巡り会えたこと-宝君の話(1)

 時は20XX年、六月下旬。

 梅雨入りから折り返し地点近くまで来た頃。この日の六時間目は、特別授業だったようで……

「えー、これが五月にアンケートを取った中で、一番多かった“封神演義”という物語の粗筋のようなものだ」
「先生、最後の文章・・・関係ないと思いますが?」

 一人の男子生徒がどきどきしながら、手を挙げ、意見を述べる。

 見た目、どこにでもいるような少年は、何故か不安な瞳ーメーをして、先生の答えを待った。

「そこは私の憶測を付け足してみた」

“どうせ、古すぎて内容が良く分からない物語なんだろう?”

 彼の言葉にはそんな考えがちらりとみえる。

 しかし、男子生徒は特に怒りを顕わにせず
「憶測なんですね・・・」
と、関心した言葉を発する。

 彼が“面白いのう”と、聞こえないように呟いたのと同時に
「ここから先は、各自で好きなように調べてみること!」
と、ざわめきの中で先生の声が教室内に響き渡った。

「起立、礼、着席!」

 日直当番が号令をかけ、それに素直に従う生徒の姿に、微笑ましく思った男子生徒は、平和な時間に感謝する。

 型通りの挨拶を終え、生徒達は各自決められた掃除場所へと向かった。

 庭掃除を担当するグループの中に、先程意見を述べた生徒の姿があった。

 彼はどちらかというと、まだ幼さが見え隠れするような顔立ちで、そのせいか大人しく見える。

 そんな彼が庭に着くなり一応箒を手にするものの、少しも動かそうとしない。

 そんなに眠いのかと、呆れた様子で彼を見ていた、クラスメイトの天霧密持ーアマギミツジーが、仕方なく声をかける。

「よっ、縹!」

“元気ねえな”と言った彼の容姿は、ロックバンドのボーカルのように、黒い髪を肩寸前まで伸ばしていて、一見不良を思わせた。

 だが、付き合ってみると結構気さくな性格と分かると、殆どの人間は自然に関わりを持つ。

 どうやら縹と呼ばれた生徒も、その類いらしい。
「うん……あの授業、難しくて良く分からなかった」

 それなりに調べたのだろうが、どこか違う気がする。

 それが彼の感想だ。

「分かる分かる、一体誰かあんな古い歴史に興味を持つかよ」

 密持は彼に同情してコクンと頷き、同意を求めた。

「アハハ、確かにそうかも」

 苦笑して返事した少年ー縹宝は、何故か内心で舌を出しながら相槌を打つ。

そうとも知らない密持は、気を取り直し
「ところで、この後用事がなければ何処か行こうぜ」
と、彼を遊びに誘う。

 いつもは誘いに乗るが、今日はそんな気分ではないようだ。

「悪いけど、今日は用事があって行けないや」

“ごめん、また誘って”と言葉を付け足し
「病院にも行かないといけないし……」
と言いながら、さも面倒臭いという顔を浮かべた。

「病院……ああ、定期検査か」

“大変だな”と、心配する密持。

「貧血がひどいいんだろう?」

“たまに休むもんな”と、しんみりと呟くように言った。

「それでも治ってきているから、大丈夫だよ」

 彼の優しさを垣間見た宝は、嬉しさを噛み締めながら言った。

(まだまだ、下界も捨てたものではないのう)

 宝が心の中で感動に浸っていた時
「二人共、いい加減手を動かしてよ!」
“いつまでも掃除が終わらないでしょう?”
と、瞳で訴えるクラスメイトの涼月火夏ーリョウヅキカナツーが、彼等の会話を遮る。

 瞳が大きくて丸顔の彼女は、可愛い感じからは想像もつかないが、これでもクラス委員長を務めている。

 じっと睨みを効かせている火夏を、何気に見つめていた宝の口からぽつり
「まるでジョカ様みたいだのう・・・」
と、訳の分からない言葉が零れ落ちた。

「縹君、何か言った?」
「う、ううん、何も言ってないよ」
「後少しだから、早く終わらせようよ」

 少々呆れ気味の彼女がそう言いながら、その場から立ち去るのと同時に、宝と密持は肩を竦めて、周りを掃きだした。

「性格もジョカ様に重なるところがあるのう」

 溜め息混じりに呟いた宝は、気持ちを切り替えるかのように、ゴミを集め始めた。

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