日々の中で 1

僕は……手痛い失恋をしたばかりだった……
結婚まで、考えていた……のは、僕だけだった。
真っ暗な心だけが、一人ぼっちの僕に残った……
あぁ……賑やかだと思ったら……
金曜日の夕方だ。――今までの金曜日ならば……
考えてしまうのが、苦痛だった……
家に居たく無い…
寂しい気持ちに輪が掛かりそうで……
年末行事に浮かれ騒ぐ街を、僕は歩いた。
何処に、行くかも…決めず……
ただ…数週間前から続く……真っ暗な心を、外にいる事で、紛らわせたかっただけで……
もう直ぐ、近づくクリスマスのイルミネーションが歩道の雪解け水に、キラキラ反射する…
イルミネーションさえ…僕の心に、色は映さない…
泣けなかった……何故だろう?……悲しいのに……
真っ暗な心は……涙さえも流す事もなかった……
食べる気にもならず……飲む気力すら起こらない…
酔って、忘れられる様な……暗さでは無かった……
人を深く愛するのは、懲り懲りだ……
「嫌だよー。オレが持つのっ!」
大きな声を上げ……子供が走ってきた。
「あっ……」――思った時には、もう遅く……
「うわー!」
僕と子供は、抱き合って共倒れになり…
雪解け水だらけの、歩道に転がっていた……
咄嗟に子供を庇った。結果……僕が下敷きになり…
「つ…冷たー!……ぃ。」
突然の衝撃は……僕の真っ暗な心に、風通しの穴を開けたのかもしれない。
ボロボロと……涙が溢れた。
痛かった訳じゃない…泣く程の事なんか…なかったんだ……
なのに、目からはボロボロと涙が溢れ出した……
あ……泣けた。――僕は、思っていた。
「おいっ!お前っ。男はなー。転んだ位で泣いちゃいけないんだぞー。お前も男だろ!」
まだ、僕は、転んだままで……
上に居た子供が、言った……
母親…?が店から走り出て来た……
俺達の状態を見て、驚き……「うわ。御免なさい!」
と、慌てて、僕の上から子供を降ろす。
僕はまだ…泣いていた。
「え……痛いのっ?ど…何処が痛いの?」
焦って…僕を起こした……
「救急車、呼ぶ?……本当に、御免なさい!」
そりゃーそうだろう……大の大人がボロボロ泣いてるんだから……
慌てて、僕は首を振った……「ち…違う。違うから……大丈夫。痛く無いから…。」
「オレ、男は、泣いちゃ駄目だって言ったんだ!」
子供が、母親に言った。
「バカッ!お前が悪いのに、謝りもしないでっ!先ずは、御免なさい。だろ?凜。」
母親が子供を嗜める……
「……御免なさい。」――凜は、謝った。
「起きられる?はい…」
母親が僕の手を強く、取り引っ張る……
僕の手は……歩道に着いた為、濡れていたんだ……
ツルッと……引いた手は…離れた……「キャーッ!」
引いていた勢いで、そのままひっくり返った…
母親が尻餅をつく……「つ…冷たいッ!」
僕は、成り行きに唖然としていたが……
ハッとして、起き上がり……
「だ…大丈夫っ?」――慌てて、腕を掴み……
母親を立たせた。
驚きに…涙は止まった。
「ハハハッ。ミイラ取りがミイラだよっ!ハハッ。」
「ハハハッ。睦美、ダッセーな!」
母親と、子供が笑うから……僕まで笑った。
「ハハハッ。――いや…ゴメンね。僕のせいで…」
母親は、「いや、凜…子供が……ううん。私が悪かった。お兄さんのせいじゃないよ。」
母親は、言いながら……僕の後ろに回り……
「うわー!ひっどいな……寝転んじゃったもんね…冷たいでしょ……?ズボン…パンツまで……?」
僕は…後ろが見えないから……
「酷い?……冷たい…けど…」 訊いた。
母親は、頷き…
「びしょ濡れ。……私も冷たいもんねー。」 言う。
「乾燥機だなっ。」 子供が言った。
「……そうだね……ねえ?あんた、急ぐの?」
母親は、僕に訊いてきた。
「嫌……急ぐ用事なんか何も無いんだよ……。」
僕には……もう、急ぐ用事も無い。
彼女は……もう、居ないのだから……
一旦、涙が出たら…又、泣きたくなってきた……
涙が目に浮かぶ……焦って…瞬きをし…頭を振る…
「……じゃあ、悪いけど…ウチ。そこだから、ちょっと寄ってよ。洗濯して…乾かしちゃうから!」
母親は、指さし言った……
「いや……悪いよ。二駅だから…大丈夫だ……」
電車には乗れないな…僕は――仕方ない、歩くか?と、考えながら、答える。
「遠慮すんなよ。行こうぜっ!」
子供が、僕の手を取った……
小さい……!――子供の手を握る機会など無かった僕は……驚いていた…
「凜!遠慮すんなよ。じゃないだろ?お前のせいなんだ。お寄り下さい。だろっ!」
母親は、怒り……「ハクション!ち…」
ハクション!ち…?豪快だが……
変わったクシャミをする人だ…僕は、思った…
子供が怒られるのも可哀想だし…
母親も……俺も寒かったので……
「じゃあ……お願いします。」 俺は、言った。
「よし!行こうぜっ!」
凜が僕の手を…小さな手で引き……歩き出す。
後ろから、歩きながら……
「行こうぜっ!じゃないよ。全く。……ゴメンねー」
母親は、又、僕に謝った。
凜が怒られない様に…僕は……
「子供の手って…こんなに小さいんだね…驚いたよ」
母親に向かって言った。
「ハハ、私も初めての時、驚いたよ!」 と、言う。
ん……?生まれた時の話しかな……?
家は、直ぐ近くだった。
アパートかマンションだと決め付けていたが…
普通の一戸建てだった……
母親が、鍵を開けて。
「たっだいまー!」 凜が僕を引っ張り、入る……
「お…お邪魔します……待って…靴……」
僕は……引っ張られ…靴の向きも変えられない……
凜は、キチンと出口に向け靴を脱いでいた……
「ハハハッ。良いよ。私がやるから…お客さんなんて、来た事、無いから…はしゃいじゃって……」
母親は、笑って言った。
「ゴメンね……宜しく。」
旦那は……まだ、帰って無い様だった……
「直ぐに、スエット出すからさ。お風呂に入って、お尻、洗ってよ。ゴメンね。本当。」
母親が俺に言う。
「俺!一緒に入るっ!――睦美、良いだろ?」
凜が母親…?に訊く。……ん?母を名前呼びか?
「ええー。――悪いけど…お願いして良いかなー?」
僕に向かって言った。
凜が…握った僕の手をぎゅっとして…見あげる……「も…勿論。良いよ。……でも…どうしたら良いのか…解らない。シャンプーとか…」
僕は…困っていた……経験が無いからね…
でも…凜の目を見たら……断れなかったんだ……
「おいっ。オレ男だぜっ!全部、自分で出来るよ!」
凜は、馬鹿にするなと言いた気に……
小さな足で僕を蹴った。
「こらっ!凜!駄目でしょっ!――しかも……この場合。男は関係無いしっ。……躾が、悪くて…ゴメンね。ハハ。」 苦笑して……
「じゃあ、入っちゃってよ。」
と、風呂の案内をしてくれた…
支持された通り…脱衣カゴに濡れたズボンとパンツまで入れ……凛と風呂に入る……
僕は、まだ…戸惑っていた……
自分は、一人っ子だから……甥っ子などと言う存在も居なければ…勿論。
弟すら居た事は無く……
子供の扱いに慣れていない。
二人で、取り敢えず、湯槽に浸かった……
「おい。オレは、凛だよ。お前、名前は?」
凜がエラそうに訊く。……でも…何だか…生意気な感じが嫌じゃないんだよな……凜は。
「僕は、連。……凛と似てるよね?」
僕は……付き合い方が解らないから……友達として付き合う…?事に決めたんだ。
「うん。似てるな。ハハハッ。」
凜は子供らしく笑った。――可愛いなーっ!
「凜は何歳なの?」 基本を質問した。
「オレはもう、4歳だよ。」
もう……って…4歳ってこんなに小さいんだな……
生まれてから、まだ、四年だもんなー。
「連は何歳だ?」 凜が訊く。
「僕は、33歳だよ。」 答える。
凜は、言う。
「じゃあ、睦美より1歳下だ。……いいな、連は。」
「なんで?」――難しい顔をしている凛に訪ねた。
「オレ……早く、大人にならないと……それで、睦美と結婚するんだ。」
母親とか……?
あぁ、小さな女の子が…「パパと結婚する!」
って言う……例のやつだな。
「そうか。ママが好きなんだね!」
僕は……微笑ましい気持ちで凜の言葉を聞き。
「ねえ、早く、上がらないと…ママが待ってるよ!」
と、言った。
「……ママじゃない。睦美だよ!」
凜は……少し、怒った様に言った。
男の子は、ママなんて言うと、恥ずかしいものなのかな?……なんて、考えて……
「そっか。……睦美さん、待たせちゃうから。急いで、洗おう!」
と、凛を促した……
凜は、本当に、全部を自分でこなし……
凜の提案で、背中をお互いに洗いっこした……
「連。背中……大きいな!……睦美より、大変だよ。」――凜が、息を切らしながら言った。
「ハハハッ。そうかな?一応……男だからねっ!」
俺は、体格がいい方では無いが……
父親と入る事が少ないのかな……?
僕は、交代して、凜の背中を流したのだが……
小さな背中に何針か縫った傷跡が有った……
怪我か…手術か……いずれ、本人が気にしてるといけないので…ノーコメントにしておいた。
全てを終え……僕達は、風呂から上がった。
体を拭く事まで、キチンと凜は自分で出来た……
途中、僕の方を見て……
「おい。連?ノーパンだなっ。」
言い……中年親父の様に…ニヤリと笑う。
その、言い方と目つきに……僕は爆笑した!
「ハハハッ。凛。受けるよっ!」
「ハハハッ。だってそーだろ?」
二人で大笑いしながら……
睦美さんの居る、お勝手に向かう。
睦美さんも、下をスエットに着替えていて……
振り返り……「楽しそうだねー。凜。何、何?」
と、訊く。
凜は、湯上がりの赤い顔で……
「女には、言えない話しだ!」と、エラそうに言う。
僕は……又、その仕草に笑いそうになった。
「このー。生意気なっ!」
睦美さんが凛を捕まえくすぐる……
「やめれー!ハハハッ。睦美。ハハハッ。」
凜の弾ける笑いに……思わず吊られ…笑う。
「ハハハッ。」
僕は……今、笑えているんだ……
数週間振りに……笑えた……良く、聞くけど…
子供の笑顔って…本当に凄いんだなー。
「くっだらない事してないで…睦美!早く、風呂に入っちゃえよ!冷めたら、勿体ないだろ?」
凜が、凄く…現実的な事を言出した……
「今日は、良いの!お客さんだから…後で。」
睦美さんが、凛に言う。
「連なら、俺が、遊んでやるから、大丈夫だよ。」
「連?…って言うの?――こらっ!遊んでやるってねーっ!失礼だよっ!」
「ハハハッ。そう。連。――ねえ、本当にさ、そっちも冷たかったでしょー?入ってきなよ。洗濯も終わらないしさ……」
僕は……答え、言った。
「そうだ!オレ達は、男同士で遊んでるよな。連?」
凜が、又、僕の隣に走って戻る。
「そうだね。ハハ。」――男同士ね…ハハ。
「本当に良いの?家で人が、待ってるんじゃ…?」
睦美さんは、まだ遠慮していた……
「一人だし、全然、急がない。ゆっくり入ってね。」
俺は、気軽に言う。
「有難う!嬉しいなっ。じゃあ…ビール出すから!
ゆっくり、入らせて貰うよ!ハハハッ。」
嬉しそうに……笑う。
「ハハハッ。こっちも,嬉しいよっ!有難う。」
二人で笑っていた……
「おいっ!睦美。オレのも忘れるなよっ!」
凜が、可愛らしい、パジャマ姿の腰に手を当て……生意気に主張する。
「解ってるよっ。凛は、リンゴジュースだ!ハハ。」
と…冷蔵庫から、取り出し。
リンゴジュースをコップに注ぎ。
ビールもコップに一杯分、注ぎ……
「後は、手酌でね!」 と、残りの缶を置く。
「うん。頂きます。」――僕は、言った。
「部屋の方で、寛いでて……」
睦美さんが言い掛けると…凜が……
「オレが連れてくんだから…早く入れよ!」
と、空いた方の手で彼女を押し……
その手を僕と繫いだ……
「はいはい!――じゃあ、宜しく。ハハ。」
と、お勝手から、出て行く……
「行こうぜっ!」 と、凜が手を引き連れて行く。
僕は……缶を脇に挟み、コップを手で持った……
繫いだ手を離すのが……何故か…悪い気がして……
居間に入り、テーブルに危ない状態だった、ビールをやっと置き…畳にあぐらをかく。
凜が…手を離し……僕の、膝の上にスッポリと、入り込む……そして…
少し…伺うように…チラッと僕を見た。
一瞬、驚いた……が、凛に…ニコリと笑い掛け……
僕は、コップを取り……「乾杯っ!」
と、凜のコップと合わせたんだ……カンッ!
軽やかな音がした……
凜は、大きく目を開き、ニッコリ笑って。
「乾杯っ!」 真似して合わせる。カンッ!
二人で、一気に半分程、飲み干す……
「あーっ。美味しいっ!」 僕が言う。
「あーっ。美味いっ!」 凛も真似する。
二人で顔を見合わせて……「ハハハッ。」 笑った…
凜の体は……驚く程、軽くて…温かかった。
僕は……落ち着いてから、部屋を見回す。
贅沢の無い…日々の生活感が、そこには有った……
俺の正面から少し左側に……仏壇が有る。――
二階にも…人の気配は無いが……
若い夫婦だけの家庭にしては…珍しいな。
普通は、実家と呼ばれる所に有るだろう……?
考えながら…僕は…仏壇を見ていたらしい。
振り向き、僕の顔を見ていた、凜が……
コップを置き、立ち上がった……
仏壇の方に行き…小さな手を合わせると……
写真立てを持ち、僕の膝に戻って来た。
「オレの…な。父ちゃんと母ちゃんだ。」 
と…言い。――写真を……僕に見せたんだ。
二人で肩を組み……幸せそうに笑う写真だった。
僕は……この小さな子供に何か……言わなくてはいけなかっただろう……言葉は、口から出なかった…
「オレと、睦美には……身寄りってやつが、俺達、二人しか居ないんだってよ。」
凜は……意味が良く解らないんだろうが…
睦美さんに聞いたらしい事を、僕に言う。
写真立てを元に戻し……又、手を合わせると……
直ぐに、膝に収まる。
「だからさ、オレは、早く大人になってな。睦美を幸せにしないと駄目なんだ。」
コップを取り、ジュースを飲む凛を…僕は……
両手で抱きしめていた。
「カッコ良いなー!凜は。」
僕は言い……ぎゅっーと抱く。
「お…おいっ!連っ!危ないだろー!ジュースなんか、溢したら。――睦美が、鬼になるぜっ!」
真剣な顔で……僕を振り返り言った。
「ハハハッ。鬼かー!そりゃあ、怖いなっ!」
僕は、笑ってしまった……何故なら……
睦美さんの頭に角が生えて……怒っている姿を想像してしまったから……
「笑い事じゃない。マジだってば……睦美に言うなよな!約束だぞ。――殺されるから……」
凜が、小指を出した……僕は小指を絡め。
「男同士の約束だね。」 と、言い…
「ハハハッ。殺されるって……」
「マジだってば…ハハハッ。」
又、二人で笑っていた……と……
「おーっ!本当に楽しそうだねー!私も混ぜてよ!」――睦美さんが、湯上がりの、スエット姿で部屋に入って来て、言った……
僕と凜は顔を見合わせ……「ハハハッ。ハハハッ。」
大笑いしてしまった!
「……なんなのさっ、気分悪いなー!何よ!」
睦美さんが怒り出す……
「は…腹減った!って話しだ。なっ、連?」
凜が言った。――なかなかの男だ……
「……そうだよな。凜。」 僕も合わせた…
「……ふーん。」――明らかに疑いの眼差しで見て…
「直ぐに、出来るよ。連も食べてく?」 と、訊く。
「食べてくだろ?連……」
凜が……振り返り…僕の服を引っ張る。
僕は……睦美さんを見た……
睦美さんは、そっと頷き……
「明日から…休み?時間、大丈夫なら…そうしてやってくれるかな……?」
さすがに……遠慮がちに訊いてきた。
「連ー?」――凜が訴える様に見る。
「…嬉しいな!助かるよ。明日から、休みだし…2日間暇だったんだ。――しかも……腹ペコ!良いの?」
僕は、そう答えていた……
凜は、嬉しさを隠そうともせずに……
「やったーっ!」
と、僕の首に抱きついて来た。
思わず……凜の脇を取り…高い高いをした。
「や…止めろよー!ハハハッ。子供じゃないんだ!ハハハッ。」
凜は…言葉と、裏腹に……エラく楽しそうだった。
「……直ぐに持って来るからねっ!」
睦美さんは…急いでお勝手に向かった……
僕達が風呂に入っている間に作ってあったのか……
本当に直ぐに、ご飯は出来た。
僕や凛も、運ぶのを手伝った……
野菜サラダと、唐揚げ、卵焼きに、お味噌汁。
「頂きます。」 皆で言い……食べ始める。
4歳って…これしか食べないんだ?
ご飯の量が少ない。――又、驚き……
マジマジと見ていた…
「おい。連。睦美の唐揚げ、美味いぞ!食べろよ。」
「食べろよ!じゃない!召し上がれ。だろ!」
睦美さんが又、嗜める。
「うん。美味しそう!頂きます。」
僕は、唐揚げを口に入れた……
真っ暗な心は……食事さえも喉を通さなかった……
今までは……食べたくも無かったのだが……
僕は……空腹だったのかな…?
ジュワッ。っと、肉汁が出て口一杯に広がる…
「美味しいねー。」 言っていた。
「良かったよ。子供の味に合わせちゃっているからさー。ハハ。」
睦美さんが言うと……
「子供って、誰だよっ!」 凜が睨んだ。
睦美さんは、肩を竦め……「私だよ!」 
と、答えた。
僕は、サラダのパプリカを食べていた…
「おい。連。美味いか?それ。」
凜が嫌そうな顔をして訊く。
睦美さんが僕に、目配せをして……頷く。
あー。凜は、嫌いなんだな……?
「パプリカ?凄く、美味しいよー!大好きなんだ。栄養も沢山、有る。早く、大きくなるかもねー。」
と、僕は言い……モグモグ食べて見せた……
凜は、暫く自分のサラダを見つめていた。
「そうか…美味いのか……」 と、呟いて…
小さな、パプリカを箸でつまみ……
目をつぶって、口に放り込む。
やったー!食べたぞ!ハハハッ……
「ね。美味しいだろ?凜?大人の味だ。」
子供、扱いが嫌いな凛に言ってみた……
「なんだ。美味いな。大人の味だな。ハハハッ。」
笑って……次々に、パプリカを食べて……
「連は、嫌いな物、有るか?」 訊く。
「うーん。無いかな。何でも口に入れて、食べてみるんだ。全部、美味しいよ!ハハハッ。」
僕は、笑って……答えた。
睦美さんは、深く頷き……
「なっ?いつも言ってるだろ?それが、大人だ。」
と、凛に言う。
「俺……大人だから、何でも食べてみるよ!」
凜は、真顔で頷いた。
食事が終わり……コーヒーを出して貰う。
直ぐに、凜は膝の上に戻っていたが……
暫くすると……コクリコクリと……舟を漕ぎ出す…
片付けを終えた、睦美さんが部屋に戻って……
「凜、もう、寝る時間だよ。――歯を磨いてね。」
と、凛を促す。
「えー。今日は、お客さんだから、まだ良いだろ?」
明らかに、眠そうな目で睦美さんに言う。
僕は、慌てて……
「僕も眠くなったから、帰るよ。」 と、言う。
「そうかっ!じゃあ、オレ、連と寝るよ!――歯を磨こうぜ。」 と…僕の手を取る。
ええーっ!そう来たかっ……
睦美さんが……
「じゃあ……そうしな。」 と、言い。
ええーっ。そうしなって…
「行こうぜっ!連。」
凜は、僕の手を引く。――僕は、一応……立った。
ご機嫌で歌を歌いながら、凜は洗面所に向かう……
睦美さんも、立ち上がり…僕の耳に元に……
「直ぐに、寝るから。ゴメン。」 言った。
あぁ……。そうなんだ…良かった。――と、思い。
「なる程。」 と、だけ答えた。
凛に付き合い、簡易歯ブラシで、歯を磨き。
二階の凜の部屋に、行く。――子供らしい部屋に、小さなベッドが有った。
「寝ようぜっ!連。」
凜は、ずーっと手を離さずに言った。
僕が乗っても、大丈夫かな……?……少し考えた…が、手を引かれ……恐る恐る…ベッドに入る。
下がタンスになっているので、意外と丈夫らしく…何とか……足を折り曲げ…寝転がる。
凜は、手を繫いだまま。「お休み!連。」と、言い。
「うん。お休み!凜。」と、僕も言った。
暗い部屋の中……様子を探る間も…なく……
呆れる程、直ぐに……寝息をたて、凜は眠った。
おいおい!……凄いな……子供って……
それでも、暫くは様子をみてから……
僕は、ベッドを抜け出して、1階に戻った。
部屋に入ると、睦美さんがコーヒーをすすっていたが……立ち上がり…頭を下げる……
「本当に、ゴメン。――散々な目に合わせちゃったよな……有難う。――コーヒー煎れ直したから…」
と、僕に謝った……
僕は、座って…「有難う。」と、コーヒーをすすり…
「良いんだ。僕も助かったんだよ……」と、言う。
睦美さんも、座り……
「そっか。」 それだけ…言い…
「普段は、忙しくて……凜を、園に預けっぱなしだからね…そうじゃ無くても、金曜日はテンション高いんだよ。――そこに、持ってきての…珍客だろ?はしゃいでも……当然なんだ。ハハ。」
睦美さんはコーヒーをすすって言った……
「……訊いて……良いのかな?……さっきね…凛に見せられたんだよ……」
と、様子を探りながら…仏壇を指す……
睦美さんも仏壇の方を見ながら……
「もう…一年過ぎた……事故でね。――姉達は…駆け落ち結婚だったの…向こうのご両親は……こんな人と結婚したからだ!って……凄く怒ってね……」
彼女は、寂しそうに…下を向き……続ける…
「私の両親は早くから、居なかったから…ね。――私が、凛を育てる…?事にした!ハハ。」
僕は……上手い言葉なんか…言えやしないから……
「僕…困った……凛に写真を見せられた時。……さっきね…お風呂で、言っちゃったんだよ……君の事…ママってさ……」
あった事を話したんだ……
「ハハ。そっか。凜は……まだ、3歳になったばっかりでさ、その時の事…良く解らなかったかもね。――凜の、体の傷もその時のだよ。子供は、体が柔らかいからさー。助かったみたい……」
そして、彼女は、明るく……
「良かった!……凜が助かって、本当に良かった!」
と、言った。
僕は、さっき、涙が出てから…涙脆くなっていて…
「本当に、良かったね。――良かった!」
と、目を潤ませ言った。
睦美さんは…微笑み…
「警察から、連絡を貰って……遺体を確認した後でね。凜の運ばれた、病院に行ったの。それまでは…凜が生まれた時に見に行っただけだったんだ……ベッドに寝ている凛を見て…大きくなったなー。なんて思ってさー。」
コーヒーを又、一口すすり……
「ただ…立ち尽くしてた。凜が目を開けて……ニッコリ笑ってさ。私の手を握ったの……」
自分の手を見つめて、続ける……
「その時、思った……私が、この、小さな手を…守らなきゃ……とかじゃ無いんだよね。そんな大層な事は出来ない。だったら……私は、笑ってなきゃってね!ハハ。」
少し笑って……
「この、凜の笑顔に付き合って……笑っていよう。そう思ったんだ。――なんか…凜、だけじゃなくて…私の話しにまで付き合わせてさー。ゴメン!ハハハッ。」
「全然。構わないよっ。」 僕は、首を振る。
その後、睦美さんは……それこそ、子供なんか…関わる事が無かったから、凄く大変だった!と、言い。
躾の難しさや、好き嫌いの克服も大変で……今日は、助かった……と、笑い。
本当に、久し振りに、ゆっくりとお風呂に入れて嬉しかった!と、僕にお礼を言った。
僕は……
「お礼なんか、言わなくて良いんだ……僕も救われたから…久し振りに、笑ってさ。――久し振りに、美味しく、飲んで、食べたから……」
僕もコーヒーをすすって……
「訊いてはいたけど……子供の、笑い顔のパワーって凄いよねー。吊られて元気になる。――泣いたら、凛に怒られたよ。男だろ!ってさー。ハハ。」
僕も少し笑って……
「簡単に言って良いかは、解らないけど……良い子に育っているよ。凜は。」
偉そうかな……?と、思ったが言っていた。
睦美さんは、嬉しそうに微笑み…
「有難う……。私…大人はね。男も女も…泣いて良いと思うよ。――泣きたい事が多すぎるからさ…」
と、言ってくれたんだ……
知らずに……涙が一筋……落ちた。
「……有難う。」 僕も言った。
と、……
「うわーん。……連!……連!」
二階から、凜の鳴き声がする……僕を呼んでいた…
「あっちゃー。起きちゃったか……たまーに、有るんだよね……やっぱり…姉達が、居なくなった怖さが……有るのかな…?――厄介だから、良いよ。帰ったって言うから……」
睦美さんは、言った。
「連ー!うわーん……連……連」
僕は、二階の凜の声に居ても立ってもいられない、悲しみを感じて……
「行ってやっても良いかな……?」
思わず……睦美さんに訊いていた。
睦美さんは、驚き……
「帰れなくなるかもよ……」 と、言う。
1階で、僕達が話しているウチに……
ダダダッ。――凜が降りて来てしまった!
「あっ……」 睦美さんが、立ち上がったが…
凜は走って来て…僕を見つけると……膝に、飛び込み……抱きついた!
「ヒック……居ないじゃんかっ!……連。」
まだ、泣きながら言う。
堪らなく……愛おしく、感じた…
「ゴメンね。凜。――喉が渇いてさー。睦美さんにコーヒー貰ってたんだよ。」
僕は…凛を抱きしめながら……言った。
睦美さんは…困った顔をして……
「凜。今日は、私が一緒に寝るからさ。」
と、言い聞かせる様に言った……が。
凜は…僕に抱きついたまま……首を激しく振るばかりだった……
僕は、睦美さんに……
「僕は、良いよ……構わないなら…泊まる。」
と、思わず言ってしまった……
僕の行為が……凛に取って、正解かは…解らなかったが……そうしてあげたかった。
睦美さんは……少し、考えていたが……
「凜。解ったよ!でもね。――連が居るのは今日だけなんだよ。解った?今日だけ特別ねっ!」
と、言い……
「連が狭くて眠れないから……客間に布団、敷くから。――特別だからね!」 もう一度、念を押す。
凜は…やっと……僕から離れ…
「やったー!布団だな。――睦美も一緒なっ!」
と、大喜びだ。
「いやいや!私は……」 睦美さんが言い掛けるが…
「特別だから。睦美も混ぜてやるよっ!」
凜は……聞きそうに無い……
僕は、又、凜が泣くと困るので…
「僕も、その方が安心だよ。」
と、言った……本当にそうも思った。
何しろ、初めて子供と一緒に眠るのだから……
睦美さんは、肩を竦めて見せて……
「少し早い……クリスマスだな。凜。――はぁ……じゃあ、皆で、布団敷くの手伝ってっ!」
と、又、肩を竦めた。
「男だもん、手伝うよなー?連。――行こうぜっ!」
又、僕の手を引っ張り連れて行く。
「うん。行こう。」――僕も、何だか楽しい気持ちになってきた。
凜の顔が、笑顔に変わったからっ!
客間に、二組の布団を敷き終えた……部屋も暖まってきて……
凜は…相変わらず、僕の手を離さずに……
又、眠そうにしていた。
凛を間に挟み、三人…それこそ、川の字で布団に入った……やはり、凜は直ぐに眠りに着いた……
「ねえ、こんな時間に眠れる?」
睦美さんが暗い部屋の中、小さな声を掛けてきた。
「ハハハッ。早いよね……。」
僕は、小さく笑い答える。
「普段はさ。……こんな、我がまま言わないんだけど……妙に連に執着するな…?ゴメンね。……まさか、こんな事になるなんて……」
睦美さんが戸惑い…言った。
僕は、家庭持ちの友達の話しで…下の子が、出来たら…上の子が子供返りしたと聞いた事が有るので…
「子供返りってやつかな……?家の中に男の僕が来て……環境の変化でさ……」 と、言う。
「まだ…4歳なんだよね。――たまに……まだ子供なんだって事を忘れちゃう。……やっぱり、私だけじゃ…寂しいのかなぁ……?」 睦美さんは呟く。
「ねえ、結婚はしないの?……彼氏と。」
凜の為を思い……余計な事を訊く。
「ハハハッ。はぁ…彼氏なんて…作ってる暇、全然。ないや……本当、毎日が一杯一杯でさー。」
睦美さんは、笑いながら溜息をつき、言う……
「朝、起きて……仕事して、凜の迎え行って……気が付くと、もう寝なきゃいけない時間…又、変わらない、朝が来る……一年さえも…アッという間!」
僕はこの家に来て、数時間しか経っていないが……確かに…忙しかった。
自分一人の生活とは、全然違うんだから。
自分の時間の全てが……凛を中心に回る……
突然、生活が変わった睦美さんの苦労を思った……
「ハハハッ。でもさ、毎日が、楽しいけどね!――ねえ、少し飲まない?ここに持ってくれば、凛が起きても、大丈夫だし…まだ、眠れないよねー?」
僕は、話しを聞いてあげたかった……
上から…っぽいけど……
自分が、聞きたかった気持ちも有ったんだ……
「良いねー。飲みたい!」 そう答えた。
「用意してくる。ヒーターの前で飲もう!そーっとねっ。ハハ。」
睦美さんは、起き上がり……お勝手に行った。
不思議なもんだな……ずーっと、彼女を思い…真っ暗な心のまま過ごしていたのに……
ここで、凜や、睦美さんと話していると……生活や、会話に巻き込まれて、一時も忘れなかった、彼女との事を忘れる時間が有る……
それ程までに…人の生死とは……大変な事なのだ…周りの生活さえも…変えていく……
スースーと、隣で眠る、凛を見ながら……
僕の悩みなんて……全然、小さな事なんだ。
まだ、少し無理やり……そう思おうとしていた。
「お待たせー。乾き物しか、無いけど……」
と、睦美さんがビールとイカや、柿の種を持って戻った。
「有難う。――そーっと、飲もう。ハハ。」
僕は言う。
「そーっとねっ!……乾杯。」
グラスだけをお互いに上げ……乾杯した。
睦美さんは、運送会社の事務をしている、と話し…
僕は、一応、自分で会社をやっていると話した。
「凄いなー。社長さんなんだね。」
と、睦美さんが驚く。
「いや、僕は……恵まれてるだけだから…」
親がたまたま、会社をやっていて…自分のやりたい事を、別会社を立ち上げて、自由にやらせて貰えただけだった。
勿論。適当にやっている訳ではなく……
自分なりに社員にも責任を持ち、やってはいるが…
そうしていられるのは……やはり、親のお陰だ……
「この……一年で生活、変わった……よね?」
僕は……当たり前の事を訊いた。
「勿論。変わった……」
睦美さんは、アパートに一人暮らしをしていたが…ここに移ってきた事、本当は、トラックに乗っていたが、事務に変わった事。
最後に、――彼氏と、別れた事を話す……
「凛と、暮らすって言ったらね……上手くやってく自信が無いってね……当たり前だよ…当たり前。」
と、ビールを一気に飲む。
「当たり前……なの?」 僕は…納得出来なかった。
「勿論。だって…例えば…年齢的に、結婚って話しが出たら…?一生、凜の面倒まで見る訳だし…」
ビールを新たに注ぎながら……
「自分達の子供が、出来たら?……凛をその子供と、同じだけ愛してくれるか?――私の方が……不安になるよ、きっと……」
と、ビールを又、飲む。
「いずれっ!問題だらけさっ。お互いの為にも、別れて、正解だ!ハハ。」
睦美さんは、一応…明るく言った。
「その人が……好き……だった?」
僕は、訊いた。
「うん。好きだったさ。けど……凜の事は、迷わなかった!――結果、こうなるって解ったけど…迷わなかった!だから……愛してなかったかもね……」
首を傾げ……言った。
僕は、お返しに……?……失恋話しを聞かせ……
「間抜けな話しだよね……それで、さっき泣いてたんだ……ハハ。泣けて……助かった!」
僕もビールを飲み干し……
「睦美さんや凛の悲しみに比べれば…ただの馬鹿な男の噺さっ。――泣くにも足らない……ハハ。」
僕は自嘲気味に笑う。
「自分の真剣だった恋を、そんな事、言っちゃ駄目だよ。比べる事でも無い。――悲しみは人それぞれに違う物だからさっ。」
睦美さんは、真顔で僕に言う。
「……そうだね。……うん。……愛してた。」
又、涙が一筋……頬を伝った……
僕は、泣いた事を隠そうともせずに…
「ハハ。又、凛に叱られるな。寝てて良かったよ!
――睦美さんもさ、凜が居たって、まだまだ、恋愛出来ると思うよ、僕はね。」
と、涙を拭く。
「ハハ。やっと……この生活に慣れた所だ。どうなるか、解らないけどね。一つ、言えてるのは……私より、凛を思ってくれる人を選ぶって事かな…?」
睦美さんが言った。
僕は……考えて…
「だって…、この先、睦美さんを好きになる人は、今の、この状況を知っていて、好きになるんだから……大丈夫さっ。きっと、上手くいく!」
と、言い切った。
「だと…良いね。――今日まで…考えなかった。自分が、凛を引き取った事に、満足しちゃってさ……凜は、父親が、欲しいのかな?……連に対する執着を見ていて…初めて、ハッとさせらた…ハハ。」
睦美さんが、苦笑する。
「うーん。万が一……睦美さんに、何か……た…例えば、風邪でもね。あった時、やっぱり…協力者は、居るに越した事はないと、思うよね……」
僕は……姉夫婦の事を思い出し…微妙な言い方になってしまった……
「その通り……それっ。私も……いつも、考えるんだ。まだまだ、小さな子供だからね…でもねっ…」
睦美さんは、凛を引き取った時から、一年しか経っていないのに、お風呂に一人で入れる様になった事や、力が強くなった事、食べる量も増え、洋服がみるみるうちに着れなくなる事を、嬉しそうな表情で僕に、話して聞かせた。
「この時期の子供の成長には、驚かされる!多分、自分の子を育てていても……一番、楽しみな時じゃないかな…」 と、結んだ。
「良いなー。楽しそうっ!」 僕は、普通に答えた。
「楽しいよ。――今日も、パプリカ…食べられたの見て、嬉しかったよ。有難うね。ハハ。」
「良かったよ。少しでも、協力、出来て。――実は、食べるかな…?って、ドキドキして見てたっ。食べた時、凄いなっ!て嬉しかったんだ。」
本当に心の中で笑う程、嬉しかった。
「私が、言っても食べなかったのにさっ!あーあ、やっぱり、協力者いるか……ねえ?連、どう?」
睦美さんは、凄い事を訊き。
「ハハハッ。――あっ…しぃー。」
豪快に笑った後、小指を立てた……
「び…ビックリさせないでよ……腰抜けたよ。――座ってるけどさー。ハハハッ。あっ…しぃー。」
僕も小指を立てた……
「フフフッ。」 二人で静かに笑い…
「さっ。寝ようか。――言っておくけど……子供の朝は……早いよーっ!覚悟してねっ。ハハ。」
睦美さんは、横目で僕を見て言った……
「……そー。」
情けない顔で、僕は答えた……
「ハハ。あー。睦美で良いからね。私も連。だし。」
「うん。了解!じゃあ、明日の為にも寝よう。」
又、川の字に戻り……
「お休み。連。」
「お休み。……睦美。」
僕は、凜の温かく小さな躰に寄り添い、睦美も、逆から、寄り添い……眠りに着いた……
睦美の手が、僕の手と重なっていた…
それも、温かく……少しドキドキも、していた。

「連ーっ!起きろーっ!」
寝たと思ったら……一瞬で…朝らしい……
凜の元気な声に驚き……飛び起きた!
「うわー!」
凜が布団を剥ぎ、僕に抱きついて来た。
そのまま、凛を高い高いして……
「ハハハッ。ビックリするだろ?早いなー!凛。」
と、言う。
「ハハハッ。子供じゃないって言ってるだろ!ハハハッ。――寝ぼすけは、連だけだ!睦美も、起きてるぜっ。ハハハッ。」
凜の弾ける笑い声に、今日も笑いが出る…
「ハハハッ。気持ち良く、寝ちゃったよ!」
本当に……気持ち良く寝た。
酒を飲もうとも……眠れなかったのに……
凜と睦美の手が温かく……良く寝むった。
「おい。オレ、腹ペコだ。早く行こうぜっ!」
凜は又、僕の手を引く。
「僕も、腹ペコだよ。行こう!」
僕も、立ち上がり……お勝手に二人で下りて行く…
睦美が、振り返り……
「ハハハッ。お早う。連。早速、捕まったな!」
と、笑う。
「ハハハッ。お早う。睦美。起こされた!ハハ。」
と、僕も、笑い返した。
「さー。凜、運んで!」 睦美が言う。
「おう。連も一緒に手伝え。男だからなっ!」
凜は、僕を見て言う。
「男……関係無いって……」
睦美が呟く。
「ハハハッ。手伝うよ。男だからさっ。」
僕は、言い……皿を持った。
サラダに、スクランブルエッグ、ウインナーと、トースト。
凜と僕が運び、睦美が凜の牛乳と、僕達のコーヒーを運んだ。
「頂きます!」 全員で、言い……食べ始める。
僕は、コーヒーをすすって、凛を見ていた……
凜は、サラダのパプリカをパクパク食べ……
「おい。連。これ美味いから、ちゃんと食べろよ。」
と、僕に言う。
「昨日まで、食べなかったクセに良く言うよ!」
睦美が、呆れて凛を見た。
「ハハハッ。美味しいよな。凜。」
僕は、なんだか、嬉しかった。
テレビでは……土曜日の朝らしく…動物園の様子などが映し出されていた……
凜は……じーっと、見つめ…ポツポツと、食べた…
その様子を僕と睦美が、観ていた……
僕は……一瞬で、思った。
凛を動物園に連れて行ってあげたいな……
でも……それは、出来ないかな…
昨日の事も……睦美は、しつこい位に、特別だと、言い聞かせていた……
子供に、変な期待をさせる事は……絶対に駄目だ…
考えていると……
「子供が行く場所だな……同じ、組の奴等も行くけど……オレは…大人だからなっ!ハハ。」
凜が、言った……
僕は睦美を見て……目で合図する。
「ちょっと……トイレ借りるよ!」
と、立ち上がり。――睦美を促す。
「わ…私、コーヒー、おかわりだ。」
睦美も立ち上がり。
お勝手で落ち合った……
僕は、急いで睦美に、今、考えた事を話した。
「返って……凛にとっては…いけないよね?」
睦美に訊いた。
「あーっ!難しいっ!こんな機会は滅多に無いって思うし、凛に……父親が居る気分を味わわせてあげたいっても、思っちゃう!でも……絶対に、期待させる事にはなっちゃうじゃん?あー。」
睦美も、頭を掻き回し……悩む。
「ねえ、睦美……動物、好き?」 僕は訊く。
「実は、大好きっ!」
「僕も、実は大好きっ!――行こうよ。」
「そうだった……姉の事が有った時、――先の事ばかり考えたって、仕方ない!って勉強したんだったよ。――行こう。ハハハッ。」
部屋に戻り、――まだ、じーっとテレビを見ている凛に、食事を続け、僕は言った。
「あーあ、残念だよ。僕、動物園が、大好きだからさ、凛を誘おうと思ったけど……大人じゃねぇ…」
と……
睦美が、部屋に入りながら……
「えー。私も大好きっ!――じゃあ、連。二人で行こうよ!」 言う。
凜は、驚いた後…本当にキラキラした笑顔になり…
「お…オレも、混ぜろっ!行くのか?本当にかっ?三人で動物園に行くのかっ?や…やったー!」
興奮の仕方がハンパなかった。
立ち上がり、滅茶苦茶に踊り出す始末だ。
「ちゃんと、全ー部を食べてからじゃないとね。動物園は、広いから、体力付けてからだよっ!」
僕は……言う事が……父親っぽくなってきてる……
「沢山、食べるよっ!む…睦美、牛乳おかわりだ。」
凜は、うって変わって凄い勢いで食べ始めた。
「私も、トーストもう一枚!」
睦美まで、はしゃいでいる様だ……
「僕も!」 僕も例外では無かったが……

「早くー!早くー!」
凜が、この言葉を100回も繰り返した頃、やっと、睦美が、家事を終えた……
僕も、洗濯物を干したり手伝いをした…
睦美の下着が有り……一人で照れたりしながら…
「さー。行こうか!ふぅー……」
「行こうぜっ!行こうぜっ!」
凜は、相変わらず、僕の手を離さない……
待って騒いでいる間も、ずーっと付き纏う……
僕は……可愛くて仕方なかった。
弟とかって……こんなかな?……なんて考えた。
「ハハハッ。行こうか。」
凜は、もう片方の手を睦美と繫いだ。
三人で動物園に向かい歩き……
「ねえ、疲れたんじゃない?大丈夫?」
僕は睦美に、訊いた。
「全然!人を年寄り扱いしたなっ!ハハ。」
睦美は言う。
「大変……だよね。家事と仕事じゃ。」
僕は、忙しく立ち働く睦美を見ていて……この後、普段は仕事をやるんだ…と、さっき考えていた……
「今は……幼稚園は、まだ、良いよ。預かっても貰えるからね。小学生になってからだ…行事も増えるし、今って…休みも多いだろう?仕事を続いていけるかな……?なんて、考えるよ。」
睦美は、凛を見ながら……
「そうしたら…夜でも、働くかな……私が、ホステスって…色っぽく無いから無理か?ハハ。」 
「駄目!」
僕は、即刻……何故か…言った……
睦美は……驚き。
「……いやいや…例えばの話しだし…駄目って言われてもねー…何かは、考えないと…ね。」
目を丸くしながらも言った。
「い…いや。そうだけど…り…凜がさ…夜、昨日みたいに起きたら、困るしさ、ぶ…無用心だし…子供が、一人で留守番とか…それに……やっぱり、駄目だよ!」
僕は……ブツブツと理由らしき事を言った……?
「遠回しに、私じゃ無理だって言われてるみたいだな……魅力、無いのかな……?職場でも、トラックの時から、男扱いだよ。ハハ。」
睦美は、苦笑気味に言う。
「違うよ!ホステスさんなんか、やったら、きっと人気者になっちゃうよ……僕が嫌なんだ。」
僕は……訳の解らないけど事を言いだして……自然に、足が止まっていた。
凜が、僕を見上げ……
「おい。連。子供みたいな聞き分けの無い事、言ってないで、歩けよっ!急ぐんだよ。オレ!」
……大人の様な言い回しに、思わず吹き出した……
「プッ。ハハハッ。ゴメンね。急ぐよ。」
「ハハハッ。聞き分けの無い…って私が、いつも言うからさっ!真似したなー。ハハ。」
睦美も……笑った。
動物園に急ぎながら……
うーん……職場も男が多いだろう…?
夜、働かれても…男は、来るだろ?……当然だ。
嫌だな。他の奴に取られる位なら、僕が貰うよ。
そう言えば……昨日までの真っ暗な気持ちは、今朝から、1回も顔を出さない。
忙しくて…それどころじゃ無かった。
凛に、何かをしてあげたくて……睦美を少しでも、手伝いたくて……そんな事ばかりを考えていた……
終いには、僕が貰う。とまで考えだしたか……
懲りもせずに……惚れたな。
直ぐに、そう思えたのは、真っ暗な心の時なのに…
凛に惚れて、睦美にも、惚れたからだった。
動物園に付き、園内を回る……
全員が、ハイテンションで動物に魅入っていた……
小動物のコーナーで、イベントが、行われていた。
飼育員のお姉さんが、
「ウサギさん達は、目が何度見えるか……知ってる人?手を上げてー!」
と、言った。
条件反射で……僕は、元気に手を上げてしまった。
しかも……僕、一人だけが……
「ハハハッ。じゃあ、お父さんに教えて貰おうね!」
お姉さんが言った。
恥ずかしくなっていたが……
凜が、僕を見ていた……昨日、泣き顔を見せてしまったから…カッコいい所も見せたかったんだ……
「ウサギさん達は、草などを食べる。草食動物です。ライオンさんやオオカミさんなど、お肉を食べる、肉食獣から、身を守る為、360度。後ろまで見る事が出来るんです!――ほら、目が離れてるでしょう?」
と、エラそうに指を指す。
「へーっ。」
会場が、少しザワつき……拍手が、起きた。
お姉さんも、「素晴らしい、答えでしたねー!」
と、褒めてくれる。
僕は、恥ずかしくて…頭を深く下げた……
凜が、僕を見ていた……
「恥ずかしいよ。しかも…お父さんって……」
僕は、凛に話し掛ける。
「オレ、初めて、連をカッコいいと思ったぜっ!」
凜が真顔で言う。
初めて……ですか…?
「私も!凄いな。お父さん!ハハハッ。」 
睦美が、言い、笑う。
いや…睦美まで…初めて……ですか?
「あ…有難う。」 一応、お礼を言ってみた……

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