1962年のロックンロールと2018年のボーカロイド

2007年の初音ミク発売に端を発するボーカロイド文化は、音楽文化の中にどのように位置づけられるかということについて、今日様々な場所で様々な見解が示されています。例えば、00年代後半以降の4つ打ち高bpmロックの象徴的存在としての評や、音ゲーに代表されるゲーム音楽の要素、はたまたアニソンやその中に息づく伝統的電波ソングの潮流など、様々なものとの関わりについて評されています。ボーカロイド音楽の文化としての真新しさは、ネガティブ/ポジティブに関わらない数多くの評論を掻き立てるほどエネルギーに満ちあふれ、現在まで続いてきています。

その中で特に広く話題を呼んだのが、音楽ライター・柴那典氏が2014年に著した「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」です。60年代後半のサマー・オブ・ラブ、80年代後半のセカンド・サマー・オブ・ラブから、サマー・オブ・ラブは20年ごとに起きると仮定することによって、00年代後半のボーカロイドムーブメントはサード・サマー・オブ・ラブであるという結論を導く評論です。

すなわち、旧来のポップミュージックのシーンにおけるボーカロイド文化の立ち位置を明らかにしようという試みであると言えます。個人的には腑に落ちる解釈が多く面白い評だと思っていますが、一方で二つのサマー・オブ・ラブと違ってドラッグ文化が無いなど、リンクしていない部分も存在するため、著者の願望が大きい、結論ありきといった評価もあるようです。一つの視点の提示としてはよくできていると思えるほど辻褄があっていますが、あくまでも一つの視点に過ぎず、この見解を主流として考えてしまうと、見落とし、見誤ることも多々あるように思います。数少ないボカロ文化評論本としては吹かしすぎで、客観性に欠けているのではないかという評価もまた妥当であるとも言えます。

いずれにせよ音楽、特にポップミュージックの歴史は何度も同じことが繰り返されているため、過去のムーブメントを参照し考察することは音楽評論では重要なことです。分かりやすい例で言えば、70年代後半のパンクと90年代前半のグランジが挙げられます。パンクは高度化、複雑化したハードロックやプログレッシブロック、グランジはMTVを中心とした商業主義へのアンチテーゼとして勃興したため、両者は共通する要素を多々含んでいます。そのため、グランジはその音楽性は80年代後半のオルタナティブロックを直接のルーツとしてはいるものの、文化的にはパンクロックと比較をするほうが解釈が容易である一面を持っています。

このように、現在起きていること、または将来起きるであろうことを、過去に起きたことから考察することは非常に有効な手段であると思われます。またこの点において、前回の喫茶ロックに関する記事も同じような試みであると言えます。

さて、ここまでの流れと本記事のタイトルから大半の方は察していると思いますが、この文章ではロックンロール、特に1950年代のオリジナル・ロックンロールとボーカロイドの歴史の比較をしていきたいと思います。個人的には、これまでに起きたことを総合すると、サマー・オブ・ラブも目じゃないくらいにボーカロイドはロックンロールの歴史をなぞっているのではないか、という気がしています。

では、一体どのようにその歩を進めてきたのか?両者の歴史を振り返ってみたいと思います。

ロックンロールは一般的に、1951年のアメリカでアラン・フリードというDJが自身のラジオ番組「ムーンドッグズ・ロックンロール・パーティ」で黒人音楽を「ロックンロール」と称し紹介をしたことが始まりであるとされています。この番組は黒人のみならず、若い白人たちからも強い支持を受け、まさに流行の中心地としての役割を担っていました。しかし当時は人種差別が根強く残っていた時代でもあり、黒人の作った音楽を聴くなんて!という人たちも珍しくはなく、ロックンロールのコンサートは度々弾圧されていたとされます。

しかしそんな中でもロックンロールはますます広がっていきます。最初のヒット曲はBill Haley & His CometsのRock Around The Clock、

そしてなんといってもエルヴィス・プレスリーの登場です。

その音楽もさることながら、保守的な大人たちに反発されながらも人気を獲得したことや、ファッションなど文化的にも大きな影響を残したことなどもあり、初期のロックスターとして代表的な存在です。

ところが1958年頃、ロックンロールの流行に陰りが差し始めます。エルヴィス・プレスリーの陸軍への召集、アラン・フリードの不祥事への関与による失脚、そして最も大きな出来事は1959年2月のバディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーの飛行機事故による死です。「音楽が死んだ日」と呼ばれるこの悲劇は、ロックンロール低迷期の象徴的な出来事として記憶されています。その後、1960年代のブリティッシュ・インヴェイジョンまで、ロックンロールはスター不在の時期を過ごすことになります。

次にボーカロイドの歴史について簡単に振り返りましょう。
ボーカロイドの歴史については、もちろん個々人の好みや所属してきたクラスタによって大きく異なる体験があると思いますが、特にメジャーなシーンの流れについては、おそらくある程度共通した認識がボーカロイドを追ってきた人々には備わっていると思われます。

多くの方々にとっては食傷気味の見解かと思うので軽く扱う程度にします。すなわち、2007年の初音ミクの発売に端を発し、09年後半辺りにそのブームは一般にも広がり始め、14年頃にはブームの中心を担ったPが自ら歌い始めるなどのボカロ外の活動を始めたことによって、焼け野原を呼ばれることになるある種の低迷期を迎える、といった流れですね。

参考:ボーカロイドのこれまでとこれから
http://nikoniko390831.hatenablog.com/entry/2017/09/05/201725
http://nikoniko390831.hatenablog.com/entry/2017/09/05/202354
http://nikoniko390831.hatenablog.com/entry/2017/09/05/203939

さてどうでしょうか?ロックンロールとボーカロイドが辿ってきた歴史には以下の点で符合するものがあると、強引ながら言えると思います。

・ブームのきっかけが非ミュージシャンであること
・初期は社会的地位の低い層が中心であったこと(人種とオタクでは根深さが全く違いますが)
・3~4年目辺りから全盛時代を迎えること
・7~8年目に一時低迷すること

もちろんこれらは共通の原因があって似たような経緯を辿っているわけではないので、言ってしまえばただのオカルトに過ぎません。しかし個人的には妙に一致した流れであるように思えてなりません。もし、このままボーカロイドがかつてのロックンロールが辿った道と同じ道を進むことになるとしたら…。

2018年、ボーカロイドは初音ミク発売から11年目になります。前述のとおり、ロックンロールの始まった年が1951年だとすると、11年目は1962年になります。さて、この年はロックンロールにとって何の年でしょう?

よく知っている方、もしくは勘のいい方ならもうピンと来ているでしょう。そうです。1962年は史上最も成功したバンド、ビートルズのレコードデビューの年です。初期のシンプルな編成でのロックンロール、中期以降の実験的手法など、現代にも大きな影響を残した、まさにロックを代表する集団といえるでしょう。


ロックンロールとボーカロイドの関係性について、テレカPがボーカロイダーズというサイトで非常に重要なことを示唆しています。

「ビートルズのムーブメントは世界中の若者を熱狂させていた
 しかしその時の大人たちはどうだっただろう」
(出典:http://vocaloiders.com/4224/ ぜひとも全文を読んでいただきたいです。)(2020/7/4追記 既にリンクが切れていて読めなくなっています。悲しい…。)

確かに、ボーカロイドはこれからもロックンロールの歴史をなぞっていくだろうという予想はまったくもって突拍子もない意見です。しかし、顔も名前も年齢も住んでいる場所もわからない人が、突如として恐ろしい傑作を公開するのもこのシーンの特徴の一つです。可能性の話をするなら、絶対にありえないことではないこともまた確かなはずです。だからこそ、できるだけ可能性の低い、しかしありえなくもない予想をしていきたいなという気持ちもあります。何より、話を吹かすならそれくらいじゃないと面白くないと思います。

というわけで、2018年はボーカロイド界にとってのビートルズとも呼べる存在が現れる年だとあえて断言しましょう。そして、現代の我々が50年代のロックンロールは黎明期に過ぎなかったと認識しているように、これまでのボーカロイドの10年も黎明期に過ぎなかったと認識する年になるでしょう。

2018年、どうなっていくか本当に楽しみです。


(2020/7/4改訂 軽微な表現の修正、紹介楽曲の整理、追記等)


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