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色 彩

切り替えが効く方が今の時代、生きやすい。早い人はバンバン切り替える。ゲームをやらない人間がいうのもなんだが、その傾向と背景にゲームの存在があると思う。日本は世界に通用するキャラクターを生み出し、その界隈では市場も華やかである。しかしその世界が少しづつ質の違う影響を及ぼし始めているのではないか。ゲームの良さはどこにあるのか。

色々なゲームがあるだろう。しかし、その多くは敵対、敵味方、死闘、勝敗といったようなワードが、多く蔓延ってはないか。キャラクターは誰を用いるか、推しが誰だとか、ついでに熱狂的になる。それは依存体質の始まりではないだろうか。あっさり負けでもしたら、ボタンタップして、はい終了。気に入らなかったら、さっさと生き返らせることだってできる。どんな技を使っても、戦って勝ったとしても、残念ながら満足はしないだろう。満足は持続しなければ、気が済むまでやり続ける。依存症に繋がりはしないだろうか。人間らしさを失う世界のなかで、人の心は保たれるのだろうか。健やかな感情を養い、心培うだろうか。と思うのである。

多様性の昨今、区別がなくなればなくなるほど、分類が多くなればなるほど、自分を主張する前に、行き場がわからず孤立する人は増えるだろう。相手が誰かもわからずしがみつき、理解に苦しみ、なやみ、そりゃ、人それぞれと言って、自由だと言って、自分を慰めたくもなる。

継続は力なり。確かにそうだ。がんばってる間は、限界を知らなくていい。ありったけの情熱を注ぐ。それでいい。

選択するのはいつも自分である。これからの時代、限界を知って離れる。は大いに有りだ。ゲームの楽しさや良さを繁栄させるならここだろう。さっさと切り替えてみる。

悟りは本能であり、能力が齎すものである。余力と可能性を未来に繋ぐなら、切り替えてあらたな活路を見出し、希望を抱いた方が健全だろう。結果は大きく変わる可能性があるのだから。

心を解放してのびのびと生きよう。

切り替えは塗り替えだ。塗り替えた色は、そこからその人の色になる。



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