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瀬々敬久「ヘヴンズ ストーリー」

横浜シネマリンで、瀬々敬久「ヘヴンズ ストーリー」 脚本は佐藤有記。

平凡な日常を送っていた少年や少女、父親や母親が、ある日突然、悲惨な事件に巻き込まれ、憎しみを生きる糧にする中で「本当の生き方」に悩む。瀬々ピンクの延長線上にある日本映画を代表する、でも4時間38分はさすがに長すぎるよw社会派ドラマの金字塔。

私が仮に編集を担当したのなら、4時間38分もある尺の、どこを切ったら2時間程度に収まるのかな?と思うも(←思うなよw)切る所が無い、最初から超長尺で撮ることを前提にして、自主映画だからこそできる贅の限りを尽くした、だから観客も心して観なければならないw

長くなっても仕方ないと思うのは、ロシアの文豪の小説って物凄い長編だから(笑)本作はドストエフスキー「罪と罰」にインスピレーションを得たと思われる、この世の大罪、地獄を一巡りした上で、因果応報で死にゆく者とこれから生きる者を、冷徹に、でもロマンチックに見つめる、何度でも観たい素晴らしい作品である。

こんな長いんだから、ちょっとダラ見でもいいかな?と思っても、最初から最後まで心臓を突き刺すようなヒリヒリするドラマが多数の登場人物による連関する環のように進行し、尺が長いわ、物語は重いわで、劇場の椅子に座ったら逃げようが無い、だから劇場で観るべきw

上映後のトークで知ったのだが、何度も殺人事件や復讐劇が起きる、山中にある壮大な廃墟、これは岩手県の八幡平にある「松尾鉱山」が舞台で、炭鉱の全盛期には賑わっていた町が閉山で廃墟となった、でも廃墟ビルが山中にひっそり聳え立つ「雲上の楽園」なのである。

瀬々監督の傑作ピンクで観た様々なモチーフ、例えば「ギャング」だとか「廃墟」だとか「ロマンチックなオルゴールの調べ」だとか、集大成的にずっしりと詰まっていて、瀬々監督はこの作品を撮り終えた後、作中に出て来る「セミの抜け殻」にホントになってしまった?

仏教的な輪廻転生に端を発する生死観とか、イエスキリストの殉死に救済される人間が等しく背負う原罪とか、偶々映画に登場する登場人物は不幸にも事件に巻き込まてしまったが、人間誰しも生きている限りは等しく天国から地獄に落ちることもある、恐怖を覚える作品だ。

本作を観て強く実感するのは、家族と言う存在の尊さだ。私は上映後、すぐに家に帰って嫁さんの顔を見たくなった。二人の娘も大事な宝物。父親は亡くなってしまったが、母親には会えるだけ、会っておかなければならない。家族とは人生の中で最も大切にするべきもの。

瀬々監督が観客に語り掛けるのは「無償の愛」の尊さであり、損得勘定抜きに人生で愛情を注げるのは、親が子に対してできるだけのことをする。だから、子供が幼くして両親を失うこと、親が幼子を失うこと、私には体験しようが無い、壮絶な苦しみなのだろうと想像する。

この作品を観始めてすぐに想起する「東池袋自動車暴走死傷事故」事件の犯人がいわゆる「上級国民」だったことで、マスコミを騒がせたが、本来あるべきは「妻と幼子の尊い命が失われた哀しみ」に端を発するものであり、憎悪や忘却が物事を解決することはあり得ない。

人間は人を殺めれば罪の意識に苛まれるのが当然、という意識自体が、すでにその人は「私は大事な人を殺された」という憎悪とともに「私は大事な人を殺してしまった」という罪悪感にも苛まれる、これを感じることをできない人間は「人でなし」ではないか?という話。

罪を犯す人間にも犯す理由があり、一旦罪を犯してしまった以上はその呪縛から逃れられない。犠牲になった被害者も、罪をいくら憎んでも、それで物事が解決せず、自分自身の人生まで狂ってしまう。「もしも」のようで、「もしも」じゃない、考えておくべき大事なこと。

9章の章立てで、キーワードをくっつけたサブタイトルが付けられていて、瀬々監督が「私の映画、分かりにくいからタイトルで解説してご勘弁」と詫びてるようでおかしいw約2時間後に「休憩」のテロップまで予め用意されていて「ああ、劇場で観て良かったなあ」と思うw

安川午朗の音楽が、ドラマに重厚な味わいを添える。山崎ハコは本作では「若年性アルツハイマーの人形作家」演技一本で歌わない。何度もロマンチックな場面で流れるオルゴールの様な音色の「黒い瞳のナタリー」はインストだが、フリオ・イグレシアスの元歌を思わせるような、ぞくぞくするほど甘い調べ。

ピンク映画的にはw伊藤猛と川瀬陽太。第2章「桜と雪だるま」元警官で復讐屋の村上淳と桜の木の下で花見する伊藤猛、第3章「雨粒とRock」ロックミュージシャン菜葉菜のバックバンドとしてライブハウスでカッコよくベースギターを弾く川瀬陽太(曲も彼の自作らしい!)

なお、ここから先の文章は、映画のレビューではない。私が自分の頭の中にこしらえた幻の世界。本作の映像はドキュメントタッチで、物語もサスペンス風味を帯びていたが、バウムクーヘンのような樹の年輪が連鎖する9章、そして主となる9人の登場人物は、極めて幻想的に関わり合い、観客ごとに百人百様の映り方をするはずである。従って、以下の物語は、私だけのヘヴンズストーリー。

第1章 「夏空とオシッコ」

両親と姉を殺された少女サトは、叔父(柄本明)の家に引き取られる途中、トイレに行きたくなり、電気屋のテレビで妻と娘を殺された男トモキ(長谷川朝晴)の「今すぐにでも犯人(=ミツオ)を殺してやりたい」泣きながら叫ぶ記者会見を聞いて、衝撃のあまりオシッコを漏らしてしまった。彼女は復讐を胸に生き始めると同時に、まだ会ったことがないトモキが、辛い人生の心の支えとなる。

第2章 「桜と雪だるま」

高校の同級生たちと桜の樹の下で花見をしている元警官のカイジマ(村上淳)彼は息子ハルキが通う学校の校庭にナイフを持ちやって来た男を、揉み合いの末に誤って射殺してしまった。そんな彼が偶然目撃した、サトの両親と姉を殺した青年の自殺現場。カイジマは警官を辞め、殺した男の妻と娘に仕送りするため「復讐屋」を始めた。そして女(大島葉子)の依頼で、夫(佐藤浩市)を雲上の楽園・廃墟ビルの屋上で射殺した。カイジマは殺人道具を入れたアイスクーラーに雪だるまを入れて、息子のハルキの土産にした。

第3章 「雨粒とRock」

ここで突然、映画はガラリと雰囲気を変える。主要な登場人物の4人目である難聴のギタリスト・タエ(菜葉菜)は、ある雨の夜、彼氏が女を連れ込んでセックスしていたのを目撃してしまった。そして、鍵を直しに来た鍵屋のトモキと知り合う。「どこか、面白い所に連れてってよ」タエの難聴は片耳で、幼い頃に父親から虐待を受けたことが原因だった。タエとトモキは、自らが背負った業を告白し合うことで意気投合し、そのまま結ばれ結婚した。

第4章 「船とチャリとセミのぬけ殻」

また、舞台はガラリと舞台を移す。ここは船着き場のある寂れた町の集合住宅。中学生のサト(寉岡萌希)が船着き場で見かけたのは、本作の主要人物5人目、少年に成長したカイジマの一人息子ハルキであった。サトはチャリを借りてトモキに会いに行く。「絶対に、復讐してくれるんだよね」トモキはハルキの持っていたセミの抜け殻を足で踏んずけてしまい、新しいセミの抜け殻を探した。トモキには、もう復讐なんて忘れたい過去、タエと幼子とのささやかな幸せがあった。

--ここで休憩(10分)--

第5章 「おち葉と人形」

劇的に物語が展開するのはここから。落ち葉が舞う夜の能舞台。般若の面をじっと見つめて涙ぐむ、若年性アルツハイマーの人形作家・恭子(山崎ハコ)は、「誰かに操られている者」の哀しみを見て、未成年の時期に犯罪を犯した男ミツオ(忍成修吾)の保護を申し出た。主要人物2人が初登場。ミツオは初めて人に優しく扱われ、素直な心を取り戻す。恭子の人形作りの腕は一流だったが、残酷なことに恭子の痴呆はどんどん進んでいった。

第6章 「クリスマス☆プレゼント」

高校生になったサトは、学校で壮絶な虐めに遭う。手に持っていたクリスマスプレゼントは、家族を二の次にしても自分に会ってくれる、復讐を遂げるための同士・トモキにあげるための大事なもの。その頃、カイジマはずっと仕送りを続けていた射殺してしまった男の娘カナ(江口のりこ)にクリスマスプレゼントをあげた。カナこそが主要人物8人目にして、実質的なラストピース×2。カナが欲しいのはお金のみ、彼女はグレて不良少女になっていた。

第7章 「空にいちばん近い町1 復讐」

身の危険を感じ始めたミツオは、自作の人形を使って恭子の前で、お別れのダンスを踊らせる。「黒い瞳のナタリー」のメロディが切なく哀しい。サトとトモキは、ミツオへの復讐を決行する。雲上の楽園・廃墟ビルへと、ミツオと恭子を誘拐した。恭子に目隠しをしたまま車いすに乗せ、その目の前でミツオを射殺するのが段取りだった。でも、予想外のことが起きる。恭子はあまりの突然の出来事にショック死。ミツオは自分がしでかした過去の罪を忘れ、トモキに対して激しい憎悪の感情が湧いた。

第8章 「空にいちばん近い町2 復讐の復讐は何?」

ミツオはトモキに拳銃で撃たれるが、その拳銃を奪い取り、トモキを撃った。二人とも絶命、サトは死にゆくトモキを目の前に深い悲しみにくれた。ミツオが逃げるワゴン車を、窃盗癖のあるハルキと、不良のカナが漁っている。ハルキの父親カイジマは復讐屋稼業に失敗し、殺されていた。

第9章 「ヘヴンズ ストーリー」

カナは妊娠していて、病院に担ぎ込まれ、新しい命を宿した。これが主要登場人物の9人目だ。トモキもカイジマもミツオも恭子も死んだ。でも、タエは幼子を抱え、カナもこれから幼子を抱えることになる。ハルキも生きていく。死んだ大人たちの想いを背負って、子供たちは生きていく。サトがバスに乗り込むと、少女たちが笛で「黒い瞳のナタリー」を吹いている。サトは導かれるように両親と姉に再会することができた。ハルキは施設に引き取られる船の上から、見送る父親を見た。

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