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アーモンド・スウィート 幼馴染みですが、問題でも?

 斎藤礼門土れいもんどと桑原明安莉めありの仲は複雑である。たまたま5年2組のクラスメートだから恋人のように、クラス内はおろか学年の中で思われているが、違うと二人は思っている。そして傍目からみれば幼馴染みの男子と女子が仲良く連んでいるとも見えるだろう。しかし、本当の処は互いが相手が自分に気があるじゃないかと思っていて、それで一緒に居てあげてるつもりである。つまり幼馴染み以上恋人未満という宙ぶらりんの間柄で、なのに互いに臆病で距離を詰められないのだ。

 礼門土の父は鳶をしている。父は小柄な人で、高いところに臆せず、高い場所でも素早くけて、手先が子供頃から器用だった。家を建てる大工か、建設現場で働く鳶は自分に合っていそうだと、礼門土と同じ11歳に時に思っていたそうだ。鳶をやる前は、足場組立工や配筋工などを経て現在は鉄骨鳶をしてる。足場組立工のことを鳶職という場合もあるが、高い所で作業する人間全般を鳶といって差し支えないと。で父は、高所で作業する作業員なので自分のことを「鳶」と言っている。なぜ今の仕事に就いたかと言えば、単価が良いからというより、求められて鉄骨組み立ての現場で鳶として働いているだけのようだ。すこしだけ家を建てる大工に未練があるらしい。礼門土は特別に父に憧れたりしてはいないが、父も自分に憧れを抱くより工業大学を出て一級建築士にでもなってくれた方が良いと常々言っている。憧れていないが、父のことは尊敬はしている。危ない大変な仕事をして自分たち家族を養ってくれているし。酒は家でも飲まない、誘われても年に数回、新年会、暑気払い、忘年会くらいでしか仕事でも飲まない。タバコも吸わない。これは気管支が強くないので、工事現場のホコリでやられた上、ニコチンを肺に入れるようなことは自殺行為だと思っているからだ。パチンコ始めギャンブルもしない。その代わり休みの日は、日曜、祝日は家の中でゴロゴロと寝て過ごしている。大変に疲れるそうだ。休みの日は寝て身体を休めないと次の一週間頑張って働けないと言っている。だから礼門土には、両親と兄弟と家族旅行に行った想い出がない。
 明安莉の父は二級建築士で設計事務所に勤めている。一級建築士の補助的な仕事、構造設計や設備設計の仕事を手伝うことがあるんだとか。ゆくゆくは一級建築士の資格をとって、全ての裁量をもって施主の建築依頼に応えたいと思っているそうだ。建築士として独立してやりたいとは思ってなく、今の事務所で、現在のボスと一緒に仕事をしたいと思っている。
 ちなみにだが、礼門土兄弟は明安莉の両親に何度か、一緒に温泉旅行に連れて行ってもらっている。というのも明安莉は一人っ子で兄弟がない。そして明安莉の父は男の子が欲しかった、しかも二、三人。礼門土には 真剣佑まっけんゆうという兄がいる。兄は今年工業高に入った。兄とは5歳年齢が違う。郷敦ごうどんという弟もいる。弟は東神田小の二年生だ。だから明安莉と一緒に温泉に行ったのは礼門土と郷敦であった。礼門土の母は遠慮して一緒に温泉に行ってない。郷敦が小学校に上がる前に、何度か母と父と兄弟三人で、父の運転するクルマで一泊、日帰りの旅行に行った記憶がある。みんな笑顔だったが、何をしゃべったか思い出せない静かな想い出だ。

 礼門土と明安莉は同い年ということもあり、互いの父の愚痴を伝え合い、何となく共有してきた。お互いの気持ちを知っている、というわけになる。
「やっぱり下働きは大変なんだって。トップとかチームのリーダーにならないダメなよう。ボスのことは好きらしいけど」
「だよな。職人と聞けばカッコイイ部分もあるけども。結局、上から踏みつけられたり、無理難題を押し付けられたり、きつい労働時間、安いお金で仕事しなくちゃいけないからさ。辛いよな。父ちゃんは尊敬しているけど、父ちゃんのようには成りたくないよ」
 二人は東神田小の屋上の片隅にある、理科の植物観察に使う園芸スペースの、植木鉢が100鉢以上載せられる木の棚の下に空いたスペースにいつも腰掛けて話してる。放課後帰ってから、再び集まってしゃべっても良いのだが、小学校五年生ともなれば男子、女子の付き合いが多くなる。じゃあ、夜に電話で話せば良いじゃないかと思われるだろうが、恋人でもないのに毎日二人で学校であったこと(同じ五年二組なので、ほとんど知っている)、お互いの付き合いのあるグループ内での話し(初耳のことが多いと思うが、そうそう秘密をばらせないこともある)は出来ない、将来の夢を語るには、互いの将来の責任の半分を背負わされるようで重い、などで出来ない。それに家には明安莉の母の耳、礼門土の家では豪敦の耳があるから毎日は電話できない。昼休憩のちょっとした時間に、礼門土と明安莉は園芸係になっているから、屋上の花壇に水あげする(放課後でも良いと園芸担当の五年一組の担任天野先生は言っていたけども、先の理由で二人は昼飯後の休憩時間に屋上に上がってしている)時に、少しだけクラスへ戻るのを遅らせて棚の下の段に腰掛けてしゃべっている。
「伴さん、学校に戻ってくるかな?」礼門土は心配してないけども、話題に困ったときに話しやすい伴牧葉まきばのことを出した。
「どうだろう? 学校好きじゃないみたいだし。学校に来ること自体苦しそうだったよね」
「仲の良い(女子の)友達とかいないの?」
「いないんじゃないかな。分からないけど…」
「小学生なのに、留年とかあるかな?」
「あるんじゃない。一組の永井(いちご)さんとかも学校にきてないし、三組の旅屋たや(有寿ありす)さんも引きこもり気味って話し聞いたよ。旅屋さん一週間に三日しか来ないんだって。週の半分は学校に来ないってことみたい。きっと三人は五年生のままじゃない。このまま来年小学校六年生になって、再来年卒業と言うことで出しちゃったら、先生方無責任じゃない?」
「ウチの学年、三人も登校拒否の人間がいるんだ!?」
「深夜の公園やコンビニを徘徊したり万引きし始めるのが、丁度小学校五年生くらいからなんだって。早い人は小三、小四くらいから始まる中学受験の勉強のストレスが、小五くらいでいっぱいいっぱいになって、ある日爆発して不良かするとか」
「ふーん」
「親の大事にされてないと感じる子供が、思春期に差し掛かり一人で行動し始めて、夜に家を出てみたり、お金がないから万引きしたり、気弱そうな人をカツアゲしたりして、欲しい物を手に入れるんだって。ネットニュースにあった」明安莉は棚から起き上がり、両手を組みながら背伸びをする。
「あーそうなんだ。ウチらの学年、お祓いしたほうが良いんじゃない。三人も学校来られなくなるなんてさ」礼門土は逆光になった明安莉を見上げる。
「……。三人とも、個人的な理由じゃない。部外者が首突っ込まない方がいいよ。連れ戻しても感謝されないし、恨まれたりした後あと嫌じゃない」
 さっさと教室に戻る明安莉の後ろ姿を見ながら、礼門土はうーんと唸ってしまった。お祓いをするのも余計なことか、と。

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