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石井隆「夜がまた来る」

神保町シアターで、石井隆「夜がまた来る」

刑事(永島敏行)がヤク取引潜入捜査中に殺害され、汚職の罪まで着せられて、残された妻の名美(夏川結衣)は夫の無実を証明するため、ヤクザの情婦となりヤク中で娼婦にまで堕ちる。そんな彼女の背中を押すヤクザ村木(根津甚八)夜の闇に圧倒的ヴィジュアルが映える石井美学を象徴する力作。

夫を亡くして絶望に喘ぐ名美の心象風景のように、夜の闇に舞い散る粉雪、廃墟ビルの水溜まり、壊れたネオンサイン、光と闇の対照が絶妙。冒頭の出演者テロップの背後に上がる炎、ラストで初めて夜が明けて朝焼けの港が見えるビルの屋上。全てはロマンポルノで観たような、妖し気な夜の記憶の数々。

モチーフは、冒頭で永島敏行が妻の夏川結衣(土屋名美)の前で口ずさむ小林旭「さすらい」♪夜がまた来る思い出つれて おれを泣かせに足音もなく なにを今更つらくはないが 旅の燈が遠く遠くうるむよ♪復讐を決意した名美の脳内にグルングルン流れる。

本作は、石井隆の演出どうこうよりも、映画としての完成度の高さは笠松則通のカメラと安川午朗の劇伴のスバらしさ、これに尽きる。物語よりも雰囲気で見せる作品だから、画と音がビシッとキマれば写真になる。スタッフに笠松則通と安川午朗を招いたこと、これが成功の要因。

皆さんご存じのように、石井隆の出自は元はと言えば、70年代半ばにデビューしたエロ劇画家である。夢は映画監督だったと思うが、エロ劇画時代に書いた村木と名美の物語は、変態性欲魔の村木によって清らかな名美が堕天使へと汚される、そんな「堕ちて行く」美学が石井隆の真骨頂。

本作で夏川結衣が演じる土屋名美は、石井監督が思い描く名美に最も近づいたのではないか。何の瑕疵も無いのにヤクザに夫を殺され、復讐しようとする自分も理不尽にレイプ、ヤク漬けと仕打ちの限りを尽くされる。デビュー間もない20代半ばの彼女はヌードも辞さず体当たりの演技。

劇場でフィルム上映で観るとはっきり分かるのだが、ベースにあるのは漆黒の闇で、常に名美と村木は、バーだったり、ヤクザ事務所の駐車場だったり、逃げ隠れた廃墟ビルの中だったり屋上だったり、暗闇の中を蠢き続ける。ライトだけが二人を照らす、劇場で見てこその映画。

物語自体は、書き出してもあまり意味がなさそうな(笑)行き当たりばったり感満載の展開で、演出も石井脚本をロマンポルノとして演出した曽根中生、池田敏春、田中登、加藤文彦、相米慎二、錚々たる映画監督の演出のストロングポイントで、誰の影響なのか思いを馳せ観るのも一興w

石井監督は、自身が書いてるホンには余り重きを置いてないように感じられ、いかに観客が( ゚Д゚)ハッとするようなキマッた画を作り出すか、これに心血を注いだように思える。ラストの名美が村木を銃殺し同時に村木が名美に夫の形見のペンダントを渡すストップモーションは鳥肌!

ラストシーンは「赤い淫画」で阿部雅彦演じる村木が泉じゅん演じる名美に赤い傘を返そうとしても返せない、必殺のストップモーションを意識したものだと思うし、ここから夫・永島敏行の遺骨で作ったペンダントをどうしても名美に返したいけど返せない村木の誠意が胸を打つのだ。

名美役の夏川結衣は脱ぎまくっているが、正直エロくない。彼女の境遇が痛々しすぎてエロい気持ちになれない。ヤクザ組長(寺田農)が自宅の広々とした風呂で名美を犯した後、全裸の名美を放置、自分だけ浴槽に浸かって配下の椎名桔平に「お前もヤレ!」流れはエロ劇画そのもの。

先にヤクをキメながら、名美もヤク漬けにして無体にレイプした寺田が、コトが済んで風呂で一服している目の前に、全裸の名美が仰向けに転がされている場面は、股間にライトが当たりピカッと光って、まるでエロ劇画の一コマのようなど迫力。椎名も思わず怯んでしまう修羅の世界。

石井隆にとってロマンポルノ全盛期の70年代後半から80年代前半は、ポルノグラフィが差別されている時代。そしてポルノグラフィを楽しむ男は変態扱いされた時代。自らがエロ劇画家として不当な差別の視線に戦った、ポルノ愛好家村木にロマンチシズムを感じたロマンポルノ時代。

ロマンポルノが終焉した1988年に、初めて石井隆自身がメガホン取った「赤い眩暈」は、バブルが弾けて自暴自棄になった変態性欲魔・村木を竹中直人が怪演し、その頃まではエロ劇画の中の村木と名美は辛うじて健在だったけど、90年代に入って村木と名美のストーリーは大きく変容した。

バブルが弾けて夢も希望も無くなった時代。自殺者が増えてバブルと正反対の、というより最初から何も無かったことが分かってしまった空虚感の中で、石井隆はこの頃から物語ではなく、画で石井美学を作り上げることに舵を切ったのではないか、と私は当時の作品を観るたびに思う。

90年代以降の石井隆作品だけ見て「私、石井隆の美学って好きなんだよね」と言ってる、特にオシャレな感じの女子に対してはっきり断言します「石井隆っていうのは、脳内に変態性欲ドロドロのおっさんです」(←これ、私にとってサイコーの誉め言葉)ホントは汚すことの美学だ。

本作で名美を演じる、夏川結衣が体当たりで演技してるって言うのは、石井隆がエロ劇画で書いた清楚な美女が鬼畜な変態男に蹂躙されて地獄に堕ちて行く、それでも身体が穢れれば穢れるほどに心が浄化されていく天使のような女の子をほぼ演じ切っていて、こりゃスゲエな、と思った。

石井隆が描く、村木と名美の関係性が(突然変異だった「赤い教室」を除いて)安定して変態性欲魔と天使のような美女のせめぎ合いとその後に二人が見る地獄だったことは、本作ではもう無かったことにされる。村木がカッコ良すぎるのだ。石井隆自身がマイナーからメジャーになったように。

90年代はVシネの時代で、いかにフィルム撮りとは言え、明らかに二次使用も意識した作り。特に本作では村木をヤクザ、名美を警官の妻に設定してるから、まんま東映ハードボイルドVシネのように一見は思えるけど深い深い暗闇の中に村木と名美が沈んでいく世界観に作家性を見る。

「ラブホテル」で会社を破産させた、人生破綻者の村木を演じた寺田農が、あろうことか本作ではヤクザ村木を顎で使うヤクとオンナ大好きなゲスなヤクザ組長で、両方観てしまっている自分としては「寺田さんはホントに演技上手いなあ」と感心するも、何なんだろう、この違和感はw

永島敏行は名美の亡くなった夫で、無実の罪でヤクの売人にまでされる悲劇の殉職警官。冒頭で物語の鍵になるっていうより名美の行動原理になる小林旭「さすらい」を口ずさんでから、全裸の夏川結衣と一発ヤル訳ですが(笑)ここでお役御免、後は村木と名美、二人だけの世界。

暴れん坊で無法者で悪知恵も働く、どこからどうみても救いようがない悪人・寺田農の配役は「池島興業の組長」どうしても池島ゆたかを連想してしまって困るのだが、本作に池島さんは出演していないのであしからず(笑)つまり(つまり、じゃねーよw)名美と村木と池島の物語。

いやいや、もう一人いる。椎名桔平だ。彼だけは配役を良く覚えてないから「桔平」としておくよ。どこからどうみても人望が無さそうな池島組長を師匠と慕い、村木と全面対決で日本刀を振り回すサイコパス男・桔平。物語と全然絡んでないように見えるが、暗い話の息抜きにはなるw

物語というよりも「石井隆が考えた名美と村木の一番カッコいい場面コレクション」を時折見せ続けるシャシンのような映画で「こういうの、映画っていうんだよなあ」と感心する一方「やっぱり物語もムリを生じない程度にはちゃんと書いて欲しい」と思う、観客って贅沢だよね(笑)

中央省庁からヤク取引捜査を任された、正義感に溢れる永島と、全裸で夫婦生活する名美からの開巻(←構成おかしいだろw)でも、意味があるんです。永島が口ずさむ♪夜がまた来る♪歌詞を名美に聴かせ「こんなの歌ってると不幸を呼ぶわよ」これが呼び水、後は不幸のズンドコ一直線!

永島が殺害され、お葬式で名美が宮下順子と話していると、いきなりヤクザが乱入し、名美をレイプ(←ここも突然すぎて訳ワカメだけど、濡れ場を増やすためかしらん♪)永島は殺されただけでなく犯罪者の汚名まで着せられ、復讐を誓い夫の遺骨をペンダントにして首に下げる名美!

名美は、池島組長に近づくためバーのホステスになる。ここに男前の村木も登場。池島組長は「村木、お前が相手しろよ」けしかけるが断り、池島組長直々に(笑)名美を部屋に入れてヤクを嗅がせながら正常位でガンガン犯し、桔平に「お前もヤレ」輪姦される名美、可哀そうっす。

名美はスキを見て池島組長を刺し殺そうとし、見つかって桔平ちゃんに半殺しの目に遭う。村木は名美の命を救うが、やがて池島組長はヤク取引の手入れが続くことに不信感。村木をクロと睨み、半殺しにして組から追放、村木と名美は離れ離れになり、一旦は閉じてしまう物語。

村木は港の見える場末のスナックで、娼婦をしている名美と再会。ヤク中で人間やめてしまった状態に堕ちながらも、夫の仇を獲ろうとする名美の純情に村木は感動。廃墟ビルに名美を運び、ヤクが抜けるまでじっと名美の回復を待つ描写が長すぎw石井監督は思い入れあるんだろうけどw

ようやくヤクが抜けきり、互いの身の上を話す名美と村木。夏川結衣が上半身裸でおっぱい丸出し、根津甚八に身体を拭いてもらった後もおっぱい見せ続けながら愛する夫の無実を訴える、でもどうしても夏川結衣の美乳をガン見してしまう私。許してくだせえ、これが目当てなんですw

夫を殺した犯人は池島組長、と信じ込んでいる名美に「よし、作戦を決行しよう」夜の工場で賭場を開いている池島組の現場にパトカーが急行。この辺りで???訳ワカメな私。村木って一体何者なの?警察が踏み込み逃げまどうヤクザ。「組長、こっちへ」エレベータへ誘導する村木。

池島組長がエレベータで屋上に来ると、銃を構えて名美が待っていた。いよっ!千両役者!的にエロ劇画の名美そっくりな夏川結衣は映画が生み出した奇跡!「あなたが夫を殺したのね」でも「俺じゃない、〇〇だ」この時点で良く聴きとれねえwわざとだったんだと後から気づくw

銃を突き付けて自供を促す名美に、土下座して「スマンかった」と詫びを入れながらスキを狙って形勢を逆転するどこまでも卑怯な池島(笑)ここに村木がやって来て、犯され殺されそうな名美を助けるべく、正当防衛の射殺。ああ、池島組長死んじゃったよ、随分あっさり終わったのね。

と思ったら、やっぱり本作で最大の飛び道具、出ました(笑)池島組長からもらった大事な日本刀を構えて、「死ねやー」狂ったように振り回す桔平君は面白すぎwwwでも、敢え無く討ち死にして(←当たり前だw)こうして池島組長も桔平もいない、名美と村木二人だけの世界へ。

夜の工場の屋上の遠くに船が止まっていて、廃ネオンサインが煌めく美しい情景に、名美が夫の形見の拳銃を手のひらにおいて、村木に「誰が私の夫を殺したの?」村木は、どうしても良心に耐えきれなくなり、池島興業のヤク取引捜査における悪夢のような出来事を名美に打ち明けた。

村木は叩き上げの刑事で、7年間も池島興業に潜入捜査を続けていた。本物のヤクザになり切るため、女も買ったしヤクも打った(←あかんやろw)でも、本庁から来た正義漢の名美の夫は「ダメだろ!」と注意、そのいざこざから村木は名美の夫・永島を射殺してしまったのだ。

村木は「俺は保身のためにあんたの夫を殺してしまった。卑怯な男だ」詫びを入れる。なんだか罪と罰みたいな話に転調してしまっているが(笑)やっぱり名美は村木を許せず、胸を撃ち抜いた。その時、村木が名美に手渡ししようとしたもの、それは夫の遺骨で作ったペンダント。

名美が夫の復讐を遂げるための誓いに首に下げていた夫の遺骨のペンダントは、途中で紛失してしまっていた。でも、村木を射殺したまさにその瞬間、そのペンダントを村木が拾って持っていたなんて!村木は死んでしまい、ペンダントを渡せなかったけど、名美は確かに受け取った。

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