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雑談*ずっと苦手だったエビの話

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エビがね。苦手だったんです。襲ってきそうで。

3歳くらいの頃から中学生の半ばまで、あの見た目が苦手だった。大振りの、車海老とか、伊勢海老なんてのはもってのほか。寿司に乗ってる甘エビだとか、エビフライは他人にゆずる。姿がわかりにくい桜エビならたべられる、程度の。

よく言われるような、味や食感の問題ではない。
姿がはっきりしていない、エビシュウマイやエビチャーハンが美味しいことは知っていた。食材としては問題なく好みの範疇、むしろとても好きなレベルなのに、姿を見るとびくりと緊張してしまう、そんな間柄だった。

*

今となっては笑い話なのだけど、エビとの出会いは3歳の頃に遡る。

当時、離れて暮らしていた祖母からのお中元が届いた。立派な桐箱のクール便。伝票も包装も母の手によってとかれて、マンションの一室に届いたその箱。たしか、週末の休みの日だったように思う。兄弟は習い事や友達との遊びに出かけていて、父の帰りを待つ昼下がり。夏バテした自分のために湯がいてもらった素麺に、ピンク色の麺がひとつ添えられてたのが嬉しかった。

箱はリビングのテーブルに置かれている。自分はそわそわと「これなあに?」と母に尋ねては、父が帰るまで待ってねと告げられていた。
ようやくの父の帰宅と共に、「開けていいよ」との母の声。

ワクワクと不器用さが勝った乱暴な開封に、たまらず飛び出してきたのはエビだった。
当時の自分の肩幅よりひろい大きな箱に、きっちりと詰められた、灰色の、立派な立派なクルマエビ。クール便で届き、箱の下のドライアイスで冷やされながらも、部屋の温度で目覚めたのだろう。鮮度そのままに部屋中にちらばった。
エビもびっくりしただろうけど、自分も相当びっくりした。びっくり箱、それも、生きている灰色のなにかがとびかかってくるのだから!

多分、10匹はいただろうか。
灰色の軍勢はそれぞれに新天地を飛び回る。

泣きわめく幼児=自分。襖を開けて、隣の部屋に逃げ込むが、敵は襖の逆側の隙間から入ってきてしまった。逃げ場を失ってタオルを頭に被ってうずくまるも、頭隠して尻隠さず。狭いところを探してか、一匹のエビがズボンの中に入り込もうと突撃してきた。いや、陸地でそんな視力があるのかもわからないけど。もぞもぞとした感触にびっくりして幼児はズボンもパンツも脱ぎ捨てて、この場所はもうだめだと暴れまわる。

離れた場所で自分が窮地に陥っていることに、母は爆笑しながらも気づいてくれた。平地で仕留めた何匹かは伏せたザルに閉じ込めて、食器棚の下に潜り込んだエビを威嚇しながら声をかけてくれる。
「上よ!上に逃げなさい!」
母の声に、リビングの片隅に据えられた幼児用のジャングルジム(2、3段程度のやつ)にもたもたと登った。やつらもここまでは来れるまい。なんだかむずむずした感触が残っているような気がして、足に残っていた靴下も脱ぎ捨てた。

大捕り物が、あのあとどのくらいで収束したのかは記憶は定かでない。あのエビたちがどうやって美味しくいただかれたのかも。

あれ以来、エビを見るとなんだかぞわぞわした感覚に襲われる。
美味しいのは知ってるんだけど。なんだか動き出しそうで、服の下に潜り込んできそうな気がして。

*

そんな笑い話を中学生まで持ちネタにしていたのだけど、エビを克服したのは学生生活の中のことだった。
林間学校や部活の合宿で宿泊する機会があり、いつも決まった宿泊施設に泊まっていたのだが、「かならずエビフライが夕食に出る日」があったのだ。それも、平皿からはみ出るサイズの。
美味しいことは知っている。見た目も、尻尾はついているけど足はないし、美味しそうなのだ。宿のおやじさんが生徒の笑顔を楽しみにして用意してあろうでこともわかる。そして実際美味しい。
最初のうちは苦手な気持ちを押し殺してたべていたのだけど、胃袋は正直だった。

美味しいことはいいことだ。

あとはだんだん、甲殻類ってカッコイイ形してるよなあということに気づいたって事実もある。最近ポケモン剣を始めたので、道中出会ったシザリガーに「しかく」と名付けて育てている。あの日の刺客は頼もしい。

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