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アーモンド・スウィート 肝試し②

  ビルの裏側も衝立で塞がられていた。子供一人入る隙間もなかった。
「ガッツリ囲まれてるじゃん」秀嗣は言った。表向きは苛立ってるフリをして、内心は「肝試し」がこれでダメになったと喜んだ。
「こっちから回るんだよ」と義隆が、隣のビルとの間に大人が横向きで進んで入っていけるほど隙間を指した。
「元々ここには三十、四十センチの幅の鉄の扉が付いてたんだ。隙間に人が入らないように。扉があった時には折りたたみイスやスチールのゴミ箱、ゴムホースの束、壊れた三角コーン、期限切れの消化器など粗大ゴミのような物が一時的に置いてあったんだ」その扉は現在ない。誰でも入り込める。
「ビル解体の業者が足場を組む予定らしく、邪魔ということで外していったと思う。一日、二日扉が無くても、人が入り込んでも問題ないと思ったんだろう」ビルとビルの隙間を義隆はズンズン進む。凱了、豊臣、幸輔、益男、秀嗣の順で隙間に入った。秀嗣は誰かに見られていたら怒られるんじゃなかと思って、隙間に入る最期に振り返って誰も見てないことを確かめた。
「まー、隙間に入り込んでも問題にはならないだろうけど。この先は表通りに繋がっていて、さっき見たとおり衝立で塞がられているから。しかし、実はビルの中間に、中に入れる裏口があるんだ。その裏口はビル管理の資材や用具なんかを置いて部屋に繋がってる。ゴミ捨てに行くときに使うとか、換気に使っていたんだと思う」義隆は説明していた裏口のドアに手をかけ、取っ手を回す。ドアは鍵が掛かって折らず、問題なく開いた。
「中から鍵を掛けるタイプのドアらしく、外には鍵穴がない。だから解体業者は油断したんだと思うな。おれ、衝立で塞がれる前に裏口の鍵開けといた」
「衝立が囲む前から、ビルに侵入してたのか?」豊臣が呆れたように言う。
「だな。見つかるか見つからないかギリギリの隙を狙って、ビルの解体業者の目を盗んで鍵を開けたんだ。肝試しに使えると思って」今回の肝試しの前に、義隆は別の意味の肝試しをしたわけだな、と秀嗣は思った。
「いつから、このビルに目を付けてたんだ?」暗い部屋の中で、凱了の声が聞こえる。
「それより懐中電灯はないのか?」豊臣が言った。
「バカだな、スマホのライトで十分だろう。余計な物は持ってこない。スマホ持って来てるだろう?」
 全員、クイック設定パネルを呼び出しライトのボタンを押した。
「バカ、バカ、バカ。六人も一斉にライトを付けたら、外に灯りが漏れたらバレるだろう。考えろよ」義隆は自分以外のライトを消そうと、五人のスマホを叩こうする。
「スマホと共に手を叩くことはないだろう!」ライトを消す寸前、益男が痛い手を振るのが見えた。
「順番に、ペアを組んだ二人で二階から四階の診療所を隈無く見て回る。たぶん何も医療機器は残ってないだろうけど、何かあったら記念に貰ってくる。より大きな物、より貴重な物を持って帰ったペアが強者ペアという事にしよう」
「何だよ強者ペアって」豊臣が言った。
「何もないとつまらないだろう。狙い通り恐怖体験出来たら良いけど、ここは死人が毎日出ただろう病院じゃないからな。人間ドックが一番の稼ぎ頭だったと思われる日本橋の診療所だからさ。幽霊も基本出ないだろう」
「分からないよ。幽霊は病院だけじゃなく、医療施設ならどこでも集まるってネットでやってたのを見た」と幸輔が暗闇の中で震えるのを感じた。
「それを期待して診療所に来たわけよ。しかし何もなかったときの保険は掛けておかないと、何も無かった時つまらないだろう」義隆は、今回の肝試しの自分のアイデアを自慢した。怖く見せようと、わざとライトを顔の下から当てるから演出が過多になり、肝試しをする前から秀嗣は面倒くさい、嫌だ、早く終わって家に帰りたいと思った。
「グダグダ言っても仕様がないから、まず、おれと凱了が一番先に行って、様子を見つつお化け探索に行ってくるぜ」と義隆。渋々、凱了も頷く。きっと凱了は怖いと思ってる、または自分と同じように面倒だと思ってると秀嗣は思った。
「じゃあ、二番手は俺と幸輔。最期に回るのが遊海ゆかい(秀嗣)と亀田(益男)な」
 豊臣が、秀嗣と益男の意見も聞かず、勝手に決めた。普段学校では黙って存在を消しているのに、放課後になると豊臣は元気になり仕切りだがる。
 じゃあな、と義隆と凱了は部屋を出て行った。二人が行ったあと、また暗くなったので、肝試しで回るときは豊臣と秀嗣のスマホのライトを使うと云うことで、幸輔と益男のライトを付けた。
 ライトの下、部屋の中を見回すと何もなかった。全部荷物は持ち去られた跡のようだ。部屋の隅に流し台とガスの元栓があるので、ここでお茶を淹れたり、何かを温めたりすることが出来たように見える。床はホコリで白くなっていて、ズボンが汚れるので、座って待つにことは出来ない。イスを四つ残しておいてくれたら良いのにと思った。
「何もねぇな」益男が吐き捨てるように言った。益男も普段は温和しい。しかし、夜になると元気だ。神田周辺は新宿や渋谷のような享楽的な繁華街ではないので、エッチな店も無くはないが、いわゆる不良がたむろする所はないので、中学になれば日本橋や銀座の"大人の街"に勝手に冒険に行って、一人先に大人になるタイプかもしれない。
「ビルの七階の弁護士事務所跡まで行ったほうが時間も使って、面白くなるんじゃねぇ?」と豊臣が言い出した。
「あんまり時間かけると、義隆、帰るぞ。自分勝手なヤツなんだから」
 秀嗣と益男がそう反論すると、
「弁護士事務所の方が人間のドロドロ、恨みとか悲しみと怒りとか残っていそうじゃねぇ?」
「まあ、怨恨はあるかもしれない……」渋々、秀嗣は頷いた。

 十五分くらいすると義隆と凱了が戻ってきた。義隆は手に五十センチくらいの長さの、献血などで使うと思われるゴムチューブを振り回している。凱了も手にUFOキャッチャーで取れそうなピンク色のアヒルのぬいぐるみを持っていた。
「上さぁ。何も無かった」ゴムチューブを振り回すの止めず、残念そうに義隆は行った。
「何だよ、そのゴムチューブ。感染とかして危なくね?」と義隆を脅かすつもり半分で、豊臣が言った。
「新品のゴムだよ。ビニールに入ってたのを、袋は捨てて中身だけ持ってきた。言い出しっぺの俺が何も持って帰らなかったら、さまに成らないだろう」
「ぬいぐるみもか」
「ああ、院長室のゴミ箱の中にあった」凱了が、ぬいぐるみの頭をポンポンと親しみを感じるように叩いて言った。捨てていったのなら、ぬいぐるみこそ雑菌が付いてそうだと秀嗣は思ったが、ぬいぐるみをポンポンと気持ちよさそうに叩いている凱了を見てやめた。
「診療所に何も見る物がないなら、このまま帰ったほうが良いんじゃね?」
 秀嗣は常識的に提案した。早く帰りたかったし。
「まーそうだな。でも探検してくれば良いじゃん。七階まで上がって、窓から見下ろす日本橋の夜の風景もめったに見られないから見ておいて損はないだろう」義隆も、豊臣の話を聞いていたような提案をしてくる。ビルの中に入って夜景を眺めるというのはなかなか出来ない。だいたいがビルの警備に見つかる。東京っ子、神田っ子ならではの遊びだと思うが、夜に二十階、三十階のビルのオフィスに忍び込んで窓から夜景を見る、もっと高いビルの屋上に忍び込んで下を眺める。高いビルの屋上から、夜景を眺めるのは楽しい。秀嗣が小学校三年までに卒業した遊びだ。恥ずかしいことに、ついに三年前までやっていた。止めた理由は、他の小学校のヤツらが見つかったからで、しかも集団でビルに忍び込んでオフィスの中をイタズラをしていたのが見つかったらしい。東神田小でも問題に成り、秀嗣を含め数十人が似た遊びをしていたことが先生たちにバレた。「犯罪です!」「お父さん、お母さんを悲しませたいんですか!?」と怒られたから、その日から止めた。夜の外堀通り、靖国通りで花火をやる。休日の昼・夜にミニベースボールを遣る、ミニサッカーを遣るというのと同じくらい当たり前の遊びだったので、犯罪という意識はなかった。
 外堀通りや靖国通りでミニベースボールやミニサッカーするのは、大通りは夜でも車が引っ切り無しに通るからで、いかにも気にしないという態度で野球やサッカーをするのが楽しいからだ。大人に怒鳴られても素知らぬフリをして遊び続ける。一種の「肝試し」だ。車に轢かれるかもしれない、怖いおじさんに捕まって何かされるかもしれない、警察官に見つかって補導されるかもしれない、という状況がヒャヒヤして楽しかったのだ。

「七階の弁護士事務所まで行ってみたのか?」豊臣が義隆に聞いた。
「四階の診療所までを、一部屋一部屋回ってだけで、七階までは行ってない」
「じゃあ決まりだな。七階まで行って日本橋の夜景を見て来よう」
 こうして診療所を巡って肝試しをするが、七階まで探検するに変わった。
 秀嗣は肝試しも探検もせず早く帰りたかった。
「面倒くさいから、六人で七階までいかねぇ?」秀嗣は提案した。
「ペアで行かないのかよ。それじゃ肝試しにも探検にもならないじゃないか」義隆が不満という口ぶりで言う。
「七階まで行っても、周りのビルも高いからたいして面白い風景が見られると思えないし。診療所にも何も無いなら、弁護士事務所や会計事務所、司法書士事務所も何も無いんじゃね。だったら二人づつ行って時間掛けても意味ないだろう?」
「そうだな。何も無いところを行っても面白くないな。止めにするか、六人で行くかだな」豊臣が賛成した。幸輔も益男も頷いた。
 と言うわけで、六人でビルの探検することに決まった。
                             (つづく)

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