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2023年5月の読書

暖かくなってきたので、だんだん調子が出てきた気がする。仕事に行ってもぼやぼやして、家族のことや文化のことばかり考えている。要するに仕事に手がつかないというわけだ。でもそれがいい。働いているフリをしながらも、のんべんだらりと生活と人生について考えている。これはよい傾向で、調子が出てきた証拠だ。

そういえば、この前はじめて渉成園にいってきた。敷地内からビルとかマンションがもろに見えていて、それがよかった。なんか京都っぽくないのが、とてもよかった。

こんな感じやったで。渉成園

ハイムの「don’t wanna」、アラバマ・シェイクスの「don’t wanna fight」をよく聴いていた5月の、目ヤニと鼻水がこびりついた読書記録は以下の通り。

福田和也『病気と日本文学』

なかなか面白かった。タイトルにあるように、病気をテーマにした近代日本文学の講義録なのだが、作家のプロフィールや交友関係のちょっとした紹介を通して、作品を文学史のなかに埋め込んでいくその手さばきに福田和也のオリジナリティーが宿っている。正宗白鳥や高見順の近松秋江評、川端康成の図太さなどがエピソードとして面白かった。あと宇野浩二と北條民雄についてははじめて知る話が多かったし、なんとなく芥川はいつか再読しないとな、と思わされた。読みたい本、読み返したい本が増えてしまう。ただ、率直に言うと、川端と泰淳の章はあまり上手くいってないと思う。

加藤典洋『人類が永遠に続くのでないとしたら』

この前、友人と加藤典洋の話をしたので読み返してみた。いろんな論者の主張を繋ぎ合わせながら、議論を拡散的に進めていくスタイル。たぶんそうやって自分だけでは届かないところまで思考をはじき飛ばそうとしているのだと思う。(…暗闇に向かってボールを投げる。一番遠くまで投げることができれば、ボールは跳ね返ってくるかもしれない。)大胆不敵にではなく、躊躇いがちに思考を宇宙大に広げるのは加藤典洋らしさ。有限性の時代のための思考と試行。それは「することもしないこともできる」コンティジェントな力能をめぐってなされる。

福間良明『司馬遼太郎の時代』

かなり面白い。司馬遼太郎がなぜこれほど熱く支持されてきたか、その理由が手堅く考察されている。著者が主要因として挙げるのは、高度成長期のサラリーマンを中心とした大衆教養主義の広まりである。非エリート的反骨心と合理的思考をもつ人物が活躍し、かつ歴史的な余談がふんだんに盛り込まれた司馬作品はその格好の受け皿となった。卓見だと思う。また、明るい過去の礼賛者と見なされがちな司馬が、実は自らの戦争体験を元に暗い昭和を描き続けていたと指摘し、賛否に分かれる論者たちの死角を明らかにしているのも小気味良かった。

幸徳秋水『兆民先生』

中江兆民と幸徳秋水が師弟関係にあったことくらい今まで読んできた本のどこかには書いていたはずだが全く覚えがない。『兆民先生』というタイトルと著者名で、「え、もしかして」と驚く始末だ。そんな無知なおれにとってもこの本は滅法面白く、プラトンの対話篇を読んでソクラテスに惚れ込むようにまんまと兆民先生に惹かれてしまう。文語っぽいのは久しぶりでやや苦しかったが、幸徳秋水は文章が上手いから何とか楽しんで読めた。調子に乗って兆民『三酔人経綸問答』でも再読するかと思って本棚を探すも、売ってしまったようで手元にない。悲しい。

山崎正和『鷗外』

面白い。あくまで庇護者として振る舞いながら、一方では自我の空洞を見つめ続けた鴎外。成熟の契機を経ずして老成し、そのぎこちなさを自覚しながらも、あくまで外界と折り合いをつけ通したその人生。鴎外は家長として、愛のような雰囲気を振りまいた。しかしあくまで「愛のような」と家人から見透かされ、また自分でもそれを自覚していた。息子の論文を一緒に完成させたのが嬉しすぎて妻と喧嘩になり、しょげる鴎外が印象的。あと、鴎外が視覚的な作家であって、他の近代作家と比べると身体感覚の描写、病の描写が少ないという批評は鋭いと思った。

坂野潤治『日本近代史』

新書としては少し重たすぎると思うが、快著ではある。まず、序盤における西郷への高評価にすこし驚く。また国家建設期における大久保・西郷・木戸・板垣を、それぞれ富国・強兵・憲法・議会という近代国家計画の代表者と位置づけるのは分かりやすかった。原敬に対する辛口評価は意外ではあったけれども、理由がちゃんと書いてあるので面白い。全体を通して、単なる教科書的な出来事の追尾に終始するのでなく、歴史の背景にうごめく思惑や交錯する利害関係などを見事に描いている。お陰で戦前の政党とその系譜もおおよそは把握できるようになった。ありがてえ。

富岡多恵子『詩よ歌よ、さようなら』

なんとなく富岡多恵子の本を読みたくなったので、古本市で買って読んだ。富岡がガートルード・スタインに影響を受けていて、スタインの作品の翻訳までしているとは知らなかった。ほぼ同時期に死んだ坂本龍一との意外なつながりについても、この本を読まなければ知ることがなかっただろう。(富岡が依頼されて歌謡曲のレコードを出すことになったとき、作曲家として選んだ東京芸大の学生が、後の坂本教授だった。)面白かったのは歌に関する考察で、とくに歌謡曲を買う人は聴きたいのではなく、歌いたいのだ、という指摘は覚えておきたい。

松田道雄『日常を愛する』

『育児の百科』や『私は赤ちゃん』で知られる松田道雄が新聞で毎週連載していた「ハーフ・タイム」をまとめたもの。個々の分量は少ないが、内容はなかなか重い。本の感想、孫の観察、病院制度への悪口、友人や先輩や恩師の追悼、老いや死についてのコメントや、左翼活動や市民社会への考察などが収められている。明治生まれ老人の目から見た1980年代の日本社会。隔世の感を覚える部分もあるが、全体としては今なお面白く読める。特にある高校生の自殺をめぐる二つの文章が印象に残った。自分なら松田道雄と同じ態度を取ることができるだろうか? 思わず自問した。

また来月も読書くらいは真面目にやりたい。映画はどうしたって見られない。そして人生はつづく。

金には困ってません。