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アーモンド・スウィート

 理加は分からなかった。珠恵の気持ちが。なぜ、あの遊海にバシッと言わないのか。バシッと言わないから遊海が勘違いするのだ。遊海、あいつは自分がモテると思っている。女の子は誘えば誰でも気をよくして、その誘いに乗ると思っている。
 はっきりいえば遊海秀嗣はブサイクだ。勉強も出来ないし、頭も悪い。性格も良くない。イイ格好しぃだし、見栄っ張りだし、お調子者だし、一組の女子だけでは、二組、三組の女子と放課後、その子の家まで行ってしゃべっていりのを理加は知っている。珠恵は気付いていないが、最悪なスケベ野郎だ。女の子なら誰でも良いんだ。たぶんだけれど……中嶋さんにも気があると思う。

 このあいだ遊海に、、理加の家にある大きな望遠鏡があって、星を見るのが好きと話したら、自分も理加の家の大きな望遠鏡で星を見たいと言ってきた。パパにイイかと尋ねたら、イイよと言ったので、どうしようかと迷ったけれど、遊海に「パパが、イイよ」て言ってたと返事をした。そしたらさっそく今夜にも来ると言う。厚かましいったありゃしない。
「今日はパパいないから、ほかに誰か誘って来なよ」二人きりになるのが嫌だから言ったのに。
「星を見て喜びそうなの、誰も知らないよ」「誰か知ってる?」遊海は逆に聞いてきた。
「わたしも知らない。でも二人きりって、嫌」
 電車だとか飛行機だと、車、オートバイが好きなように、男の子なかにも星を見たり星座を覚えたりするのが好きな男子いるでしょ、って思う。けど理加も、遊海がうちに来るという反応に驚くくらいだから、女子男子で星のことを好きな子は知らなかった。
 だいたい星を見に余所の家にくる? 
「家で空を見上げて、星を見るだけで満足しないわけ?」
「まあァ、でも、望遠鏡で見たら大きく見えるでしょ」理加がウンと頷く。
「どうせなら、なるべき大きな望遠鏡で見たいじゃない?」
 見たいじゃない? て同意を求められても、こっちは迷惑と思っているにと理加と憤る。
「本当に、うちに来るの?」
「どうして? 別に、何か、ヘンなことなんてしないよ」
「ヘンなことて何よ」
「えーっと、悪戯とか、エッチなこととか、乱暴な態度とか」と遊海は真面目な顔でいう。
「エッチ!? 何それ! 変態」
「だからぁ、温和しく星を見るだけだよ。渡辺さんチに行って、お母さん、お父さんもいるのに誤解されるようなことはしないよ。絶対に」
 今日の放課後、帰り道で遊海を掴まえて、了解を言ったらこんなトンチンカンな会話になってしまった。悪いのは遊海の方だ。
 そして遊海は、もうすぐ家にやってくる。

 理加の家のチャイムが鳴る。来た。
 理加は学校から帰ってすぐに着替えていた。遊海相手でもだらしない格好で迎えるのは嫌だった。上はフリル衿にセーラーカラー、パフスリーブのチェック柄のブラウス、下はインディゴブルーのハイウエストのスキニーロングパンツ、ソックスははき口のところにもフリルがついたもの。全体に甘めのファッションだと思う。ママに頼んでヨックモックのシガールも買って用意してある。飲み物も無糖紅茶と甘い紅茶の2種類のペットボトル入りの物も用意してある。とりあえず抜かりはないはず。
 カメラ付きインターホンの画面に映る遊海の姿が見えた。
 ママが「はーい」と応える。「こんにちは」と遊海の表情は硬い。
すぐに玄関にママが向かい、遊海を招き入れる。
「こんにちは」とまた言いながら遊海が理加の家のリビングに入ってくる。リビングのソファーに座っていた理加の姿を見つけて、硬かった遊海の顔が少しほぐれる。
「やあ」と軽く遊海は手を上げながら、理加の前まで進んでくる。そしてソファーに座りもしないで理加の前につっ立ている。
「座ったらイイじゃない」でくの坊と思う。
「星を見に来ただけだから」声の方はまだ硬い。
「星は逃げたりしないから。まず座って」と理加に言われて、理加との距離が近からず遠からずの位置に並んで遊海は座った。
「喉渇いてない? 紅茶、甘いの? 無糖の?」とママが聞いた。
「えーっと……、甘くない方で」
「お菓子も食べるわよね」と言いながらママはキッチンへ、遊海と理加の飲み物をとり行く。
「星は、今まで具体的に何を見てきたの?」理加は質問した。
「んー」と遊海は目を瞑って考え、「肉眼では、家の屋上から空を見上げて、まず月でしょう。北極星でしょ。火星でしょう。金星でしょう」
「遊海の家の屋上から金星が見えたの? 周りをビルに囲まれているように思うけど?」
「あっ! 金星は北の丸公園まで行って見たんだ。北の丸公園では宇宙ステーションきぼうも見たよ」
「星座なんかは見ないんだ」
「星座はね。東京の宙じゃ無理なんじゃない。オリオン座とかすばる、北斗七星、アルデバラン、アンタレスがやっと見えるか見えないかだから。星座は描けないんじゃないかな」
「うちの望遠鏡なら見えるわよ」
「へーっ、凄いなァ」
「紅茶を飲んだら見せてあげる。パパがいなくても、座標を打ち込んだら自動でスコープが動くから大丈夫」

 紅茶のグラスを二口三口で遊海はグビグビっと空けると、直ぐにでも見に行こうといった顔を理加に向ける。理加は仕方がないなー、とソファーから腰を上げ、遊海を家の最上階にある大きな望遠鏡がある天体観測ドームに連れてゆく。

「遊海の家の周りほど高いビルに囲まれているわけじゃないけど。ここも周りをビルに囲まれているでしょ?」
「だねぇー」
「もっと星が見える千葉か埼玉、山梨あたりに引っ越したいってパパは言ってるんだ」
「へー、そうなんだ。いずれ引っ越しちゃうんだ」
「でも、私の高校受験があるでしょ?」
「うん」と遊海は、理加の話しに頷く。
「わたし勉強、あまり好きじゃないんだ。だから高校はどこでもイイかなって思っていて」
「東京の学校にこだわらないということ?」
「東京にこだわらない。千葉の学校でも、埼玉の学校でも、どこでも」
「中学受験はしないんだ?」
「中学受験なんかしない。だって勉強好きじゃないから」
「ぼくは勉強はできないけど。勉強好きだよ」
「勉強できないヤツは、勉強しないヤツだから、本当のところは勉強が嫌いだと思うな」理加より遊海は勉強ができないけど、自分と一緒と思う。
「いや、勉強は出来ないけど、ていうかテストが好きじゃないけど。授業を聞いたり、教科書を丸暗記をしたり、ドリルを解いたりするのは嫌いじゃないよ。ただ学校のテストが嫌い。一度間違えたら、そこで何もかも決まるでしょ? そこで成績が決まるじゃない。ダメなヤツだーって。答えをやり直して天野先生に見せても。良く気付いたねーっていうだけで、成績表には最初のテストの点が参考にされて成績が点くでしょ。そういうのが嫌なんだ」
「言ってることは分かるけど、世の中そういうもんじゃない。例えばアイドルのオーディションでも一発で受かったり落とされたりするし。ピアノの発表会でも一回の本番で順位が決まるって聞いた。だから世の中全て、最初のの、一回目の失敗で人生の行き先が決まるんだよ。全部、間違いなく正解を出し続けた人が一番幸せを掴めるようになっているんだと思う」
「何か、イジワルな気がするね。本番に強い、心臓に毛が生えたようなヤツが勝ち進んで行くって」

 屋上のドームを開くと、今夜は星座観測に適した雲ひとつない晴れた良い宙が見えた。パソコンを立ち上げ西暦20××年、七月○日と今日の日付を打ち込んで、望遠鏡のモーターのスイッチも入れると、自動で慣らし運転モードになり北極星を探し始めた。
「何か、特に見たい星座か星ある?」
 理加がパソコンのモニターを見つめていると、遊海は側に寄ってきて
「夏の大三角形とか、北斗七星から柄を延ばしての春の大曲線とか見られたいいかな? ゼロ等星と一等星だから神田でも角度さえ開けていれば見えるんじゃないかと思うんだけど。商店街やビルの事務所の灯りが邪魔して、どうだろうねぇ」
「大丈夫よ。春の大曲線はちょっとギリギリかなァ」
 遊海は理加の横に立って、モニターと連動して動く望遠鏡を交互に興味深そうに見ている。
「メカっぽいの好きだよね、男子って」
 望遠鏡が北斗七星を捕らえた。
 北斗七星からのアルクトゥールス、スピカの春の大曲線、北極星、ベガ、デネブ、アルタイルの夏の大三角形が大きく見え、遊海は北斗七星からの春の大曲線、夏の大三角形を見ては「すげーぇ!」「うっおー!」と声をあげて興奮していた。理加は、遊海が家に来ると聞いたときから星を見せる前まで、彼をよく思っていなかった。しかし、星を見てこんなにも素直に声をあげて喜ぶ姿を横で見て、姉が弟を見守るような気分もあって、少しばかり良いヤツに思えるようになってきた。

「今日はありがとう」遊海は玄関のところで、頭を下げて理加にお礼を言った。 
「楽しかった? また見たくなって、パパにOKを貰えたら、また見に来て良いよ」
 本心としては、また星を見せても良いけど次は二人きりじゃなく、パパも一緒のときか、クラスの誰か女子でも男子でも誘って来て欲しいと思った。
「楽しかった。あーっ……じゃ、今度は渡辺さんのお父さんと一緒に見られたらいいね。あっ、それと、今日の渡辺さんの服装なかなかイイと思う。可愛いんじゃないかな」
 理加は、男子に面と向かって褒められたのが初めてだった。一気に顔が赤くなった。
「バカっ!」
 今度は私のパパと一緒に見たいと言った次に、私を可愛いって褒める!? まるで私と、パパ公認で付き合うみたいな言い方してッ。
「えっと、いやーっ…、ヘンな意味じゃなく。チェックの服とスパッツが渡辺さんに似合っていてイイな、可愛いなって思って。本当にヘンな意味じゃなくて」
「もう、さっさと帰れば!」理加は赤くなってるだろう顔を隠したくて、怒って見せた。
 ゴメンと言って、遊海は身を小さくしながら夜の道を帰っていった。
 直ぐにパパが、遊海と入れ違いに帰ってきた。
「今、遊海くん帰ったの?」
「うん……、帰った…」理加はパパにヘンな誤解されないように、まだ赤い顔をに見られないように横を向きながら答えた。
 パパは、「そう」と言って家に中に入った。

 顔に手を当てるとまだ熱いような気がした。
 理加は分からなかった、自分の気持ちが…。

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