新居が良いのでみんな遊びに来ればいいのに。

自宅待機令まっ最中の4月末、ブルックリンのプロスペクトハイツからマンハッタンのロウワーイーストサイドに引っ越した。あらマンハッタンお高そう、と思われるかもしれないけれど、家賃は上がるどころか1割半ちかく下がり、かつ電気代がコミになったので実質2割近く下がったことになる。交通の便は劇的に良くなり、夜間の治安は悪化した笑。

家賃が下がったのには理由がある。新居はコープなのだ。コープの審査に通ったど〜。まずこの快挙を寿ぎたいのだが、説明を要するよね。となるとまず賃貸の話に行く前に、分譲マンションのカテゴリについて説明しないといけない。ニューヨークの分譲マンションは所有形態によって、大きくコンドとコープに分類される。コンドは普通に分譲マンションのこと。部屋の所有権を買う。日本といっしょ。

そんでコープだけど、これはマンション全体を所有してる会社があって、その会社の株式を規定ぶん買うことで、部屋を使用する権利を得る。住民=株主。なんでこんな形態が誕生したのか諸説あるんだけど、結論はいずれも一緒で、営利性を下げることで市場原理が働きづらくなる作用がある。実際のところ、もし仮にまったく同じ条件のコープとコンドの物件があったとしたら、コープはコンドより1割半くらい安くなる印象だ。

けれど全世帯がマンションの所有者の一部になるということは、めんどうも増える。たとえば購入したくとも、コンドみたいにお金を出せばハイOKとはいかない。住民から選出された取締役会の審査があって、そこで規定以上の賛同を得られないと購入もさせてもらえない。住んだら住んだで、リノベするにも取締役会、水道工事するにも取締役会、そして誰かに貸し出すにも取締役会。というわけで賃貸の話に戻る。

そんなわけでニューヨークの賃貸マンションには、公共のもの(日本でいう都営やUR)、全体所有のもの(日本のよくある賃貸)、区分所有のもの(日本でいう分譲賃貸)に加えて、コープの分譲賃貸というカテゴリがある。そして先に説明した理由で取得価格が安いので、自然と賃料も安くなる。しかし借りるには取締役会の審査を通らねばならないのだ。

このコープの取締役会が、一筋縄ではいかない。議事録も審査理由も部外者には非公開なのですべて風評と憶測になるが、だーいぶ保守的かつ差別的だと言われている。いちばんは人種主義だ。過去に内見したコープのなかには、ロビーで観察したかぎり、白人の英語話者しか住んでないな、ってところが複数あった。また職種もなんだかんだ絞られると聞く。マジョリティかつエリートな人が、より有利な条件で住宅を手に入れられるというわけか。そうですか。

最初の引っ越しのときは不動産屋から「コープは審査通る可能性がほぼゼロ」と言われて素直に除外した。次の引っ越しではたわむれに2つほど応募して、落ちてる間にタイムリミットが来て諦めた。そして今回、4つ落ちて、5つめでようやく通った。ちょっと意地になっていたのかもしれない。通った理由を考えるに、立地的に中国系が相当数入居しているためアジア人慣れしていること、面接における私の英語力が少しはましになったこと、なによりコロナ禍による長期空室リスクが恐れられていたことがハードルを下げたと思う。

とにかくそんなわけで、築65年のマンションの低層階に入居することになった。これがボロいんだけど、いいのだ。空抜けは少ないけど風通しがよく、樹木の高さと目線がちょうど同じで、それがすごく精神衛生によい。前の家は空抜けはあったけど緑が皆無で、あとタワマンっぽい築浅のこぎれいな部屋で、その感じに息が詰まっていたのだった。実家を出てこれで12回目の転居になるけれど、住んでるだけで元気を奪われる部屋と、逆にどんどん元気が湧いてくる部屋があって、この部屋は明らかに後者だなーと思う。引っ越してから妙にアクティブになっていて、あーおれ、前の部屋は好きじゃなかったんだなって気がついた。

65年間、土足の人が暮らしてきただけあって、部屋は日本人の感覚では考えられないほどあらゆる場所に泥が入り込んでいて、フローリングはすり減って傷んでいて、それを毎日掃除したり、あと設備も乏しいので直したり工事したりして、お金は節約したいからクレイグスリストで買い付けてレンタカーと台車で自分で運搬したりして、そんなことをしているとその活動によってまた元気が出てくる。

立地的には西にチャイナタウン、東は大規模プロジェクトに挟まれた緩衝地帯みたいなエリアで、近所のスーパーとその前の広場にはいつも人々がタムロしていて、それがすごく下町感があっていいなーと感じる。ホームレスもごろごろいるし、夜は娼婦のおばさんが立ちんボしてたりするのでお育ちの良い人には無理だろうけど、だからといって直接的に何か被害を受けるわけではない。

確かにいまでも旅行者はプロジェクトに絶対に立ち入るな、という人は多い。プロジェクトは市営住宅のことで、所得制限があるのでだいぶ貧乏じゃないと入居できない。所得が低ければ犯罪率が上がるのは世界共通で、だけど実際のところ毎日のように散歩していて特に怖い目にも遭わない。普通の市民が普通に暮らしてるだけだな、と思う。ただ精神が錯乱した人が何人か徘徊していて、あれはやべーなと思って回避してる。けど、それは別にプロジェクトに限った話ではないだろう。それより団地なのに子供が少なくて、歩行器を付けた老人が多くて、全体に覇気がないほうが気になる。

だいぶ話が逸れたけど、そういうわけで新居がいい調子なのだ。格安でヴェトナムの材料を仕入れてウッドデッキも敷いた。それに浮かれてレジャーシートまで買ってしまった。窓という窓をスチームクリーナーで拭き上げたんだけどすぐに鳩に汚されて、いまは毎朝、鳩と闘ってる。CDを吊す日も遠くないのかもしれない。次は椅子の座面を張り替えようかと思っている。なのに、こないだようやく初めて客を迎えたくらいで、基本誰も遊びに来てくれない。なんて季節だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?