デート商法体験記
これは僕が二十歳を過ぎた頃に経験したデート商法という詐欺の話だ。あまりにもダサい話なので文章だけはカッコつけさせてもらった。
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二十歳で夢と彼女を東京に置いてきた。学校も碌に通わず、遊びとバイトを繰り返し、その日暮らしをしていたら両親からアパートの更新料は払えないと言われた。中途退学して2年ぶり帰省した地元はどうしようもない僕にも優しかったが鈍い痛みを伴いながら僕を責め続けた。彼女と結婚する為に親のコネで就職もした。地元に帰ってきて何ヶ月が過ぎた。彼女は東京で就職した。次第に電話での話題が会社の事、飲み過ぎて同僚に介抱されたこと、少しづつ話題が変わっていった。社会に出て彼女は広い世界を知った。彼女には僕の箱の中にいて欲しかった。不安と焦りで言ってはいけない事を言ったり責めたりもした。僕はそんな自分がだんだん嫌いになった。自己肯定感の欠如はお互いを不幸にしてしまう。望んでもいない結末を僕は選んだ。君のためだよと言ったかもしれない。でも自分が楽になりたかっただけだった。
眩い東京。戻りたかった。
ただ生きることだけの毎日が過ぎてゆく。そんなある日、実家に奇妙な電話がかかってきた。賑やかな雰囲気が受話器から漏れる。
「こんにちはー!初めまして、●君だよね!」
ーどうして僕の名前を知ってるんだろう。
ー友達の卒業アルバムみて電話したんだよ。
その日から馴れ馴れしくて親しげに話をする女の子は僕の話し相手になった。
しばらくすると今度、宮崎の延岡に出張で来るんだ。会えないかな?って。僕は二つ返事で勿論だよと答えた。
電話の声しか知らない君と会える。高揚感で僕の感覚は麻痺していた。片道87km、約2時間の移動距離も気にならなかった。海岸沿いの国道を走る。日向灘が太陽の照り返しを受けて、きらきらひかる。
待ち合わせは茶色いレンガ調のビジネスホテルだった。結婚披露宴で使われそうなホールの中で整然と並んだ長いテーブルと椅子。多くの女性たちと僕に似た冴えない男が数人いた。この異様な雰囲気の中に君がいた。
「●君、来てくれたんだね!」
聴き慣れた電話越しの声とシルエットが実体を伴いながら重なり始める。君が目の前にいる。僕は驚いてしまった。君は寒気がするほど美しかった。スーツを着こなしてるせいか、幼い声とは裏腹に大人びた姿が印象的だった。僕は狼狽して君の目が見れなくなった。こっちに来てと手を引かれて隅のテーブルに君と座る。
「●君、独身だよね」
「うん、そうだよ。電話でも話した通り別れたばかりだよ」
「そうだったね。でも●君は素敵な人だよ。次はきっといい出会いがあるよ。私が保証する」
そう言って君は僕の前にダイヤモンドが並ぶジュエリーボックスを差し出した。
「●君、将来のお嫁さんのためにダイヤモンドを買ってみない?ローンを組むことになるけどペンダントにして肌身離さず持っていて、お嫁さんになる人に指輪にして渡すことができるんだよ。素敵なことだと思わない?」
君はルーペを取り出してダイアモンドを覗いてみてと言った。
「このダイヤは…」
君はダイヤモンドに光を当てるとピンク色に反射するんだとか、クラリティーグレードとか、聞いたことのない説明を受けながら見たこともない鑑定書を見せられた。
君の言葉なんて何ひとつ入ってこなかった。僕にはダイヤモンドが本物か偽物かなんてどうでもよかった。なぜなら、今、目の前の美しきハンターがスナイパーライフルで僕を獲物にしようとしているのだから。
僕にはお金がないし、将来を約束した彼女も今はいないと言った。
それでも、君は食い下がる。終いには泣きそうな表情を浮かべてダイヤモンドの必要性を僕に説いた。
二人の押し問答は、まるで出口のない迷路のようだった。さっきも通った道を二人で何度も彷徨っている。
泣きたいのは僕の方だった。君の潤んだ瞳の方がダイヤモンドよりも遥かに美しかった。
それから、そのビジネスホテルをどうやって出たか覚えていない。出口のない迷路にも営業時間があるらしい。迷った挙句に座り込んでベソをかく子供を係員が外へ連れ出す様な感じだった。
家に帰り着くまでの時間が恐ろしく長く感じた。だけど自分の馬鹿さ加減を反省するのには、いささか短い時間だった。海岸沿いの国道を走る。日向灘は夕闇を吐き出しながら自分自身もその闇に飲み込まれていった。
それからしばらくの間、僕の実家には何度か似たような電話がかかってきた。僕が出ていれば何てことなかったけど、両親が出るとニヤついて「女の子から電話よ」言われた。それが本当に嫌でしょうがなかった。
おそらくは卒業アルバムか何かの名簿が横流しにされていたのだと思う。個人情報保護法なんてない時代だった。今考えると怖い時代でもあった。
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現在もSNSや出会い系で恋愛感情に訴えかけながら高額商品を契約させる手法は形を変えながら生き残っているらしい。特に若い男性諸君には気をつけてもらいたいと思う。簡単に手に入るものは身につかないし、世の中そんなにうまい話はないのだ。
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