雑談*致死率100%の悪行がのさばっている
作中の表現はフィクションであり、この世のすべてと関係ありません。
*b.o.
Oは帰宅の挨拶もそこそこに、なりふり構わず寝具に突っ伏した。布の隙間から恨めしいほどの低い声が滑り出す。
「B、知ってるか。勤労は体に悪い」
「どうしたんだい突然」
ねみみにみみず、とBは半目を向ける。そちらがなりふり構っていないなら、こちらも別に構うことはないとばかりにぞんざいな態度だ。声色はさすがに気遣わしげな温度をまとってはいたが。
「勤労した人間の全てが死に至っている。致死率100%の悪行がのさばっているんだ。こんなことを続けてはならない」
「勤労していない人間との比率が考慮されていない点については追求の余地があるけど、まあいい。僕は寛大だから事情を聞いてあげよう。どんなひどい案件があったんだい」
「……ド修羅場が一昨日終わって、昨日提出があって」
「噂に聞くデスマーチってやつだね。お疲れさま」
「昨日の夜、フィードバックの予告がきたんだ。"トップが案件をひっくり返しそうだ"ってな。翌日改めて詳細を詰めます、だとよ」
「あらら」
「……そこから連絡が来ていない」
「おや、その"どえらい卓袱台返しの対応に追われた"って話じゃないのかい」
「未来にそれがあるだろう、という不穏だけが予告されて、ずっとやきもきしたまま一日を過ごした」
「じゃあ、べつに忙しいわけじゃなかったんだ?」
「日常的な作業は多少あったが、それだけだ。発生していない作業のために延々拘束されていたわけだ」
心的負担がすごい、と呟きがこぼれ落ちる。
「作業に対して拘束時間や報酬が出るのは納得がいくんだが、やることもないのに心的圧力をかけたまま拘束されるのは割りに合わない…その圧力に対してなす術がないんだ…こんなことなら余っている代休を消化させてくれればいいのに、いつ連絡がくるかも分からんからと延々引き伸ばされて…」
「あはは。なす術がないってのは面白い表現だね。"やることがない"ってのは、"やることに追われる"よりもつらいのかい」
「俺にはな。向いてないみたいだわ」
「それで、それが君のいう"体に悪い勤労"ってわけ」
「そーいうことだ」
「君の業務内容については、まあ詳しくきかないでおくけど」
「どんな仕事でも、雑把に言えば"判断"と"実行"に集約されるだろ。判断材料がないまま放置されるのは管轄外だ。だから、待機中ずっと…判断できない状態の…とりとめもなく…前にもこういうことあったなとか、過去の後悔を振り返っては結論の出ない負のループに陥ってだな…」
「君にも振り返るような後悔なんてあったんだ」
「誰かさん曰く、ネガティブなネアカってやつなもんでね」
「未来のことはなんとかなるかもしれないけど、過去のことはどうにもならないよ」
「わーってるさ。しかし、目の前の状態と近しいものを連想するのは自然の思考回路だろうがよ」
「なるほどねえ。君、意外と繊細だったんだ。暇は無限に潰せるタイプだと思っていたけど」
「退屈は猫をも殺すのさ」
「ない名言を平気で出すねえ」
ふむ、とBは立ち上がった。愚痴もほどほど聴き終えたことだ。キリもよかろうと冷蔵庫のドアに手を掛ける。
「ところで君、その不機嫌は空腹からきているんじゃないのかい。昨日のカレーならあるけど?」
「……それは一理ある。甘えていいか?」
「ふふ、僕は優しいから君の分も支度してあげよう。だけど待っている間に、君は君自身の世話をしたまえよ」
風呂場に向けてOを蹴り出すと、ぎゃんと鳴き声が聞こえた。
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