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佐藤寿保「視線上のアリア」

2022年2月新宿ケイズシネマで、佐藤寿保「視線上のアリア」 (成人映画公開題「浮気妻 恥辱責め」) 脚本は夢野史郎。

入眠剤ハルシオンの幻覚で冷蔵庫という眠室に入って眠れる裸の美女(伊藤清美)が「夢の中で私を犯して殺して!」カメラに監視される強迫観念の中、仮死状態で29歳舞台女優の姉と女子大生の妹の人格を彷徨う、不条理なエロチック怪奇サスペンスの傑作。

川端康成「眠れる美女」が密室で若い女の裸を堪能する老人の話とすれば、こちらは入眠剤ハルシオンの副作用で密室に入り男たちに抱かれる眠れる美女目線で、視線恐怖に晒されながら男に抱かれる快感に酔いしれる、スクリーンを観ながら臨死体験できるステキな作品(笑)

いかにも夢野史郎のホン。劇薬ハルシオン(=春が死んでいく音という感じ)をモチーフに、眠室という名の意識下世界で仮死状態に陥るヒロイン伊藤清美は彼女自身では無い誰?トリックを巧みに夢と現実と中間の潜在意識の狭間の淫夢に観客をオトしていく、世界観は分かりやすく、一回観ただけで、もう十分に堪能。

でもね、一回目でその独特な狂気の眼球の夢的世界観を味わうだけでなく、江戸川乱歩とか横溝正史の幻視をモチーフにした猟奇幻想譚は、重層的に積み重ねられたトリック、紐解いていけばもっと面白く観られるけど、一度観ただけじゃ絶対にムリw佐藤寿保の大ファンの私が断言する。これは二回観ろ!

今回のピンク四天王特集でこの作品を最初に持ってきた意図はっきり分かる。23本全て観た訳じゃないので分からないまま言うけど、恐らくこの作品より常軌を逸した訳ワカメと紙一重の傑作(いや、怪作かもw)って無いんじゃない?ピンク四天王のヘンな作品を他も観ようという気にさせる、ヘンな作品w

眼球の夢的、というのは、「観る」「観られる」ことに凄くこだわった作品で(笑)道路に設置されている監視カメラ、これが家でホームビデオを撮ってるカメラと一緒に見えるようになったらもう、あなたは病気ですwでもヒロインの伊藤清美はその狂気の一歩手前の演技する。

なぜ二度見しようと思ったかと言うと、漠然としか表現のしようがないがw伊藤清美は誰かを監視している、でも同時に誰かに窃視され続けている、という視線上ギリギリのエリアを綱渡りする、その快感を味わうためには、敢えてネタバレしてから観るしか方法がないw

そして2回目の鑑賞。その後のトークショーも味わうと、いかに重層的な変態的にして滋味深い作品か分かる。眠室の客で登場する佐川一政さんの話になり、伊藤清美さんがサイン貰ったとか、渡剛敏さんが安室奈美恵のファンでCD貸そうとしたら「僕はクラシックしか聴きません」と断られたとか、エピソード面白すぎ(笑)サイン貰うのも安室奈美恵薦めるのもぶっとんでるw

伊藤清美さんの話では夢野さんのホンは「ここでドア開ける」具体的な所作は書いておらず「青い空」抽象的な表現から演者と演出が考えていく、寿保監督いわく「監督にとって一番楽なようで、実は大変」夢野さんはホンを書き終えたらもう次へ、現場には行かないとのこと。

この作品のホンが心の底から「素晴らしい!」と感じたのは、映画というものは本来ならばストーリーを描く、と考える。だから、数日前、数日後、昨日、明日、さらには10年前、10年後というように時制を基軸に物語を描くのがごく一般的だと思い込まれてる。

でも、それを根底から覆すような映画の作り方もあるんだなあ、と感嘆した。つまり、物語自体は「全く存在しない」のだ。あるのは、美人姉妹とその夫と浮気相手の4人の関係なのだが、ハルシオンという入眠剤を飲むことで現実世界は失われ、夢の中の世界だけで展開される物語、しかもそれを主観的な視点と客観的な視点とを交差させていく。

ロケと配役がベストマッチング。ロケ地などいうものはもはや無くてw伊藤清美演じるヒロインが浮気相手と住むアパートが「主観的な空間」であるとすれば、冷蔵庫のドアを開けて深い深い眠りに入っていく眠室の中の光景は「客体的な空間」どちらも、実は夢なのである。

私は最初、この作品は夢と現を行きつ戻りつするお話で、伊藤清美と浅野桃里が人格が入れ替わってしまう程度のお話と錯誤していた。でも、それよりもっともっと重層的に混沌としていて、恐らくホンを書いた夢野史郎も演出した佐藤寿保も所々で自身の脳内がカオスになったのではないか?

冒頭とラスト、監視カメラに水をぶっかけ、あたかも人間の瞼と眼球のようなイメージショットに代わり、そしてベッドの上でビニールで全身をグルグル巻きにされ窒息状態の裸の女が登場、これがハルシオンの副作用で夢遊病から仮死状態という危ないトランス状態を表現する。

夢の堕ちた時の意識下の眠室の再現映像が、冷蔵庫を開けてトンネルをくぐり、殺風景な部屋にベッドが一台置いてあって、その背後にテレビが砂の嵐。男たちは広瀬寛巳、渡剛敏、今泉浩一、そして佐川一政。彼らは眠れる美女を凌辱しながら生死の境目を見届ける番人たち。

だから、ムダに物語などおいかけるより「状況設定」である。本作は女優が伊藤清美、浅野桃里、中村京子の3人配されているが、ほぼ伊藤清美が一人だけ出ずっぱりで、桃里、京子の二人はほんの一瞬しか登場しない。その使い方自体が設定のキモなのである。

伊藤清美は美人姉妹の姉「もう結婚しないと後がない」29歳の舞台女優なのか、「卒論で戯曲を書いてる」女子大生なのか?齢の離れた姉妹は、それぞれの立ち位置で悩みを抱えているのだが、メンタルを病んでいるのは共通であり、それは誰しもが経験したことがあるような悪夢の共有。

アパートで、軒下から男性の死体が発見されて大騒ぎになる。その男は、実は私が殺した。そんな悪夢を共有する時だけ、伊藤清美の前に妹としての浅野桃里が登場する。彼女は京子が変態客に眠室で絞殺され硬直した遺体(←金粉で全身を塗り固めるの、ホントに危険だからやめろw)を目の前に「死んでる!」と驚く。私が男を殺しているはずなのに、逆に私が男に殺されちゃったの?

清美は、監視カメラに水をぶっかけ、人の視線に変えた後、ボンレスハム状にビニール袋で窒息プレイの状態で、記憶を辿りだす。彼女は既婚者だか、死んだ妹が残した名刺と「この人をよろしくお願いします」という遺言で、コンピュータ技術者であるという伊藤猛に出会った。

死んだ妹は戯曲を遺して死に、姉の清美は「妹のために、この戯曲を演じ切って見せる!」伊藤との浮気にのめり込み、不健康にも自宅でアイマスクしている伊藤の前で全裸になり、自らもアイマスクを付けて彼を「レンタルハズバンド」と割り切って、組んずほぐれつ、激しいセックスで性欲を解放させた。

清美は、ハルシオンを常用している。夜、どうしても眠れない。そしてこの薬を飲むと夢遊病患者のように冷蔵庫のドアを開けてトンネルをくぐり、秘密の眠室に辿り着く。清美はぐっすりと眠っている自分の裸身をまさぐる眠室客の広瀬寛巳を確認した。そして後日、眠室には自分ではなく、中村京子がローションまみれで渡剛敏にケツや巨乳を執拗に愛撫され、正常位でガンガン犯された後、首を絞められて殺されている場面を目撃した。

清美は、死んだ妹のことを思い出す。屋上で女子大生としてキラキラした青春を送っている彼女と違い、演劇学校に通い発声練習ばかりしている29歳の私には、もう後がない。でも、彼女は机に向かって戯曲を書こうとペンを走らせていると背後から夫の紀野真人が声をかけてきた。夫は出張ばかりで自分のことを大切にしてくれない。私の身体は火照りまくって、困ってる。

清美はハルシオンを服用し、再び意識下の眠室へと入って行った。生と死の番人として、カメラを構えて待ち受ける佐川一政。ここで清美は、ずっとモヤモヤしていた気持ちを独白する。「私がハルシオンを飲む理由。それは仮死状態を体験したいから。死ぬって、どんな感覚なんだろう?」気が付くと、佐川は消えていた。

清美はハルシオンの服用が酷くなり、頻繁に眩暈を起こすようになる。でも、眠室を司る闇のボスは許してはくれない。夢遊病状態で眠室に閉じ込められた清美は、ガスマスクをしたサイコパスな今泉浩一に全身を嬲られているうちに、自分の身体がどんどん硬直していき、今まさに仮死状態に近づいている手ごたえを感じていた。

清美は、街角を歩いていると、何者かに付けられている強迫観念を抱くようになる。「私も妹のように、殺されてしまうの?」大急ぎで帰宅しようとする清美を追いかけていた人物の影は、やがて消えた。でも、やっとの思いで辿り着いたマンションのエレベーターで、なおも清美の姿をじっと見つめる監視カメラに、清美は戦慄した。

清美は自室で、撮影カメラを取り出すと、日課だった「デビオ」(=ビデオ日記)の続きを撮り始める。自分のアソコを、おっぱいを自撮りしているうちに興奮して思わず自慰を始めてしまう清美。彼女はハルシオンを大量に服用すると、眠室の中で黄金色に硬直した自分の死体と、それを見つけて驚愕する妹の夢を見た。

清美は呆然としたまま街を歩き、瓶コーラを買って飲んだ後、路上に落とした。飛び散るガラス片。彼女はそのガラス片を拾い、霊魂が宿っていることを知った。部屋に戻ると伊藤が居て、清美はこれまで以上に激しく伊藤と求め合った。そして清美が知る意外な事実「伊藤さんも、ハルシオン飲んでいたの?」

伊藤は清美を抱きながら「お前が姉なのか?妹なのか?そんなことは俺にはどうだっていいことなんだ。同じ人に見えるんだ」コトが済んで伊藤がシャワーに入った後、清美はビデオカメラを再生してみた。そこには、妹の桃里と、それを追いかけて殺そうとする伊藤の姿が映っていた。

「伊藤さん、あなたがやったのね!」シャワーを浴びている伊藤に、ピッキングを手に刺し殺そうとする清美。でも、浴槽に浮かんでいるのはガラスの破片だけ。清美は窓からフラッと飛び降りる伊藤と、路上で血まみれで死んでいる彼の遺体を見てギョッとした。ああ、私はホントに男を殺してしまったのか?いつか見た夢と同じように・・・部屋でぐったりと倒れている伊藤の口に、清美は慌てて大量のハルシオンを突っ込んだ。

清美がハルシオンを服用し、冷蔵庫を開けようとすると、ボスの声がする「俺は消火栓の中に居て、ずっとお前のことを見守って来た」部屋に夫の紀野が入って来て「お前は姉じゃない。妹なんだ。姉が事故死した後、お前はそれが信じられずに狂ってしまい、姉になり切ろうとした。そんなお前を、俺は妻として扱ってきた」

清美は、机の上に手を広げて、ガラス片で隙間をガンガン刺している。一歩間違えればリスカのゲーム。それを伊藤にも要求した。伊藤もぎこちなく、そのゲームに参加した。清美は机に向かって、戯曲の原稿を書いている「振り向けば夫、いや、ホントは誰なの?」振り返ると、伊藤が血まみれで倒れていた。

清美がハルシオンを服用して冷蔵庫の中に入ったら、もう一人の私が監視カメラを手に私を撮影してる。ずっと私が追いかけて来たもの、それを追いかける私を私がカメラで撮っていたのね」清美はカメラに水をかけ、カメラは視線となった。

ビニール袋でグルングルンに縛られていた私は、自らほどくと仮死状態を抜け出して、別の世界へと向かっていく。でも、そこは一体、どこなんだろう?「春が死んで、きっとこれから雨季に向かうんだわ。私」


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