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アルミロードでPBPは完走できるのか?~本番走行詳細編~


まず現地の雰囲気を90秒で

instagramのリール90秒が間延びしないちょうどいい長さなのだと思いますが、87時間40分の走行を90秒にまとめるのは至難の業。伝えたい部分が長めになりました。

このビデオにない、PCの様子は時間短縮に必死で写真しか撮らず、集団走行は安全のため撮らず、夜間が少ないのはスマホをバッテリー節約のためオフにしていたからでした。次回は予備電池も含めると重量増になりますがGoPro Heroなどを装備したいです。(2023/9/24追記)

ホテルからスタートまで

18:30スタートなので、ホテルは当日夜も予約してぎりぎりまで寝るつもりでしたが、眠りに入ることはできませんでした。いろいろ気になることが出てきて、それを確認してまた横になるのを繰り返しました。

当初、2時間半前くらいに会場入りすればよいかと思っていたのですが、よく考えるとものすごい人の数で、身動き取れないのかも、と気付き始め、会場の雰囲気も味わいたく、1時間前倒しで15時頃には会場に入りました。

スタート会場到着直後の様子に圧倒されます

これが大正解。食事は予約していたのですが、しばらく会場内をうろうろした後に食堂に来ると、結構時間がかかることがわかりました。その最大の待ち時間は水の行列でした。給水器が濾過しているからなのか、ちょろちょろとしか出ずそれをみんな辛抱強く待っているのです。

外は炎天下ですが屋根のある食堂は快適でした

スタート前の大事な食事ですが、今回、全体を通して、食事のバランスを考え、糖質のみにしないと決めていたのと、せっかくフランスに来たのだからフランスらしい食べ物を食べたいという思いもあり、チキンのソテーを選択。むちゃくちゃおいしかったです。

食事はたまたま同じホテルに宿泊している日本人の方を見つけたので同席させて頂きました。スタート前の段取りをちゃんと確認されていた方なので、よくわからなかった私には助かりました。

今回、会場が炎天下で外にいるのはとても消耗したので、食事の間だけでも屋根のあるところにいられたのはよかったです。並ぶ時も木陰のスペースに行きました。

K組が動き始め、お城の前で簡単な車検をし、無事パス!Uターンしてスタートのレーンへ。この高揚感は最高でした。

K組に並んでからの様子。18時前なのに暑い

今回心配だったのは、購入したPBP反射ベストではなくPEKOさんの反射ベストがチェックで通るかという点。直前に販売されていたPBP用のものは購入しておらず、以前から持っていたベストの反射材ましましバージョンでした。重量増になるけど検査に通らないときのためにPBP純正ベストも持って行きました。それくらい私にとっては通気性が大事だったからです。汗の量の多い私は汗冷え対策のためにも、とにかく通気性が大事で、メッシュの夏向きPEKOさんベストはベストチョイスだったのです。

スタート直前

ランブイエからルデアック


一人称目線で過ぎていくツール・ド・フランスで見たあの景色

ロードバイクを始めてから世界最高峰の自転車レース、ツール・ド・フランスのテレビ観戦にもはまりました。いつも選手の背景となるフランスの自然や通り過ぎる街並み、石造りの家が、いつの間にか憧れとなり、いつか同じところを走ってみたいな、と思っていました。

今回のPBP参加でそれがかないました。広大な農地を通った後に町が現れるという、まさにツールのバイクカメラで流れるあの風景でした。

そして、圧倒されるのは沿道の人の応援です。皆さんロードレースの応援に慣れ親しんでいるからか、アマチュア自転車イベントの我々にも老若男女問わず応援してくれるんですね。年配の方も暑いのに、椅子を用意して応援してくれて、明らかにトイレ以外はそこにずっといる感じです。

私も応援してくれる方にできるだけ挨拶をするようにしました。

退屈と思っていた夜間も楽しめた

驚いたのはこの応援が夜になっても途切れないこと。人里離れた真っ暗な山道から突然大声でツールにそっくりな応援をしてくれる若者もいました。手を出して応援してくれる子供たちもたくさんいて、私も眠気が覚めるのでできるだけ応えました。

そして二つ目の感動は、私がこれまでのブルベでいつか味わいたく実現できていなかったもの。それは満点の星空。集団走行をしながら、少し後ろについたときのこと、目の前の赤いテールランプの列の上に広大な星空が広がっています。天の川もうっすら見えました。

さらに良かったのはペルセウス流星群の流星が見られたこと。この流星のピークはPBPの1週間前の8月13日だったのですが、ピークに見るべきなのは明るい都会で見るときの話。フランスの田舎道を走るときはピークを外してもいくらでも見られるということがわかりました。

集団走行ですから、目線は前を向いていますが、視界の中には明らかに流星とおぼしきものが何度も飛び込んできます。自宅の相模原近くで流星群を観察したことがありますが、2,3個見られたら満足して帰るのですが、PBPでは、最初の夜だけでも10個以上は気付いたと思います。目線は前方なので、直視はできませんが、いくつかは長く光る流星があったのでちらっと目線を移してしっかり見ることができました。

ナビ用に使っているGoogle Pixelは星空モードがあり固定すれば星空がちゃんと撮れるので、今回撮り忘れたことを後悔しました。もっとも、そんなの撮っていたらトレインからはぐれてしまうのですが。。。

初日からいきなり襲ってくる眠気

最初の数時間はこうやって楽しんでいたのですが、集団走行で足が合わず単独走行になってから苦しい展開になってきました。

これまでAJたまがわさんの夕方スタートの石廊崎400kmでも、それ以外の3回の400kmブルベでも仮眠休憩なしで走れていたので、初日のルデアックまでは、仮眠無しで到達できる自信がありました。

しかし、経験したことのない眠気が初日の夜から襲ってきました。気温が低いからなのか前日に十分に睡眠がとれていなかったからかわかりませんが、目は開けているものの意識が遠のく危険な時間帯が2時間くらいありました。

眠くなってきてからは集団最後尾につくようにしていましたが、気付くと右車線の左端にいたのが、右端によっていたりすることがありました。しかし上述の自信もあり、危険閾値は超えていないと判断して走行は続行し、実際、無事、朝を迎えました。しかしこの判断は翌日よくないと反省しました。2回目の夜は集団走行中に急ブレーキで大量落車寸前のようなこともありましたし、一歩間違えると事故るのでもっと安全に走らないといけないと思いました。

幸いなことに、明るい間はほぼ眠くならずルデアックまでたどり着けました。

フランスらしい食事をしたい

私は普段の朝食でも、よくバゲットにチーズ、ハム、野菜を挟んで食べることがあるので、最初のWPであるMortagne-au-Percheでフランス式サンドイッチは驚きませんでしたが、VILLAINES-LA-JUHELでもそれしかないといわれたときにはさすがに何とかせねば、と思いました。しかし後で考えるとVILLAINES-LA-JUHELは道路を挟んだ向かいにもっといい食堂があったのに知らなかっただけのようで、ばるさんのマップをオフラインで見れるようにしていたのに、そこは反省点です。

しょぼいメニューでしかも売り切れ。まじ?

FOUGÈRESでは確か行列が長いのと、すでに朝を迎えていたので、PCの食事をスキップして近くで探すことにしました。ここはいいのがありました。
キッシュは日本ではあまりおいしいイメージがなかったのですが、さすがフランス。サーモンのキッシュを選びましたが、激うまでした。
このお店、向かいには公衆トイレもあり、最高でしたが、行列の待ち時間は同じだったかもしれません。フランスのお店ってカードでキャッシュレスなのになんであんなに時間がかかるのでしょうね。

ここのパン屋はPBP参加者だらけでした
キッシュがむちゃくちゃうまい

携行品トラブル

スタート前から携帯ポンプの調子が悪く、前輪の空気を追加しようとするとポンと抜けてしまいます。走行可能な高圧になるまでは入るので問題ないと判断し、スタートしたのですが、装備品で唯一気がかりなことでした。

それがMortagne-au-Percheでいきなり解決しました。ポンプを2種類販売していました。高い方の34€のLezyneのものを買いました。ベストとポンプは2つ持ちという重量上、非効率な状態となりましたが、リスク回避のためにはしかたありません。

ルデアックに到着してからの動線と時間の使い方

今回、ルデアックでは8月に入ってからAirBnBで宿が取れました。3階建ての石造りの民家の2部屋を開放していて、隣はイタリア人のPBP参加者でした。今回は、この宿の使い方が反省点が多かったです。事前にホストとコミュニケーションをちゃんと取っておけば1~1.5時間は睡眠時間が増やせていたはずなのです。

大き目の町だし、昼間なので近くで簡単に買い物ができるだろうと高をくくっていたら、スーパーが2~3km近く離れたところにしかないのです。チェックインをしてAirBnB特有の出入りの仕方やバス、トイレの使い方等々を聞いて、それから買い出し等をしていたら、どんどん時間が過ぎていきます。当初、4時間くらい熟睡睡眠を取る想定が、貯金をゼロにしないことにもしたので、わずか2時間となってしまいました。2時間は熟睡だったのですが、ルデアックまで全く寝ていないので足りるはずがなく、これが後々、睡眠負債となって繰り返し発生する眠気のもととなってしまいます。

PCでドロップバッグをピックアップして、冬用ビブタイツからビブショーツとレッグカバーの組み合わせに替えることができたのと、静かで温かいベッドで熟睡できたのはよかったですが、とにかく時間が足りませんでした。

アキレス腱炎発生

ルデアックで止まって体温が下がってから気付いたのが、アキレス腱炎の痛みです。過去のブルベでは経験したことのない個所です。集団走行ではどうしてもスピードを合わせるためにパワーをかけることが多いためだと思いました。

日本のブルベでは、影響の大きいこのような故障が始まると、特に眠いときにネガティブ思考の無限ループが始まることが多いのですが、今回はPBP初参加の高揚感がまだあるためか、全くネガティブ思考が起きず、気持ちはとにかく前にしか向いていませんでした。アキレス腱に負荷のかからない踏まない漕ぎ方すればいいじゃん、と考えたらそれでおしまいでした。実際、その後、痛みは少しやわらぎ許容範囲となります。

ルデアック→ブレスト→ルデアック

ルデアックは午後10時前には出発し、そこから今回最も反省点の多い2回目の長い夜が始まります。

閾値を超えた睡魔

走り始めたときは寒さは全く感じませんでしたが、走るにつれてどんどん気温が下がります。2時間もしないうちに、猛烈な眠気が襲ってくるようになりました。

SAINT-NICOLAS-DU-PÉLEMのPCまでは、ぎりぎりなんとか持ちました。でも食事の後、それほど混んでいないので遠慮なく椅子を並べて寝ました。結構快適。しかしそんな仮眠では睡魔はびくともしません。

その後、わりと近めのCARHAIX-PLOUGUERまでも何とか大丈夫でしたが、キューシート上に「Col du Trévézel」とある長い登り坂。このだいぶ手前から眠気に耐えられず、坂の途中で危険の閾値を超えたと判断。見るとたくさんの参加者が寝ているので、私も初めて道端で寝ることにしました。私は蚊などの虫に刺されると、アレルギー症状があり痒みが酷くなるので、草の上は避け常にコンクリートやアスファルトを探しました。

最初の道端睡眠はこの三叉路の中心にある分離帯です。この縁石を枕にして寝ました。真っ暗なのですが、10名くらいがこの周りで寝ていました。

Copyright Google Maps

次に寝たのは、Sizunという町の中心にある教会の駐車場でした。さすが教会、安心感もあり快適でした。こちらは夜明け間近かでしたので、ひと眠りした頃には周りが少し明るくなり、教会の鐘の音がとても素敵でした。

Copyright Google Maps

明るくなってくると嘘のように眠気はなくなり、ブレストに到着しました。アキレス腱炎と恐ろしい眠気もあったので、日本のブルベでは、折り返し地点でかなりDNFがちらつくところですが、今回は微塵もそのような感情が起きません。なぜか?それはたぶん師匠から事前にブレストの海の風景のことを聞いていたからです。「ぱっと広がる海の風景には感動するよ」と。とにかく海を見たいという気持ちから、食事はPCではなくその後で取ることにして、わずか20分でPCを後にしました。今回は前回とは違ってPCの後の海の景色です。坂を上って海がいよいよ見えたときは本当に感動しました。昨年のツール・ド・フランスのスタートで登場した橋はさらに感動です。こんな景色、家から30kmのところにある富士山も見える江の島の方がよほど綺麗かも、とも思うのですが、やはり今回の景色は感動します。

もっとゆっくりしたいのですが、お腹もすいているし、そのままルデアック目指して橋を後にしました。これまで600kmブルベを3回走りましたが、それ以上の距離は一度も経験していないので、いよいよ未体験ゾーンに突入です。

食事がフランスらしくなってきたぞ

SAINT-NICOLAS-DU-PÉLEMあたりからPCの食事が急にグレードが上がってきた気がしました。クレープ、人参のサラダ、パスタなど味と選択肢の幅が広がり、気持ち的にもリッチな気分になっていきます。胃腸がだんだん弱くなってきているときにちょうど良いタイミングだったので、助かりました。サラダやフルーツは精神的にもリフレッシュ効果があったと思います。

想定外だったのはブレストでした。ブレストは大きな町なので、コース沿いにいいお店があるだろうとPCの食堂はスキップして出たものの、なかなかいいお店が見つかりません。海に近いところに1つありましたが、混んでいたのでやめました。結局、ブレストでは店に入らずそのまま補給食で進むことに。


なかなか見つからない飲食店でしたが、648kmのPONT-DE-BUIS-LÈS-QUIMERCHという町でSupermarché CASINOという大型スーパーを見つけます。ここが惣菜屋も入った超いいスーパーでした。この時間すでにかなり暑くなってきており、へとへとでしたので、とてもタイミングが良かったです。

このフレンチ惣菜がむちゃくちゃおいしかったです。しかも食べ終わるころにイタリア人とおぼしきPBP参加者が近くに来て「アイス余ってるけど食べない?」と。遠慮なく頂きデザートまで楽しみました。

この後、697kmのPC、CARHAIX-PLOUGUERは直前にマクドナルドがあり迷わず立ち寄りました。ビッグマック9€、1400円超えていますが、フレンチではないですがおいしかったです。

GOUARECの食事も選択肢が多くなかなか良かったです。バランスのよい食事が取れました。ここでも人参サラダを取っているのでかなり気に入ったようです。

ルデアックからドルー

ルデアックの動線見直し

復路のルデアックはAir BnBで取った民泊の2泊目ですが、今回は動線を考え効率化しました。食事や補給用の水は前日に買っており冷蔵庫に入れていました。あとはPCとこの宿の順番をどうするか、です。先にPCによるとドロップバッグの戻しがあるので、またPCに立ち寄ることになりとても非効率なので、寝過ごしてクローズを過ぎる恐れがありますが、先に宿に立ち寄り仮眠を取ってからPCに行くことにしました。

今回、ルデアックの総滞在時間は3時間半だったのですが、仮眠を2時間余り取って貯金は1時間20分で再スタートでき、寝過ごすことなく効率化が成功しました。

フルコースが楽しめるタンテニアック

往復含めてこのPCの食堂が一番充実していました。私は魚、ライス、ポテトにスープ、デザートにパリブレストも。白ワインが飲めたら完璧でした。ここまで食事の都度、パンシロンやら龍角散やら飲んでいるので胃腸の調子は全く問題なく食べ過ぎず、かと言ってカロリー不足になることもなかったです。

ここの食堂ではメニューが充実しているのでちゃんと写真を残していました。次の参加時はFull menuを楽しめる時間の余裕を作りたいです。

FOUGÈRESってこんなに素敵な街だったの?

往路も通ったFOUGÈRESですが、昼間の復路、その街並みに感激しました。次回参加するときには沿道の町のお城、教会、街の歴史などを調べてそれをたどることができると楽しいだろうな、と思いました。教会の構造も似てるようで微妙に違っているのはどういう理由があるのだろう、などなど。

ここがゴール?と思うくらいのVILLAINES-LA-JUHEL

1000kmを超えてすぐにある復路のVILLAINES-LA-JUHEL。往路は夜なのに人が多いな、と思っていましたが、日中に到着する復路はここがゴールじゃないか?いやゴールにしてほしいというくらいの人出。ツール・ド・フランスのゴールに負けないくらいの応援でした。サイクリストへの愛と尊敬。それがフランス国民。PBPをもう一度走りたくなる理由ですね。

両脇に人だかり
ここで素敵な出会いがありました

初めてPCの仮眠施設を利用

ここで初めて有料の仮眠施設を利用しました。案内された部屋は図書室っぽい部屋でエアコンが効いて、私以外に一人だけでした。30分程だけでしたがいい休憩になりました。

仮眠室は防音が効いてとても静か、私以外にこの人ひとりだけ
冷房も聞いて静かでここは仮眠に最適でした

駐輪場迷子と後日の嬉しい連絡

往路では問題なかったのに、復路のVILLAINES-LA-JUHELでは自分のバイクをどこに置いたかわからなくなってしまいました。あれ?どこいったっけ?と探し回る私の姿を見ている母娘がいました。恥ずかしい中、10分くらい探した後に無事見つけて同じ場所に戻ってきたら、その二人がとても喜んで声を上げていることに気づき、思わず一緒に写真撮らせて頂きました。自転車探しまで応援してくれていたんだとわかり本当に感激しました。

出発した後に、連絡先を聞いて共有しておくべきだったと後悔したのですが、どうやって見つけたのか後日、私のFacebook Messengerに昨日の写真をください、と突然、連絡が来ました。昔なら文通なのでしょうが、この出会いは大切にし、次回、参加時にもし応援に来てもらえるなら、お土産を持参しようと思います。

そして訪れる4回目の夜、眠気を覚ます事故に遭遇

VILLAINES-LA-JUHELを出発したのは18時頃を過ぎた頃ですが、水分補給の休憩をBarで適宜取りながらMORTAGNE-AU-PERCHEに到着。その後、例によって猛烈な眠気が襲ってきました。気温が下がる中の登り坂というのはなぜこんなに眠いのでしょう。

草むらで寝るのは避けたい私は睡眠閾値を超しているのを我慢して漕いでいたら、突然、目の前で女性が悲鳴とともに真っ暗な中、側溝に転げ落ちていきました。これは完全に緊急事態。救急車の呼び出しも想定しながら一目散に駆け寄りライトを照らしたら、道路わきの深いくぼみに頭から落ちて動けなくなっていました。首が変な角度で助けて、と言っています。その方の連れの男性と一緒に引っ張り上げました。

コンクリートの側溝ではなく、土に草が生えてクッション性はあるので頭部の強打はなさそうですし、流血はされていないので外傷はないものの、むち打ちを心配しました。後で吐き気などが出てきたらすぐに走るのをやめた方がいいし、助けを呼びましょうかと言ったのですが、大丈夫とのことで、そのまま走らせて頂きました。

眠くなりましたか?と聞いたらNoとのことだったので、登り坂でふらついただけだったようです。

この事故との遭遇で私も眠気は一気に吹き飛びその後しばらくは緊張感を持って走ることができました。

もしもの時用に写真を残して位置情報を記録していたのですが、Google Mapsで特定した場所の写真です。側道の溝は一見浅そうですが、人がすっぽり入るくらい結構深いくぼみで、そこに頭を下にバイクが上に乗っかるとても複雑なポーズで横たわっておられました。後でその方は無事、制限時間内にゴールされたらしく、私も迅速な救援活動をして貢献できてよかったと思いました。

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VOLT800Neo、2本とも電池切れ

事前の想定では、ルデアックからフル充電のVOLT800 Neo2本で2晩持つはずでしたが、途中、単独走行の時間が増え、下りでライトをLowからMiddleにすることが多かったためか、1本切れ、もう1本も切れてしまいました。予備バッテリーはホテル休憩時にフル充電に至らなかったときの交換用で復路のルデアックまで携行はしていませんでした。しかし、その後は2晩走行するので、念のため予備を持つことにして、その判断が正と出ました。完全に想定内でしたので落ち着いて交換することができました。

雨天時などもライトの強度を上げるタイミングが増えていたかもしれないので、予備は常に持っておくべきだというのが学びでした。

最後の夜の道端睡眠

事故に遭遇した後はしばらく眠気は来ませんでしたが、1時間とたたないうちに、また猛烈な眠気が来ました。この夜、仮眠を取ったのはこちらです。
Blevyという町の素敵な路地の民家の軒下でひと眠りさせて頂きました。

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ドルーからゴールまで

さすがに疲労がたまり、思考力も落ちている状況ですが、何とかDreuxまでたどりつくことができました。ここまでくれば残りは凱旋ライドなので、しっかり寝ようかと思いましたが、あと2時間ほどで感動のゴール、しかも先にゴールした師匠が出迎えてくれるというのです。

そんなドラマティックなゴールもないだろうと思い居ても立っても居られなくなり、予定を繰り上げてゴールを目指しました。平坦で広大な農地を進んでいくとやがて現れるランブイエ城脇の壁。

師匠の4年前と全く同じことを私も思いました。まだ走り続けたい。もっとたくさんの地元の人と会って、食事をして、参加者と会話をしたいと思いました。

ゴールでビデオを撮ってくれている師匠を見つけ、言葉を交わしたら、この4年間のことをいろいろ思い出して泣いてしまいました。

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