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アーモンド・スウィート

 蒲池福市の家は和洋菓子を売っている。アンコいっぱいのどら焼き、豆がゴロゴロの豆大福、栗饅頭、蒸し羊羹、水羊羹、カスタードクリームや生クリームをスポンジ生地で挟んだナボナに似た物、円筒形葉巻型のパイ生地に生クリームを入れたクローネに似たパイ菓子、チョコ味・カフェオレ味のエクレア、カスタードクリームがたっぷりのシュークリーム、果実がゴロゴロ入ったフルーツゼリーなど神田の人のちょっとした空き時間に、気軽に食べる甘い物を常連客の要望に応えて作ってきた。
 お爺ちゃんとその上のお爺ちゃんも戦争を体験した人らしく、戦争中、夢みていたのは家族との再会と甘い物だったらしい。曾お爺ちゃんは海軍にいたとかで、偶然に一度だけ給糧鑑「間宮」(船内で羊羹や饅頭など庶民的なおやつも作っていた調理船、兵站補給船)に出会ったことがあり、間宮から支給された羊羹と饅頭がとても美味しかったそうです。夢に見た甘味で幸せになったと80年近く経っても覚えているほどでした。曾お爺ちゃんのその幸せな体験は、戦争が終わったあとに神田に戻ってきてお菓子屋始める切っ掛けになったそうです。お爺ちゃんも子供頃が戦争中だったので、甘い物を自分の父親が始めた時は興奮したらしく、自分も将来はお菓子屋と決めたそうです。福市のお父さんは、実はハンバーガー屋さんを遣りたかったらしいです。ちょうどマ○ドナルドのハンバーガーが子供頃のみんなのご馳走で、大人になったら腹一杯食べるか、マクド○ルドに入ってハンバーガーを作る人に成りたかったと言ってました。しかし、マクドナ○ドのハンバーガーはチェーン店とかフランチャイズ店とかいう経営のかたちらしく、福市のお父さんが見よう見まねで出来るお店ではないことを知り諦めたそうです。

 福市は将来、本格的なパティシエになりたいと密かに思っています。大人に成ってパティシエになろうと思った切っ掛けは、お母さんと妹と一緒に廻った、迎賓館のようなキルフェボン・グランメゾン銀座と銀座メゾン アンリ・シャルパンティエ、お金を持ってそうな大人たちが集まる洗練された資生堂パーラー 銀座本店ショップや銀座マルキーズ、スチームパンクの世界のチョコレート工場のようなル・ショコラ・アラン・デュカス 東京工房 ル・サロンを回って、全ての店の外観や内装やショーケース中のお菓子たちの輝きに心を掴まれたからです。
 蒲池家が三代続けた町のお菓子屋さんではなく、日本橋、銀座にあるようなケーキショップを神田で始めたいと福市は心に決めました。そして、何だか意味もやり方も分かりませんが「日本一のケーキ屋に成る」と、海賊王にボクは成るみたいな決意で心を燃やしてます。早く義務教育に終えて、憧れたお店に弟子として入ってケーキ作りの勉強をしたいと思っています。

 5年2組の立川小百合も実家がケーキ屋で、将来パティシエに成るのを夢みています。小百合の家はお父さんもお母さんもホテルでパティシエと働いた経験があります。銀座や日本橋、新宿のデパートで開催されるフランス祭、イタリア祭、イギリス祭、サロン・デュ・ショコラなどに毎年通い新しい味、形のケーキ、チョコレートの勉強に熱心です。小百合は両親の影響を受け、福市と違いフランスに留学してパティシエの勉強をしたいと思っています。もちろんフランスだけでなく、オーストリアのウィーンやアメリカのニューヨークなど洋菓子のメッカにも旅をして周り、勉強したいと考えています。その他、スペインやイタリアなどのヨーロッパの古くて新しい洋菓子を作る国、トルコやメキシコなど自国の伝統菓子を発展させ新しいを洋菓子を発表している国にも行きたいと思っています。

 昼の休み時間に、福地はなぜか小百合に掴まれて、向かい合うことになってしまいました。
「蒲池くんとは今からライバルね」小百合は言いました。
「別にライバルに成らなくても、協力していけば良いじゃないの」
「あら!? こういうのは最初が肝心で、自分を甘えさせないの方が良いのよ。歯を食いしばって修行する、一流のパティシエになれなくて、怠け者になって周りに流されて二流以下のパティシエにしか成れないものなの」小百合は、ツーンと鼻から反らすように顔を上げ、見下すように福市を見ます。
「ケーキは人を幸せにする食べ物なんだから、争うとか競うと物騒な、ライバルとか……」
「あら!? それも釈迦に説法だこと。わたしは日本人だけでは世界中の人も幸せにするケーキを作る人に成りたいと思ってる。だから頑張れる。だから蒲池くんも頑張りなさい。一緒に頑張ってあげても良いわよと伝えているだけ。理解できる?」小百合は、今度は小首を傾げて福市を見た。
「理解した。じゃあ、立川さんはフランスで、ボクは銀座で頑張るってことで良いんじゃない?」
「そうね。刺激し合いながら協力し合う、というのが真の意味でライバルと言えるんじゃない。だから握手しましょう」と右手を差し出す小百合。
「結局、僕たちはライバルになるだね」不承不承手を出す福市。その手を女の子とも思えない力で握る小百合。「わっあ!」と福市は驚きました。
「力が凄く強いね」
「そうね。わたしお父さんやお母さんと一緒にメレンゲを立てたり、クリームを立てたり、粉をふるったりしてお手伝いしているのよ、今から。ケーキ作りは肩や腕の力が必要なの。もちろん体力も。パン屋さんも同じだと思うけど時間との勝負のところがあるの。焼きたて作りたてを直ぐに出して、食べて貰う。前の日から作り置きしてなんて出来ないでしょう? 朝から毎日、グワーっと作る必要があるの。今から修行が始まっていると思ってる。蒲池くんは違うの? 握力が私よりないみたいだから、まだ修行が始まってないってことね」
「いまは子供らしく、子供時間を満喫して。そのときが来たら、それから頑張って。大人に成ればいいと思うけど…」昼の休み時間に2組の立川小百合に突然、廊下の所で捕まってライバルに指名されたので、最初から今までずーっと小百合からプレッシャーを受けて、股間や脇の下がくすぐったっくてもじもじしてしまいます。
「考えが、今から甘いのね」と言うと、小百合はくるっと周り2組に教室に戻って行きました。
 福市は勝手ながら、ケーキ屋に成る夢を共に目指しているようだけど、大人になっても立川さんとは付き合ったり、結婚なんてしないほうがいいなと思いました。

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