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トイカメラの左目で世界をみる

右目を閉じるとフィルターがかかったように世界が見える。僕の左目はトイカメラのようになってしまった。



最初は左目にゴミが入ったような違和感でしかなかった。ふと疲れて右手で頬杖をついた時に左目の視界が白いことに気づいた。眼科に行って検査したら白内障と診断された。学生時代から目は良かったし、ずっと裸眼で生活していたから、信じがたかった。



「おじいちゃんになっちゃたね」と周囲から、からかわれる度に右目を閉じて「僕の左目は見えないものが見えるようになったんだ」って、おどけてみせるけど、医者によればもう回復は見込めないらしい。手術を決めた時に込み上げてきた感情は、40数年間、僕の一部だった水晶体とサヨナラしないといけない一抹の寂しさと今まで色んな世界を僕に映し見せてくれた事への感謝の念だった。



失ってから、かけがえのないものだったと気づく。何度繰り返しても学習出来ない自分に愛想を尽かす。あるいは歳を重ねたからこそ、失うことに慣れたのかな?悔やんでもしょうがないのは理解している。失ったものを数えるより、残ったものを数えていく。



手のひらで右目を押さえて、もう一度、左目で眺めてみる。朝靄に光が射し込んで乱反射する世界に僕はいる。輪郭も淡く、細い描写は捉えられなくなったけど、これはこれで美しい世界だと思った。



あなたのまわりにいまだ残されている
すべての美しいもののことを考え、楽しい気持ちでいましょう。

ー アンネ・フランク ー








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