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鎌田義孝「ノーウーマン☆ノークライ」

ラピュタ阿佐ヶ谷で、鎌田義孝「ノーウーマン☆ノークライ」(成人映画公開題「あぶない情事 獣のしたたり」) 脚本は臼野朗(=瀬々敬久)。

出所した男(伊藤猛)が金を使い込んだ強盗仲間を殺して情婦(佐々木麻由子)を手に入れるが、リーダーも出所して来て一転のピンチ。不治の病に冒されたガソリンスタンドの少女(鹿島春美)が運命の鍵を握る、荒涼としたロケ地の画の訴求力が抜群のクライムサスペンスピンクの佳品。

鎌田義孝監督はピンク七福神と呼ばれるポストピンク四天王世代の方たちの中で唯一、ピンク映画を観たことが無かった。唯一観られたのがシネマノヴェチェントの菜葉菜特集で観た「YUMENO」実録凶悪殺人事件を題材に厳寒の北海道の情景が印象に残る作品だった。

鎌田監督のピンク映画を観たことがなかったのは、それもそのはずピンク映画を2本しか撮ってない。商業映画としても「YUMENO」を入れて3本のみ。そんな鎌田監督が新作「タスカー」を撮り札幌サツゲキ先行上映の後、2023年早春、ユーロスペース他全国公開ですって!

上映後のミニ舞台挨拶で気が付いたのだが、登場人物は全員死ぬんだよね。モチーフとして「火・水・風・土」プラス万能の白血病女。その白血病女は毛が抜けて坊主になる。ラスト、その女の死体を乗せて伊藤が海へと漕ぎ出すボート。荒涼とした海の情景が美しい。

脚本は臼野朗(うすのろう)瀬々敬久の南極2号に続くw変名で、いかにも瀬々さんのホンだよなあと思う観念的なストーリーで、これ撮るの新人監督にハードル高すぎるだろ(笑)でも、恐らく輪廻転生を描こうとしたホンの意趣までは映画に出来てると思うのだが。

ダブルヒロインの鹿島春美と佐々木麻由子は二人揃って本作がピンク映画デビュー作なのだが、圧倒的に男優部が主役で、現金輸送車襲撃トリオの伊藤猛とその弟分の岡島博徳と兄貴分の澤山雄次とついでにガソリンスタンド店主の飯島大介はともかくw男臭い映画だ。

岡島の情婦が佐々木麻由子で、飯島の娘が鹿島春美。伊藤猛は岡島を殺し麻由子を手に入れ殺伐とした生活に平凡な生活を送りたい本能が芽を出すが、兄貴分の澤山の登場で、今度は澤山が伊藤を殺してとって代わる、それが白血病で死ぬ間際の春美の予言なのである。

岡島が伊藤の運命を変えた風とすれば、火のように燃え始めた伊藤の心を醒めさせる澤山は水。そして殺した岡島を埋め、伊藤をも埋めようとする麻由子は土。万物の象徴である現象を体現する登場人物を超越した万能の存在である鹿島春美はスマイル飴が大好きだ。

春美の実家は刑務所のそばのガソリンスタンドで、出所する男の運命を傍観するだけでなく、一緒に運命を共にしようとした。だから伊藤に殺された岡島の運命を予見していたし、澤山の出所による伊藤の非業の運命も予見できるのだが、伊藤は運命に抗おうとする。

本作は預言者としての春美、セックスの象徴である麻由子を女優部に頂きながら、徹頭徹尾、伊藤猛の映画である。なぜならば、彼の内省的な生と死、暴力と平和についてが延々とつづられ、彼を火とすれば、風も水も土も、更には預言者でさえ、彼の内省の中にある。

観念的に過ぎるので瀬々脚本は瀬々監督本人が撮らなければ本当に描きたいようには描かれないだろう。この作品が素晴らしいのはストーリーテリングよりもクライムサスペンスの緊張感をホンモノにする、徹底的に自然主義リアリズムを貫いた美しすぎる撮影にある。

美しい画と言っても、およそ人間の暖かみのある温もりとは対極にあるような、自然の風景ごと死に直結しているような寒々しい荒涼とした光景が続く。これを映画として成立させているのは他でもない、伊藤猛の存在感だ、彼がスクリーンに立つだけで、画になる。

ホンを書いた瀬々敬久は「臼野朗」とペンネームを名乗った段階で、本作でポピュラーなカードゲーム「うすのろのばか」を始めます宣言!してる。ゲームの参加者は現金輸送車を襲った3人の男と、その3人全てと関りを持つことになる紅一点の女性から成る4人だ。

もう一つ、シュタイナーが提唱した人間の気質の4類型「火(=胆汁質)」「風(=多血質)」「水(=粘着質)」「土(=憂鬱質)」を用いて、登場人物の男たち3人が決して気質じゃなくて火→風→水→土へと変容して最後はドボンする、うすのろのばかになる。

ヒロインの一人で、カードゲーム参加者の佐々木麻由子は、好きな男性のタイプを「シュッとした人」と表現する。これは火、即ちエゴを押し通そうとする行動的な人間。それが麻由子とセックスして風、即ちフットワークが軽くなって、水、即ち安定を求めるようになる。

麻由子はシュッとした男性が好きだから、出所した前科者の火の部分を好んでいるのに、やがて風から水に変容してしまい、つまらない男に成り下がり、麻由子に捨てられ憂鬱質のままゲームオーバー、そんな運命を辿ることを全知全能の白血病の少女は知っている。

3人の男たちは、出所する順番に岡島博徳、伊藤猛、澤山雄次、現金輸送車を襲ったグループの格も順番に上がっていく。刑務所の前に中古車ディーラーがあり、そこで貰えるオマケの飴は、カードゲーム「うすのろのばか」に参加する資格を得た証拠のゲームの駒だ。

岡島、伊藤、澤山は出所するごとにスマイルという名の飴をもらう。それは火→風→水→土に変わって最後はうつ病でドボンしないようにスマイルを忘れずに!という注意書きである(笑)麻由子を含め4人参加者がいるが、飴は3人しかもらえず、一個が足りない。

3人の男たちにとってセクシーで抱きたい麻由子はジョーカー。彼女のためにシュポッと燃えて、風のように金策に駆けまわり、喫茶店主に収まって、最後はうつ病になって新しい男を殺害する。だからシナリオ題と思われる、ノーウーマン、ノークライなのだなあ。

さて、かようにストーリーを解剖してみたんだけど、いかにも瀬々脚本。哲学的で観念的なキャラ設定に、ストーリー展開はカードゲームになぞらえてる。これを瀬々監督本人が撮れば面白くなるかもしれないけど、デビュー仕立ての新人監督に提供するのってどうよ?

瀬々脚本は足し算引き算はスゲエ緻密に計算されていて完璧な一方で、これを映像化しても面白いのかなあ?と疑問を持って当然で、恐らく鎌田監督は荒涼とした情景にシュッとした男を放り込んでサスペンス風味に仕上げる、確信犯的にホンに背いたんではないか?

ゲーム理論とは社会における複数主体が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を数学的なモデルに表したもので、これをピンク映画に応用しようとした野心作だと思う・・・のだが、それなら瀬々監督が自分で撮れよ!と思った。観客に一本筋を通さないとw

瀬々さんの書いたホンは、シリアスな恋愛ドラマにして軽いタッチに仕上げた方が本当は良かったんじゃないか?試写で瀬々さんが激怒したという話も納得の出来栄えなのですが(笑)肝心なのはどこにどう怒ったのかでw監督への事前説明不足じゃないのか?これ。

脚本と演出に大きな溝を感じながら観る65分であったが(笑)明らかに演出の画の力の方が勝っていて、これはこれで瀬々さんも頭に来たんだろうwこういう作品がピンク大賞で入選してしまうような観る側の底の浅さなんかにも瀬々さんは苛立ったと思うんだよね。

で、私にとっては荒涼とした画の観客に対する感情的な訴求力は絶品なるも、どうにもストーリーの座りが悪いというか、伊藤と麻由子が岡島を殺して土に埋めた上から草が生えてる場面とか急に出て来るけど本来はそういう意匠じゃないだろ、ツッコみたくなったりw

ただし、観終わった感想としては、いかにもなピンク映画を観たという充実感はあるよね。もはやエロスなどは1ミリも期待できないというか最初からしなくて良いものだと割り切ってるから、映画として面白いかと言えば十分に面白い、伊藤猛と佐々木麻由子の魅力。

ゲーム理論的に岡島&伊藤&澤山の現金輸送車襲撃トリオ、3人が関係する二人の女、一人はトリオと同じゲーム参加者目線の麻由子、そしてもう一人はゲームを天上界から眺めている春美だ。重層的に物語を構築するのは凄く難しい。映像化のハードルが高すぎる。

ゲームの開始は伊藤が出所した時点から。伊藤は中古車を買い、ガソリンスタンドで全知全能の春美と出会う。春美は「飴持ってない?」と尋ね、持っていなかった伊藤は飴を買いガソリンスタンドに戻り、春美とセックスする。春美は不治の病に冒されていた。

伊藤は春美と一緒に、事件後に一人だけ逮捕されず逃げていた岡島が喫茶店を開業していると知り訪ねるが留守で、そこでは情婦の麻由子が一人で番をしていた。麻由子は伊藤に「シュッとしたもの」を感じ、店内を締めきってセックスし、二人は恋仲になった。

岡島は既にシュッとした人ではなくなっていて、風のように金策に駆けずり回り、伊藤に借金の一部を返す。でも麻由子は不満なのだ「岡島はもう、シュッとしていない」伊藤は岡島を襲い撲殺して麻由子と土に埋めた。伊藤は代替わりで喫茶店主の座に収まった。

伊藤が麻由子と喫茶店を経営し、すっかりシュッとしない男になった時、三人目の男として澤山が出所してきた。彼は伊藤より目上のボス格で、一度は伊藤の目の前から消えた春美を伴っていた。不治の病で毛が抜けたはずの春美、なぜ彼女は銀髪でイケてるの?

伊藤は春美と再会し海へ行った。車の中で春美は息絶え、銀髪はカツラで既に頭は禿げあがっていた。伊藤は全知全能神だった春美の死を前に思う「俺は自分の運命を変えてやる!」やがて土のようにうつ病になって澤山を殺し逮捕される自分の末路を変えたかった。

澤山は伊藤に「俺を殺すのか?そしたら今度はもっと罪が重くなんぞ」と挑発していた。伊藤は春美が死体に巻いていた鎖を手に風呂場でイチャイチャする麻由子と澤山を急襲!運命だった澤山殺しだけでなく、麻由子も殺しゲームオーバーにして強引に運命を変えた。

伊藤は澤山と麻由子の息の根を止め岡島と合わせてゲーム参加者を自分以外皆殺し終えると、春美の冷たくなった遺体を抱きしめるのである。そして寝袋に詰めボートに乗せて、真冬の太平洋の荒波に向けて漕ぎ出す。画面は揺れ、伊藤の末路はもはや、ゲームコントロール不能。

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