消えたくなったらどうしたら良い。
誰かを傷つけたとき、良い文学に触れたとき、誰かから必要とされている人を見たとき、どうも消えたくなってしまう。死にたいんじゃない。消えたくなってしまう。
普段から人に嫌われたくないと強く思っている。嫌われて必要とされなくなったときが怖すぎるからだ。その為だったら相手の欲しがる自分を喜んで差し出す。愚痴を快く聞く自分、いくらでもシフトに入れる自分、ノリが良い自分、相手より貧乏な自分。そうやってたくさんの相手にとって都合のいい自分を作りあげていくと、本来の性格からはかけ離れた謎の人格が出来上がる。
この姿は本来私がなりたかった姿だ。裏表のない、社交性に富んだ明るい人間。名前を付けるなら「たのしいいきもの」だ。
本来の私はもっと暗い人間だ。日々己の小ささと無力さと、たくさんの不機嫌と闘う、小さな「ちいさないきもの」だ。
生まれてからずっと、家族にすら「たのしいいきもの」で接してきた私は「たのしいいきもの」以外での人からの好かれ方を知らない。本来「ちいさないきもの」である私には「たのしいいきもの」を演じることは疲れが溜まる一方になる。
そのとき生まれる感情が、消えたいなのだ。「たのしいいきもの」はもう疲れた。しかし「ちいさないきもの」では嫌われてしまう。嫌われるくらいならみんなには「たのしいいきもの」の記憶のまま逃げてしまいたい。私はどこかでまた「たのしいいきもの」として生きていけるから。「たのしいいきもの」なら嫌われないはずだから。
しかしそんなことをする度胸はないし金もない。独りただ不機嫌と闘うだけだ。
自己主張ができる人間が羨ましいと思う。本来の自分のまま言いたいことを言えて羨ましい。本はその塊だ。だから私はこうやって文章にして自己主張をする。
誰に読んでもらえなくても良い。ただ私の独白がどこかに残っていればいい。いつか自分で読み返したとき、自分のお守りになったらいいと思う。
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