自作小説『生きづらいあなたの為に』

【まえがき】
クオリティ低いです。それでもよければ読んでください。

以下、本文です。









 朝。別にアラームが鳴ったワケでもないのに、窓からまぶたの中に入り混んできた朝の日差しによって、わたしは目を開ける。
 目線はいつの間にか窓側の方を向いていて、まだ覚醒しきってないわたしの目線は続いてベッドの横の棚の上に置いてある目覚まし時計へと向いた。


「7時10分・・・」


 わたしは自分にしか聞こえない寝ぼけた声でそう呟いた。今日は火曜日、平日。一般的には殆どの人は子供から大人まで学校なり会社に向かう準備をしたり、もう行かなければならない時間帯であるが、当のわたしは起き上がるコトが出来ない。


「・・・・・怖い」


 時間と曜日を認識してすぐ、わたしの身体に軽い異変が起きた。胃がムカムカするように苦しくなり、わたしは自分の腹部を手で覆う。こういうのは、何回起きても慣れない。病院で何か言われたワケではないが、ストレスやトラウマからくるものだとわたしは推測していた。

 いつからだろうか、こんなにも朝が怖くなったのは。前にネットか何かで見たコトがあるが、学校や会社に本気で行きたくないという人も今とわたしと同じ症状になるらしい。小学生時代、少なくとも低学年の頃は学校が楽しいと思えてたので最初はピンとこなかったが、まさか今の自分がそっち側の人間になるとは想像がつかなかった。


 6年生の頃、わたしの居たクラスでいじめが流行し、わたしも被害者側になったコトがある。ただ、担任は「いじめられてる方にも問題がある」主義を誰が何を訴えても曲げず、事あるごとに「連帯責任」と称し何故か被害者であるハズのわたしたちまでもが理不尽にも担任の説教を受けた。
 中学進学後もそこまで状況は変わらず、せいぜい教師連中がいじめを見て見ぬふりをするのになったくらい。エスカレートし始めたのは2年の夏以降、加害者側が素行不良で有名な上級生を味方に付けて時間問わず言葉の暴力を毎日・学校にいる時間の4分の3は浴びせられ、怖くなったわたしは去年の3学期から学校に行かなくなった。


 今日は4月10日、新学期が始まったばかりで今頃は皆新鮮な気持ちで学校で勉学に励んでいるのだろうが、わたしの気持ちはあの頃から全く変わっていない。

 入学式の翌日、わざわざ新しい担任が家まで押しかけて色々なコトを話してくれたが、わたしの胸には何も響かなかった。担任は30代前半らしいがギリ20代にも見える若めの男性で、今年度からうちの中学に赴任したらしい。いかにも体育会系なハツラツとした人で、わたしが登校する日を待っている、無理はしないで、みたいなコトを何度も言っていた。その人の性格から嘘は言っていないとは思うが、一方的に自分が「こうして欲しい」と主張してるだけで、いじめの被害者の心情を知らない人間の甘い言葉にしか聞こえず、信じきれなかった。

 スクールカウンセラーも、学級担任も似たようなコトをわたしに向かって言ったが、それでいじめが止むとは一切思えないし、悪化した現状からもう学校関係者の言葉は何も信じたくないという心境になってきている。


 親も最初の頃は「他人のせいにするな。自分から変われ」と無責任なコトばかり言っていたが、不登校になった辺りからそういった厳しい発言はほぼ無くなった。新しい担任の話は母も一緒に聞いていたが、母も担任の上辺だけの言葉には懐疑的だったようだ。前までは喧嘩ばかりだったのに、何故そういうところだけ気が合うのだろうか。

 他の生徒が怖い。身近な問題を放置してる教師たちが憎い。何も力になってくれない親が嫌い。そうやって誰かのせいにしてばかりの自分も嫌いだ。昔から親や教師に言われ続けてた「お前は人のせいにしてばかりで自省の精神が無い」と。それ故に同級生ともトラブル続きな時期もあったから、いじめられてる方にも問題があると言われたらぐうの音も出ない。そういうコトなら、わたしなんて居ない方がいいんだ。そう考えたら、ちょっと楽になれて、その後にすごく苦しくなった。
 もう、どうしようもない。死ぬと親族の迷惑になるから惰性で生きてるだけだ。



雲雀ひばりー、朝ごはんできたよー」


 部屋の外からでも聞こえる母の声がわたしの耳に届き、ハッ、と我に帰ったように意識が現実に戻った。そうだ、起きなきゃ。まだ胃は痛い。でもこれはわたしがそう思い込んでいるからで、実際はさほど深刻な痛みではない。寝ていた方が楽。そう言っておけば学校にも行かずに済む。悪い言い方をすればサボり癖のようなものであって、気持ちのスイッチさえ入れば起き上がるのに何の支障も無い。


「・・・・んしょ」


 わたしは重く感じる身体をゆっくりと起こしながら、肩から下を覆っている毛布を手でどかし、ベッドから出た。まだ「動きたい」という気持ちではなかったが、一度起き上がればあとはエンジンさえかかれば停止状態にはならないので、そんなコトを考えてながら、ちょっとだけ寒さが残る自分の部屋を後にした。


「・・・・・おはよう」
「おはよう」


 リビングに入ったわたしは、母と最低限の挨拶を交わし、母の作った朝食が置いてある食卓の椅子に座った。母はソファーに寝転がりテレビに目線を向けている。8時までは4チャンのニュース番組を、そこからは毎朝やってる15分枠のドラマとその後にやる情報番組を見るのが母の日課みたいなものだ。

 わたしはテレビには全く目もくれず、寝坊し急ぐかのように食パンや目玉焼きを順番に口に入れていく。理由は簡単、今すぐこの場から離れたいからだ。わたしが母となるべく会話をしたくないのもそうだし、テレビから流れてくる情報を耳や脳に入れたくないというのもある。
 母はこのニュース番組が好き、厳密には好きなアイドルがMCをやってるから毎朝観てるので他に観たい番組の無いわたしがチャンネルを変えろと言っても聞かないので何も言わないが、このニュース番組はわたしの主観もあるが暗いニュースを多く取り上げていて、音声を聴いてるだけでも不快になる。ちょうど今も人気俳優の不倫に関する議論を繰り広げていて、コメンテーターの1人が不倫を犯した俳優の人格を否定するかのような発言をしている。別に赤の他人が不倫や犯罪を犯そうが対して関係が無いのにどうしてここまで躍起に粗探しをしようとするのか、わたしには理解できない。とにかくすぐにテレビの音声が聴こえない場所に行きたい、ただそれだけのためにわたしは食べ始めてから10分も経たないうちに朝食の食パン・目玉焼き・サラダを食べ終えた。


「・・・・・ごちそうさま」


 わたしは空になった皿や箸を台所横に置いて、洗面所へ向かう。母はこれといったリアクションを起こさずに、ただ変わらずテレビにしか意識を向けていない。別に話したいコトもないし変な話を振られるよりは黙っていられる方がいい。むしろ何も話かけてくるなと願っていた。たかがそんなコトに神経を使うのもどうかとも思うが、他人の目はどうしても気にしてしまう。あの人はわたしにどうして欲しいか、あの人はわたしのコトをどう思っているのか、「連帯責任」を受け続けた頃から考えるようになってしまった。


 わたしは洗面所で歯を磨きながら、今日は何しようか考えてた。学校に行かなくなってから、あまり自慢できるような話ではないが勉強はあまりしなくなった。別に元々勉強は嫌いではなかったが、学校に行かないなら別に勉強しなくてもいいよねと、心の片隅で自分で作った自分を全肯定してくれる存在に甘えてしまっているような気がする。一応、試験だけは受けるようにしているが、それも平均点かそれより少し下をキープしてるので、親は口酸っぱく「勉強しろ」とは言わない。それが自分に甘えてる一因なのかもしれない。
 でも、他のみんなはちゃんと普段から学校に行って、ちゃんと勉強を受けて部活に入ってる人はそれに精を出してる。そんな中一人テレビや動画を見たりしてるのは、罪悪感もある。



『お前なんで学校行ってないのに遊んでんの?ズルくね?』



「・・・ッ!ゲホゲホッ!」



 突然頭の中に浮かんできた胸に突き刺さる言葉、まるで心臓をグイッと掴まれた衝撃が身体を走り、思わずむせてしまい歯磨き粉を含んだ唾が洗面所のシンクにかかり、口から離れた歯ブラシを右手に持ちながらわたしはもう2回咳込んだ。

 なんで急にそんなコト思い出したんだろう。春休み、仲の良い同級生と一緒に映画を観に行った際、いじめに関わってはないが比較的仲の悪いクラスメイトと遭遇した時に浴びせられた言葉。これに限らず、不登校になった前後からこんな心にダメージのくる発言がよく前振りも無くフラッシュバックするようになった。その度にこんな感覚が身体中に走り、苦しくなる。

 考えないようにしても一日に一回はほぼ必ず起こる現象なので、もうどうしようもない。ただ痛みに耐えるしか対処法は無い。わたしは右手の歯ブラシをコップに持ち変え、コップに水に注ぎそれを口に入れて濯ぎ、強い勢いで吐き出した後、



「・・・・・死にたい」



とポツリと呟く。洗面所の鏡から見たその時の自分の目は、泣きそうに潤んで見えた。









 気づいたら時刻は11時半に差し掛かろうとしていたところだった。父のお下がりで貰ったノートPCの画面右下に表示された時刻を見て、もうそんなに経ってたのかと思ってたより時間が早く過ぎてたことに少し驚く。結局、午前中の間は勉強に手がつかず、ずっとPCで動画を観ていた。最近は古いゲームの実況動画がマイブームとなっており、気づいたら一日ずっとその動画を観ていたなんてコトもザラだ。今追っているシリーズは既に完結済みで110パートも動画があるのだが、それだけ長いお陰で暇せずに済んでいる。現時点で60パートまで見終えたが、まだまだ楽しめる。

 一旦その動画を観るのをやめて一息つこうとわたしはPCをスリープモードにして画面から目を離す。その瞬間、喉が何かを欲してるのを感じとり、わたしは飲み物を取りに部屋を出て再びリビングへと向かった。


 リビングに入ると、普段は付いてるハズの電気が消えているコトに気付く。もしかして母が買い物にでも行ったのかと思いながら冷蔵庫へ向かおうとすると、テーブルの上には千円札と一緒に書き置きらしきモノが置いてあり、わたしはそれを手に取った。

ヒバリへ
急用が入ったので出かけてきます。夕方までには帰ります。
お金置いておくのでお昼は何か買ってきて食べてください。




 書き置きにはそう書かれていた。別に急用は何なんだろうとか、好きなモノ食べられるラッキーとか、そんな感情は一切芽生えず、ただ「買ってくるのめんどくさい」としか思えなかった。しかも今の服装は上下共に黒のジャージという外出するにはちょっと恥ずかしい、女子力が皆無な衣装だ。でも別に食べたいモノもないし、コンビニとかならこの服装でもそんなに浮きはしないしこれでいいかと、着替えるコトすらめんどくさがり、わたしは冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出し水分補給を済ませると、外に出る支度を始めた。



 誰もいない自宅の鍵を閉めて、よく晴れた春の空の下へ繰り出す。一応、感染症対策でマスクはジャージのポケットに入れてはいるが、この暖かさでは恐らく出番はなさそうだ。
 今は引きこもりみたいな形になってるが、外へ出るコトに抵抗感は一切なく、寧ろ外出するのは好きな方だ。今日のような平日なら嫌いな同級生に一切会わずに済むし、補導されないような場所なら安心して楽しむコトが出来る。なので今は少しだけ愉快な気分になっている部分もある。

 コンビニまでは徒歩で10分程度。この距離なら自転車を使うまでもないと踏み、徒歩で向かうコトにした。それなら服装が服装だけにジョギング中だと装えるなと変なコトを考えながらわたしは見慣れた住宅街を歩いていく。でも、やっぱり平日のこの時間に中学生が何の変哲もなく歩いてると「あの子は学校行ってないんだ」と思われてそうで、そう考えるとやっぱり外に出ない方がいいんじゃないかと思ってしまう。今更引き返せないが、今のわたしは普通じゃない。普通の14歳ないし15歳は今頃みんな学校にいるのだから。でも、そういうお年頃なのか、"普通じゃない"というフレーズは悪くない。罪悪感と厨二心を同時に感じながら、わたしは住宅街を抜けていく。


 歩き始めて4分ほど経った。待ち時間の長い信号を渡り、川沿いの道へと進んで行く。ここは近隣住民からは桜の名所としてまあまあ有名な方で、休日は桜を見に来る人が多い。テレビとかで紹介されてる場所よりは地味さが否めないが、写真を撮ってSNSに上げればバズりが狙えるくらいの映えスポットだとは思う。実際、わたしもこの道はちょっと気に入っている。
 もう満開の時期は過ぎてるみたいで、それに昨日雨が降った影響で地面には散った花びらが何枚か落ちているが、道端の木にはまだ元気に桜が多く残っているし、たぶんまだギリギリ満開ではあると思う。なので十分映える写真が撮れるだろう、と言いたいが、あいにく今のわたしはカメラを持っていない。今の時代スマホがあれば基本なんでも出来るが「スマホは高校生になってから」という親からのお達しで触ったコトすら無い。同級生は既に何人か買って貰ってSNSなどを満喫しているらしいが、別に羨ましいと思ったコトは無かった。でも、今この肉眼に映る太陽に照らされた桜の木々は上手く言い表せないがいつもよりも美しく見えて、これは写真に残しておきたいと思えるくらいの美麗さがあった。しかしカメラが無いのでどうしようもない。渋々諦めムードになりながらこの場所を去ろうとすると、奥の方に人影が見えた。

 手にはカメラを持っているのでどうやら桜の写真を撮ってるみたいだ。両手に持った黒の小さい一眼レフで顔は隠れてるが、薄いピンクのブラウスの上に青いカーディガンと白のロングスカート、カメラの後ろからチラリと見える茶色いボブカットの後ろ髪。完全に不審者のような考え方だが、この桜よりも綺麗なモノがあった、と目を奪われていた。
 その人はこちらに気付かずにカメラを構えたまま写真を撮っているようだが、突然、そのカメラのレンズをわたしの方へ向けてきた。


「えっ、ちょ・・・!」

 いきなり堂々と盗撮でもされたのかと思い込み、わたしは反射的に顔を隠しながら身構えてしまう。これではホントに不審者だ。
 そんな挙動不審な行動を起こしてしまったせいか、向こうにいたカメラのお姉さんも構えていたカメラを首にかけて、こちらへと小走りで向かってきた。これ、絶対何か言われるやつじゃん。自分で蒔いた種とはいえ、今更になって気まずくなり冷や汗が出てきたが、カメラのお姉さんはわたしに近づき、「ごめんなさい、驚かせちゃいました?」と優しく声をかけてきた。


 こんな優しい言葉を掛けられたコトと罵声を浴びると思ってたわたしの予想が覆ったコトで更に気が動転し、早口で目線を泳がせながら「い、いえだいじょですっす」と返答した。
 わたしは初対面の人と話すのは幼少期から苦手で変なコトを言わないよう気を付ける性格だったが、今まさに変なコトを言ってしまっている。すいません変なヤツでもう消えますんで、と謝罪しようかとも思ったが、そんなコトを気にせず笑顔で「ああ、よかった」と笑顔で言ってくれた。これにはわたしも苦笑いするしかない。というかそれ以外で何が正しい選択すらも分からなかった。
 気まずい時間が3秒くらい流れ、誤解も解けたところでわたしはその場を立ち去ろうとするも、

「待って!」


 と、カメラのお姉さんに引き留められる。え、まだ何か言われんの?と内心ビクビクしながら振り向き、お姉さんへ目線を向ける。そして心配そうな目なしながら、


「あなた、学校はどうしたの?」


 見るからに高校生以下のわたしが平日の昼前からジャージ姿でブラブラしていたらそう言うのが普通の反応だとは思う。しかしホントに痛いところを突かれた、思われてたと感じるコトはあっても実際面と向かって言われたのは初めてだったから、わたしは警察にでも連れて行かれるのだと勝手に思い込み引いてた冷や汗が再び身体から出る。しかしこのまま答えずに逃げるのも余計に変なので正直に答えるコトにした。


「学校、行ってないっす」


 わたしはカメラのお姉さんにギリギリ聞こえる程度の声でやや気まずそうに答えた。そこから両者何も口を開かなくなり、またも沈黙タイムが流れる。そりゃそうなるわ、と自分でも思う中、先にカメラのお姉さんが沈黙を突き破った。


「もしあなたさえよければ、あっちのベンチで少しお話しない?」


 カメラのお姉さんはここから30mくらい離れた日陰の差し掛かるベンチを指差していた。お話、か。この人優しそうだし、別に「何で学校行ってないの!?行かなきゃダメでしょ!」みたく説教はされないと思うし、それに元はといえばこちらの勘違いから始まったんだから、それくらいならいいかと丸め込み、


「あ、はい。いいっすよ」


 と、まだキョドりながらカメラのお姉さんの誘いに乗った。にしてもこの人は凄いな、初対面、それも怪しさ全開の中学生相手にも誠実な対応をここまで続けている。それに比べてわたしは・・・・、穴があったら入りたいとは今まさにこの状況だ。

 わたしとカメラのお姉さんは少しだけ歩きさっき指差したベンチに腰かけた。ここは桜の木とベンチの後ろに建ってるマンションで日陰になっており、落ち着いて話をするにはもってこいの場所だ。それに上を見上げれば桜の花びらがドームのような天井を作ってこれまた綺麗な光景を描いている。


「えーと、まず自己紹介からしようか」


 ベンチに座って間もなく、またも先に口を開いたのはカメラのお姉さんだった。確かに話すなら名前は聞いときたい、わたしも頷いた。


「じゃあ私からね。名前は葉月小鳥はづきことり、21歳で、一応社会人です」


 カメラのお姉さん、改め葉月さんは首にぶら下げた一眼レフを左肩にかけているショルダーバッグにしまいながら自分の名前を年齢を名乗った。社会人か、見た目的に大学生だと思ったので意外といえば意外だ。


「あっ、わたし、葛葉くずのは雲雀っていいます。年は14、中3です。不登校ですけど・・・」


 わたしも名乗ったが、最後の不登校の下りは絶対いらなかった。と一瞬後悔したがその情報はさっき自分から開示済みだった。


「珍しい名前だねー、『くずのは』に『ひばり』ってわたしの知り合いにはいなかったなー」

「よく言われます・・・」


 そう、ホントによく言われる。苗字はともかく、名前の方は親もキラキラネームを狙って付けたワケでもなく、普通にそれなりの意味を込めてわたしに『雲雀』という名前を付けた、というコトはなんとなく聞いている。わたしも嫌いじゃないし。でも、葛葉だから屑とか言われるのは嫌いだしもう聞き飽きた。そんなのだから小学生の頃は田中さんや佐藤さんに憧れた時期さえもあった。なので、どうせもしかしたらそんな風に言われるのかと身構えていたが、返答は予想とは違うモノだった。


「うーん。ねぇ、もしよかったら『ヒバリちゃん』って呼んでいい?」


 葉月さんから出た言葉にわたしは不意を突かれた。いきなり名前呼びとはコミュ力高いな・・・、陰キャのわたしは完全に葉月さんのペースに乗せられてる。


「は、はい。いいですよ・・・・・」


 照れもあったので、語尾がモニョモニョとなりながらも名前呼びを承諾した。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 その後またまた沈黙が流れた。わたしの顔は見知らぬ人と話す緊張から恐らく青ざめてるのが鏡を見なくても今の自分の心境は伝わる。そしてそんなわたしの顔を見た葉月さんは見るからに心配そうな顔をしている。
 こんな沈黙タイムはさっきもあったばかりだがホントに気まずい。わたしから何か話しかけるべきか・・・。葉月さんのコト?趣味は何かとか?そういえばカメラで写真撮ってたな、写真好きなのかな?普通なら初手は相手の趣向を探るもんだと思う。しかしそんな質問はありきたりすぎてつまらないと思ったのかわたしは、


「は、葉月さんって、今日、お仕事は休みなんですか?」

「うん、ていうかしばらく会社行ってない」


 わたしも正直少し失礼な質問をした自覚はあるのだが、葉月さんからの返答は予想外のモノだった。あっさり言うもんだから尚更。
 会社、行ってないの・・・?芸能人とかが体調不良で1ヶ月くらい休養したってニュースはたまに見るけど、葉月さんもそれ系?でも外に出て写真を撮ってるくらい元気だし・・・。


「あの、もしよかったら、理由、教えてもらってもいいですか?」


 あんな質問してしまったんだしもう戻れないと覚悟を決め、まるで禁忌に触れる感覚で声を震わせながら理由を訊いてみた。わたしは恐る恐る葉月さんの顔を覗いたが、葉月さんは決して嫌そうな顔はせず、さっきと変わらない温かい笑顔で話してくれた。


「話すと少し長くなるけど・・・、私、高校出てすぐ就職したんだ。でも私が入った会社って、あんまり新入社員が入ってこないところだから、周りは20以上離れた人ばっかで、私、なんか浮いてたんだよね。何しても『若いから元気でいいよねー』とか言われて」


 若いから、か。その言葉を聞いて、わたしは何故か6年生の時の担任のコトを思い出していた。
 一度アイツの説教中に思い浮かんだコトがある、もしわたしがアイツと対等の立場、或いはアイツよりも年上だったら、あんなヤツの好き勝手にはさせてなかったのだろうか。力を持った目上の人間に蹂躙された過去を持つわたしは、勝手に葉月さんと自分を重ねていた。


「最初は褒める意味で言ってたんだろうけど、だんだんと嫌味とかの方に変わってきて、小さなミスでも人格否定されたりして、そこからだんだん眠れなくなって仕事行くのが怖くなっていったから、病院で診てもらったら適応障害だって言われて、仕事休ませてもらうことになって今に至る、って感じかな」


「・・・・・・・・・」


 絶句とはこういうコトを言うんだろう。わたしは目を見開いたまま口が動かそうとしても動かせない、というより今は何を言っても失言になりそうだったから怖くて喋れない。
 適応障害というのは前にテレビで紹介してたから分かるけど、わたしは学生だから社会人の苦悩とかはSNSで「上司が嫌い」「飲み会に行きたくない」とか愚痴みたいな声をチラっと見たくらいだったので、ホントに会社に行けなくなった人というのは初めて見た。それもこんな誰も憎んだりしなさそうな優しい人が。それを自覚した瞬間、自分もいずれ葉月さんと同じ世界に出ないといけないと思い、背筋が凍った。わたしもいずれ同じ目に遭うんだろうと考えると。


「・・・あっ!ごめんね、なんか怖い話しちゃったね」

「い、いえ別に・・・」


 葉月さんはまた気を遣ってくれた。
 ・・・間違いない、この人は優しい。優しいから理不尽なコトを言われても反応せずに呑み込んでしまって気持ちが辛くなるんだろう。性格は正反対だけどわたしも似たようなモノだから。


「私ばかり喋っちゃったね。よかったら、ヒバリちゃんの話も聞かせてくれない?」

「わたしの、ですか?」

「うん。なんでも話していいよ、なんでも聴くから」


 葉月さんは辛い目に遭ってるとは思えない天使のような笑顔でわたしが話すのを待ってくれている。『なんでも話していい』『なんでも聴く』この言葉にも、すごく優しさが伝わる。さっきまでは緊張で噛み噛みだったわたしも今ではハキハキ喋れてると思うので、ホントになんでも話せそうな気がする。
 うん、大丈夫。この人ならどんなコトでも受け止めてくれる。そう決心するかのように、わたしは目線を葉月さんの両目に照準を定めて、話はじめた。


 過去のトラウマ、学校への恐怖心、大人への不信感etc...、頭の中で言葉を整理する必要もなく、止まらぬ勢いで葉月さんへ向けて悩みや不安を打ち明けた。わたしが夢中になってるのを察してくれてるのか、話を止めずに相槌を打ちながら聴いてくれている。疑っていたつもりは一切無いが、「なんでも聴く」は噓偽りじゃなかったんだなって、話ながらでも十分伝わっていた。

 気付けば5分か10分、もしかしたらそれ以上の時間を費やして、わたしは自分の話したいコトをほぼ全部葉月さんに吐き出せた。インターバルを入れずにずっと喋っていたせいか、少しだけ呼吸するのが辛くなり、咳き込んでしまった。すると葉月さんは間髪入れずにわたしの背中をさすりながら「話してくれてありがとう。辛かったんだね」と耳元で囁いた。不意な出来事かつ、耳にくすぐったさが走ったのもあってか、わたしは驚いて咳が止まった。


「ごめんね。驚かせちゃった?」

「大丈夫です。驚きましたけど・・・」

「驚いてるじゃん、フフッ」

「あっ。・・・すみません。アハハ・・・」


コントのようなやりとりを交わしながら、お互い笑みがこぼれる。


「こんな風にどこでも笑い合えれば、人生もっと楽しんだけどね」


 笑顔から切り替わり、少し悲しそうな目で川の向こう側の街並みを見つめながら、葉月さんは独り言のように呟いた。
 そりゃ人間なんだから、食べ物とかだけでなく、人間同士でも好き嫌いはあるのは当然。でも何で、嫌いな人間を徹底的に排除しようとしたり、修復が不可能に近いくらいの心の傷を負わせようとするのだろう。なんだか、葉月さんをここまで追い込ませた顔も知らない奴らが憎くまでなってきた。


「・・・生きづらいですよね。この世界」


ほっとけなくて、何か言おうとして、不意に口から出たこの言葉。それに対して葉月さんは、


「ほんとだよね。ヒバリちゃんみたいに優しい人が側にいてくれたらなぁ・・・・・」
と返す。

 わたしは別に優しくなんかない。親ともよくケンカするし、教師にだって平気で逆らう。嫌いな人間には遠慮が無いのはアイツらと変わらない。でもここで葉月さんに言うべき言葉は「わたしはホントは優しくないですよ」とかそういうのじゃ無かった。そして思考する前に口が最初に動いていた。


「じゃあ、わたしが葉月さんの『生きがい』になってもいいですか?」

「え?」

「生きづらいと思うのなら、わたし、どんなコトでも葉月さんの力になりたい。わたしと居て”楽しい”と思えるんだったら、いつでも会いに行きますから。わたしも葉月さんの悩みとか、なんでも聴きますんで」


 生きづらい。わたしから出たそのワードに同調した葉月さんへ向けて放った突然の告白。もしかしたら、生きるのが嫌になって自殺とかしてしまったどうしようとか思っていてしまっただろうから、この人には生きていて欲しいという想いをわたしなりに言語化させたつもりなんだろうが、あまりにもクサすぎる発言に顔全体が赤くなってしまい、またまた額から冷や汗も出てきた。


「・・・ありがとう、ヒバリちゃん」


 なんでこんな漫画みたいなコト言ってんだと自分を呪いたくなったが、葉月さんはここでも困惑せず、むしろ感謝していた。


「私、ホント言うと死のうかとも思ってたこともあったんだ。やりたいものもなりたいものも無いし、生きてても無意味なんだなー、って考えてた」

「・・・・・・・・」

「でも、ヒバリちゃんと話して、久しぶりに誰かと接して楽しいって思ったんだ。『学校行ってない』って言われた時、なんだかほっとけない感じがして、思い切って話してみたら私とおんなじような辛い想いを持った子で、勝手に親近感抱いてたんだ」


 それはわたしも同じだ。でも、今は葉月さんが話す番、すごく伝えたいがここはぐっと我慢して話の続きを聴く。


「生きがいになってくれるって言われたら、嬉しいとかもそうだし、私のことを親身に想ってくれてると思ったら、そんな人を悲しませたくないし、簡単に死ねないなとも思ったんだ。・・・生きがい、か。じゃあ、私もヒバリちゃんの生きがいになってもいい?」


「はい!もちろんです!」


 わたしは葉月さんと出会って話をして1時間経ったかの時間で一番の、鏡を見たら照れて直視できなさそうな笑顔で返事をした。
 わたしも葉月さんみたいに、死にたいと思っていたからこそ、生きがいになってくれるという言葉が純粋に嬉しかったんだと思う。友達とかじゃなくてお互いの生きがいになるという、側から見たら変な関係性だろうけど、わたしはそれで満足している。たぶん葉月さんは性格的に普通に友達として受け取ってそうだけど。


「そうだ、せっかくだし記念写真撮ろ!桜も綺麗だしバックにすれば映えるよ!」


 葉月さんはやや興奮気味にずっと座っていたベンチから腰を上げ、閉まっていたカメラを再び取り出して電源を付け、画面を見ながらボタンやダイヤルを操作している。わたしも気になって立ち上がり、カメラの画面を覗いたが、普通のデジカメですらまともに触ったコトも無いので、何をしているのかさっぱり分からなかった。


「うん、これでよし!」


 何かを設定した後にカメラをわたしたちが座っていたベンチに置いて、葉月さんはわたしの手を握り、桜の木々の前まで連れて行く。4歩進んだ先で立ち止まり、肩を抱かれながらカメラのレンズに目線を向けるよう指示される。


「ほらヒバリちゃん、笑って!もうシャッター切られるよ!」


 もしかしてタイマーを設定してたのか、じゃあもう数秒で写真が撮られる、まだ心の準備が出来てない———、そんな様々な思考を整理できないまま、ベンチに置かれた葉月さんのカメラはカシャ、とシャッターを切った。その刹那、わたしは右横に立った葉月さんの顔をチラッと見たが、閉じた右目をハサミでちょん切るかのようなピースを右手で作りながら笑顔を浮かべていた。一方のわたしはと言うと、・・・確実に変な顔をしていたのは写真を見なくても分かる。
 ポーズを解き、葉月さんはベンチのカメラを取りに行き、さっき撮った写真を確認している。


「フフフフッ・・・」


 葉月さんはカメラの画面を見ながら今度は右手でグーを作って口に当てながら吹き出した。ここでおおそよの察しはついたが、わたしも気になったので撮れた写真を見せてもらった。案の定、準備が全然できてなくて驚いた表情のわたしが笑顔の葉月さんと満開の桜と共に映し出されていた。その間抜けな自分の表情はとても見てられなかったので、すぐに画面から目を背けてしまった。


「ご、ごめんね。もう一回撮ろっか?」

「・・・・・はい」


 こんな写真が一生残るのは末代までの恥なので、仕切り直してもらうコトに。今度はしっかり表情を作ったので、一応ちゃんと見られる写真になって内心ほっとした。



グゥ~

「・・・今の音って、ヒバリちゃん?」

「・・・・・すみません」


 ほっとしたのが原因か、腹の虫が鳴ってしまった。今ので完全に思い出したが、わたしは元々昼食を買いに行くために外出したんだった。話したりしてて写真を見たのに自分の服装がダサいジャージだったコトすら忘れかけていた。


「そういえば、もうとっくにお昼の時間だね。ごめんね、私のペースに巻き込んじゃったね」

「いいんです。楽しかったから・・・」


 葉月さんは謝ってくれたが、実際のところ時間を忘れるくらい楽しかったのは本心から言える。なのでこれで終わりかと思うと少し名残惜しい、と、わたしはそのつもりでいたが、葉月さんはそうでもなかった。


「じゃあさ、一緒にご飯食べに行こっか。私おごるからさ、ヒバリちゃんの好きなもの食べに行こうよ」

「いいんですか?・・・じゃあ、その、・・・・・・食べたいもの、思いつかないので、葉月さんの好きなモノがいいです」

「そう?じゃあね、この近くに美味しい唐揚げ定食が食べられる食堂があるんだけど、そこにしよっか」

「はい」


 コンビニで何か適当なモノを買って食べる予定が、初対面のお姉さんと一緒に唐揚げ定食を食べるコトになってしまった。でもわたしは、まだ葉月さんとしばらく一緒にいられる、その事実に嬉しさと安堵を感じていた。この人には、わたしの悩みやトラウマだけじゃなく、何が好きかとか、自分の趣味嗜好を全部さらけだしたくなっているし、わたしも葉月さんのコトを何でも知りたくなってきている。こんな想いは重すぎるか。

 それでも、先ほど繋いだ手を再び繋ぎ直して、わたしたちはどこか未来に希望を見つけたような表情で桜並木の川沿いの道を抜け出して行く。そんなわたしたちを祝福するかのように桜が舞い上がる・・なんてドラマチックな風景でも無く、普通に数枚ひらひらと舞っている。でも映画とかだと間違いなく過剰なくらいの花びらが映し出されそうな、心境的にはそんなイメージが浮かんでる。


 桜のトンネルを抜けていく様は、世界に恐怖していたわたしを葉月さんが優しさで溢れる世界へ連れて行ってくれるような、そんな比喩表現を用いてるようにも思えてきた。でもそれはあながち間違ってもない、わたしが葉月さんの生きがいになって、葉月さんがわたしの生きがいになってくれた。例え世界中の人間がわたしの敵だったとしても、葉月さんだけは味方でいてくれる。なんでも話を聴いてくれて、わたしの話もなんでも聴いてくれる。理不尽な人間や世界に絶望した者同士だからこそお互いの気持ちが理解できて、励まし合える。

 わたしは、それだけで十分だと思える。生きていく上で、大きな夢や目標は今のわたしには必要ない。ただ、今この瞬間で、支えになってくれて、支えたい人がいれば、生きていける気がする。そんな希望が見えてきた世界で初めて見た光景は、そんな人の心からの笑顔と、写真や絵でも再現できなさそうな眩しくて鮮やかに舞う桜の花びらと陽の光だった。



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