見出し画像

感 覚

「だれにでも、いい面も悪い面もあるんだよ。」ネットでよくみる。そのいい面、悪い面の判断基準はどこにあるのか。実は言ってる人の心理にある。性格にあるだろう。つまり、自分のものさしが基準にある。あの人はわがままだ、独りよがりだとかいうような揶揄も、その人のいわゆるものさしで好き勝手言ってるだけで、その見解にすぎない。つまり、一個人の感想なのである。

自分のものさし。誰が言い出した言葉なのかしらないが、散見される言葉である。ではそのものさし、一体どんなものさしなのか。どんな色の、どんな切れ味なのか、そもそもわからない。どこから仕入れてきたのかさえわからない。錆びれてたらどうする。しかし、そのものさしで言われた好き勝手も多数派になれば背負いきれなくなってしまう人、メンタル崩壊する人がでてくる。ネット上のそういうことは気にしなくていいのに、だ。それに似たような経験があったり、実際そのような体験者は、おそらく相当数いて、その実数は想像を遥かに越えてくるのではないだろうか。

あらゆる是非を安易に、「数」でカウントするような世界だということ、数が多ければ有利になり、嘘やまやかしも正義になってしまう世界だということ。「ネットの世界でのことであって、」と、割り切らなきゃだめだっていうこと。そこにきて、いい面、悪い面もないだろうということ。ついては不毛なんだということ。色々なひとがいて、色々な見方があるのだから、気にしなくていいというわけだ。しかしそれもまた残念かな、ものさしであり感想である。


色々気にしてしまったり、そうなってしまうのは、その人の真面目さからくるものだと思っている。いい面、悪い面についてのまともな意見と感覚は、ネット以外の場所、リアルを生きる自分の中にあるはず。ものさしは、いざというとき自分を守る為に、しっかり磨いておく。真剣、と書いて、まことのつるぎ。真剣をもつものは強い。いいか、わるいかの判断は、まことのつるぎのみぞ知る。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?