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アーモンド・スウィート 彩葉

 中嶋彩葉いろはは夏が過ぎても中学受験に向けての勉強が絶好調だった。六年生までの勉強を先取りしてやっておくと良いと塾の先生に言われたから、五年生になって直ぐに六年生の教科書を手に入れ、年末までに一応の区切が見えてきた。六年になったら過去問中心の勉強になる。彩葉は滑り止めを含めて三校受験するつもりでいた。秀嗣は勉強は苦しい修行のようだと言っているが、彩葉は勉強をしている時間を苦行と思ったことはない。勉強が楽しいと思ったこともない。繰り返し繰り返しに飽きることもあるが、自分は集中力と根気はある方だと思う。
 しかし、時どき机に向かって勉強しているだけでは心がモヤモヤしてくることがある。モヤモヤしてくると勉強の集中力も落ちてくる。モヤモヤが湧く前に適当な時間に息抜きをする。
 彩葉の息抜きはヤンキー漫画を読むことだ。単純な力勝負で勝った負けたで日本や日本の未来を大言壮語をするキャラクターたちが好きだ。喧嘩の負けだけで、登場人物の存在理由も否定される、または死を意味するとまでいう。喧嘩の勝者は屍の山を作り、屍の山に登り、その上に立つ。血塗られた歴史が読む者の胸を熱くする。彩葉が囲まれてきた女子の世界にはなかった、男たちの世界。世間でいうほど女の子の同士の嫉妬とイジワルは酷くはないが、力で決着が付くほど単純ではない。殴り勝った者に全ての決定権があるなんて、なんて野蛮な話しだろう。でも、ウジウジとしてなかなか決まらない話し合いだったり、持って回った話しでいつまでもスッキリしない集まりだったりに嫌気をさしている彩葉からしたら、力という単純で絶対的な価値基準は最高だと思う。ジャンケンで決着を付けようとしても何度もやり直しが出来たりするルールが追加されたり、クジ引きやあみだくじで決定するはずだったのに、出た結果にたいして「○○ちゃんがかわいそう」とか「○○ちゃんは泣いて嫌がってるよ」とか「全員が納得する解決法があるはず」のような前提をひっくり返す理想論を呟かれたりするのが信じられない、と思っている。
 男の子に生まれて来れたら良かったのにとまでは思わないが、男の子たちのように単純に考えて、何でも決定できたらスッキリして気持ちよいだろうなと思う。
 あと世間が想像する女子の世界のヒエラルキーに、美と智がある。プラス親の裕福度がある。美は表だって褒められはするものの、「彩葉ちゃん、色白で可愛い」とか「髪がサラサラで明るい茶色で羨ましい」などと言われる。が、裏では「可愛いと思って、男の子に色目を使って!」とか「そんなに可愛い? チビだし、くびれないし。彼女の顔、逆に気持ち悪くない?」など言われて笑われているのを知っている。勉強が出来ても尊敬されない。毎回テストで百点を取っていると、宇宙人を見るような目で見られることある。塾でも同じである。少しでも積極的に授業の正解を答えると、親の敵のように睨まれたりする。彼女たちは彼女の両親と家を代表して塾に有名中学に入るにかもしれない。東大とか早稲田とか慶応に必ず行かないとならないのかもしれない。家がお金持ちでも住む世界が違うと相手にされない。無視や村八分のイジメの切っ掛けに利用されたりする。
 女の子の世界ではコミュニケーション能力の程度がもの言う。誰にも嫌われず、誰からも怖がられず、誰に対しても一定の距離をおく。
 彩葉は五年生にして女子の世界から距離を置いて、学校で生きている。イジメに合わないのは、彩葉がクラスの中に存在がないからだ。誰ともつるまない。放課後や休日に一緒に買い物に行ったり、遊びに行ったりはしない。プライベートの関係が薄いと、学校でも結局的に声をかけられたりしない。だから彩葉はクラスの中では基本一人で過ごしている。直接、イジメには合わないは米山英瑠えるの存在が大きいと思う。英瑠は幼稚園の頃から女子の世界ではボスだった。誰も彼女に逆らえない。まず体格が男子に比べても大きいし腕っ節が強い。その強さは男子と相撲をとっても投げ勝ってしまうレベルだ。そして正義感が強い。曲がったことが大嫌いで、不快なことが嫌いで、悪い行いが嫌いというところがある。だから五年一組に中でイジメはない。あとクラス委員長をしている渡辺珠恵の存在もあるだろう。彼女も真面目で、正義感がある。彼女が一生懸命やっているからクラスの女子も男子も誰かをイジメようとしないんだろう。珠恵に、密かに反感を持っている人はいるかもしれない。彩葉は、実を言えば珠恵のことが好きではない。一点の曇りもないという態度は威圧的であり。心に疑心暗鬼を生じさせ、彼女の後ろ暗い面を探そうとしてしまう。
 ともかく、彩葉はクラスで孤立しているがイジメにあっていない。孤立は自分でとっている態度なので問題ない。将来を見据えて、小学校中学校では必要以上に馴れ合わないように決めている。高校大学からデビューするつもりだ。それからでも遅くなくと思う。

 

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