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みんなにオススメしない素晴らしい映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』※ネタバレあり

2023年3月3日に日本公開された『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。
日本での評価や感想を見ると賛否がとても大きく分かれており、誰が悪いわけでもないと思いますが、楽しめない映画を見てしまった人が多くいる状況をやるせなく感じます。

一年ほど前に本国公開でも似たような事象は見受けられましたが、特に日本公開は状況が良くないと感じているため、自分なりに「なぜ?」という部分を整理してみます。
私自身はこの映画をとても面白いと思っており、各種映画賞の受賞も納得できる功績があると考えているので、それを前提とした話であることにご留意ください。

インデペンデント映画と口コミ効果

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のアメリカでの公開は、10館程度のミニシアターからスタートしています。これはインデペンデント映画、いわゆる大手企業以外の製作・配給ではよくあるもので、客の反応によってその後の公開館数を調整するという理由もありますが、口コミが広まるまでタイミングを調整するという意味もあります。

インデペンデント映画の多くは大手と同じ土俵でなくニッチな市場を開拓することで対抗しています。広く誰にでも好まれる内容ではなく「一部の客層」を確実に掴むトガった映画を、少ない売上でも問題ない程度の制作費で公開するのです。
この映画も制作費が約2500万ドルで決して大規模ではありません。それでも監督が低予算MVで培った経験を生かして壮大なSFが安っぽく見えない素晴らしい演出になっています。

万人受けでない映画を「一部の客層」へ届ける方法として、昨今はSNSによる口コミが効率的に機能しています。自分と似た属性の集団へ広めたり、個々人の属性を考慮して勧めたりすることができるからです。これにより、「この人なら楽しめるだろう」という見極めが差し挟まれます。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は少なくとも英語圏では口コミで話題になった作品として知られており、好みの分かれる表現(犬、下品な要素)や、後述する情報量の多さなど、ついていける人が大きく分かれる部分で拒絶の少ない理由だと考えられます。

しかし日本では始めからシネコンで大々的に公開されました。アカデミー賞最多ノミネートという漠然とした期待とともに、意図せず口コミの一人目になってしまう方が大量に出ているのではないかと思います。

 映画内の情報洪水、映画外の情報宇宙

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は情報量がとてつもなく多い映画です。独自のSF設定・各バースの物語・登場人物の関係性という要素が絡み合って複雑さを増しています。当然ながら、これについていけなくなってしまうと楽しむのは困難です。
しかしこれは大手企業の映画と差別化する上で、全員がついていける程度の複雑さではできない映画体験を生み出しています。

ただし「ついていけないのが悪い」ということでなく、序盤から興味を持てなかったら集中できませんし、マルチバースの切り替わりなど説明もなく始まる表現は他作品で素養ができていないと飲み込むのが難しいかもしれません。そもそも映画にそういうものを求めていない方もいます。

さらに、この映画は劇中で具体的に説明がある以外の情報を参照することで、より貪欲にストーリーの立体感を増しています。

たとえば、エブリンがエレベーターでバースジャンプの機械を初めて装着して自分の人生を走馬灯のように見るシーンで、ゴンゴン(エブリンの父)は生まれた子供が女の子だと聞いて落胆します。男の子が良かったというだけでなく、中国で家父長制を重んじるような、父親が絶対で保守的な人物というステレオタイプな見方ができ、その後のアルファ・ゴンゴンがジョブ・トゥパキを排除しようとする頑なな姿勢や、ジョイに彼女がいることをゴンゴンに伝えたがらないエブリンの態度に説得力が増します。

他にも、『レミーのおいしいレストラン』をオマージュしたラカクーニのバースは、シェフとアライグマの関係性をネタ元と重ね合わせることで、劇中で説明される以上のバックグラウンドを想起できるようになっています。このシーンの劇中歌は実際にピクサーで曲を担当しているランディ・ニューマンに作曲してもらい、ついでにアライグマの声優もさせているので徹底?しています。

おそらく知識や発想によって映画外に見えてくるものは人によって違うでしょうし、評価の違いにもつながっているのではないかと思います。 

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