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「ふつうの成績」の子の中学受験①振り返らないための振り返り



こんなに長い一週間はなかった。
2キロ痩せた。

まさかの坂

食べられなくて眠れなかった。文字通り胃がなにものかにごりごりと押しつぶされてなにも通らず、眠れなかった。

後悔と申し訳なさ。そんなものがなにも通らない胃の中でただ蠢いていたけれど息子の前ではそんなことはおくびも出せない。

人生には3つの坂がある。
上り坂、下り坂。そして、まさかの坂。

そんなことは知っていたはずだけれど、まさか、ここで、こんな急斜面に立ちはだかられるとは全く予想もしていなかった。こんな目に遭わないために、さまざまな手を尽くしたはずだった。

それでも現実は厳しかった。決して高望みをしたわけではなく、塾のアドバイスを鵜呑みにし過ぎたこと、複数回受験の加点制度を過信したことなどじっくり自分たちの計画表を見ると原因はたくさんある。

今の中学受験は試験当日の夜にパソコンで結果がわかる。
2月1日、2月2日は午前午後と試験を受け、2月3日は午前試験を受けた。合計五回連続で、息子と私はピッタリ寄り添いながらパソコンの画面に誕生日と受験番号を入れて「残念ながら不合格でした」の文字を一緒に見た。

こうして書いていても、なんて辛い瞬間だったろう、と今でも胃が痛む。
もっと辛いことは、そんな辛い瞬間を5度も、息子に体験させたことだ。彼が生まれてから、子供の体と心を健康を守る、と誓って子育てをしてきたはずなのに、まさか、私が、こんな辛い経験をさせるなんて。

後悔、なんていうありふれた言葉では説明しきれない。

それでも、私たちは前を向かなければいけなかった。時間は限られていて、息子にあった学校を探さなければいけなかった。

「縁」

3日の夜、息子は布団に潜って赤ちゃんのように泣いた。様子を見に行くと「一緒にいて」と言うので私は久しぶりに息子に添い寝して背中を優しくたたいた。
「大丈夫。Kは本当に頑張った。よくやった。ママと先生がスケジュールを間違えた。本当にごめん。でも、ママは絶対に君の学校を探すから」

実は、塾の方から「絶対大丈夫」と言われていた学校が1日に不合格だったときからなんとなく嫌な予感がしていた。息子の偏差値はその学校の偏差値よりも7ポイント高かったのだけれど試験会場に入った時、予想以上の人数に面食らったのだ。

全て不合格だった時のために「万が一の万が一」と用意しておいた15ポイント下の学校はあったのだが、そこは息子があまり気に入っていなかったし、私たちも塾の先生が「大丈夫」と何度も太鼓判を押し、後半になって成績が上がったからと志望校を上げたので「万が一の保険だよ」と軽く考えていた。

しかし、いざ1日目全て不合格になってしまうと塾の先生の「絶対大丈夫」が急に心許なくなってきた。
2月2日の午後試験が始まると、私は保護者の控え室で学校探しを始めた。息子が希望する運動部があって、過去問対策をしていなくても受かりそうで、尚且つ日程が大丈夫な学校。

今受けている偏差値7ポイント下付近を探す。無い。
10ポイント。無い。
15ポイント。……ここまで下げる?……
あった!
ホームページでカリキュラムを確認したところ、なかなか良さそうで家からも通いやすい。受験期間中何度も思ったけれど、今まで知らなくても良い学校は本当にたくさんある。

休みをとっていた主人が学校まで行って様子を見に行き、過去問をもらってきてくれていた。

3日目の夜、大泣きした後、気が済んだのか息子はむっくり起き上がると、黙ってリビングに降りてきて、おいてあった過去問題を解き始めた。ものすごい勢いで採点まで済ますと私たちを睨むように言った。
「100点だよ」

「おーさすが」
私と主人は思わず拍手した。

その場で出願して、翌朝、試験。
試験会場には、私たちのように思い詰めた顔の家族と、気楽な様子の家族と二つのパターンの家族がいた。

家に戻り、午後3時。
「簡単だったよ」と息子は言ったもののさすがに心配そうだった。4日目の試験は、そもそも合格人数が少ない。なにが起きるかわからないことはこの3日で思い知らされている。文字通り、震える指で番号を打ち込んだ。

おめでとうございます!「特待合格です!

ピンクの文字が画面に現れた。私は椅子から崩れ落ちて泣いた。

前受受験の埼玉でも、初日は二つとも不合格、二日目は二つとも合格、という結果で同じようなこと繰り広げたのだが安堵感は雲泥の差だ。

その後も色々あったけれど、息子はこの時に合格した学校への進学を決めた。

決める前に学校見学もさせてもらい、温かみのあるとても良い学校で、「ご縁があったんだな」と思う。

過去と未来

それでもやっぱり、時折「後悔」が訪れる。受験を決めてからのさまざまな選択を振り返り、悔やむ。そして、胃が痛む。
そして思った。

ああそうか、人はこうやって病んでいくんだ。過去を振り返るとああすればよかった、こうすればよかった、と自分の言動にダメ出ししてしまう。

どんなにダメ出ししても、時間は戻らないのに。

わかっていても、私の脳裏をよぎるのは過去ばかりだった。
毎日作ったお弁当
大量のノート
サイズや種類がバラバラのプリントを整理したクリアファイルとクリップ
等身大にコピーした大量の過去問題
模試の結果
自習室に行くたびにシールを貼ったカレンダー

寒い日も暑い日も 雨の日も
重たいリュックを背負ってお弁当の入った赤い袋を提げて
駅へと歩いていった息子の背中
守りたかった 愛おしい背中

ただただひたすら切なくて胸が締め付けられて申し訳ない気持ちになった。

入学金も振り込み終えて、気持ちを切り替えなきゃ、と自分に言い聞かせていたとき、夫がふっと言った。
「Kよく喋るようになったな。受験が終わって明るくなったと思わない?」

……そういえば。
脳裏の過去を振り払って息子を見ると、未来が溢れていた。
同級生が持ってきてくれたバレンタインのチョコレート
新しい制服
新しいカバン
新しい靴
新しいジャージ
大好きなスポーツができる部活動
憧れの電車通学
自分専用のiPad

未来に向かっていいんだ。
私は思った。
いつまでも反省していなくてもいいんだ。

生きていれば、試練はある。
だからもう、過去を振り返って悔やむのはやめよう。
愛おしく思い返せる思い出だけ残して
明日へと進んでいこう

悔やむ過去は、振り返らないためにある
振り返っても病気になるだけだから
振り返らなくていい

目指した合格が獲得できなくても、明日への一歩を進められるように。
悔やむ過去を何度もクヨクヨ振り返らないために。
我が家の中学受験を少しずつ振り返っていこうと思う。


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