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井川耕一郎「色道四十八手 たからぶね」

アテネフランセ文化センターで、井川耕一郎「色道四十八手 たからぶね」

地味なサラリーマン(岡田智宏)の、貞淑なはずだった愛妻(愛田奈々)は隠れて5年間も叔父(なかみつせいじ)と不倫の仲にあった。叔父の妻(佐々木麻由子)に教えられ、一緒に復讐を試みる彼が、セックスのドタバタ喜劇を通じて分かってくること、「たからぶね」っていったい何なんだ?人間って寂しい生き物なのね「みんななかよくいつまでも」コミカルでホラータッチの、端正な秀作。

企画原案の渡辺護が急逝し、井川監督が遺志を継いだ作品。PGとぴんくりんくがプロデュースし、題字を日野繭子が書いて、主題歌「尺八弁天地獄歌」を結城リナが歌う。敢えてクラシック調で撮った作風に、フィルムピンク映画の終焉を実感、もう時代は戻らない。

きちんと映画として纏まった、まだピンク映画がエロというより映画として機能していた、映画館しかなかったからその中にエロスがあればスキャンダラスで映画館に観客が押しかけた時代、そんな昔懐かしい頃を回顧することに、意図的に重点を置いた作品と思う。

丹精に丁寧に、ワンカットごとにきちんと作り上げているから、懐古的なピンク映画としては満点とも言える逸品。佐々木麻由子、岡田智宏、なかみつせいじの演技も、ピンク映画的に見て盤石で、ここに敢えて異分子のような愛田奈々を放り込んで、コミカルに波乱を起こすことに成功している。

この作品には、いろいろな特徴がある。まずフィルム撮りであること。2014年の作品だから、まだ大蔵映画がギリギリフィルム撮りした最後の年だけど、本作は一般映画として全国を回った。あくまでもフィルム上映にこだわった結果だと思うし、制作の趣旨はここだと思う。

本来はピンク映画の発展を側面的にサポートする存在のPGとぴんくりんくが、制作者として前面に出た、ピンク映画製作配給会社の手によらない作品だから、観終わった時の印象も、それ自体がピンク映画な感じはしない。ピンク映画をオマージュしたR18シネマな感じ。

井川監督は渡辺護監督を師として崇拝する方で、リスペクトは十分に込められていると思うが、これまで私が観た渡辺護作品の延長線上にあるかと言えば、かなり異質な作風。渡辺監督は人生一代、ピンク映画監督であることにこだわった職人だから、当然のことか。

私の興味としては、井川耕一郎のホンは非常に面白いと思うので、これを渡辺護が撮ったらどんな作品に仕上がっていたんだろう?という思い。「喪服の未亡人 欲しいの」も井川耕一郎のホンで、両者の個性がぶつかり合っていたから、それで何かが生まれたのだ。

本作は、経緯が経緯であるにせよ、井川監督が自分で書いたホンで自分で撮ったから、これは渡辺護オマージュとは言え、純然たる井川耕一郎の世界である。と同時に、あまりルーティンのピンク映画では見ないような突拍子もない演出がいい方向に作用している。

コンセプトは明快で「七福神を乗せた宝船」と「四十八手の宝船」を掛け言葉にした「たからぶね」という異世界、コメディであり、ありそうで実際にはまずあり得んだろうw四次元ポケットの様に普通に生きて来た人がスポッとハマり込んでしまう、ある意味ホラー。

スクリーンに映るスクリーン映写の肌触りが、とにかく1966年生まれの私にとって懐かしい、どう懐かしいかと言うと私の世代のピッカピカの新作ではなくちょっと古い、70年代初期のロマンポルノ当たりの光量とか光沢とか、細部に工夫を凝らしている気がする。

濡れ場がメインかと言えばそうでもないし、物語重視かと言えば濡れ場の導入部としてのみ物語は存在する。テーマもズバリ「セックス」王道のピンク映画の様でいて、2014年にこれを撮れば、もう時代は遥かに先に進んでる、いや、後退してしまったのかも知れない。

女性が観ても安心安全な映画だと断言できる。こういう作品なら、男性は結果的にエロい気持ちにならないだろうから(笑)私が青年の頃に観た成人映画って、どこか女性のハダカを方便にする。ハダカを見せる方便であり、実は真っ当な物語を演出してることの方便。

方便と方便が重なると、アダルトビデオみたいに「ヌケればいい」訳でもないし、気が付けばエロ無しで感動してたなんてことも無い(←田中登の作品には騙されましたよw)バランスこそが大事で「ああ、ピンク映画観たなあ」ってどんな感じだっけ?という思い。

80年代の前半は、女性の動くハダカを見たければ成人映画館に入るしかなかった訳で、当時高校生だった私も意を決して入った訳です(←こらこらw)そこで上映されている映画は、フツーに映画でありながらも、俳優の演技がちょっとぎこちなくて、濡れ場があった。

80年代の後半にバブルの時代が来て、エロもどんどん解禁の方向に向かって、ヘアの解禁とか、ネットで無修正動画が拾えるようになると「ピンク映画?それ一体何だよw」となるのは自明の理。でも一番大きかったのは、AVの普及で家で動画が見られるようになった。

本作を観て思うのは、淡々と進む映画の中に、愛田奈々と佐々木麻由子のエロい濡れ場が突然、出て来る。そしてまた、フツーの物語に戻る。観客は昭和の時代なら、濡れ場だけ目に焼き付けて家に帰れば良かった訳、その頃のイメージが無い人には多分、分かんない。

モチーフが数多く登場する。紙相撲、柿の木、ショートクリームケーキ。どれも昭和の匂いがプンプン漂う。と同時に、隠喩でセックスにまつわる妄想の産物になっていて、観念的に過ぎる気もするが、昭和の映画ってかなり観念的だった、と今になって気が付く。

観念の存在はエロを阻害する。それを分かっていたのは新田栄監督だったと思う。ピンク映画が生き残るには即物的にエロ。でも物語がないとお客さんは興奮しない。ならば観念は取り除いて即物的に見世物のように見せればいいじゃない、と思うか、思わないかだ。

最近、ピンク四天王の作品を多く観る機会があり、やっぱり「観念的に過ぎるよなあ」と思う。それが良い悪いじゃなくて、時代に即しているか、観客のニーズに即してるか、映画として面白いか、面白いと思ってくれる人がどれだけいるか、難しい問題だと思う。

この作品で「たからぶね」という体位は、キモの中のキモで、何がキモかって言うと、人生の中で一度でもこの体位でセックスしたことがある人、どんだけいるんだろう。少なくとも、私は無いです(爆)気持ち良さより、アクロバチックな探求心が先行してる体位w

本作は冒頭で紹介される「ばか夫婦 春画をまねて 筋ちがい」という川柳が、映画の全てと言えば全て。既婚者じゃないと分からないかもしれないけど、夫婦間の微妙な距離感の中で「セックスする時の体位」っていうのは、色々と問題を孕んでいるデリケートなお話w

「たからぶね」っていう体位は、仰向けになった男が片足だけを上に上げて、女性がここに股を交差して腰を下ろし、あくまでも女性の動きだけでピストンする、男性は一切、能動的に腰を動かすことができない。これを脳内で連想できるかできないかで決まる(笑)

「たからぶね」が猛烈にエロい体位なのに、主人公(岡田智宏)のセックスする時は電気を消す貞淑妻(愛田奈々)が「たからぶね」とつい夫の前で呟いてしまうところから始まる、たった一言が災いの元となる人間喜劇で、この辺りは非常に渡辺護っぽい世界観。

「たからぶね」がどんな体位かは、まるで黒子のように体位の解説だけに登場した野村貴浩と葉月蛍が実地で観客の目の前で実演、四十八手が江戸時代から続く日本伝統の文化であること(笑)も提示しつつ、「これから、たからぶねを巡る面白い話が始まるよ!」

最初に春画とか四十八手の解説とか紙相撲とか登場するから騙されそうになるが、実は若い岡田智宏&愛田奈々、中年の岡田の叔父さんなかみつせいじ&佐々木麻由子夫婦の、取って足りない様な、日常風景の些細ないざこざが傷口を広げ大惨事に発展してしまうシニカルなホームドラマコメディ。

登場人物4人のキャラは、恐らく意図的に薄く描かれる。なぜなら主役はセックス、更に言えば「たからぶね」そのものだからだ。男女の情念が前面に出てはいけない。渡辺護作品でも、いい出来の時は男女の情念を抑え気味に描いていてそれがエロに繋がったと思う。

炭酸が抜けたビールのような岡田は、美人妻の奈々に夫婦生活の時「恥ずかしいから電気を消して」言われるとあっさり従うバカ(笑)処女じゃあるめーし、と思ったら、奈々ちゃん、白昼に中年のおじさんなかみつと不倫、しかも岡田の実の叔父さんじゃないですかw

岡田が偏執狂的なのは、奈々の浮気うんぬんより「彼女の一言、たからぶねってなんだ?」というこだわり。彼は逃げてると思うんだよね。世間から、妻から。怖いから「電気を消して」と言われたら消しちゃう。むしろだからこそ電気つけてセックスする方が男だろw

奈々にとって、「男なんて紙相撲の力士のようなもん」表情も感情も無い奴。奈々ちゃんは岡田とは淡白なセックスのくせに、なかみつとラブホに入った途端に股間を大開脚してщ(゚Д゚щ)カモーンと挑発。どエロいFUCKは岡田との夫婦生活で見せたことない、女の怖さw

実はなかみつは奈々が岡田と結婚する前から、奈々と不倫していた。麻由子はそんなこと露知らず、奈々と台所に立ち「あの子、爪が長いわね。こんなんでニンニク味噌、作れるのかしら」悪い予感で興信所に頼み、調査結果は真っ黒。奈々ちゃんは夫と不倫していた!

ここからの麻由子の取り乱しようが本作のハイライトで、岡田に浮気証拠写真を見せて泣き崩れ、そしてホテルに誘う。日本の古きゆかしき夜這いの合図「あんたんところに柿の木あるの?」「はい、あります。」を合言葉に、なかみつのバースデイに復讐決行を約束。

エロ的に面白いのは、復讐決行の日まで禁欲を約束した岡田と麻由子が、股間の陰毛を互いに剃り落とす儀式(笑)ストーリーとは全く無関係だけど、こういうシーンを織り込むのが昔の成人映画のお約束。岡田にジョリジョリ股間を剃られる麻由子は、エロい(*'ω'*)

なかみつのハッピーバースデー。誕生日ケーキを囲む、腹にイチモツ持ちながらキャッキャはしゃぐ4人。そして岡田と麻由子が作戦のため消えた後、奈々はなかみつの前で淫獣に変身。下半身スッポンポンになってショートクリームケーキの上に座る痴態が圧巻!

土俵入りのようにケーキの上に腰かけて、アソコをクリームだらけにした奈々ちゃんは、岡田にシェービングクリーム塗られて股間剃られていた麻由子より断然、エロいんだよね、これが(笑)なかみつも頭の上にローソク立てて、倒したり、もう逝っちゃってるw

やおら、隣の部屋で「あんたんところに柿の木あるの?」「はい、あります。」と掛け合い漫才やりながら、たからぶねの体位で一発やろうとしてギックリ腰になる麻由子(笑)奈々ちゃんとなかみつは、ずっとエロいプレイしてたから、あまりのマヌケな滑稽さに呆然(笑)」

奈々ちゃんが麻由子に猛烈なビンタをかまし、麻由子が逆切れして「なんで私があんたにぶたれるのよ!」でも、よくよく聞けば、奈々ちゃんは身寄りのない寂しい人。なかみつとの不倫も、岡田との結婚も、二股も、全部が成り行き。岡田となかみつは最初はいがみあったが、やがて紙相撲の力士となった(笑)

奈々ちゃんが考えていた「たからぶね」とは「みんななかよく、いつまでも」七福神を乗せた「宝船」のことで、四十八手の「たからぶね」でなかみつをガンガンイカセていたが、それとこれとは話が別(笑)彼女がケーキの上に乗りなかみつに御開帳した姿は弁天様。

奈々ちゃんは、もうこんな家を出て行こうと思った。岡田が奈々ちゃんを引き留め、4人は元通りに戻ったかに見えた、が、ドライブ中に運転席のなかみつと助手席の奈々ちゃんが交通事故で死亡。柿を食べてた岡田と麻由子だけが生き残り、二人の遺骨の箱を見てる。

ここで何気に白眉なのは、麻由子が「死んだからって許さないわよ!」奈々の骨箱を蹴り上げ、床に散らばった遺骨に見せつけるように岡田とFUCK。でもウルトラC難度の体位「たからぶね」はやっぱり無理だった。岡田は妄想の中に、亡くなった奈々の姿を見た。

いきなり昭和の時代、ドリフの「飛べ!孫悟空」を思わせる人形劇団が登場!大海原を航海する「宝船」その中心に誰かいるぞ?岡田は双眼鏡で、じっと宝船の乗客を覗くと、その中心にいるのは弁財天の姿をした亡き妻・奈々であった「みんななかよく、いつまでも」


ラストの印象的な人形劇を製作された、アニメーション作家のにいやなおゆきさんから、コメント頂きました。ありがとうございます(^^)/

ピンク映画で特撮なんか撮る時間無いので、本編終了後のブツ撮りの二時間の間に無理やり人形劇を作って撮りました。予算ないですから。(下の写真3枚目)宝船が大中小と三つあるのは、船が遠ざかっていく画を撮るためです。助監督さんがギコギコ動かしすぎるので「動かすのやめましょう」と言ったんですが「いや!頑張ります!」と、ますますギコギコされてしまいました。

せっかくなんで、DVDのパッケージ画像もどうぞ(下の写真2枚目)。友人のアニメーション作家KTOOONZさんに頼んで、キャラを描いてもらって、僕の模型と合成しました。

井川さんに特撮を頼まれた時、自分なりに岡田さん演じる奈々のキャラ設定を考えました(あのキャラ謎すぎて)。奈々ちゃんは空を飛んでる(飛ぶかどうか知りませんが)宝船から落っこちて来た、本物の弁天様ではないかと。で、頭打って記憶喪失になってて。最後は本当に神の国に帰って行くんだろうと。


井川耕一郎監督からコメント頂きました。ありがとうございます(^^)/

「色道四十八手 たからぶね」についての丁寧な感想、どうもありがとうございます。ラストについてちょっと説明をしておきます。

このラストをどう撮るかというプランを考えて、宝船などを制作したのはアニメーション作家のにいやなおゆきさんです。シナリオを読んだばかりの渡辺護さんに、ラストはにいやさんにお願いしたいのですが、と言ったところ、渡辺さんも、そりゃ、にいやさんしかいないし、そのつもりで井川も書いてるんだろう、と頷いてくれました。

渡辺さんはにいやさんのアニメーション「納涼アニメ電球烏賊祭」などを見ていて、その才能を認めていたのです。なので、「たからぶね」のスタッフでまっさきに決まったのは、にいやなおゆきさんになります。(ちなみに、にいやさんには、他にも紙相撲や七福神の春画もお願いしています)

にいやさんの最新作は「乙姫二万年」。これがとんでもない傑作です。機会があったら、ぜひご覧ください。

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