年次有給休暇を与えなければならない使用者の義務
いよいよ今年の4月1日から改正労基法(新労基法)が施行される。
今度の改正は広範囲かつ詳細なものなので、相談員の私だけではなく、労働基準監督官も、今、一生懸命に改正労基法の内容を勉強している。改正法条項にかかる解釈は、労働基準監督官は当然だが、労働局の相談員の立場である私も行政機関に勤務する職員だから、一義的には、厚生労働省が示した行政解釈に従って理解する必要がある。しかしながら今回の法改正は、上述したとおり、広範囲かつ詳細なものなので、なかなか改正される法律条文にかかる解釈についての本省からの通達が降りてこず、昨年6月に働き方改革関連法が国会で成立した以降の改正労基法に関する問い合わせに十分に答えきれない状態が続いた。昨年末の12月28日付基発1228第15号通達で、何とか基本的な問い合わせにはこたえられるようになったというところか。それでもまだ、私は、改正労基法の条文の解釈の理解には自信がない。
さて、使用者にとって、今回の労基法の改正の中で、一番頭を悩ませるものは、年次有給休暇の付与義務(正確には「時季指定義務」という。)ではないだろうか。
今度の改正労基法の施行により、今年の4月1日以降に10日以上の年次有給休暇を請求する権利が発生する労働者に対して、使用者は、必ず5日以上の年次有給休暇を付与しなければならなくなる。
例えば、4月1日に入社した社員が、週休2日制で勤務するとして、入社した日以降6ヶ月間に所定労働日の8割以上出勤した場合、6ヶ月を経過した日、つまり10月1日に、その社員には10日の年次有給休暇を請求する権利が発生する。逆に言えば、使用者はその労働者に対して、10日の年次有給休暇を付与する義務を負うことになる。
労働者に年次有給休暇を請求する権利が発生する日を「基準日」という。基準日は、労基法上は、労働者が入社して勤務を開始した以降6ヶ月を経過した日であり、以降1年経過するごとに新たな基準日を迎えることになり、その基準日ごとに年次有給休暇の日数は増えていくことになる。
労働者が所定労働日を指定して年次有給休暇とする権利を「時季指定権」という。使用者は、労働者が所定労働日を年次有給休暇として指定したときは、原則その日に年次有給休暇を付与しなければならない。もっとも、労働者が指定した日に年次有給休暇を取得されると事業場の業務が完全に回らなくなるほど人員を欠くようなときは、年次有給休暇を請求した労働者に指定した日を別の日に変更することができる。これを使用者の「時季変更権」という。この場合使用者はあくまでも労働者が年次有給休暇として指定した日を別の日に変更できるだけであり、労働者の年次有給休暇の請求そのものを拒否できるものではない。
余談だが、時季指定権とか時季変更権という場合の、時季というのは、本来はある一定期間に纏めて年次有給休暇を取得してもらうことを想定していたので、一定期間=季節ということで、時期ではなく時季という言葉を使用しているそうだ。こういったこの法律条文の作成者の意図を読み取ると、年次有給休暇の本質が見えてくる。
年次有給休暇は、文字通り、労働者が有給で休むことができる権利であり、使用者からすると、休んで仕事もしない労働者に対して、その休んだ日に労働者に対して賃金を支払わなければならない義務を負うものである。
だから、使用者にとって年次有給休暇は悩ましいし理解できないものである。
もっともこれまでは、年次有給休暇は、その権利を有する労働者が、使用者に年次有給休暇として休む日を指定して請求したときに、使用者に具体的に年次有給休暇を付与する義務が課せられていたから、労働者が年次有給休暇を請求しない限りは、使用者は年次有給休暇を付与する具体的義務を負わなかった。これをいいことに、使用者の中には、労働者に対して「ウチの会社には年次有給休暇はない」と嘘をついたり、会社内で年次有給休暇を請求しにくい雰囲気を醸成するなどして、労働者が年次有給休暇を請求することを実質妨げるようなことが少なからずあった。
しかし、今度の改正労基法施行により、基準日に新たに10日以上の年次有給休暇を請求する権利が発生する労働者に対しては、最低5日の年次有給休暇を労働者に必ず付与しなければならなくなる。使用者がこの義務に違反して、労働者に基準日以降1年以内に最低5日の年次有給休暇を付与しなかった場合、最悪の場合には30万円の罰金が科せられる。これは使用者の労働者一人に対する違反の場合であるから、例えば5人の労働者に対して年次有給休暇付与義務を怠ると、法律上の原則に従えば30万円×5=150万円の罰金が科せられるということになる。
もちろん年次有給休暇は労働者の権利だから、使用者は5日にとどまらず、労働者が請求した場合にはその労働者が有する年次有給休暇の範囲で10日でも20日でも付与しなければならない義務を負う。労働者の年次有給休暇を請求する権利は、2年の消滅時効だから、前年に発生した年次有給休暇で余った日数分は翌年に繰り越すことになる。そうすると6年6ヶ月以上勤務している労働者の場合基準日ごとに20日の年次有給休暇を請求する権利が発生するから、この20日を全部翌年に繰り越した場合、最大で40日の年次有給休暇を請求する権利を労働者は有することになる。40日というとほぼ2ヶ月有給で休むことができる日数だ。
残念ながら、使用者は、これまでのように労働者に対して、年次有給休暇にかかる労働者の権利であり使用者の義務を、誤魔化すことができない環境になりつつある。
嘘はインターネットで検索すれば直ぐばれる。年次有給休暇を取りにくい会社は労働者が定着せずに人材難に陥る虞がある。
年次有給休暇に正面から向かい合わない会社は、残念ながら将来が危ういといっても過言ではないのである。
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