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読書記録:宇野重規、若林恵、井波律子、岡本隆司

宇野重規・若林恵『実験の民主主義』

オモシレー。途中で何度も共感と反発のあいだを往復しながら、ほぼ一気読み。しかし主要トピックであるファンダムにはさして興味をひかれなかった。過去作『私時代のデモクラシー』、『民主主義のつくりかた』でも伺えた、思想史の知見を現実社会へ適用することに対する宇野のモチベーションが、本作ではより前面に出ている。若林に同調しているのか、それとも「面白い意見ですね」と言いつつ一定の距離を置いているのか判断がつきにくい部分はあるものの、これまでで最も宇野が専門分野のそとに足を伸ばして芸を披露している本ではないか? 

宇野重規『近代日本の「知」を考える』

関西に拠点あるいはルーツをもつ知識人を題材にした、ごく短い人物紹介集。一人一人の分量はかなり少ない。発売当初は物足りなさを覚えて食指が動かなかったが、読んでみると真面目でやわらかい文章が心地よくむしろ好感をもった。このやわらかい真面目さは宇野重規という書き手の最大の特徴ではないか。元々は桑原、梅棹、上山、梅原といった新京都学派について読みなおして考えなおすことを目的にした企画だったとのことだが、手塚治虫、与謝野晶子、瀬戸内寂聴、村上春樹なども取り上げられることで、宇野の読書遍歴が垣間見えるのが面白い。

井波律子編訳『中国奇想小説集』

人間の皮をかぶった世にも美しいバケモノ、夢と現実の境界線のゆらぎ——短くて面白い26編が集められている。それだけでも満足できるが、さらに井波の簡潔な解説が付されているので、一粒で二度美味しい構成。井波によれば中国奇想小説には、記録型の六朝志怪小説、物語型の唐代伝奇小説という原型があり、宋代には前者、明代には後者の傾向を受け継ぐ作品が主流となって、やがて清代で両者の併存に至るのだという。ただ収められた個々の小説を読む限りではそういう発達史的な視点に立つのは難しいので、なるほどそうなのかしらんと思った。

井波律子『中国文章家列伝』

司馬遷、嵆康、蘇東坡の記述を目当てに読んだ。「列伝」というタイトル通り、前漢から清代までの文章家たちの、十人十色の生き様が活写されている。どの時代のどの文章家も、政治の力学に翻弄されながらそれでも筆を乾かすことがない。中国の文人は、どんな飄々とした人物であろうとも、どこかしらに妥協を許さぬ抵抗の身振りが仄見える。また、読んでいて何気にびっくりしたのは、身内が死んだときに仕事をやめ、数年単位で喪に服したりすること。長い。

岡本隆司『「中国」の形成』

第三章がとくにおもしろかった。清王朝の康熙帝、雍正帝、乾隆帝のあいだの平和と繁栄の実像に、経済社会の構造を分析することで迫っていく。その政治を評する「因俗而治」、あるいは「対症療法」というキーワードが印象ぶかかった。

金には困ってません。