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ショートショート十二支。丑。


 私はTシャツの前で立ち止まる。胸のところにGood Ruckと書かれたTシャツの前で。

カントリー調の店内は涼しい。

狭い店内には若い男性二人組や恰幅のいい家族、眼鏡をかけたおじさんなどいろいろな人が服を着ている自分を想像している。

後ろを通った男性は定員か。小走りでレジへと向かう。

店内は本格的に始まった夏が生んだオアシスのようだった。

 目の前のTシャツのタグを引っ張り出す。

思わず出そうになった声を口内で嚙み潰す。

どこにその価値があるというのだ。

あの赤と白の服屋のシャツを着ている私にはこの価値が分からなかった。

 この服に袖を通したとき世界が変わるかもしれない。

きっと服の材質がいいんだ。

そうだ、そうに違いない。

このプリントにこの額を払えるような価値はないはずだ。

 一度広げたそのTシャツを再度畳む。

少し不格好な服を戻し店を出る。

 外は本格的に活動を始めた太陽が地面を虹色に輝かせていた。

すれ違う人は皆、涼しげな顔をしている。

服の価値はどこにあるのだろう。

自己表現、おしゃれなプリント、形、素材、人と被らない一点物、

すれ違う人は皆、何も着ておらず涼しげな顔をしている。

服の価値はどこにあるのだろう。

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