つらつらと思い出す、私の好きだった小説45

量読む人に比べれば屁みたいもんだけど、それでもかつて、僕もそれなりにフィクションを摂取していて、だけどもう、その感覚は思い出せない。40を境に突如として、小説を読まなくなってしまった。老眼の影響もあるだろうけど、それ以上にその時期、実生活がイベントフルすぎたせいかなと思う。

いま、フィクションは月に1冊か2冊しか読まない。蔵書も住む国を変える際に処分してしまった。それでかろうじて記憶が残っているうちに、自分がどんな小説を好きだったのかを書き留めておこうと思う。とりとめがなくなるのを防ぐため、1作家1作品、そらで思い出せるもののみ、という縛りで挙げていきます。 

ナイフ投げ師/スティーヴン・ミルハウザー
黒い時計の旅/スティーヴ・エリクソン
ムーンパレス/ポール・オースター
ヴァインランド/トマス・ピンチョン
猫のゆりかご/カート・ヴォネガット・ジュニア

10月はたそがれの国/レイ・ブラッドベリ
アメリカの鱒釣り/リチャード・ブローティガン
フラニーとゾーイー/サリンジャー
ヒューマン・コメディ/サローヤン
ティファニーで朝食を/カポーティ

泳ぐ人たち/フィッツジェラルド
不思議な少年/マーク・トウェイン
ある怪物双生児の生涯の数場面/ナボコフ
遊戯の終わり/コルタサル
砂の本/ホルへ・ルイス・ボルヘス

エレンディラ/ガルシア=マルケス
類推の山/ルネ・ドーマル
ホーニヒベルガー博士の秘密/ミルチャ・エリアーデ
家長の心配/カフカ
人べらし役/ベケット

馬的思考/アルフレッド・ジャリ
オートバイ/ピエール・ド・マンディアルグ
ヴェラ/ヴィリエ・ド・リラダン
ブヴァールとペキュシェ/フローベール
なしくずしの死/セリーヌ

山師トマ/ジャン・コクトー
賭博者/ドストエフスキー
トニオ・クレエゲル/トオマス・マン
地下鉄のザジ/レーモン・クノー
浅草紅団/川端康成

アップルパイの午後/尾崎翠
蜜のあはれ/室生犀星
銀の匙/中勘助
アパアトの女たちと僕と/竜胆寺雄
田紳有楽/藤枝静男

エロチック街道/筒井康隆
冥土/内田百閒
春昼/泉鏡花
眉雨/古井由吉
高丘親王航海記/澁澤龍彦

美しい星/三島由紀夫
紫苑物語/石川淳
挾み撃ち/後藤明生
季節の記憶/保坂和志
河岸忘日抄/堀江敏幸 

50人は挙げようと思ってたんだけど、ちょっと足りないとこで連想が止まってしまい、それならそれで、仕方ない。ぱっと見返してみて、出てこなかったなーと思うのはジョイスでしょ、多和田葉子、あとソローキンとかロシア方面。あとユイスマンスやバタイユ、エルンストとかの暗黒おフランス方面(なぜセリーヌは入れた)。

さてこっから下は、リストを作ってる実況中継というか、コメントつきのつらつら書きです。同じタイトルの繰り返しなので、リストだけあればいいやって人はこっから先もう読まなくていいです。


ナイフ投げ師/スティーヴン・ミルハウザー
黒い時計の旅/スティーヴ・エリクソン
ムーンパレス/ポール・オースター

90年代を通した柴田元幸ブームを自分は馬鹿正直に食らって、おかげで澁澤っ子から踏み出せたので、ほんと救ってもらったという気持ちがある。ただ根っこの部分はやっぱり変わらなくて、自分が好きなのって一貫してスリップストリーム、日本語で言えば「すこしふしぎ」なのだった。現実に軸足を置いたまま、何かしら不思議なことが起きるのがいい。SFやファンタジーだとトゥーマッチで、ミステリ、推理はプラクティカルすぎる。

その意味でもっとも自分の肌が合ったのがミルハウザーで、全作好きです(amazon検索したら去年新作が出てた。未読。情けない)。エリクソンはお耽美が減ってスケールが上がる。これも全作好き。オースターはこの3人ならいちばん売れっ子で薦めやすいんだけど、2000年代に入ってからはあんまり読まなくなってしまった。

ヴァインランド/トマス・ピンチョン
猫のゆりかご/カート・ヴォネガット・ジュニア
10月はたそがれの国/レイ・ブラッドベリ

ピンチョンは「重力の虹」読んでないので語る資格ないと思いつつ、競売ナンバーよりこちらを選びました。あと「こっち寄りのSF」としてヴォネガットとブラッドベリ。

アメリカの鱒釣り/リチャード・ブローティガン

人間として大事。ブローティガン好きな人に悪い人はいない。ほんとうに。

フラニーとゾーイー/サリンジャー

グラース・サーガ。私にだって若者だった時代くらいある。

ヒューマン・コメディ/サローヤン
ティファニーで朝食を/カポーティ
泳ぐ人たち/フィッツジェラルド

こんなん誰も文句ないでしょ。あー「夏服を着た」入れればよかった。

不思議な少年/マーク・トウェイン
ある怪物双生児の生涯の数場面/ナボコフ

マーク・トウェインのペットサウンズこと「不思議な少年」。ナボコフのペットサウンズこと「ナボコフの一ダース」。これで北米おしまい。

遊戯の終わり/コルタサル
砂の本/ホルへ・ルイス・ボルヘス
エレンディラ/ガルシア=マルケス

いまと較べれば日本の景気がアホみたく良かった頃、元幸先生ブームともうひとつ書店でのムーブメントを挙げるなら南米文学ブームがあって、けっこうそれもがっつりくらった。それまで南米全体でも数えるほどの名作しか買えなかったのに、あれも景気のせいだろう、聞いたこともない作家がどんどんリリースされて、マジックリアリズムという言葉も一気に人口に膾炙した。

とっくに評価の確定していた欧米文学に比べてフロンティア感があったし、地理的な遠さがマジカルなムードに輪をかけてくれた感覚もあった。フィッツカラルドでアマゾン川の支流を遡行していくと、何が起きても不思議じゃないような感覚になってくるような、ああいう感じ。それがシュールレアリスムやスリップストリームが好きな自分の嗜好ともがっちり噛み合ったんだと思う。

類推の山/ルネ・ドーマル
ホーニヒベルガー博士の秘密/ミルチャ・エリアーデ

さて海を渡ってヨーロッパだけど、マジックリアリスムのムードを引きずって、福武文庫の2冊からスタートする。あの時期の福武文庫、レーベル買いしたい雰囲気があった。こうやって挙げていくと、作家と国が違うだけで、けっきょく同じような話ばっか読んでるんだなー。いまさらながら自分の読書のレンジの狭さに気づいてしまった。

家長の心配/カフカ

不条理とか言われがちなカフカだけど、この掌編で「なんだ南米文学として読めばいいのか」とわかって、そのあと楽に読めた。オドラデクだよ(芦田愛菜の声で)

人べらし役/ベケット

ベケットを教養として強要された時代があったのだけれど、そうして向き合えばもちろんしんどくて、これもまた「南米文学だと思って読めばいいや」と思ったら困難なものではなくなった。短編集、高かったなあ。ここでジョイスに行くべきだったのかもしれないけど思い浮かばなかったのでそれはそれで仕方がない。

馬的思考/アルフレッド・ジャリ

うちの犬の名前はトリプルミーニングで、そのひとつがこの作家の名前。

オートバイ/ピエール・ド・マンディアルグ

バイクに乗ってる間って確かにこんくらい考えごとしてなくもない。現象としてはほぼバイクに乗ってるだけなのがいい。

ヴェラ/ヴィリエ・ド・リラダン

齋藤磯雄の名訳目当てに買ったんだけど、お話としてよかった、という。

ブヴァールとペキュシェ/フローベール

名作扱いされてて取っ付きづらかったんだけど、けっこう身につまされる話。

なしくずしの死/セリーヌ
山師トマ/ジャン・コクトー
賭博者/ドストエフスキー

あーなんか若かったなーという感じの並び。賭博者いちばん好きよ。

トニオ・クレエゲル/トオマス・マン
地下鉄のザジ/レーモン・クノー

謎の並びだけど、このへんは2000年前後のガーリィムーブメントで平積みにされてて読んだんだよね。ムードに流されて自分のなかにそれまであんまなかった少年・少女小説みたいなのが入ってきて、それはそれで時代性あってよかった。ってとこで日本になだれこみます。

浅草紅団/川端康成
アップルパイの午後/尾崎翠
蜜のあはれ/室生犀星
銀の匙/中勘助
アパアトの女たちと僕と/竜胆寺雄

さっきの話の続きだけど、ここらへんの小説は自分がもともと持ってる嗜好、アンテナでは引っかからなかったので、軽佻浮薄な人間でよかった。母さん、あのオリーブ精神どうしたでしょうね。

田紳有楽/藤枝静男

さて本筋に戻ってきた。日本の荒唐無稽、イルなイマジネーションがイリュージョン。筒井康隆があらゆるフィクションでいちばん好きみたいなことをどっかで書いてたけど、さもありなん。

エロチック街道/筒井康隆

その筒井が田紳有楽にインスパイアされたのが「虚構船団」だけど、1冊選ぶなら自分ならこっち。よりマジックレアリスムみ。

冥土/内田百閒

日本のマジックレアリスムというと真っ先に想起する、百閒せんせいの短編。夜に何が起きても不思議はない。 

春昼/泉鏡花

幻想は夜や闇や雪と仲がいいけど、これは生あたたかい春の午後なのが最高。いまでもたまに拾い読みする。

眉雨/古井由吉

幻想にエロみが乗る。この時期の古井由吉、日本語キレッキレ。書き出し最強小説のひとつ。

高丘親王航海記/澁澤龍彦

子供のころ澁澤っ子だった話は前にしたけど、高丘親王はマジックリアリスム、なんなら南米小説として読めるのでいつでも戻ってこれる。みこ〜。

美しい星/三島由紀夫

「三島由紀夫レター教室」が大々流行した世代だけど、結局三島の長編はぜんぜん好きになれなかった。でもSFに挑戦してくれたおかげでこれは楽しく読みました。

紫苑物語/石川淳

「普賢」「白頭吟」と読んで、面白いんだけど好みではないなーと思っていた石川淳だけど、(こればっか言ってる気がするんだけど)南米文学だと思って読んだら滅法いけると気づいたのが紫苑物語だった。

挾み撃ち/後藤明生

さあそろそろ連想も尽きてきたけど、石川淳のせいで講談社文芸文庫の値段に怯えていた日々の記憶が蘇ってきた。挟み撃ちも薄いのに高かったけど、値段のおかげで脱落しないで読み終えられた気がする。主人公がうろうろしながらあーだこーだ思い出してるだけなんだけど、その豊かさは、次の保坂和志と似てると思った。

季節の記憶/保坂和志
河岸忘日抄/堀江敏幸

最後に毛色の違う、スリップストリームでもシュルレアリスムでもマジックリアリズムでもない2冊ですが、これが何かというと、私がよく小説のページを繰っていた時期、具体的には90年代後半から00年代なかばにかけての、自分を取り巻いていた時代のムードがいちばん漂ってるなーと思う2冊です。ヒマと体力が余るほどあって、目的や使命感なんかこれっぽっちもなくて貧乏で、かわいくて素敵な女の子たちがやってきて、全員いなくなってった、そういう日々の。おしまい。


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