働契約だったようです。ただし実体としては新型コロナウイルスの感染拡大が始まる前までは、毎月20日近く働いていたようです。その労働者は新型コロナウイルスの感染拡大が始まった以降仕事がなくなって収入が途絶えて生活が厳しいといったことを私に訴えました。
確かに出勤日が実際の業務が発生する都度決まるような場合、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった以降に業務が激減しその結果業務が発生しなくなったということであれば、労働日がないことになります。かつ、この労働者は大企業に属する会社で働いていたので、そもそも休業支援金の支給申請ができません。
そこで私はその労働者に、確かに法律上休業支援金の支給申請はできないけれども、会社に対しては、私法上の問題として、労働契約に基づく休業期間中の賃金の支払い又は損害賠償を請求できる余地があることを説明して、会社と話し合いを持ってみてはどうかと勧めました。
私のアドバイスを受けた後、その労働者は会社と話し合いを持ったようです。そして、労働者との話し合いに応じた会社の人事担当者から私に直接電話があり、その人事担当者が私に私法上の観点からその労働者やその労働者と同様の条件で勤務する他の労働者の休業に係る法的な見解を求めたので、会社に過失があれば、労働者からの請求が認められる可能性があるところ、その会社はいわゆる正社員に対しては雇用調整助成金を申請して休業手当を支払っているとのことだったので、そうであれば不可抗力(予見不可能=会社の過失無し)の主張はまず通らないだろうとの私見を述べさせていただきました。併せて、新型コロナウイルスの感染拡大が始まるまでの労働者の1か月の平均労働日数分の賃金か休業手当相当の支払いを求められる場合があることを説明しました。
その後しばらくしてその労働者から私に電話があり、会社との話し合いの結果、会社がその方を始めシフトが決まっていなかったいわゆるパートの労働者に対して労基法上の休業手当相当を支払うことで一応合意したといった報告を受けました。

もう一つの相談は、中小企業に属する労働者からの相談で、その労働者は自ら休業支援金の支給申請を行ったのですが、その時申請に必要な労働者の事業主の休業日に係る証明が得られなかったので、休業日に係る証明がないまま厚生労働省に支給申請を行い、その後労働局の担当者が会社に休業日の証明をするように求めるもその会社の人事担当者が証明を拒んでいるので先に進まないというものでした。
私は労働者からの相談を受けて、その労働者が勤務する会社の人事担当者に電話して、休業支援金の支給に係る休業日の証明をしない理由を尋ねました。そうしたところ、その会社の人事担当者は私に、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて店舗を休業しているが、新型コロナウイルスの感染の影響が長期化し、そのためにいつ業務を再開できるかわからず、結果としてパート労働者の労働日に係るシフトを組めないでいる。したがってシフト上で労働日を特定できない。仮に労働日を特定できない状態で会社が労働者の休業日の証明をしようとしてもそれはできないし、後から遡って労働日を特定してその労働日を休業したこととしようとすると不正ではないか。そうするとその労働者の不正受給はもちろん、会社も労働者の不正受給に加担したとして何らかのペナルティーを食らうのではないかということを危惧しているといった旨を述べました。
そこで私は、会社の人事担当者に対して次のとおりアドバイスをしました。
すなわち、その労働者の休業が始まる直近数か月分の出勤簿や賃金台帳から直近数ヶ月を平均した1か月あたりの労働日数や労働日ごとの平均労働時間を計算して、これを元に1か月の労働日数と1日の労働時間を証明(支給要件確認書の作成)してはどうか。労働日の証明にはその基となった直近数ヶ月のタイムカードや賃金台帳の写しを資料として提出すること。そうすれば、あとはこれを受けた労働局がそういった事情を踏まえた上でその労働者に休業支援金を支給するか不支給とするか決定するのであり、結果として労働局が支給を決定したのであればそれは労働局がすべての事情を踏まえて決定したことだから、不正受給ではない。
その後労働局の休業支援金の担当職員も会社の人事担当者にその労働者の休業日の証明を再度求めたようです。後日私はその労働者から休業支援金の給付があったとの報告を受けました。

現在、日々雇用や派遣労働者その他パートタイム労働者等のシフト制で働く労働者にかかる事業主の休業の証明については、具体的な休業を確認できない場合でも、次のようなケースであれば休業支援金の支給対象となる旨要件が緩和されています。

①労働条件通知書に「週○日勤務」などの具体的な勤務日の記載がある、申請対象月のシフト表が出ているといった場合であって、事業主に対して、その内容に誤りがないことが確認できるケース
②休業開始月前の給与明細等により、6か月以上の間、原則として月4日以上の勤務がある事実が確認可能で、かつ、事業主に対して、新型コロナウイルス感染症の影響がなければ申請対象月において同様の勤務を続けさせていた意向が確認できるケース(ただし、新型コロナウイルス感染症の影響以外に休業に至った事情がある場合はこの限りではありません。)

文責 社会保険労務士おくむらおふぃす 奥村隆信
http://e-roumukanri.link/




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