ラッキーたちの住むところ

あけましておめでとうございます。2019年、自分的にはレジデントのチャーチを持てたこと、各所のジャムで顔が知られてきたこと、楽器の技量がちょっとは進歩したこと、などなど収穫はあったのですが、他人目にはトピックのない、地味で停滞した年だったように思います。そのことを自分では悪くないなーと思っているんですが、なぜなら…という話を書いてみます。

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ルアーやフライは考え方がぜんぜん違うけど、ヘラとかコイとか、もしくはチヌの紀州釣りみたいなオーセンティックなスタイルの釣りをするとき、なにより肝要なことはレペティション、つまり同じ場所に同じように仕掛けを投げ入れ続けることだ。僕がそのことを教わったのは、かつて三軒茶屋にあった、いまはもう閉業してしまった屋内ツリボリなんだけど。

「そんなあれこれ試して釣り方を変えてたらさ、釣れるもんも釣れなくなっちまうよ。もしフンイチ(※)の壁を超えたければ、まずエサを毎回同じ形に付けられるようになること。そんで毎回同じ場所に同じモーションで振り込んで、同じ軌道でオモリが沈み、同じようにウキが馴染む、それができるようになんないと」。

引退間近でやることがねえんだ、という植木屋さんが、僕の仕掛けのウキ下を調整しながらそう教えてくれる。つまりこういうことだ。この釣りにはシーケンスというか、ルーチンがないといけない。ルーチンが規則正しさを生む。なぜ規則正しさが必要かといえば、レギュラリティが構築できていなければ、イレギュラリティが検出できないからだ。検出されなければイレギュラリティはなかったのと同じことになってしまう。

なぜイレギュラリティに気付けなければならないのか。この世界ではラッキーとかチャンスとかいったものは、イレギュラリティの姿をまとって現出するからだ。釣りならアタリだ。


釣瓶落としってやつで日が暮れて、気温が下がってしまった。今日はもう食いが悪いままだろう。納竿。「お兄さん、これ、行くか?」植木屋さんが水栓を開けるようなジェスチュアをしている。パチンコかー、と思う。すいません、パチはやんないんすわ。「なんだよ。嫌いか?」やー羽根物たしなむ程度で。それも最後に打ったの花満開とかの頃ですよ。

「あっこ羽根物あるよ」マジすか。断りづらくなってしまった。羽根物というのは90年代にはすでに絶滅危惧種になっていた、フィジカルが介入する旧いカテゴリのパチンコ台である。ところでいま世間の99%を占めるセブン機というのは極論すると、液晶にもリーチアクションにも、釘にも、パチンコ玉にすら実質的な意味はほとんどない。デジタル福引機。あれぞ表徴の帝国ってやつだろう。

連れてこられたパチンコ屋の隅っこに、羽根物が4台、ひっそりと設置してあった。4種類が1台ずつ。バラエティコーナーと呼ばれる、言ってみればダイバシティ枠だ。じゃ俺これにします、と座ったのは、90年代にヒットした機種のリメイク版だった。どこの業界でもノスタル商売なのは同じだなーと思いながら玉を借りて、ハンドルに手をかける。

一見しただけで厳しい、それも雑に調整された釘で、すぐに気持ちが投げやりになってくる。天井打ちと呼ばれる強めの弾道や、チョロ打ちと呼ばれる弱めの弾道を繰り返し試していると、隣で打ち始めた植木屋さんが言った。「あんたさ、そんなあれこれやってたらさ、当たるもんも当たんないよ。さっき話したろ」。そうだった。


パチンコというのは複層的に設けられた関門ごとにイレギュラリティを積み上げて大当たりを引くゲームだ。ひゅんひゅんと次々打ち出されていく玉のほとんどすべては、なにも有効な働きをしないまま消えていく。つまり無効なのがレギュラーということだ。

その無効のなかの、たとえば30個のうち1個にイレギュラーな運動が発生し、居並ぶ釘をかいくぐってスタートチャッカーに吸い込まれていく。チャッカーに玉が入ると大当たりへの入り口を塞いでいる羽根が開くのだが、羽根は4、5回に一度しか玉を拾わない。拾われた玉は役物というピタゴラ装置みたいのに導かれ、ゴールに相当するVゾーンに到達するのは、そのうちの30個に1個とかその程度である。

そうやってイレギュラーのなかのイレギュラーのなかのイレギュラーを発生させて、ようやくパチンコ玉は減少から増加に反転する。そして繰り返すけどイレギュラーは、山のように積もった無意味なレギュラリティを下敷きに、ヒュッとこの世界に立ち現れるものなので、したがって肝要なのはぶっこみ打ちにせよチョロ打ちにせよ、それが日常性を帯びるまで繰り返し続けるということ、それが植木屋さんの言ってることだった。

2000円だけ打って何も起きないまま帰った。

ところで※をつけて注釈送りにしようと思っていたフンイチだけど、その釣り堀では2時間1セットの釣果トーナメントが常時行われていて、120匹、つまり1分1匹のペースで釣ることをフンイチと呼んで、一人前の基準とされていた。上級者でも仕掛けを投入して釣れるのは2回に1回ないし3回に1回であり、つまりエサを付け投入しアタリを待ち引き上げる、釣れていれば魚を外す、というルーチンを20秒に1回のペースで2時間えんえん繰り返さなければ到達できない。狂気の沙汰である。


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