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雑談*眠るビル、眠らない人々

21時50分、六本木ミッドタウンを通り抜ける。
こんな時間にこの場所を通るのは初めてで、なんだか新鮮な心地になった。

n.

ミッドタウンは、都市らしいガッシリとした高層ビルでありながら、周囲は緑地に囲われている憩いの場になっている。
この日は北側から坂を登っていたら、芝生の公園へと誘われた。
昼間は子供たちが好き好きに遊んでいる場所だ。
ブランコを存分に揺らしたり、小さな噴水で水遊びをしたり、バスケットゴールにシュートしたり。
こんな夜更けじゃあひっそりとしているんだろう、せいぜい自分のように駅を目指して急ぐ人だけだろう……
と思っていたのだけれど。
公園には2‐3人組の大人がちらほらと腰を落ち着けていた。
おそらく付き合ってるだろう距離感の男女や、お酒も飲み飽きたような渋い大人が談笑している。
遊具や芝生に腰を下ろして、星なんか見上げちゃって。
つられて空を見上げる。高層ビルの脇にしては、空が広く感じられた。

ああ、いい雰囲気。
時間がゆったりと流れている。

公園を通り抜けると、ガレリアのテラス席が並んでいる。
ミッドタウンの店舗はもう閉まっているので、屋外の照明も誘導灯のような淡い光だけだ。
テラスはそこに座る人が客かどうかの区別せず、ただ憩いの場としての役目を果たしていた。
ここにも人が結構座っていた。体感、テーブル30個のうち5〜8個が埋まってる。
そのうち半分が二人組で、もう半分は一人で過ごしている。
待ち合わせの様子の人もいるけど、大半は自分の時間や談笑の時間を楽しんでいる、そんな空気だった。

座る場所があるだけで、こんなに人は「ゆっくり」することができるのか…。
自動ドアを入ったガラス張りの内側にも、本来カフェスペースとして用意されてるであろう座席が置いてあるが、
やはり三割くらいは席が埋まっている。

時間がゆったりしているというか、人々に余裕があるというか。
「ちょっと時間が空いたから、ミッドタウンでゆっくりしようか」という習慣がある人たちなんだろうなあ。
催しを派手にやるってわけじゃない側面で、生活の場を提供しているのか、という発見があった。



↑という書き出しの初回は8月だったのだけど、この後何度かミッドタウンを通過するタイミングがあり、やっぱり屋外テラスはまあまあ人がいる(終電目指して歩くときにも見かけた)し、昼は子供達がはしゃいでいるし、絵に描いたような「公園」像ってここにあるんだ、と感じた。
公園が芝生なのも良いのかもしれない。
身なりのいい犬も散歩してるし。

しばらく六本木駅を利用しそうなので、季節に応じた変化を見られるかもしれない。
通り過ぎる風景を楽しもうと思う。

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