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瀬々敬久「迦楼羅の夢」

新宿ケイズシネマで、瀬々敬久「迦楼羅の夢」 成人映画公開題「高級ソープテクニック4 悶絶秘戯」) 脚本は羅漢三郎(瀬々敬久+井土紀州+青山真治)

失業中の男(伊藤猛)が昔レイプした主婦(栗原早記)とソープで再会。彼女のテクニックに「俺を光らせてくれ!電気を走らせてくれ!」彼はソープの女神の福マンで生まれ変わり、些細な幸せを掴んだが、不意な事故をきっかけに急変した人生は、飛び降り自殺の瞬間に神鳥ガルダ(迦楼羅)の羽根となってジ・エンド。観客がスクリーンを見ながら臨死体験できる、ヤバイ内省的哲学ピンクの傑作。

生まれて来た意味、生きる意味、死ぬ意味を全て見失った主人公の男が、福マンのソープ嬢女神に運をもらうが、それは些細な事でしかない。彼は自殺し初めて極楽浄土に行けた幸せ。希死念慮を持つ者は、この映画を見ていて自分も早く仏になり極楽浄土を見たいと思ってしまう、観るのは極めて危険な作品。

原題は「迦楼羅(かるら)の夢」迦楼羅とはインド神話のガルダを前身とする仏教の守護神、ガルダとは、インドの神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する、人々が恐れる蛇や竜を退治する聖鳥。インドネシアの「ガルーダ国際航空」はこの聖鳥に由来する。

仏教では「極楽往生」という言葉が良く使われる。人間は仏の国に行き、悟りを開いて、初めて極楽浄土に行ける。それは仏になること、即ち死を意味する。生きているうちは全てが地獄だが、死んで初めて安らかに往生することで、人は極楽浄土に行ける、と解釈できる。ブッディズムは欧米人には理解できないであろう、独特の生死感を持つ。

実相寺昭雄監督に「アリエッタ」というピンク映画がある。平凡な主婦(加賀恵子)が死んだヤクザ夫の残した借金苦でSM嬢に堕ち、最後は変態客に首を絞められて仏になり、生まれて初めて極楽に行った安らかな死に顔を見せる、救いようがない話。ここまで行くと究極の「生きるは地獄、死ねば天国」になってしまうが、当然ながら(笑)この作品の意図は少し違う。

主人公の伊藤猛は、子供を誘拐しようとしてオモチャのガルダの羽根を見てしまい、それは愛する妻(葉月蛍)の死体を火葬場で燃やした時の煙突からひらひら舞う本物のガルダの羽根に変わる。彼は殺人という業を犯し、煙突から飛び降りガルダの羽根になる。

脚本のクレジット「羅漢三郎」は、まるで「ガルダをこう解釈しました!」三兄弟のような、瀬々敬久と井土紀州と青山真治の共同ペンネーム。伊藤猛が体験する天国から地獄のような表向きの平凡なストーリーと、彼の極めて内省的な宗教的幸福の希求が重なり合う。

表向きのストーリーは、ピンク映画というジャンル要請に即した、ソープ嬢と主人公の間に起こる、地獄から天国、そしてまた地獄へ堕ちる、人生の無間地獄を描いていて、ここに濡れ場がソーププレイを中心に挿入されて、ここだけ見れば平凡なピンク映画。

伊藤猛が最初に味わう地獄は、廃品回収業の同僚(下元史朗)と人妻(栗原早記)宅に押し入りレイプ。下元はその後、すぐに会社を辞め、伊藤はクビになる。人生に絶望した伊藤がソープで天使のような福マンの熟女泡姫(栗原早記)と出会い、運が回って来る。

運に恵まれた伊藤は、可愛い葉月蛍と結婚、蛍は妊娠し、再就職も決まった。全てが順調に行っていたある日、蛍はヤクザの抗争の流れ弾に当たって命を落とし、伊藤は廃品回収業の仕事も上の空になり、偶然歩いていた福マン泡姫の早記に「もう一回」とせがむ。

天国から地獄に落ちた伊藤の、救いの女神だったはずの早記は、レイプ事件の直後に姿を消しヤクザになった下元の情婦となっていた。だから、伊藤はソープで出会った早記に見覚えがあった。が、思い出せぬまま、プレイを通して電気が走るような興奮を覚えた。

早記が帰宅すると、下元は別の若い女とFUCKしていて、強引に3Pさせられる。伊藤は下元に殺意を抱き、早記の「私を自由にして!」に背中を押され、下元を殺害した。でも、早記はそんなことまで頼んだつもりはなかった。伊藤は早記に「俺と一緒に逃げよう」

伊藤は早記と初めて、愛情のこもった真のセックスをした。何も思い残すことがなくなった伊藤は、猛然とした勢いで煙突に登り、そして落下した。でも落下する時、ほんの一瞬、空の方を見た。彼にはガルダが見えた。彼は念願の極楽浄土へ旅立つことが出来た。

というのが、表のストーリーで、これはこれで面白いんだけど、やはりテーマは「伊藤猛の、ひたすら内省」であり、これは90年代のオウム真理教時代、ニセモノの新興宗教にはない、東洋思想の原点とも言える「仏陀の教えとは何か?」をデリケートに語り尽くす。

冒頭、同僚の下元と一緒に強盗に入り、人妻の早記をレイプする伊藤の目は、既に死んだ魚のように生気が無い。彼は勤め先の廃品回収業者も「また仕事があったらな」と体よく断られ、視線は宙をさまようばかりか、大きく見開いて、チカチカとまぶたが動く。

伊藤には感情が無い。喜怒哀楽を忘れた彼は涙を流すことなんかないのでドライアイ。しんどそうに路上を歩く伊藤の姿は、失業中だからとかいう次元でなく「もう死んでしまいたい」切羽詰まった悲壮感を醸し出す。彼はなけなしの金でソープに入る。

伊藤は相手のソープ嬢(=早記)のことを「どこかで会ったことがあるんじゃ?」と思いながらも思い出せない。伊藤は早記の接客会話「泡は全ての汚いものを洗い流してくれる」に鋭く反応「俺をピカピカに光らせてくれ」そう、ソープ個室の蛍光灯みたいな脳内世界。

伊藤は早記のソープテクニック抜群のおスぺで全身が光り輝くのを感じた。そして店を出ると、少女誘拐を思い立ち、廃屋に連れ込むが近くで遊んでいた少年たちの持つガルダの羽根のオモチャが飛んでくる。この時、伊藤は自身がガルダになるとは思わなかった。

伊藤は早記にピッカピカに磨かれ、生まれ変わったようにツキまくる。葉月蛍と結婚、夜の夫婦生活で「子供がお腹にいるから」と言われても「子供の作り方を教えてやんよ!」正常位でガンガン突く。そして「俺、再就職が決まったんだ」喜びの報告をした。

でも、そんな伊藤の幸福な日常が再び、暗転する。愛妻の蛍がヤクザの流れ弾に当たって死んだ(←下元の配下じゃね?)伊藤はせっかく手に入れた廃品回収の仕事も手につかず、ソープに行って別のソープ嬢に「俺のことをピカピカに磨いてくれよ」と頼む。

伊藤は、早記にソープで相手して貰った時、早記にこう言われた「身体が冷たいわね。外は寒いの?」「私が暖めてあげる」「泡は汚いものを全て洗い流してくれるの」これを受けて「俺のこと、もっと光らせてくれよ」と伊藤は答えた。その真逆を言ってみた。

伊藤は「身体が冷たいんだ。暖めてくれないかな」「泡って汚いものを全て洗い流してくれるんだろ」「俺の身体をピカピカに光らせてくれよ」「電気を走らせて欲しいんだ」でも、早記がプレゼントしてくれたような幸運は、伊藤にやってこない。それは伊藤自身の心の内にある問題だった。

伊藤は、遺体となった蛍が焼かれる火葬場の煙突の煙から、子供たちが遊んでいた時の、あのガルダの羽根が舞い落ちる幻を見た。「あと少し、もう少し」伊藤は自分に何が足りないのか?気付かぬまま、以前のように表情は硬直し、まぶたがチカチカし始めた。

そんなある日、伊藤は仕事中に普段着で歩く早記を見かける「頼む、君は俺の女神なんだ。もう一度、俺をピカピカに光らせてくれ!」でも、早記は下元の情婦。伊藤がしばらく会わない間に下元はヤクザの幹部に出世。それは主婦の早記をソープに堕とした功績。早記は金になる上玉だった。

下元は、早記に若い愛人との3Pを強要。これを知った伊藤は激怒、早記の「私を自由にして!」を「下元を殺して!」に変換、下元宅にナイフを持って押し入り刺殺した。早記は「そんなこと頼んでない」と言うが、伊藤は下元を殺さないと早記が手に入らなかった。

早記は、伊藤の「一緒に逃げよう!」の言葉を信じ、ソープ嬢として身体を開く。正常位で早記を抱きしめFUCKする伊藤は、この時初めて、身体じゅうに電気が流れる快感を感じた。ソープ個室の蛍光灯がキラキラ点滅し、伊藤の死に向かう前途を暗示した。

荒涼とした工事現場を、伊藤は早記と歩いている。伊藤は何かを覚悟したような、でも穏やかな顔で早記を見つめると、一目散に目の前の高い煙突に登り始めた。びっくりする早記。伊藤は飛び降り自殺した。でも、空中に向かってダイブする瞬間、伊藤は見た!

伊藤は、煙突から飛び降り自殺する時に空に向かってほんの一瞬、確かに神々しい仏陀像が見えた。伊藤はそのまま地上に落下し、死んだ。伊藤の頭上に、神々しい金の輪が輝き、極楽浄土に向かう伊藤を祝福するかのように、ガルダの羽根が舞い降りた。

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