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権利を実現するのは大変 その3

 債務名義が取得できたら、これで一安心と言いたいところだが、そんなに甘くはない。強制執行の前途は多難だ。
 以下では、債権の典型であり、馴染みの深い金銭債権について説明していく。

金銭債権の強制執行の方法

 金銭債権の強制執行は、債務者の財産を差し押さえて換価し、その代金により債権を実現するという方法が取られる。民事執行法は、差し押さえる財産ごとに異なる手続を定めており、債権者は、差し押さえる財産を決めて、強制執行の申立てをする必要がある。

不動産執行

 債務者の不動産を売却して債権を回収する方法である。
 債権者は、不動産を特定して強制執行を申し立てる。裁判所は、書類が整っていれば、強制執行開始決定をして、不動産を差し押さえる(差押は差押の登記をする方法により行われる。)。そして、不動産の現況を調査・評価した上、入札に付する。落札者が納付した代金はまず執行費用に充当し、その残りが配当に回されることになる。
 手続はこのように進められるが、申立てをする債権者には困難の連続だ。
 まず、強制執行の対象になるのは債務者名義の不動産である必要があるから、仮装売買(虚偽表示)や、贈与、売却、代物弁済などにより名義が変更されてしまっていれば、強制執行することはできない。それでも強制執行したければ、債権者取消権を行使するなどして名義を債務者に戻す必要がある。なお、「仮差押」をしておけば、その後、名義が変更されても、これを無視して強制執行をすることができるが、詳しい説明は割愛する(民事保全法が規定している)。
 次に、時間と費用がかかる。手続がとんとん拍子に進んだとしても回収まで半年はかかる。執行費用として、申立人には70万円程度の予納が求められる。
 また、債務者の不動産には金融機関の抵当権が付いている場合がほとんどである。その場合、まず抵当権者に配当されることになる(執行費用は最優先)。他の債権者から配当要求がなされれば、さらに申立人債権者の取り分は少なくなる。なお、抵当権者も抵当権に基づいて(債務名義はいらない)不動産競売(担保権実行としての競売)を申し立てることができ、差押以降の手続は不動産執行の場合と同じである。
 さらに、競売の場合、落札価格は市価の2~3割減になると言われており、分けるパイも小さくなってしまう。

債権執行

 債務者の有している金銭債権から、債権の回収を図る方法である。
 債権者は、差し押さえるべき債権を特定して強制執行を申し立てる。
 裁判所は、書類が整っていれば、債権差押命令を発して、当該債権(差押債権という)を差し押さえる。差押は、差押債権の債務者(第三債務者という)に債権差押命令を送達する(送り付ける)方法により行われる。債権差押命令は、まず、第三債務者に送達し、これが完了した後、債務者に送達される(この順序でないと、差押を察知した債務者が取り立ててしまう。)。差押を受けると、第三債務者は債務者への支払を禁じられる。これに違反して債務者に支払ってしまうと、第三債務者は二重弁済を強いられることになる。
 債務者への送達完了後1週間が経過すれば、債権者は第三債務者から差押債権を取り立てることができる。第三債務者が支払わないときは、裁判を起こすこともできるし(取立訴訟)、第三債務者の財産に対して強制執行をすることもできる。債務者は、第三債務者から取り立てた金銭を自己の債権に充当する。債権者は、言わば、債務者から差押債権の譲渡を受けたのと同じ立場に立つことになる。
 こう書くと、債権執行は良さげであるが(執行にかかる費用も安い)、困難もある。
 まず、債権執行を申し立てるためには差し押さえるべき債権を特定する必要がある。通常、債権者は債務者がどのような債権を有しているかを把握していないから、「〇〇に継続的に納品しているから〇〇に対する売掛金債権があるだろう」とか、「□□に勤務しているから□□に対する給料債権があるだろう」などと、推測に基づいて申立てをせざるを得ない。銀行その他の金融機関の預金については、最近の改正で、債務名義があれば、裁判所を通じて、金融機関に対して取引のある支店、預金の種類・額などを照会できる制度ができたが、以前は、債務者の住所の近所にある〇〇銀行〇〇支店に預金があるだろうと推測して申立てを行っていた。推測が外れて空振りに終わることもあるし、預金があっても、残高が数百円ということもよくある。
 めぼしい債権を差し押さえることができたとしても、今度は、第三債務者からの抗弁にさらされる。
 預金の場合は、第三債務者である金融機関から、債務者に対する貸金債権と相殺するとして、支払を拒否されることが多い。第三債務者から、その債権は既に譲渡されている(債務者は既に債権を有していない)と主張されることもある(差押と債権譲渡の優劣は、第三債務者への差押命令の送達と確定日付ある債権譲渡通知の到達の先後による。)。
 では、他の債権者もその債権を差し押さえてきた場合はどうか。同じ債権が二重に差し押さえられた訳であるが、この場合、2つの差押の間に優劣はない(差押命令の送達の先後に関わらず対等)。第三債務者は供託しなければならず、供託金は、裁判所が、各債権者に債権額に応じて分配することになる。

動産執行

 債務者の有している動産を売却して債権を回収する方法である。
 債権者の申立てにより、裁判所の執行官が債務者の自宅、事務所、工場などに赴いて、そこにある機械、貴金属、絵画、現金等を差し押さえて売却する。申立てに当たっては、動産の存在する場所を特定するだけで足り、動産を具体的に特定することまでは要しない。執行官は、鍵を解錠して立ち入ることもできる。売却は、債権者自ら買い受けることもできる(債権と代金を相殺)。
 動産執行は、債務者のところに高価な動産が存在していることが分かっているのでない限り、効果は期待できない。また、差押えが禁止されている動産もある。特に、債務者の最低限の生活を保障するため66万円までの現金が差押え禁止となっていることに留意する必要がある。もっとも、執行官が自宅にやってきて動産を強制的に持っていくということが債務者に与えるインパクトは大きく、履行を促す一定の効果はある。

結び−民法の理解のために

 債権を実現するには、強制執行の方法によらなければならず、強制執行するためには債務名義を取得する必要がある。強制執行は時間と費用もかかるし、したとしても成功するかどうか分からない。
 債権者としては、債務名義の取得や強制執行といった面倒な手続は取りたくないだろうし、債権の回収を確実なものにしたいだろう。
 そこで、いろいろな手段が考え出される。
 債務者のところから金目の物を持ち出してしまってはどうか? しかし、自力救済が禁止されていることは既に述べたとおりである。
 では、自力救済は違法であり、自力救済をした債権者は不法行為による損害賠償債務を負うとしても、債権者は、債務者に対する債権とこの損害賠償債務とを相殺できないか?しかし、民法はこのような相殺を禁じている。
 自力救済が禁止されているとしても、債務者がいいと言うなら法的に問題はない。代物弁済である。しかし、債権者が代物弁済を求めるのは、債務者の倒産が近いような時期であろう。債権譲渡が代物弁済として行われることも多いが、債権が二重譲渡されるのも大抵がそんな場合だ。このような場合、他の債権者から、抜け駆けは許さないと、債権者取消権が行使されるかも知れない。
 担保のために予め債権者に所有権を移しておけば、債務者が支払わなかったときは、債権者は所有者としてその物を処分して、債権の回収をすることができる。そこでは、担保権実行のための法的手続は要しない。いわゆる譲渡担保である。
 民法の諸制度は、いずれも、社会に生起してくる事象に対して一定の解決を与えようとするものだ。民法の学習は、各制度が、どのような事象について、どのような思想に基づいて、どのような解決を与えようとしているのかを理解することにほかならない。
 
 
 
 




 



 


 
 


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