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曽根中生「天使のはらわた 赤い教室」

シネマヴェーラ日活で、曽根中生「天使のはらわた 赤い教室」 脚本は石井隆との共同。

目的も無くダラダラ生きているビニ本編集者の村木哲郎(蟹江敬三)が、ブルーフィルムで見つけた犯される清楚な堕天使・土屋名美(水原ゆう紀)に一目惚れ。逢う約束を果たせぬまま、村木はたった3時間のすれ違いで名美とはぐれ、その後3年間も探し続けるが、名美は白黒ショーの女に堕ちたまま、二人の悲恋は終わる。哀しくも美しい大人の恋愛譚の金字塔。

私は、石井隆という作家を「団鬼六 少女木馬責め」=即ち狂気の陰湿作品から観始めて、エロ劇画を読んで印象を上書きしてしまった。そんな若き日の自分が、「石井隆ってこんな作品もあるんだ!」印象がガラリと様変わりした、私的に自分の中に構築された「石井隆ワールド」が大きく変貌する転機となった作品。

ロマンポルノ全作品の中から日本映画史上に残る傑作を一本だけ選べと言われたら私は相米慎二「ラブホテル」よりこっちを取るかなあ。ポルノグラフィとしての煽情度もシャシンとしての完成度も高い。演出、脚本、撮影、劇伴、出演者全てハイレベルで調和した奇跡。

横浜SANって物凄くロマンポルノ観てるんでしょ!じゃあオススメ1本教えてよ、と聞かれたら、迷わずこれ!っていうか、他に思い付かない。誰が観ても面白いだろうし、ロマンポルノってこんなもん、という雰囲気も味わえる。成人映画館での上映がしっくり来る傑作。

皆さんご承知のように(いや、そうでもないか、マニアックかw)曽根監督は時に観客を煙に巻くような難解でシュールな作品を撮る。石井隆のエロ劇画世界観は決して洒落た大人の男女の恋愛譚ではなかったはず。曽根演出と石井脚本がぶつかり合うことで両者の持つ癖や毒が消えて、見事に中和された。

曽根演出と石井脚本の毒が、見事に中和されててしまうと、その結果は一体どうなるの?と思えば、演者の出番、名美役の水原ゆう紀の堕ちていく女は石井ワールドを超えた別世界に突入、ゲスな男のはずの村木も蟹江敬三が思いきりダンディにカッコ良く演じあげ、曽根ワールドでこんな男、見たこと無い。

時代が刻々と変化し、エロメディアの主役が映画から漫画やエロ本、AVへと明確に移り始めた時期の作品で、ある種の猥雑さがスクリーンから溢れかえって来るような迫力を感じる。曽根中生と石井隆の「俺はエロの世界に生きてるけど、映画のこと忘れるな!」血の叫び。

本作を名画へ昇華させた最大の功労者は名美を演じた水原ゆう紀と村木を演じた蟹江敬三のエレガントさ。ポルノグラフィにありがちな下品な描写が一切無く、女は堕ちて男はのし上がって2人はすれ違ってなおカッコいい。石井隆は本作をきっかけに転向したのでは?

ところで、私が好きな名美と村木の物語(いわゆる天使のはらわたシリーズ)のベスト3は池田敏春「赤い淫画」相米慎二「ラブホテル」加藤文彦「少女木馬責め」である。この3作品は、死に向かっていく破滅感と男女の情愛の官能とのハーモニーが絶妙なのだ。でも「赤い教室」はやや趣が異なる作品。

高校教師の下元史朗、無職ニートの阿部雅彦、やり手証券マンの竹中直人、暴走族リーダーの深水三章など、他作品の「村木」と違い、この作品で石井隆は、蟹江敬三が演じる村木すなわちエロ本雑誌編集者がブルーフィルムの女と恋に落ちる姿に自身を投影したのかもしれない。

本作は、「赤い淫画」や「ラブホテル」のように涙を流すような感情に心を動かさない。曾根研究家の方は、この作品は曾根っぽくない古典的メロドラマの風がある。と評しているが、「天使のはらわたシリーズ」全作から俯瞰してみると、池田敏春や加藤文彦みたいには情念がほとばしらず、どこまでもドライでクールに大人の男女のすれ違いの別れを演出。

夜7時の約束で村木をザンザン雨の降る中で待った名美。3年後、偶然にようやく名美をみつけて「もう一度、最初からやり直せないか」と口説く村木。恋愛に特化した潔さがある。70年代のドロドロした男女の情念から、石井隆の影響でスタイリッシュに変貌したのでは。

この作品が石井隆の、天使のはらわたの、名美と村木の、最も王道的な物語だと思うのは、生と死に関して一切描いていない所。村木も家族と生きるし、名美もマー坊たちと生きる。前向きかどうかわからないが、自死や心中に向かうような精神的にテンパった感はない。

水野尾信正のカメラが超絶的に素晴らしい。名美と中年男の10分強に渡るFUCKシーンではテクニックに走り過ぎた感もありつつインパクトが強いカメラワーク。そして日本映画史上に残るラストシーン。水たまりに映った名美の全身が、名美自身が水たまりに一歩足を踏み入れ、まるで水の中に溶け出すように消えていく場面は、背筋がゾクッとするほど素晴らしく、この作品を観終わったものに言い知れぬ快感を残す。

冒頭、「天使のはらわた」を白い文字で、「赤い教室」を青い文字だけでのタイトルイン。赤い文字でないのが不思議だが、その訳はすぐにわかる。学校の校舎から門を通り廊下を歩いて教室の中へ、ハンディカメラの映像を背景にスタッフと出演者が紹介される。そして、清楚なブラウス姿の女性(水原ゆう紀)が生徒たちに押し倒され、純白のパンティの上から股間をまさぐられ、輪姦される。

この衝撃的なフィルムは、男たちを客に集め、秘密の部屋で行われている上映会。ここにエロ雑誌「ポルノック」編集者の村木(蟹江敬三)もいる。彼はブルーフィルムの中の清楚で可憐な女性が荒々しく犯される場面に心を奪われる。

犯されている女性の腕には「教育実習中」の腕章があり、これが演技ではなく実際に起きたレイプ事件の撮影フィルムであることが明示される。そしてブルーフィルムには赤字で大きく「完」の文字。村木は上映会の主宰者にヒロインの名前や連絡先を教えてくれと懇願するが、当然のことながら拒否される。

村木が編集長を務めるポルノック社はエロ雑誌を発行する零細企業。カメラマンの堀礼文と河西健司(「女子高生 天使のはらわた」でリーゼントバリバリ決めている村木の子分)が揉めている。

セーラー服の女性(あきじゅん)を撮影しているのだが河西がいろいろ観念的なポーズ付けをして、堀が苛立つ。撮影現場に一瞥もせず、川に石を投げ続ける村木。雑誌社に人妻の水島美奈子が訪ねて来る。週に一度、夫の目を盗んでやって来る美奈子は村木に夢中で、職場のベッドでFUCKするが、村木の態度に女の影を感じる美奈子は気が気ではない。

エロ本の撮影のため、ラブホテルを訪れる「ポルノック」のスタッフたち。受付で村木は偶然、ブルーフィルムの女を見つける。これが村木と名美の二人の初めての出会いであった。村木は彼女を公園に誘う。「雑誌のモデルになって欲しい」ところが彼女は「ホテルに行こう」と誘うのだ。

ホテルに入るなり、彼女は「あのブルーフィルムのせいで、いろんな男に脅されて、逃げ回って来たの」と告白する。ラブホテルの受付は、顔が見られないから好都合だったのだ。「あなたも他の男と一緒なんでしょ。早く私を抱いてよ」と自暴自棄になる彼女をたしなめた。

村木な名美に、「俺は違うんだ。明日の夜7時、あの公園で待っている」と約束する村木。そして「あんた、じゃおかしいな。名前教えてくれよ」彼女は「名美、土屋名美よ」と初めて名前を明かす。

村木が編集室に帰ると、刑事(織田俊彦)が訪ねて来る。「お前がモデルに使った女性、15歳だったんだ。ちょっと署に来てもらおう」村木は万引きで捕まり、困っている少女を助けたつもりだった。刑事に「俺は明日の7時に約束があるんだ、早く返してくれよ」と叫ぶがどうにもならない。

刑事は村木をバカにしたような表情で「お前なんて、エロ本で食ってるどうしようもない奴なんだろ。偉そうなことを言うな」と上から見下したような口調。「今日は泊っていってもらうからな」実際にエロ漫画を描いていた石井隆の、世間の差別に対する憎悪が画面に叩きつけられる瞬間。

その頃、名美は、自分の運命を変えてくれる人に出会ったと信じて、ザンザン降りの雨の中、待ち合わせの公園で、ずっと村木を待ち続けていた。公園に歩いている人影を見つけるたびに追いかけ、人違いとわかると落胆して戻る。この繰り返しで、いつしか時間は夜の10時になってした。3時間待っても村木は来なかった。ビショビショに服を濡らし、肩を落として公園を去る名美。

自暴自棄になった名美は、行きずりの中年男(大矢甫)とラブホテルに入る。大矢は酔っぱらっていて、回転ベッドに乗る前から、目の前がグルングルン回っている。しかも、野獣のように性欲をむき出しにする名美によって、このグルングルン感が加速する。

水野尾信正のカメラは、大矢目線でテクニックを駆使してびっくりするような映像をスクリーンに提供し続ける。やがて、大矢の両目は繋がって、まるで天才バカボンに出て来る目玉のおまわりさんになってしまう(笑)底なしの性欲をぶつける名美に恐怖を抱き、逃げ出してしまう大矢。

そして、3年が経過した。前半部は、ブルーフィルムをきっかけに名美と村木が公園で約束、でもハプニングで叶わなかった、ところまでだ。大事なのは後半部、3年がたち、村木は不倫中だった人妻(水島美奈子)と結婚、子供も生まれた。

以前は零細企業だった「ポルノック」も会社として形を成すようになってきた。以前は使い走りだった河西もすっかり仕事に慣れ、ソファで大股開きして偉そうに講釈を垂れるようになった。いつものようにラブホテルで雑誌の撮影。以前、名美と初めて出会ったラブホテルに行くが、そこで村木があったのは、歳のいったおばさんであった。

仕事の打ち上げ、夜の街に飲みに出た仲間たち。相変わらず堀と河西は口論している。それに呆れて一人で店を出た村木。ザンザン降りの雨の中、きらめく夜のネオン街に綺麗な椿の花が咲いている。そしてバー「ブルー」のドアを開けた瞬間、村木はカウンターに立っている名美の姿を見つけてしまった。

名美はあの日、村木に会うことができなかったことを境に、夜の娼婦へと堕ちていた。このスタンドバーも実際は売春バーで、2階でマー坊こと元歌手の峰正夫(草薙良一)と白黒ショーをして、客を集めていたのだ。村木は「名美さん!」と叫び「俺の話を聞いてくれ、あの日、俺はあの公園であんたと会うつもりだったんだ」無視する名美。

マー坊が「おっさん、いい加減にしろよ」と蹴りを入れる。そして店の外に連れ出すと、工事現場の水たまりの前で、村木をボコボコに殴る。村木が意識を取り戻すと、そこはバーの2階だった。名美と峰が白黒ショーをしている。マー坊が「お客さん、あと5万円出せば、この娘と最後までヤレるよ。隠し部屋から縄で緊縛されたセーラー服の少女も連れ出される。

いたたまれなくなった村木は、店を逃げるように出る。マー坊は、自らの売れなかったレコード(A面・昨日の夢/B面・今日の話)をじっと見つめる。彼も夢に破れ、今は名美に性欲を吸い取られながらひっそりと夜の街に息を潜めているのだ。マー坊にボコボコに殴られた、あの工事現場で、村木が沈んで座っていると、名美が近寄ってくる「忘れものよ」とトレンチコートを渡した。

村木は叫ぶ「名美さん!行こう、俺と一緒に。俺は3年間、あんたを探し回ってたんだ」名美は「私があなたを待ってたのはたったの3時間よ。たったの」「ここから出よう。どうにかなる、過去なんて」「じゃあ、あなたが来る?こっちに」「あんときは濡れ衣を着せられてどうしても来ることができなかったんだ。嘘じゃない。出るんだ、こんなところ」しかし動じない名美に諦めた村木。ふらふらになりながらトレンチコートを肩に羽織り、去っていく。

ここでロマンポルノ史上、いや日本映画史上でも最も美しいカメラワークが炸裂する映画的な名場面。去り行く村木を見つめる名美の全身が、水たまりに映る。名美が水たまりに足を入れると、映った名美の全身が溶け出すように壊れていく。そして、名美は店に向かって歩きだす。カメラマンの水野尾信正は、このラストショットだけで、日本映画史上に名を残したと言っていい。

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