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アーモンド・スウィート 肝試し①

 夏休み明けの新学期、クラスの男子数名で集まって肝試しすることになった。言い出しっぺは村松義隆よしたかで、柳瀬幸輔こうすけも、山田豊臣とよとみも、亀田益男ますおも、三組の鐘岡かねおか凱了がいあも遣りたいと手を上げた。(鐘岡)凱了が、「ペアを組んだ方が、怖さが少しは軽くなるんじゃないか」と云うことで、一組からもう一人、秀嗣が誘われた。秀嗣は、実は怖がりだったので肝試しになんか参加したくなかった。
「遣ったら良いじゃん」と側で聞いていた彩葉が云ったから、怖がりだったことが彩葉にバレるのが嫌でOKしてしまった。
 秀嗣と凱了は小三から小四まで一緒のクラスで、なぜか席替えしても必ず席が近かった。当時は親しく話したので、凱了は秀嗣を選んだんだと思う。補足すれば凱了と義隆は家が近く、幼馴染みで仲が良かった。
「今度の金曜日の二十二時に、日本橋小伝馬町の地下鉄日比谷線の駅の入り口に集合な」と義隆が張り切っていう。
「小伝馬町駅の、どの出口?」小伝馬町駅の入り口前という云い方はざっくりしすぎるで、秀嗣は聞いた。
「うっせぇなー。ドラッグストアーが近くにある入り口だよ」
 肝試しに丁度良い場所を義隆が知っているらしい。怪しい話しだと、秀嗣は思ったが、凱了も幸輔も豊臣も益男も義隆を信用して、今から身体を震わしたりして怖がり楽しんでいた。
 
 だいたい、夏だからお化け屋敷に行く、肝試しに行く、廃墟ビルに行くという習慣がおかしい。お化けなんていない。幽霊もいない。
 しかし、霊は居るかもしれない。何かは居るかもしれない、と秀嗣は思っている。秀嗣には小さい頃から見える。父が教えてくれるには、秀嗣が見えているのはイマジナリーフレンドと呼ばれる友達らしい。怖がってはいけないそうだ。怖がると"その友達"が悲しむんだとか。
 実は近所の、または東神田小の友達と"その子たち"に、秀嗣の中では大きく違いはない。秀嗣は基本独り言が多かった。いまでも多い。それは"その子たち"に向かってしゃべっていることが多い。一応、少年が五人くらい少女が四人くらい居る。月姫や三保子に会っておしゃべりできない現在、その子たちを相手にしゃべっている。
 例えば、テレビのバラエティー番組を見ながら、
「これどう思う? やらせだと思う?」
「ふーん……。 芸人も爪痕を残す為に大変だよね」
「この間ユーチューブで、いまはレジェンド芸人なった人の動画を見たけど、怪我をすると怒られるんだって。お前のせいで、番組が炎上して中止になったらどうするんだ! て」
「そう番組の、ロケのディレクターに」
 のような会話をしている。傍目からみたら、秀嗣ひとりでテレビに向かってテレビの出演者以外の誰かと会話しているように見える。実際秀嗣は会話しているつもりでいる。
 秀嗣は、家族以外の一人にしか話していない。それは山崎三保子で、彼女もイマジナリーフレンドがいた。二人は鯛焼きを食べながら、「あの子がね」とか「この間、彼が来て」とか自分の空想上の"友達"をしていた時期があった。
 秀嗣の知らないところで知っている人間が、もう一人いる。小笠原寿紫すぅじぃだ。彼女は大垣りずむから聞いて知っていた。音から聞いたとき、「気持ち悪い」と感じた。音が知ってた理由は分からない。たぶん秀嗣が音にも"その子たち"の話しをしたんだろう。寿紫は知って以来、家が印刷製本関連の資材を売っている店のなので、秀嗣がお使いの買い物でくる時や、学校で見かけると避けている。「空想上の友達って!?」と思っている。

 土曜日の二十一時に抜けだし、三十分かけて小伝馬町駅に行った。父と母には怪しまれた。しかし正直に「肝試し」をしに行くと教えると二十三時までに帰ってこいと言われ許された。小学生が夜中に出歩いて良いものか、子供ながら考えさせられる。親の世代からなぜかしら、大勢で集まって行動すれば怖くない危なくないという過信がある。まあ集団を掠ってゆく誘拐犯も居ないかもしれない。みんなで注視しながら行動すれば、クルマに轢かれるとか、川に落ちるとかないかもしれない。しかし、かもしれないというだけで、絶対"安全"ではない。過保護でも困るが、過信放任も困ると秀嗣は思っている。女の子の家の親はどうなんだろう? 明日でも彩葉か月姫に聞いてみよう。さて、果たして二時間で義隆が用意した肝試しが終わるんだろうか。大人のように、イベントが終わってから近くに店に入って、お酒を飲みながら食事をして感想戦をやろうかという流れにには成らないと思うが。いやだいたい、日本橋小伝馬町のどこで肝試しをする場所があると云うんだ。神田周辺と同じで、オフィスビルばかりじゃないか。
 小伝馬ドラッグストアーと、ピンクと白に光る看板の薬局に近い駅の出口で待っていると、義隆と凱了が連れ立ってやってきた。少し遅れて幸輔と豊臣も一緒にきた。益男は直ぐには来なかった。益男は夜の九時頃まで、いつでも家に帰らないことが多い。家は仕出し弁当屋さんをしているので、朝早くから夜遅くまで、両親と年の離れた兄弟は忙しく働いている。家では益男は構って貰えない。だから益男は外でフラフラしている。二十二時からの肝試しも益男には問題ないイベントだが、来るか来ないかは気分次第のところが有る。益男の欠点は忘れっぽいところだから。今夜は来た。
 遅れたという事で、ペアは一番最初に来てた秀嗣と一番最後に来た益男ということになった。
「益男、お前お化けとか大丈夫な方?」一応、聞いておこうと思って秀嗣は聞いた。三年生の時に、クラスを越えた十五人の男子で後楽園遊園地に行ったとき、お化け屋敷に入ろうということがあり、三人ずつペアになり入った。その時、ペアを組んだ三人は、真ん中が秀嗣で、両側に凱了と下世しもせ敏行としゆきという組み合わせだった。凱了と敏行は、お化け屋敷の入り口から怖がって秀嗣にぶら下がってきて、お化け屋敷の中で重くて重くて難渋した想い出があった。
「別に。お化けも、幽霊もウソっぱちて事を知ってるし、怖くないね」
 益男は少し強気に答えた。
「ぶら下がってきたりするなよ」
「誰が、秀嗣にぶら下がったりする? おれ、怖くないのに」
「なら良いけど」
「あっ!? 秀嗣、お前怖いんだろ? お化けも、サンタも未だに信じてるんだろう」
 秀嗣もお化けや幽霊は信じてないが、サンタは一緒ではない気がした。
「いやサンタは関係ないだろう。だいたいサンタクロースとお化けと幽霊は一緒のカテゴリーじゃないだろう。サンタは、神様やお釈迦様と同じカテゴリーだろう」
「神様とお釈迦様は居るか分からないけど、サンタと幽霊は絶対居ない」
 益男は自信があると言った。
「なあ、サンタは元々人間だったて知ってるか?」
「知らない。サンタは妖精のようなものじゃないのか?」
「違う。少なくとも妖精ではない。何ていう聖人か忘れたけど、キリスト教の偉い聖人だったんだ。いうなれば達磨大師や弘法大師と同じ」
「じゃあ、サンタクロースはいることに成るじゃないか。達磨大師も弘法大師も居たんだから」
「だったら居るんじゃないか、サンタも」
「いや居ない。なんか騙された気がする」
 益男は最初の自信が小さくなったようだ。

 義隆に連れて行かれたのは、どうやら岩本町の方角に戻った場所にある、元診療所のようだ。建て替えの為にビルを取り壊す予定でらしい。一階が処方箋薬局で、二階から四階までが診療所。五階から上は経理事務所、司法書士事務所、弁護士事務所などが各階にあったようだ。通りに面したビルの表玄関には工事現場などにある上部が金網になった鉄製の衝立が並んである。衝立同士も細くない鉄線で繋いであり、子供一人も身体を入れられる隙間もない。
「無理なんじゃねぇ?」豊臣が呆れるように義隆に言った。
「まあ、表からは入れない。でも裏口は衝立もないし、鍵もかかってない」
 義隆がなぜか自慢げに言う。こんな場所を見つけた、"俺"を褒めて欲しいらしい。
「裏口なんてあるの? 中に入れるの?」
 幸輔が驚いて聞いた。義隆が嬉しそうに頷く。
「どんなビルでも非常口がなくっちゃいけないそうだから、必ず裏口はあるよ」幸輔はものを知らないとう風に、豊臣が答える。自分が言おうとしたことを取られたのか、義隆は笑顔からムッツリした顔になる。
「ウロウロしてても、巡回に来た警官に見つかると面倒だから、さっさと裏に回るぞ」義隆は少しイラついたように言った。

                             (つづく)

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