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アーモンド・スウィート 鐘岡凱了 釣が好きではなかった。

 鐘岡かねおか凱了がいあの家は、平成初めまで和竿を作っていた。凱了の父の代から竿は作らなくなったが、祖父が作った和竿はまだまだ沢山残っている。その他にも名のある竿師の手の物も置いてあった。
 実のところ凱了の父は釣り具屋を営んでいながら、釣り具を売るのに熱心ではない。現在は店の売り場の半分を水鉄砲や浮き輪などプールなどで遊ぶおもちゃ、川遊び用の仕掛け、すくい網(これなどは釣り具の延長線ある道具といえなくもない)、果ては折りたたみイス、折りたたみテーブル、一人用テント、簡易コンロ、組み立て式焚き火台、バーベキュウ用炭、クーラーボックス、ダッチオーブン、花火などが置かれている。父が言うには、「釣りをするヤツなんて、すでに居ない。今は家族でキャップ、一人でキャンプする時代。キャンプなら山でなくても川でも海でもキャンプという認識だから、置いておけばそれなりに売れるって寸法だな」ということらしい。凱了も子供なりに、釣り道具を売るよりキャップ道具を売る方が商売に成ると分かっている。しかし、祖父が亡くなって代が代わって直ぐに、「和竿は作らない」と宣言して釣り具屋に変わり、釣り具だけを売る店だと思っていたらキャンプ道具も置く店に成った店を、祖父があの世から見ていたら化けて出てくるんじゃないかと思ったりする。
 凱了は三兄弟の真ん中。兄と弟は釣りが好きで、しょっちゅう二人で川や海に釣りに行っている。凱了も誘われるが、凱了は二回しか二人と行ったことはない。祖父が生きていた頃は、孫三人を釣りに連れて行くのが楽しいと思っていた祖父の顔を立てる気持ちで釣りに同行していたけれど、本心として一度も釣りを楽しいと思ったことがなかった。釣るつもりも無く、餌が付いた釣り糸を川の面や、河口の水面に落とし、ただ時間が過ぎて行くのを待っていた。

 凱了は何が好きで、何をしているときが楽しいと思うのかと祖父や兄に聞かれたけど、特に答えがあるわけではない。ただ釣りは楽しくないなと思うだけだ。テレビゲームが楽しいんだろうと詰問されるが、別にゲームにもそんなにのめり込んでいない。一日一時間もすれば、それで十分だ。三組で流行ってゲームをやってみても、みんなが言うほど中毒性を凱了は感じない。マンガも紙では読まない、小説も紙でもネットでも読まない。しいて言えば、YouTubeとTikTokを見ているときが一番楽しい。もし叶うなら、大人になって成れるならユーチューバーかライバーになりたい。ユーチューバーかライバーを職業として、沢山のお金を稼げるなら自信はないが幸せだろう。

「凱了。ちょっとの間、店番をしてくれないか」二階で宿題をしていると、父が一階の店から階段上を見上げるように言った。
「はーい。いま行く」父は店番を凱了にだけ頼む。兄は中学でバスケット部に入って忙しい。弟はまだ小三なので十歳以下と言うことで店番をさせるのは心配なんだろう。もし中学生くらいの不良が入ってきて、好き勝手に商品を弄んだり、万引きしたりされたら弟では刃が立たない。今年11歳の凱了なら大丈夫かといわれれば、大丈夫と胸をはって答える自信はない。
 ただ凱了は名が体を表すというか、11歳のわりに大きい。身長が160センチある。兄は中1で175センチある。父は背が高くない人だけど、母が背が高い。173センチある。高校までバレーボールをしていた。陸上部にも陸上部顧問のお願いで居たらしく、幅跳びの選手をしてたらしい。
 つまり凱了も背があり、目も良くないので常に目を細めるクセがあり、中学生くらいなら睨みが利く。まあ、四、五人の不良グループが店にきたならば全然相手に成らないと思うが、まだそういった不運はあってない。
「少し時間かかるかもしれないんだ。クルマで、買って頂いた商品を届けに行くんだ。いいかな?」
「はーい。どれくらい掛かりそう?」階段を下り、凱了が店に顔を出すと、店の脇に駐車してある車に商品を積み込んでいて、店に父はいない状態だった。一度戻ってきた父は、
「三十分から四十分くらいかな。門前仲町の方へ行ってくる」
 父はクルマに忙しく乗り込み出て行った。
 店のカウンター(帳場)の中に座り、心の中で嫌な客が来ませんように。金髪や茶髪に染めた不良グループが来ませんように。和竿を見せてくれと言ってくる大人が来ませんように。凱了に釣りの話しを期待する客が来ませんように。と祈った。
 と、年の頃が五十歳前後の男性が一人の店に入ってきた。続いて、頭を茶髪にし眉も茶に染めた、いかにも不良といった体裁の三人組も入ってきた。最悪が一遍にきた。男性は和竿を見せてくれといいそうだし、三人組は店の中で水鉄砲やキャンプ道具で遊び出しそうだ。

「いらっしゃいませ」やって来た客たちに聞こえるか聞こえないくらいの小さい声で凱了は言った。
 凱了は緊張を悟られないように、下を向き雑誌を読んでいるフリをした。
しばらくすると、「おーい!」と不良の一人が店番をしている凱了を呼んだ。三人がたむろしている所に来いと手招きしている。用があるなら自分たちがここまで聞きにくれば良いのに思った。チラッと見ただけで無視をした。無視したことで最悪に発展するかもしれないと考えたが、無視をした。
「おーい。聞こえてる?」と同じ不良が凱了に呼びかける。二度も呼ばれたので無視する訳にもいかず、
「何でしょう?」と雑誌から顔を上げて、緊張を見せないように答えた。
「こっち、来てくれるかな?」チョイチョイと手招きされた。
 五十くらいの男性の様子を確認して、不良の方へ行った。男性は熱心に値の張るリールを見ていた。
「遅いーよ!」最初に凱了に呼びかけた不良と別の不良に、首に腕を回された。首に回された腕が重い。きっと身長の高い凱了に寄りかかっている。
 凱了は膝が震えた。不良に暴力を振るわれると身の危険を感じた。
「何、震えてるの君?」と首を回しながら不良Bは笑顔を見せる。
 凱了の心の中で、不良三人に不良A、不良B、不良Cと名付けた。最初に凱了を呼つけたのが不良A、いま首に腕を回しているのが不良Bだ。
「あのさー、今夜、晴海埠頭に夜釣りに行こうと思ってんだ。どんな仕掛けが良いか教えてくれる?」不良Aが凱了に笑顔でいう。
「出来れば安いヤツがいいんだけどさ」釣り針や釣り糸の棚を見ながら不良Cが言った。不良Cは鼻が詰まった声をしていて聞きづらい。
「そ、そ、そうですね……。予め、糸から重りから針までの仕掛けが作ってある、ハゼ用……、キス用……、小アジ用……なんかどうでしょう?」
「ふーん、そんなのあるんだ。いくら?」
「一つの仕掛けのセットに、同じ仕掛けの予備が二つ付いて五百円です。どれも同じ値段です」
「仕掛けが三つ入ってる、てことだね」
「そうです」
「高くね? もう少し安くいの無いの? 無いならこの仕掛けを安くしてくれない」
「はい。いやー、ぼくは店番を頼まれただけだから。値下げまでは…」
「じゃーさ。仕掛けは君のいい値で買うから、オマケしてよ。この竿とリールのセットを三人分オマケしてよ。ね」伸ばすと一メートル二十センチから一メートル五十センチなる竿と簡単な形のスピニングリールが付いた四千八百円のセットを不良Bが指さした。急に不良Aも反対側から凱了の首に腕を回してきた。凱了は完全に身動きが取れなくなった。
「こんにちは!」大きな声で挨拶しながら秀嗣が店の中に入ってきた。
「花火欲しいんだけど」不良に囲まれてる凱了と秀嗣は目が合った。
 不良Bが、秀嗣に対してあっちに行けとばかりにしっしっと手を振った。不良Bのその仕草を見て、秀嗣の眉間に縦のシワが入った。
 睨み返すような秀嗣の顔に不良Cが反応して、秀嗣の側に行き、凱了と同じように秀嗣の首に腕を回そうとした。その腕を秀嗣は、下から払った。
 凱了は、相変わらず怖い物知らずでーバカだなーと、秀嗣を見て思った。小学生が中学生三人を相手に勝てるわけないのにバカだなー回れ右で逃げれば良かったに、と思った。
「何だ手前ぇ!」下から小学生に腕を叩かれた形になった不良Cが凄んだ声をだした。(ほら、だろう)
「お前に、手前ぇと言われる筋合いはねえ」と秀嗣が返した。
 不良Cは秀嗣の頭を平手でいた。(なっ)
「なんだお前!? どこのヤツだ?」秀嗣が叩かれて怒鳴り返した。
「どこだろうと、お前に関係ないだろう!」
「どこだって聞いてんだ。どこから来たかも場所も名乗れねぇのに、余所の縄張りに来て威張り散らしてるんか!」
 不穏な空気を察したのか、五十頃の男性は店から出ていった。凱了には、男性が出る一瞬に棚に立てられてあった磯釣り竿を二、三本持って出たのが見えた。コートに半分以上隠し、足にピッタリと付けていた。
 不良Cが揉めて、なおかつ手こずっているので凱了の首に回しながら不良Aと不良Bが、秀嗣の方に動いた。
「縄張りとは大層な云い方だな。まるでヤ○ザだな。きみ?」
 不良Cは呆れるとも、バカにするとも取れる態度で言った。
「名前は? 名前は何だ!?」(遊海、しつこいっ!)
「名前? 誰だって良いだろう」と、また秀嗣を叩こうとするが、秀嗣は身体をごと避ける。
「おいおい、何所の小学校か、中学校か、何所に住んでる誰かも名乗らない臆病者を相手にするは、あとあと面倒なんだけど」秀嗣が両腕を上げて、外国人のようなジャスチャーをした。
「おいおい、お前こそ粋がってるんじゃねぇぞ!」不良Bが秀嗣の正面に立つ、不良Cがすかさず秀嗣の後ろに回った。
 不良Cが秀嗣の後ろから羽交い締めをしようと腕を回した瞬間、秀嗣は振り向きながら頭突きを不良Cに喰らわした。そして間髪入れずに不良Bの股間を蹴り上げた。再び不良Cに振り向いて頭突き、また振り向いて不良Bに頭突きを喰らわした。二人が一気に蹲った。
 不良Aが凱了の首に回した腕を放して、秀嗣に飛び掛かっていった。体格差があり、秀嗣は蹴られ、殴られボコボコされる。
 凱了は解放されたときに恐怖が去ったので、秀嗣が遣られるのをボーッとみていた。
「早く母ちゃんでも誰でも良いから、大人呼んで来い!」秀嗣に言われるまで気付かなかった。急いで店の奥に走り、母を呼んだ。
 母がうちに居なかったらどうしようと思った。次は自分が遣られ、店で暴れられ、商品を好き勝手に持って行かれるかもしれないと思った。早く、父ちゃん帰って来てと祈った。
 母は家の外に居た。不良三人組と店の中で喧嘩している秀嗣に気付いた。
「なにやってるの!?」凱了の母が大声で怒鳴った。その声で近所の人も駆けつけた。ボコボコの秀嗣と秀嗣をボコボコしていた不良は、一人は逃げたが二人は捕まった。不良二人は暴れて逃げようとしたが、今度は中学生と大人男性とでは体力が違うので、暴れるだけ体力を使い最期はぐったりした。

 不良二人が警察に連れて行かれて三十分過ぎた頃に凱了の父が帰ってきた。凱了の父が帰ってきた所で、盗まれた磯竿の確認とその他に無くなっている物を確認して、被害者の凱了と秀嗣の保護者として神田警察署に一緒に行った。神田警察署に着く頃に秀嗣の母親もやってきた。
「大丈夫?」と母親は秀嗣に優しく声をかけて、殴られた後に濡れたハンカチを当てて冷やしていた。
「ごめん……。またやっちゃった」秀嗣は半分涙しながら、母親に謝っていた。凱了は秀嗣が自分の代わりに乱暴されたようで、悪いような気がした。痛々しい顔を見ていて、自分が殴られなくて良かったと同時に思った。

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