城定秀夫「タナトス」
城定秀夫「タナトス」 原作漫画は、原案・竹原慎二(元WBA世界ミドル級チャンピオン)作画・落合裕介「タナトス~むしけらの拳~」
一匹狼の不良少年リク(徳山秀典)が、脳障害のあるアマボクシング選手棚夫木(佐藤祐基)と運命的な出会いを経て、タナトス(=攻撃本能)の衝動に導かれるがままにボクシングにのめりこんでいく、そして人間らしい穏やかな心を取り戻していく様を描いた、男同士の熱い友情が感涙ものの傑作。
キャスト(タナトスの対極を演じる助演ぶりが素晴らしい渋川清彦や、サッカー日本代表長友佑都の奥さん平愛梨など)ロケ(後楽園ホール貸し切りでハイライトの新人王決定戦など)スケジュールも予算も、城定さんの映画では破格のレベルで、条件揃えばここまで凄い映画が撮れる!
本格的なボクシング映画の体裁を取っているが、さすが城定監督、ボクシングそのものにベクトルは向かわず(←素人で分からなかっただけかもしれないw)「なぜ、ボクサーたちは狂ったように拳で相手を殴り続けるのか?」その精神分析、まさに「エロスとタナトス」をテーマに描く。
主演の徳山秀典は、恐らくこの映画のために相当な役作りをしたと思う。「不幸な生い立ちを業として背負った不良少年」母親が家出してしまい父親から虐待を繰り返された主人公に残された唯一の生きる糧、それは誰にも負けないはずの拳であり、同時にそれは死への衝動にも向かう。
主人公のリクは、映画の中で幸福な新しい出会いを続け、社会から脱落寸前の不良少年からプロボクサーとして成功を収める。凄く前向きなハッピーエンドのストーリーは、人生の応援歌のような生きる希望を与える面と、若者にしかない特有の不安定な死への衝動や恐怖を併存する。
この映画の実質的な主役は、間違いなく渋川清彦である。プロボクサーにはなれたが一勝もすることができずに終わったメガトン山本。彼の人が良さそうな「なごませスマイル」は、タナトスの不足、即ち攻撃本能でもあり同時に死への衝動が圧倒的に足りない。元々がトレーナー向きなのだ。
コロナ禍で外出自粛が始まってから約2ヶ月。城定監督の映画を手当たり次第に観始めてから、既に50本を突破したが、恐らくこの「タナトス」が商業映画として最も完成度が高いのではないか(敢えて「映画としての完成度」という表現は使わない)よって、感想は忠実に、かなり丁寧に書いていきたい。
この作品は、城定監督には珍しく原作を無視したようなスピンオフ、いわゆる遊びがない。竹原慎二さんにパンチされるのが怖かったんだろうか(笑)そういう意味で、城定さんらしくないとも言えるし、原作に忠実かつ予算キャストにに恵まれれば興行的に成功が保証できる商業作品が作れる優れた職人監督である。
つまり、この作品は城定さんが監督ではあるが、ホンモノのプロボクサーであるばかりか、世界チャンピオンにまでなった竹原慎二が、地元広島で不良少年だった頃の自分がプロボクサーとして成功を収まるまでの半生を、全てが自身の経験では無いであろうが(←当たり前w)リアリティを伴った優れたフィクションとして構成されており、城定さんが変化を加えるのも難しかったのではないか。
ただし、ピンク映画のスタッフ歴が豊富な城定さんのこと。「タナトス」の対義語は「エロス」であり、性の欲求とは死の欲求と生の欲求、さらには攻撃の欲求と守備の欲求である。この辺りをボクシングと言うスポーツからフロイト心理学でいう「リビドー」に置き換えて、ボクサーの持つ幼少期の原体験に闘争本能を遡らせる描写は流石である。
ということで(←なにが、ということで、だよw)この作品は、物語に忠実に感想を書いた方が分かりやすいし読み手にも伝わると思うので、登場人物の紹介から初めて、物語を丁寧に追っていきたい。
<主な登場人物>
1.孤独な不良少年・リクこと藤原陸(徳山秀典)
母親は自分が子供の頃、DV夫に耐えかねて家出。父親は幼児虐待を繰り返しながら「お母さんはいないんだ。お前は強くなれ」そして中学生に成長した彼は、父親を半殺し、住む家もなく暴走族同士の抗争の助っ人として、その日暮らしの生活費を稼いでいた。
2.脳に障害を持つ西田ボクシングジムのエース、棚夫木克海(佐藤祐基)
いつものようにケンカに加勢していたリクと出会う、西田ボクシングジム所属のアマチュア・ボクサー。天才と称されアマチュアの世界では18戦無敗。でも、脳に障害があり、仮にパンチを喰らえば生死に影響があるとドクターストップをかけられた。でも、世界チャンピオンになって貧しい母親のために一戸建てを建てたい。彼は欲望と生の葛藤に悩み続ける。
3.リクの押しかけマネージャーになる、ヒロインの酒井千尋(平愛梨)
おせっかいなメガトン山本さんに頼まれ、リクのマネージャーを押し付けられる。彼女は短大の保育科で保母さんを目指しており、無口で凶暴なリクの心の奥底にある、母親の優しさに対する渇望を見抜き、粘り強くリクをサポートする。でも、最後はリクにフラれる(笑)
4.プロボクサーとしては6戦6敗の成績しか残せなかったメガトン山本(渋川清彦)
鋼鉄のボディに絶対の自信を持ちながら、フックで頬を殴られると致命的に弱い、そのためにゲンを担いで顎ヒゲを生やしている(笑)ボクサー人生に見切りをつけてラーメン屋に転職。リクの才能を見出し、マッハ運送への就職から、理想のトレーニング環境まで、あれこれとリクの世話を焼く、根っからのトレーナー兼マネージャーキャラ。
5.西田ジムでリクや須藤にボクシングの基本を叩きこむ名トレーナー千島(元プロボクサーの大嶋宏成)
どんなチンピラにも、冷静に粘り強くきちんとボクシングの基礎を教え込む、プロフェッショナルなトレーナー。リクと須藤の戦い、リクと棚女木の戦いとは別に、メガトン山本とのトレーナー対決をも盛り上げる。
7.リクに熱い友情を持ち暴走族幹部からボクサーに転向する須藤頼広(大口兼悟)
暴走族時代、リクの暴力性を上手に利用して幹部になったヘッドに嫌悪感を持ち、純粋な心を持つリクに「ダチになりてえ」と告白した、唯一の人物。リクと須藤の「運命の後楽園決戦」は本作のハイライトで、リクの敵であっても、ヒールではなく「同志」である。
8.母子家庭で息子を懸命に育て上げた棚夫木の母親(秋本奈緒美)
棚女木が世界チャンピオンになるため、メキシコに向かう直前に、まさかの一瞬の登場。しかしこの一瞬は、棚女木とリクの人生を180度転換させる重要なポイントで、迫真の演技が胸に迫る。
9.棚夫木と一緒に世界チャンピオンを獲る夢を諦めない西田ボクシングジム会長(升毅)
老いぼれで酔いどれ、もはや正気なのか、何を喋っているかも判別が半分不可能な怪老人。「俺は世界チャンピオンが出したいんだ!」棚女木の才能も、リクの才能も、そして須藤の才能も一瞬にして見抜く、実は慧眼の持ち主。見た目は最悪だが愛すべき人物。
10.リクを全面的にサポートする引越し屋のマッハ社長(梅沢富美男)
人情味に熱く、メガトン山本と一緒にリクを温かく見守り続ける、実は元プロボクサーのマッハ森山。彼もメガトンも千尋も、最後は全員、リクにフラれてしまう。その位、リクは熱い男で、リクを熱くさせる男もいた。
番外.豪華な歴代チャンピオンたち(ガッツ石松、輪島功一、薬師寺保栄、レパード玉熊、竹原慎二)
竹原慎二は、メガトン山本が引退を決意する最後の試合で相手選手のトレーナーとして、千島トレーナーに相対する。他の4人は観客席から講釈垂れるだけwといっても、実績が実績なので、話には重みがあるはず(経験者にはw)
まあ、ここまでで「後は映画本編をご覧ください!」で十分かと思うも、私自身の脳内記憶用に、ストーリーの中で重要なポイントだけ書き出したい。
主なあらすじは、暴走族の助っ人で相手のチンピラを殴り倒し、もらった小遣いだけで生きていた中卒の不良少年が、ボクシングジムの温かく熱い仲間たちに恵まれ、最後は晴れ舞台である「ボクシングの聖地」後楽園ホールに立ち、「ダチになろう」と声をかけられた元暴走族との、息を呑むほどの死闘を繰り広げる。これが全てである。
孤独な不良少年・リク、自分の拳には絶対の自信があったが、ボクサー棚夫木の一発のパンチで倒されてしまう。棚夫木はプロとして将来を有望視されながら、脳の障害のために日本でのボクサー生命を絶たなければならなかった。リクは初めてケンカに負けた悔しさから、西田ボクシングジムに入門、その日から、リクの人生の目標は「棚女木を倒すこと」この一点に集中する。
リクは持ち前の「攻撃本能=タナトス」で、ボクサーとしての才能を開花させていく。一方、棚夫木はジム会長の勧めでメキシコでプロデビューを決意する。リクにとってのボクシングは「棚女木を倒すこと」棚女木にとってのボクシングは「世界チャンピオンになって母親に家をプレゼントする」ことであった。
ところが、棚女木が西田ジム会長の説得でメキシコに渡る直前、母親が訪ねて来る「行かないで!私、知らなかったのよ!」と泣き崩れる。その瞬間、リクの頭の中には、子供の頃、プラレールのオモチャをプレゼントし、遊んでる隙に家出し永遠に戻ってこなかった自分の母親が脳裏に浮かんだ。
リクは自分でも気が付かぬままに「線路は続くよ、どこまでも」を鼻歌で歌っていることがあった。喧嘩に負けると「逃げないで、捨てないで」と童心に帰って呟くこともあった。愛してくれる母親がいる棚女木のことがリクは羨ましいと同時に、そんな母親を悲しませる棚女木のことが許せなかった、リクは棚女木のボディに一発を見まい、それをきっかけに棚女木は引退、会社に就職して営業マンになった。
リクは、千尋の愛情に、メガトンの愛情に、マッハ社長の愛情に包まれ、徐々に周囲に心を開いていく。でも、ジムを去った棚女木のことは「尊敬するボクサー」として彼の心に残り続けた。彼はプロテストも、大事な「東日本新人王決定戦」も、棚女木が仮想敵として陽炎のように浮かぶと、圧倒的不利な状況でも、一発のパンチで勝ち上がった。
リクが、性根の腐った暴走族幹部に半殺しにされそうになったとき、助けてくれた暴走族がいた。彼の名前は須藤。リクの生き方に憧れを抱いていた。須藤はいつしか、千尋やメガトンやマッハよりも、リクの心の中に大きな存在となり始めた。幹部を刺して少年院に向かう時、リクに「ダチになりてえ」と言ってくれた彼は、娑婆に戻ると西田ジムに入門し「ダチにはなれねえ」と勝負の日を誓った。
そして運命の後楽園ホール。リクは西田ジムに居られなくなり、メガトン山本が立ちあげた零細の「メガトンジム」の選手として勝ち上がってきた。そして、西田ジムから須藤が勝ち上がり、二人は対決。攻撃本能のまま攻めに攻めるリクと、しっかり防御しながらカウンターを狙う須藤。
作戦通り、須藤がカウンターを一閃し、これで勝負あったか、とメガトンがタオルを投げ入れようとした瞬間、それを制止する手があった。棚女木だ!彼の姿が視界に入ったリクは、須藤に猛ファイトを仕掛け、逆襲からノックアウト、ついに新人王に輝いた。
零細だったメガトンジムも、今は大賑わい。優勝パーティで須藤も含め、関係者たちが揃う中、肝心のリクがいない。千尋が「トレーニングに行っちゃったんですよ」千尋はフラれた。いや、ジムの全員がフラれた(笑)リクは、トレーナーになってくれた棚女木と、充実した表情で走っている。抜けるような笑顔。リクの人生における、次の目標が見つかったのだ。
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