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アーモンド・スウィート 彩葉 テツ

 彩葉いろははテツという名の猫を飼っている。テツは白い猫で、元は野良猫だった。テツは中島家に来る前は、鎌ケ谷の市営団地敷地内の空き地に住み着いた親の子どもだったらしい。それをボランティアさんが保護して、巡り巡って船橋駅前で里親探しをしているところ、彩葉の母が足を止め、テツを一目見て気に入り貰ってきた。
 彩葉は最初、「野良猫なんて!」という感じで、そばに寄って来られるのも嫌だった。何か不潔な感じがした。きれいに洗ったとしても、元々埃まみれ泥まみれだったのは事実だ。病気を隠し持っているかもしれない。それが発症するかもしれない。猫エイズというものがあるらしい。いま流行の新型コロナは、野生のサルやコウモリから人間にうつったニュースで聞いた。
時間差で発症して、わたしたちに未知の病気がうつるかもしれないと思うと恐ろしい。父と母は信じられないことにまったく気にしていなかった。
「そばに近づけさせないで!」と彩葉は毎日怒っていた。
テツは仔猫の時から、家の中を走り回って騒々しかった。リビングのソファーを軽々と飛び越え、部屋中を走った。ご飯を食べると興奮して走り、トイレが終わると興奮して走り、突発的な音が聞こえるとすぐに走った。
 そして、彩葉の部屋を除いて、堂々と家中のどの部屋でも寝た。寝るときは人間のように横を向いて寝て、右から左、左から右と寝返りをうった。
 一番腹立たしく困ったのは、猫が元々夜型の動物で、しかも深夜になるほど元気になる動物だということだ。夜の十一時頃から朝方の三時、四時、五時まで、家の中を走りドタバタドタバタと運動会のごとくの騒ぎで、走らなければニャー、ニャーと一晩中うるさい。落ち着かせようと頭の後ろやアゴの下辺り、尻尾の付け根辺りを撫でてやると、気持ちよいらしいが、今度はゴロゴロとうるさい。彩葉は船橋から神田まで電車通学をしている。約三十五分から四十分くらい掛かる。毎日、夜九時には寝て朝五時に起きしている。つまり寝てる間、起きるまで、ニャーニャー、ゴロゴロとうるさいというわけだ。ホント、可愛くもない。
 次に腹が立つのが、なぜかしら猫のくせに犬でもないのに、人の靴が大好きで、父のと言わず母のと言わず彩葉の靴も、履き口の所を囓るのだ。時には靴底まで囓っている。彩葉のお気に入りの靴がテツのせいで二足ダメになった。
 そして、猫だからと覚悟していたけど、やっぱり腹が立つのは、服に爪を立てて穴を開けることだ。穴を開けるだけではなく引っ掻いて傷を大きくする。もちろん家の家具も服と同じように、テツの爪によってボロボロにされてしまった。
 母を何度も恨んだ。母もテツも笑って許す父を恨んだ。なんど内緒で、テツをどこかに捨てて来ようした分からない。彩葉とテツのことを見守っている母の目は誤魔化せなくて、その都度、テツを家の外に連れ出すのに失敗した。あと元野良猫のくせにテツは、家の外に出たがらず、家の中で寝たり食べたり遊んだりしていることを好んだ。だから外に出た隙に閉め出す、という作戦もできなかった。

 それも五年前の話し。今では彩葉もテツに心を許し、テツも彩葉のことが大好きらしい。彩葉が学校に行くときは、テツは毎日、玄関まで必ず見送りに出てくる。お返しに、彩葉はテツの為に自分の部屋を開けておく。テツは彩葉のベッドで寝る。そして彩葉が帰ってくる夕方まで起きないらしい。
彩葉が帰って来て勉強を始めれば、机の上、足下で身体をゴロゴロと寝返りをし、わざと邪魔して一緒に遊ぶように誘う。一回遊び出すと二十分くらいは、彩葉を解放してくれない。良い気分転換になると思えば可愛くもあるが、勉強が乗っていたり、課題を終わらせなければならないときは憎らしく感じる。

 彩葉が二十歳頃になる頃までテツは元気いてくれるか、今から心配だ。一緒に成人式のお祝いを、父と母とテツと彩葉の四人でしたいのに。テツは彩葉が二十歳になるころ人間でいえば七十二歳から七十六歳になる。二年目で二十四歳に急成長して、あと一年ごとに四歳年が多く成る計算らしい。もう立派なおじさんだけど、猫の精神年齢は人間の三歳くらいと聞く。しかし人間に従う必要を感じてない為に人間の命令を無視しているから、実は人間の子供の自我が強くなる五歳から七歳に相当するんじゃないかという研究者もいるとか。彩葉は間をとって、テツを四歳から五歳の子供と思っている。

 彩葉は一人っ子で、兄弟がいない。だから弟と感じても良さそうなものだが、人間の兄弟の替わりとは思えない。妹か弟が欲しいと思っていた処に、テツが家に来たわけだが、猫は猫で、人間は人間だ。
 大人の事情は分からない。父と母が、一人だけ子供を持とうと決めていたとも思えないし、思いたくもない。幼稚園の頃まで、妹が出来たら、弟が出来たらと無邪気に母と父に話していた。少しだけ母と父が悲しそうな顔をしたのを忘れられない。謝られたことはない。事情があるのかもしれないと、彩葉は九歳、十歳頃に察した。テツはすでに居た。今更、弟として考えられない。堅苦しい考えかとも思う。でも…猫は猫で、人間は人間だと思う。

 神様が、父と母と彩葉にテツをプレゼントしてくれたのかもしれないと思うことしてる。最近知ったことで表現すれば「運命」なんだと思う。
 

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