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相米慎二「ラブホテル」

シネロマン池袋で、相米慎二「ラブホテル」 脚本は石井隆。

村木哲郎(寺田農)が、自殺する直前にラブホテルで会ったホテトル嬢の夕美(速水典子)は、命を救ってくれた天使。でも、夕美だった過去を清算したい土屋名美は、村木の手によって不倫に汚れた堕天使から、ようやく天使に戻る寸前、村木が名美の目の前から姿を消してしまった。後に残される、舞い散る花びらに人生の無常を思う、邦画史上屈指の名作。

サグラダファミリアのようにw観るたびに感想を大幅に追記、修正し続けております(笑)約1年前に横浜のシネマノヴェチェントでフィルム上映で観て、今回は池袋のシネロマンで成人映画3本立ての1本として観た。観た後の感想は私の頭の中でどんどん揺れ動いていく。観客の想像力を掻き立てることこそが、本物の傑作なのです。

本作は言わずと知れたロマンポルノ史上最高傑作で、何度も観てるのに、2020年にはシネマノヴェチェントさんで、即ち横浜の地で、「フィルム上映だよ!」となれば、もう行かずにおれず、またしても鑑賞してしまった(^^;スクリーンに穴が開くほど観てる気もするが(笑)全てのシーンがハイライトとしか言いようがない珠玉の逸品なんです。

で、そして2021年になり今度はシネロマン池袋さん、もう何度も観てるのに、上映してたらやっぱり何回でも観てしまうwこれはロマンポルノ屈指の名作ということですよ!名作「ラブホテル」とて、元々はにっかつの制作公開による成人館3本立てプログラムピクチャーの中の1本。成人館で観るのが正しい見方かも。

本作はもんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」山口百恵「夜へ」の挿入曲2曲が非常に印象的だが、それよりも隠し味として、村木の妻(志水季里子)が口ずさむ童謡「赤い靴」そう、これはシネマノヴェチェントさんがある、しかも私が住んでいる横浜の、まさにご当地映画なのです!

ロマンポルノとしては異例の長尺で、実に88分もある。製作はディレクターズカンパニー、最初から別枠の作品だったのだと思う。たった90分尺の間に、万華鏡のように様々な見え方をする緻密でずっしりとエピソードが詰まった物語を綴っている。この尺でもう十分、最高の映画が作ることができる。

まず、シネロマン池袋さんで再見した際の、私の強い思い入れ、観れば観るほどに、こう思う。これは村木と名美の物語ではない、ほぼ名美の物語ではないのか?ロマンポルノとは、男目線のエロを描いたジャンル映画だが、この作品は違う。ヒロインの目線から描き、ヒロインの少女のような脆くて儚い、揺れ動く乙女心を男たちに魅せて恋心を抱かせる話である。

80年代のエロ漫画、エロ小説、黎明期のAVには「堕天使」という言葉が溢れていた。サブカルのど真ん中にあったエロの制作者に高い知性があった時代。堕天使とは、高慢なため、嫉妬のため、あるいは自らの意志で堕落していく天使。堕ちてなお清らかな女性にエロスを求めたのだ。

21世紀に入り、堕天使などという言葉は死語になった。天使は気まぐれに身体を売り、風俗嬢でバイトし、あっけらかんと生きる。それが男女の性に差別がない社会と言ってしまえばそれまでだが、本来、性を売ることは背徳感を伴うもので、女性を神格化するからこその堕天使だ。

感想が長くなってしまうが、まずは「堕天使・名美」が天使になるまでの物語から書き始めたい。これは私の思い入れが込められた空想の物語であり、映画の内容そのものではありません。

名美はデザイナーを志していた女子大生だったが、金に困りホテトル嬢のバイトをした。生活のため、就職のため、夢を叶えるためとは言え、風俗に堕ちたことは名美にとって事実。源氏名だった夕美時代の記憶は、彼女が過去を清算して未来に向かって進むために、どうしても消し去りたいものだった。

でも、一度きりしか相手をせず、しかもバイブ責めさせているうちに失神、セックスしていなかった中年男性の村木と、運命の再会をしてしまう。村木は「君は天使だ」と言うが、名美にはその実感は全くない「私が忘れたい、忌まわしい過去をほじくり返す存在」としか認識しない。

名美は夢が叶い、有名デザイナーのアシスタントとなり、その彼と不倫している。彼女は堕天使だったホテトル時代の夕美を記憶から消し去り、デザイナー見習いの土屋名美として遅れてやって来た青春を謳歌していた。ところが、自分を天使に思ってくれた村木が自分を堕天使に戻す。

タクシー運転手になった村木は偶然、名美を客として乗せ、カーラジオから山口百恵「夜へ」が流れ出す。名美は横浜のふ頭に身を投げるつもりでタクシーに乗った。いや、不倫の証拠として探し出さねばならない星のイヤリングがもし見つかれば、身投げを思い止まったかもしれない。

村木は、名美を夕美と同一人物と気づいた「君は天使だ、私が自殺を思いとどまったお礼がしたい」と言うが、名美は「私が天使なわけ、無いじゃないw」でも、名美は気になって村木のタクシーを呼び、一緒に横浜のふ頭にイヤリングを探しに行く。村木の手には一枚のLPレコード。

もんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」が流れる中、村木は「夜へ」が収録されたレコードを名美にプレゼント、2年前に出版社を潰し、借金取りに追われ、絶望の中で妻しか知らない自分が人生の最後の思い出に、ホテトルで妻以外の女性を抱いてみたいと思ったことを告げる。

村木との関係性がまだ自覚できない名美は、デザイナーとの不倫が奥さんにバレて、深く心が傷つく中で、自宅で初めて村木からプレゼントされたレコードに針を落とし「夜へ」を聴く。彼女は自分が一度は村木の天使になったこと、でも今は再び自分が堕天使に堕ちたことを実感した。

名美は土砂降りの雨の中、捨て猫みたいに村木を待つ。村木に、初めて会ったあの時のように抱いてもらおうと、二人を初めからやり直そうと、夕美の時に着ていた黄色いセーターとグレーのスカートで村木に会う。名美は雨に打たれ風邪気味で、薬を飲まなければならない。名美は村木に「飲ませて!」

名美は、村木が絶対に自分にキスしてくれる、そうすれば天使に戻ることができる、と確信して、ずっと目をつぶって村木の唇を待つ。村木は妻以外の女性とこれ以上過ちを犯してはならじ!と逡巡するが、名美の決死の覚悟に、唇を重ね、そのまま二人は抱き合い、身体を求め合った。

名美は、夕美として初めて村木と出会った時のように、両手を縄で縛って自分を虐めて欲しかった。堕天使だった私は悪い女。罰を受けることで天使に返ることができる。私のことを天使だと言ってくれた村木さんなら、堕天使の私を天使にできる。信じていたのに村木に拒絶された。

絶望した名美は、「私はまだ、夕美のままなんじゃないか?村木さんに名美にしてもらって、今度こそ本物の天使になろう!」と心に決めた。名美が村木にお願いしたこと、それはデザイナーの妻が興信所調査した「私の夕美時代」をこの世から抹殺してもらうこと。これで私は天使に戻る。

村木は、決死の覚悟でデザイナー宅を刃物で襲い「名美が夕美だった過去」調査結果を取り戻し、この世から抹殺した。村木はこうして夕美への贖罪を終え、初めて名美を抱く気になった「あの時のラブホテルで午後10時」名美が黄色いセーターとグレーのスカートで部屋に入ると、村木もあの時のままだった。

名美は、村木に抱かれながら「私は夕美なんかじゃない、名美って呼んで!」村木は「名美、名美」と何度も呼び、二人は何度も絶頂に達した。名美は村木のお陰で本物の天使になった。でも、お礼をしに食材を買って村木の部屋を訪れると、すでに村木の姿は消えてしまっていた。

名美は、肩を落として村木の部屋を出て、階段を登る途中、知らない女性とすれ違う。その女性は村木の部屋に向かっている「あれ、奥さんかな?」名美は村木を失って初めて、村木の妻を見た。名美は本当に天使になれたのだろうか?「赤いアンブレラ」が流れる中、はしゃぐ子供たちの階段に舞い散る花びらは、二度と逢えない村木に見えた。

さて、ここから先は、2020年にシネマノヴェチェントさんで観た感想です。同じ作品を、同じ観客が、たった1年の間に2回観て、こうも感想が変わって来る。これ即ち「観客に解釈を委ねている」名画は説明が少ない。言葉を過剰に使用しない。観る者の想像を刺激する。だから名作なのである。

ロマンポルノにおいて多作された、石井隆「天使のはらわた」シリーズ、村木と名美のすれ違いの悲恋譚の中でも最高傑作と誉れ高いロマンチックなポルノ映画だが、洒落た画作りや劇伴から大人のラブストーリーものなどとは勘違いしてはいけない。自殺を考える中年男性と若い女性が不幸にもドラマチックな出会いを重ね、破滅に向かっていく、まさに死と隣り合わせの悲しい恋物語。

相米監督は出演者を相当追い詰めたはず。中川梨絵のキレ芸は兎に角(ビートたけしの物真似「何だバカヤロウ」とかw)寺田農が証拠写真を取り返しに行く所とか、速水典子が愛人にフラれて自宅で大暴れする所、下着を脱いで寺田に全裸を晒す瞬間等、顔がアブナイ人にしか見えないw

洒落た劇伴、それは山口百恵の隠れた名曲「夜へ」と、もんた&ブラザーズが「ダンシングオールナイト」の大ヒット直後、自分たちのあるべき場所を主張するかのように歌った本作の主題歌「赤いアンブレラ」である。2曲とも、物語の核となる部分で2回ずつ使用され、その場面だけ、滑稽なまでに残酷で悲しい運命をたどる男女の物語に、光を照らすのである。

本作は濡れ場が非常に少なく90分で4回、ロマンポルノでは通常はNG。速水典子×益富信孝戦と、速水典子×寺田農戦。前者はセックス後も全裸で部屋を動き回ったり、後者は二回戦までする。部屋をナメて撮ったり長回しを徹底、濡れ場が少ないことの目くらまししてるとしか思えないw

愛妻家で女房しか知らなかったのに、自殺する前に人生でたった一度のホテトル遊びをしてしまった男、真面目な女子大生だったのに学費を工面するためにたった一度だけホテトル嬢をしてしまった女。

男は自殺を思いとどまりタクシー運転手に、女は会社を辞めデザイナーの愛人になった。男は村木哲郎、女は土屋名美。出会いからやり直そうとラブホテルに入り、これが二人にとって最初で最後の夜となる。

寺田農が演じる村木哲郎は、出版社を倒産させ多額の借金をこしらえ「妻を債権者にはできない」と離婚、葬式に出席するような死に装束でベッドに仰向けで寝ていると、サングラスに「love hotel」と筆記体で書かれた電飾が反射、部屋に風神雷神の不気味なイラスト、ここホントにラブホかよw

速水典子演じる土屋名美は、大企業のOL時代、興味本位で一度だけホテトル嬢を経験。源氏名は夕美。これを写真に撮られ見知らぬ男から口説かれる毎日。会社に居ずらくなり退職。ブティックに再就職するも経営者の愛人となり自分が部屋を予約し部屋代を払って彼に抱かれる、破滅型としかいいようの無いダメな女。

ロケ地として選ばれた村木の潜伏?するアパート。少し地面が低い所にあり(←家賃が安いことが多い)メイン道路からは百段、歩いて30秒ほどかかる。そしてアパートは2階の部屋。アパートから階段の様子は良く見えるが、階段からでもアパートの前の状況は、すぐには分からない。

村木と名美が二人で腰をかがめて名美の大事なイヤリングを探す名場面。横浜の埠頭で、一見どこにもありそうなロケーション。でも、大黒埠頭や本牧埠頭など、関係者以外が入れる埠頭でも、若い女性が中年男性とそこでデートした場所、となると、どこのイメージだったんだろうw

2年前にホテトル嬢の夕美と出会った村木は、彼女に生きる勇気をもらい自殺を思いとどまった。そして2年後、タクシーを流している途中、村木は街中で偶然、夕美を見かける。タクシーで行先を探ると夕美の方から「横浜に行って」ここでカーラジオから流れる山口百恵の「夜へ」

この時、夕美が「いい曲ね」と言ったことを村木は忘れていなかった。夕美は横浜港の突堤で降りると、必死で何かを探し始める。靴が揃えておいてあったため、村木は彼女が自殺するものと勘違いし抱き着く。必死で抵抗する夕美。彼女はホテトル嬢だった過去を脅されて生きてきた。

夕美が村木の勤務先を突き止め、電話してくる。行先は横浜港の突堤だ。探し物は、イヤリングだった。これは愛人との浮気の証拠になってしまうのだ。村木の手には新星堂のビニール袋。目を止めた夕美は「これ、何?」村木は、夕美が「いい曲ね」と言った「夜へ」を探し出した。

横浜港の突堤で二人してイアリングを探す村木と夕美の姿に重ねるように「赤いアンブレラ」が流れ出す。村木は夕美に「あんたは天使だ!」と言う。これは肉体など求めない、命の恩人に対する崇高な愛情だった。夕美は村木の言葉を、自分に対する男女間の愛情と勘違いしてしまう。

夕美の浮気は愛人の妻(中川梨絵)の知る所となる。罵詈雑言を浴びせられショックを受けた夕美は、帰宅するとワインの瓶を叩き割った後、正気に戻りレコードプレーヤーに針を落とす。「夜へ」が流れ出す。夕美は愛人に電話。切られた後も「私、恋人ができたの」と話し続ける。

夕美は土砂降りの雨の中、村木のアパートに向かう。ドアの前でぐったりした夕美に風邪薬を飲ませ介抱すると、彼女は言う「あの時と同じ、黄色いセーターよ」二人は結ばれかけるが、村木は「違う、そんなんじゃない」村木にとって夕美は天使であり、肉体を欲する対象ではない。

村木の妻(志水季里子)は借金のカタにヤクザにレイプされた後、村木に離婚された。でも一途に村木のことを愛している。ところが、季里子は見つけてしまった、村木の部屋に女性の長い髪の毛を。弁当と花瓶の花を机に置き、静かに村木の部屋を去って行く季里子。全てが詰んだ。

夕美は村木との関係を、もう一度出会いからやり直したかった。あの日出会った同じラブホテルで、同じ黄色いセーターを着て村木に会う。村木は「もう二度と、夕美には会わない」と決心し、彼女を抱く。夕美は村木に抱かれながら「村木さん!私の名前は名美っていうのよ!」

名美は「明日も会いたい。ご馳走作るから」でも村木は「来週なら」名美は食材を買って村木のアパートを訪れたが、もぬけの殻だった。階段を村木の妻季里子が降りて来る。すれ違う二人は全く見ず知らずだったが、瞬時に村木との関係を悟る。ここで「赤いアンブレラ」が流れる。

季里子は手桶に死者に手向ける花を入れて階段を下りて来る。逆に、名美は食材を手に持ち階段を登る。季里子が不意に「赤い靴」を口ずさみ始める♬赤い靴 履いてた 女の子 異人さんに連れられて行っちゃった 横浜の 埠頭から 船に乗って 異人さんに連れられて行っちゃった♬

村木と名美の「本当の出会い」は村木が失踪する直前のたった数時間であり、村木の妻と名美は最後まで出会ってさえいない。村木と名美を結びつけたのは名美がイヤリングを落としたと思い込んでいた横浜の埠頭。村木の妻は、その顛末を知ってか知らずか「赤い靴」を口ずさむのだ。

結局、村木と名美は、88分尺の作品中で、たったの6回しか会わない。でもそれで十分なのは、相米監督が長回しだからw、ではないw1回1回の出会いにおける心理描写の密度が濃すぎるほどに濃い。

1回目と2回目はお互いに自殺から助け合い、6回目の出会いは心中未遂である。そして7回目の出会いは村木の死によって叶わずに終わる。私は、村木の最後の死は、妻が首を絞めて安楽死させたのではないかと思っている。

村木の名美の最初の出会い。それはラブホテル。村木は黒いスーツに黒いネクタイ、黒サングラス、死に装束である。なぜなら、小さな出版社を潰して1千万円の借金を背負い、利子の代わりに妻(志水季里子)をヤクザに犯された彼には、もう自殺以外の選択肢は残っていない。

そんな村木の前に現れる可愛らしい黄色のセーター(#^^#)を着たホテトル嬢の夕美(土屋名美がホテトル勤めしていたときの源氏名)村木は夕美に10万円を気前よく渡すと「目を閉じてごらん、プレゼントがあるから」夕美の両手に手錠をかけ、黒のアタッシュケースからバイブを取り出し、夕美の股間を責める。両手と首をひもで縛られたまま、悶絶する夕美の性欲の激しさに、村木は自殺を思いとどまり、部屋を出た。

そして2年後、村木と夕美の2度目の出会いは思わぬ形でやって来る。ヤクザから身を隠し妻とも別れてタクシー運転手で生計を立てている村木は、町中で夕美を見かける。そのまま歩く夕美の後をつけ、タクシーで待ち伏せ。通りがかった同僚の佐藤浩市にが「ダメですよ、私用に使っちゃ」www

村木はひたすら、ワンルームマンションから出て来る名美を待つ。電柱の表示を見ると「本麻布」高級マンションじゃねーかw(←ひょっとして名美は一度きりでなく、デリヘル嬢をずっと続けていたのではないか)

村木が待ち続けているすると、夕美の方からタクシーに乗車してくる。「横浜まで行って」ここは浜松町だ。驚く村木だったが、横浜へタクシーを走らせる。劇伴に山口百恵「夜へ」がカーステレオから流れる。まるで夕美がこれから自殺に向かう葬送曲のように美しく不気味に流れる。夕美が「いい曲ね、これ、何て曲?」と聞くが村木は知らない。

そして横浜に着き、村木は夕美を岸壁で降ろす。彼女は去り際「海底の楽園へ戻るの」悪い予感がした村木が戻ってみると、突堤に夕美の靴が揃えて置いてある。「やめろ!」と慌てて止める村木。夕美は海へ飛び込み自殺しようとしていたのだ。村木は「あのとき、私は客だったんだ。あんた、夕美っていうんだろ」でも夕美は「私、あなたなんか知らないわよ」とタクシーを降りて帰っていく。

夕美の部屋にはいたずら電話が頻繁にかかって来る。女子大生のとき、学費の足しにほんの一度だけ経験したホテトル。そのときに写真を撮られ、ヤクザに脅されていた彼女は、せっかく就職した一流企業のOLも辞めざるを得なかった。そして彼女はタレントの衣装を用意するプロダクションに雇ってもらい、社長(益富信孝)の愛人をしている。

村木と夕美の3回目の出会いも偶然だった。街角を歩く夕美をみかけた村木は、客が乗っているのに強引におろし、夕美を乗せる。その目的は、果たせなかったお礼をすることだった。彼は2年前に自殺を踏みとどまらせてくれた夕美に感謝していた。

村木は夕美に身の上を告白する「私は小さな出版社を潰し、1千万円の借金を背負ってヤクザの取り立てに追われている」夕美が「奥さんは?」と聞くと「もう別れてしまった」そして「君が私を自殺から救ってくれた」「君は天使だ」という村木の言葉。それは夕美の心の中に、いつまでも大事に残る。

夕美は上司の益富のため、シティホテルのシングルルームを予約して、残業する益富を待つ。そして抱かれるのだ。セックスマイスターの益富のセックスは上手い。ボカシがかかりまくりだが、裏に表に横に斜めに夕美をFUCKし続け、彼女はもう、益富にメロメロなのだ。でも益富は妻帯者。妻(中川梨絵)は浮気を疑い、夕美の動向を探っていた。

村木と夕美の4回目の出会い、それは初めて夕美からのアプローチだった。タクシー会社と村木の名前から身元が分かり、タクシーを呼んだのだ。行き先は、二人が2回目に会い、夕美が自殺未遂を起こした横浜港の突堤。

夕美には大事な探し物があった。星の形をしたイアリング。落とした場所によっては益富との不倫がばれてしまう。必死で探す2人の姿に重ねて、もんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」が流れる。二人の心の中に嬉し涙のシャワーがかかっているようだ。夕美は「もう探すのなんか、やめた」「おじさん、お礼してくれるんでしょ、じゃあ、お家につれてってよ」

村木と夕美が仲良くアパート前の急坂階段を降り、アパートの前に来ると、袋に入った衣類が置いてある「冬物も出しておいてね」これ、既婚者じゃないと分からないやり取りなのですが、夫婦間の「あるある」会話です。と同時に、敏感な若い女性には「この人、奥さんと別れてないんじゃないの?」と疑るに十分なサインな訳です。そして夕美は村木のアパートには入らず帰った。

ここから夕美に辛い現実が待ち受けている。益富との不倫は興信所を使った妻・梨絵により調べ上げられ、職場に乗り込んできた梨絵はヒステリックになり夕美に「あんたなんか若いだけじゃないの。女性はみんな歳をとるの。夫はあなたとは遊びなのよ。この泥棒猫が」と言葉責めし続ける。そしてそのまま夕美は会社をクビになってしまう。夕美八方塞がりの状態だ。

早朝、ヤクザに居場所を悟られないように村木のアパートを訪ねる妻の季里子。彼女は離婚しても村木のことが好きなのである。村木は、借金の迷惑が及ばないように離婚したんだし、迷惑かけちゃ悪い、というのだが、季里子は部屋を掃除したり、料理を作ったり、来ることができる限り世話を焼く。

村木と夕美の5回目の出会いも、夕美からだった。一人で部屋に居ても、朝日新聞の集金にイラつきワインの瓶を壁にぶつけてしまう。部屋でかけたレコードは、村木からプレゼントされたLPに入っている、山口百恵「夜へ」この曲を聴きながら、夕美の脳裏に、横浜港の突堤で村木に助けてもらった思い出が蘇る。

思い立った夕美は、村木に慰めてもらおうと土砂降りの雨の中、アパートの前で待つ。村木はびっくりするが、夕美の服がびしょびしょに濡れているので、服を着替えさせ、風邪薬を飲ませる。村木の手のひらに置いた風邪薬をペロッと舐める夕美はエロい。「口移しで飲ませて」水を含んだ村木は夕美にキスしながら水を流し込む。

夕美はてっきり、村木が自分を抱いてくれるものだと信じていた。でも村木は「違うんだ。そんなんじゃ、無いんだ!」と頭を抱える。苛立った夕美は、村木に「あの日、あんたとあんなことしなければ、私は、今でも!今でも!」「益富の奥さんが興信所使って調べた写真とか、奪いに行ってよ!」と叫び、急に我に返る。

夕美は「まだ村木さんにお礼して貰ってなかった。じゃあ、ベルトで手首を縛って、私を犯す続きをしてよ。そのためにあのときの黄色いセーターを着てきたのよ」でも村木は「ごめん、できない」の一点張り、夕美は「私たち、最初から違うところで出会っていれば、もっとうまくいってたのかもしれない」と呟きながら、がっかりして村木の部屋を出て行く。

村木の部屋に季里子がやって来る。「借金取りに見つかってもいいじゃない。二人で一緒に働いて返せれば」しかし季里子は、部屋の中に夕美の長い髪の毛をみつけてしまう。村木に文句を言うと、逆に殴り返される。その瞬間、季里子は、死者を弔うレンゲソウを瓶に生けてテーブルの上に置き、部屋を出た。

覚悟を決めた村木は、ジャンパーをすっぽり被って、益富信孝&中川梨絵夫婦宅を訪れる。手にはナイフを持っている。「興信所の方?」と応対に出た梨絵に「土屋名美がホテトル嬢だった証拠写真を全て出せ!」益富も助けに出て来るが、もはや狂気の表情の村木になすすべがない。

梨絵が興信所の調査した資料を渡すと、村木は「えっこれだけ?」と意外な表情。たったこれっぽちの紙きれで夕美は追い詰めれていたのか、と思うと、どっと疲労感がにじみ出る。そして、オルゴールから「エリーゼのために」が流れ出し、村木が夕美のために行った決戦は完了した。

村木と夕美、いや、本名の名美が出会った最後の6回目。夕美はすることもなく、自室で全裸で寝ている。自分にとって天使だった夕美に恩返しするとい落とし前を付けることができた村木は、もう死んでもいいと思った。そして2年前と同じ状況に戻り、夕美に最高のプレゼントをして最後の夜を迎えようと思う。

村木が夕美に電話する「明日、私は初めて会ったホテルに10時頃いる。来ないか」そして2年前と同じラブホテル。村木が黒いスーツ、黒いネクタイで出迎え、夕美も黒いコートを羽織っている。まるで心中するカップルの衣装だ。でも、夕美がコートを脱ぐと、初めて会った時の黄色いセーターとグレーのスカート。

あの時と同じように村木は夕美に「裸になれ」と命じると、全裸の夕美に「手を出せ」そして両手を握りしめると「今日は、あのときのようにはしない」いきなり熱く夕美を抱擁する。あまりの嬉しさに、積極的に村木に抱き着く夕美。村木は全裸の夕美を押し倒してFUCK。

村木と夕美が初めて結ばれる感動の瞬間。村木に正常位で激しく突かれながら、夕美が叫ぶ「私の名前は名美、名美っていうのよ」村木は「名美!名美!」と何度もしっかり確かめるように抱きしめるのだ。コトが済み、「love hotel」の電飾と風神雷神をナメるように撮る、長回しが不気味だ。

名美は「明日、私もご馳走してあげる。明日、会いたいの」村木は「明日は仕事」名美は「じゃあ、明後日は?」しばらく沈黙した後、村木は「来週なら」ここで名美は風邪薬の飲み過ぎで眠り込んでしまう。そっと一人だけ抜け出す村木。向かう先は、もう自宅アパート以外にはないであろう。

遅れて目が覚めた名美は、食材を買い込んで村木のアパートを訪ねる。誰もいない。肩を落としてアパート前の急坂の階段を上る。反対側から黒いドレスを来た季里子がレンゲソウの鉢植えを持って降りて来る。初対面、でも相手が誰なのか瞬時に理解しつつ、そのまま二度と会わないように別れていく二人。

季里子とレンゲソウの上に季節外れの桜が散り、BGMにもんた&ブラザーズ「赤いアンブレラ」この桜の花びらのシャワーは、まるで散ってしまった夫の生命を象徴するようだ。季里子が童謡「赤い靴」を口ずさむ。階段の踊り場では子供たちが笑ってふざけている。村木と名美には7回目の出会いは永遠に訪れない。

この作品は一度は自殺を考えた村木がなぜ生き続けようと一度は思ったか、そして名美と結ばれ幸せを掴んだと思った直後になぜ命を落としたか、ここは完全に想像の世界に任される部分だ。村木が生き続けようと思った理由、それは村木が名美(夕美)に恋してしまったからだ。そして命を落とした理由、それは愛す妻への贖罪とけじめのため、妻に安楽死させてもらったのではないか、その証がレンゲソウではないか、と私は考える。

村木の妻が持っていたレンゲソウの花言葉は「あなたといると心が和らぐ」つまりあなたは居なくなって(死んで?)しまったけど、レンゲソウを備えてあれば穏やかな気持ちでいられる、と彼女の心を解釈した。アパートを出て別の場所で暮らしている可能性も残しつつ明示はせず、観客に想像させる。

村木にもう一度会いたい名美が「明日は?」これに対し村木は「仕事」名美が「じゃあ、明後日は?」村木は一瞬沈黙し「来週なら」このやり取りの解釈は観る人によって大きく異なるはず。アパートを出てどこに行くのか、その目的は何なのか、名美と会った後、妻に会ったのか、実は妻と暮らしているのか、だとすれば妻が桶に入れて持っている花は何なのか。

昨晩、相米慎二「ラブホテル」を観ながら、小沼勝が「わが人生 わがロマンポルノ」の中で、本来は「映画を志す若者の道しるべ」として書き始めた原稿が、自分の中で「映画とは何か?」という自問自答となり、結局は「充たされぬ夢」という章題で自身の映画に対する想いに繋がっていく論考を思い出した。

彼の207頁「宝物を拾う者」の一節を引用させていただく「あるものを表現する時、シュールとかモダニズム、ファルス等は一つの方法に過ぎないのであって、それ自体が目的ではないはずだ。映画にリアリティは重要である。しかしリアリティは必ずしもリアリズムを母体としない。」

小沼は、リアリティとリアリズムの違いを「この誤解が日本映画界には未だに根強いということは残念だ」と結んでいる。小沼が強調しているのは、虚構(フィクション)を構築することの大切さだ。

本作はリアリティを持った虚構が見事に描かれている。自殺寸前のサラリーマンがやがて自殺寸前になる女子大生とラブホテルで偶然出会う。その後も何度も偶然出会う。決してあり得ない話ではないが、可能性は1億分の1にも満たない。でも観客の前に圧倒的なリアリティを持って語られる。

また、この作品は帰納的に語られる作品である。自殺しようとした女性を助けた中年男性は、自分も自殺しようとしていた時に助けてもらったからとお礼を申し出、そのお礼に出会った時と同じように愛してもらった瞬間、その中年男性は女性の前から消えてしまう。その中年男性には、相思相愛の妻がいた。

私自身が背負った過去の人生経験から、自殺したくて仕方がなかった中年男性は、若い女性と肉体関係で一つになるという想いを遂げて、妻の手を借りて天国へ旅立った、と想像し、劇場を出た。でも、私と異なる人生経験を積んだ人には、その中年男性は、妻と新しい人生をやり直すという姿が見えたのだ。

映画とは非常に奥深いものである。更に言えば小説とはもっと奥深いものである。作家によって構築された虚構の物語の中に自らを投入していくと、天国にも昇れるし、地獄にも落ちる。希望を持って生きる事も、自殺してしまうこともある。私にとって「ラブホテル」とは、映画の中で仮想的に幸せな自殺ができる物語である。

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