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はちべいコラム

ぼくは昨日、きつねおばさんのところにお見舞いに行ったんだ。
きつねおばちゃんも、コロナ感染したらしく熱があって寝込んでいたよ。
そのあと家に帰ってきてから、「飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」という
映画を見たんだけど、泣きすぎてしまって今日は顔が腫れているよ。
30代で突然の肉腫によって片足を切断したんだけど、数か月後に肺に転移してしまい家族とお腹に二人目のむすめさんを残したまま旅立たなければならなくなったお医者さんのお話なんだけど、最後に子供たちに残した手記の中の一文を切ないけどお伝えするね。

『あたりまえ』     
こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう。
あたりまえであることを。
お父さんがいる。お母さんがいる。
手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いて行ける。
手を伸ばせばなんでもとれる。
音が聞こえて声が出る。
こんなしあわせはあるでしょうか。
しかし、だれもそれをよろこばない。
あたりまえだ、と笑ってすます。
食事がたべられる。
夜になるとちゃんと眠れ、そして、また、朝が来る。
空気を胸いっぱいにすえる。
笑える、泣ける、叫ぶこともできる。
走り回れる、みんなあたりまえのこと。
こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない。
そのありがたさを知っているのは、それをなくした人たちだけ。
なぜでしょう。
あたりまえ。         故 井村和清さん作
ひとは、無くしてはじめて気づくものなんだね。