見出し画像

佐野和宏「ドライフラワー」

阿佐ヶ谷ネオ書房で、佐野和宏「ドライフラワー」

1986年に佐野監督が自主製作した、8mm撮りなのに110分の長編!駆け出しのイラストレーター佐野和宏は、小水一男がマスターをつとめるバー「LOUIS」で客の圭子(富田光子)と知り合い交際を始めるが、彼女の過去の男関係に悩む。なかなか自分の殻を破れなかった佐野は、人生の先輩・小水の助言と「にんげんっていいな」を胸に公園でミミズのように這いつくばり、駆け出すようにおうちに帰って圭子と結ばれる感動のラストへ、キラキラした青春ドラマの佳作。

映画のフィルム、ましてや8mmともなると、いつまでも観られるものではありません。寿命が来て、儚く消えていくもの。そんな感慨を込めて描いた「私だけのドライフラワー」です。まず、感想を書く前に、福間健二著「ピンク・ヌーヴェルヴァーグ」を読み返す。その中には、聞き手福間健二、協力切通理作で、ピンク四天王インタビューがあって、佐野和宏の項で「ミミズのうた」「ドライフラワー」についてかなり詳しく触れられていて、改めて興味深く読んだ。

佐野さんは1956年の生まれで、切通さんは1964年の生まれ。私は1966年なので、どちらかといえば切通さんの世代に近い。作中にバーのマスターで重要な役割を演じる小水一男さんは1946年生まれだから、この辺りは世代間で生きている時代の皮膚感覚が全然違うような気がする。

作品のモチーフは、明確に「にんげんっていいな!」である(笑)小水一男は、女にフラれ自棄酒を飲む佐野に「世の中が変わった訳じゃない。自分が変わったんだ。だから、世の中を変えたいなら、自分が変わればいいってことじゃないかな」と優しく語り掛ける、苦労を刻んだ人生の先駆者。

「ピンクヌーヴェルバーグ」の中で佐野は「アジ演説みたいな映画は好きじゃない。俺はお客さんとスクリーンを通して会話したい」と話しているが、この作品では佐野を始めとする登場人物全員がそんな感じ、ピンク映画の様に濡れ場に遮断されることなく、丁寧な会話が続く。

佐野作品の特徴はロマンチシズムだと思うんだけど、時々感傷的に過ぎる雰囲気になってくると佐野がバイト先の居酒屋でマグロのぶつ切りを包丁で裁いている最中に、誤って自分の手首を切り落としてしまう(笑)夢を見て( ゚Д゚)と目が覚める。これで観客もハッと目が覚めるw

基本的には佐野が演じる無口で不器用でナイーブな青年と、圭子という19歳で妊娠して男に捨てられて中絶費だけもらった過去を持つ女との、それこそナイーブすぎる恋愛譚が軸になるも、その脇を固める中山君こと上田真(←この作品で初めて見た)と小水一男、二人が人生の教訓を佐野に教えていくのが良い。

上田が演じる中山は、神戸から上京した大学の七回生。父親は土建屋で市議にも立候補、仕事に没頭して奥さんをほったらかし、浮気されてしまう。とばっちりを受けたのは幼少期の上田で、母親の浮気現場をばったり見てしまう。彼は大人になっても人生の目的が定まらず、競馬と洋ピン鑑賞に明け暮れる日々w

本作でサービスカット的に何度も登場する洋ピン(←ブロンドの女優は多分、あの人だと思うw)コレクター中山の熱意は相当なものでw佐野も仲良く一緒に見せてもらう。中山は競馬にも凝っていて、終いには「自分には人生を賭けるのは競馬しかない!」と主客転倒してしまうw

マスターの小水は佐野に輪をかけた無口な男で、結局は中山だけが道化師のようにずっと喋り続けるのだがw小水がバーのカウンター越しにボソボソと語る一言に重みがある。これは若い佐野にはまだ身についていないもので、言われるたびにハッとしてその後の人生の指針にする佐野は素直な男。

タイトルにある「ドライフラワー」とは、佐野が人生の門出に記念品として贈られた薔薇の花をバーで「あげるよ」と知り合ったばかりの光子に渡し、それはドライフラワーに変わり、光子が他の男に抱かれた証にもなってしまうが、最後は劇的に熱く結ばれる佐野&光子の愛の証となって光り輝く。

はっきりと自信はないのだが、小水のバーで、佐野と別れ一人自棄酒を飲む圭子をナンパする男が高橋伴明?(←後から、佐野監督ご本人に教えていただきニセ伴明と判明w)彼は圭子と一発ヤリ「部屋に熊のぬいぐるみとドライフラワーがあったよ」これを聞いた佐野がニセ伴明の胸倉を掴み「この野郎」小水が「まあまあ」となだめる場面はド迫力!

佐野が圭子のことを忘れられず、公園に行って土を夢中になって彫り、顔中泥だらけになって熊のぬいぐるみを取り出すシーンは泣ける!その後、アパートに戻った佐野の目の前、廊下がカットが変わるごとにどんどん大きくなり、ついに圭子が現れ、胸に飛び込む場面には号泣!

印象的なカットが多く、絵コンテがそのまま実写になり、シャシンが重なって映画になった、これを8mmで撮るのって、やっぱりスゴイことですよ。しかも110分の物語が男女の恋愛だけでなく、生きることの意味とか目的とか挫折とか、かなり深いところまで掘り下げられている。

佐野が中山の家で洋ピンを観ていると、圭子が訪ねて来て佐野はびっくり(笑)でも、悶々とした佐野の性欲は収まらず、その日出会ったばかりの五月マリアと一発やっちゃうwマリアの「私、そんな女じゃないのよ」が可笑しいw用意したコンドームには「漣」と書いてある(笑)

佐野が中山の家に向かうとき、必ず急な階段の坂道を上る。この坂道を上る、降りる佐野と圭子の姿を横から捉えたカットが何度も登場し、この坂道の登場で「ああ、佐野はまた洋ピンを見に行くんだな」と思う(笑)ということは、圭子が坂道を上ると佐野はピンチに陥るのであるw

中山の家で大量のビールを前に、圭子の提案で「告白、ターイム!」佐野は圭子が大好きだが、中山が「俺は母親の浮気現場を見てしまった」過去を話し、影響された圭子までが「私は19歳で妊娠して、相手の男は別の女と結婚すると言って、中絶費を渡した」話を聞いてしまって佐野は大ショック!

中山は神戸に帰る前に、「最後の大勝負!」とばかりに、東京モノレール大井競馬場前駅に降り立ち、9レースまでボロボロに負けて、最後のレースで何か不正?を試みて、結果的に一山当てて、大金(20万円くらい?)持って小水のバーを訪れ「これまでのツケを払いに来たんや」

でも佐野と中山のツケは5万円しかなくて(笑)小水は「こんな大金、受け取れないよ」ここで中山がこれまでのカッコ悪さを全部帳消しにするような超男前の一言「残りの金で、佐野に酒を飲ませてやってや」中山は人生を競馬に賭け、それにすら勝負することができぬまま、結局は佐野に後を託した。

さて、この作品は1986年に制作された後、PFFに出品され、その後に自主上映会で最後に上映されたのが2000年頃と聞いた。もう20年もずっと、お蔵入りしていた貴重な作品。フィルムはいつか朽ち果ててしまうもの、デジタルのように保存できないもの。その儚さを念頭に、「自分はこう思ったよ、ドライフラワー」を書きたい。

当然、実際のシナリオとは全然違う、浜村淳仕様になっていると思います(笑)配役についてだけは、非常に大事なことなので、主人公が伊藤淳一(26)=佐野和宏、中山厚夫(26)=上田真、坂口圭子(24)=富田光子、そしてバー「LOUIS」のマスター=小水一男の4人がメインキャストと記しておきます。

なお、顔と名前が皆さん一致する2人は「佐野」「小水」一致しない二人は「中山」「圭子」と呼称し、まるでシャシンのように構図の美しい物語を、物語というよりエピソードの積み重ねのような形で、もう一度、思い浮かべてみたい。

冒頭、佐野は女にフラれ、小水が経営するバー「LOUIS」(←ロケ地は高円寺仲通りに今もある「唐変木」)に飲みに来た。気の利いたジャズを流すこの店は、佐野の大のお気に入りで、無二の親友の中山もカウンターに座っている。ルイアームストロングが流れる店内。

一人喋り続ける中山は「フラれて良かったじゃないか」店で本を読んでいた圭子に声をかけ「一緒に飲みませんか」そして、佐野、中山、小水、圭子と4人揃ったところで「人生の門出に乾杯!」でも佐野は照れくさくて仕方がない。好きな女性に渡せなかった薔薇の花束は、中山に促されるまま、ぶっきらぼうに圭子に渡した。

佐野は大学を中退したイラストレーターで、中山は大学の七回生。佐野は苦学生で居酒屋でバイトしているが、中山は実家が裕福でモラトリアムの暮らしを続け、趣味は洋ピン鑑賞と競馬。中山の家には最新のお気に入り洋ピン映画が仕入れてあり、佐野は彼女もいないから、しょっちゅう家にお邪魔しては洋ピンを見せてもらっている。

佐野はイラストを描いているが、それは「エゴン・シーレ」の影響を受けたような過激な抽象画であり、世界滅亡の瞬間を描いてはくしゃくしゃに丸めて捨てる。中山と同様、佐野もこれからの人生に行き詰まり、どうしようか悩んでいた。バイト先の店長はイヤな奴で「これから飲みに行こうぜ」と誘うのはいいが「僕、痔なんで」と断ると、下駄で素足をグリグリ踏みつけるイヤな野郎。

さっさとバイトなんか切り上げて洋ピン見てえ!そんな佐野が、美女の圭子と知り合い、バイト先の居酒屋と自宅と中山の洋ピン鑑賞ルーム、この三箇所に閉じこもっていた彼は、圭子の家を訪れた。圭子に渡した薔薇の花束はドライフラワーに変わっていて、ぬいぐるみがたくさん置かれていた「圭子ちゃん、可愛いなあ(*'▽')」

圭子は、佐野と中山をピクニックに誘った。佐野は「俺、いいとこ、知ってるぜ!」でも三人が訪れてみると、木枯らしが吹きすさぶ、枯れ木が生い茂る多摩丘陵の公園だった「ここが目的地なの?」中山も圭子も驚いた。佐野にとっては多摩丘陵で枯れ木を見るのがオシャレと思っていたが、そんな感覚は他の二人には毛頭なかった(笑)

小水の経営する「LOUIS」は佐野のお気に入りで、このバーでは、ルイアームストロングとかムーンライダースとか、オシャレな曲を一杯かけてくれる。どれも佐野のお気に入りだし、小水がセレクトしてきてくれるのだ。中山は、佐野と圭子がいい雰囲気と知り、しきりに「佐野、お前はもっと頑張れよ!」とはっぱをかけるが、

中山自身は競馬と洋ピンの趣味に閉じこもって、外には出ていかない。圭子は、佐野の部屋に入り浸るようになり、同棲カップルのようになってきた。佐野が愛読する「エゴンシーレ」の画集。その中には、大胆に股を広げる裸婦の肖像画もあり、圭子はそれを熱心に見入っていた。

ある日、中山の家でビールと飲む三人。圭子が何を思ったのか「告白、ターイム!」と叫び、誰も告白したがらないので、一番おしゃべりな中山が口火を切った「俺、小学生の時、とんでもないもの、見たんや。おかんが、父親でない、他の男と寝取ったんや」中山が言うには、父親は仕事仕事で母親をほったらかし、母親は浮気に走ったのだ。

これを聞いた圭子が、次は私とばかり口を開いた「私、19歳で妊娠したの。相手は他に婚約者がいて、堕ろしてくれって、10万円渡された。大学生だから、これしか用意できないって」佐野は、目の前が暗くなるほど、ショックだった。圭子にそんな過去があったなんて!

佐野の心の中に、木枯らしが吹き始めた。彼は再び心の扉を閉じた。イラストの仕事にも行き詰まった。もはや彼が描いているのは、エゴンシーレのような過激な抽象画ではない、穏やかな静物画ばかり書き溜めていたが、せっかく仕上がったイラストを、佐野は全部、黒く塗りつぶしてしまった。

佐野は一人で「LOUIS」で飲んでいた。給仕する小水の前に、大人のいい女が現れた。そして、少し挨拶すると去っていった。小水はかつて学生運動の闘士だったが、いまはバーを経営している。佐野は小水の人生にも出会いや別れがいろいろあったんだろうなあ、と思った。マスターの小水は口数が少なく、自分のことは決して語らなかった。

居酒屋でバイトを続ける佐野の店に、水商売風の女(五月マリア)がやってきて、誘惑した。佐野はマリアの家に行き、性欲に抗えず、一発やってしまう。ベッドの上で全裸で横たわるマリアは「私、そんな女じゃないのよ」(←じゃあ、どういう女なんだよw)佐野は女性経験が少なく、ぎこちなくマリアの身体を愛撫する。

マリアは佐野が勃起すると、さりげなく枕元から「漣」印のコンドームを渡した。BGMになり続ける、松山千春の「私を見つめて」「もう一度」「炎」佐野が好きだったのはルイアームストロングやムーンライダースだったのに、いざ女とヤルとなると、脳内をグルグル駆け巡るのはちーさまのフォークソングであった(笑)

圭子も「LOUIS」で一人で飲んだくれていた。客のニセ伴明が声をかけ、圭子は自室でニセ伴明とヤッた。翌日、「LOUIS」で飲んでいた佐野は、ニセ伴明が「あの女、締まりが良かったなあ。部屋にぬいぐるみとドライフラワーが置いてあってさ」佐野はニセ伴明の胸倉につかみかかり、割って入ったマスターの小水はニセ伴明を店から摘まみだし「お前に聴かせる音楽は無え!」

普段は無口な小水が佐野に優しく語り掛けた。「なあ、世界が変わったってよくいうけど、それは自分が変わったってことじゃないのかな」佐野はしょんぼりと家路についた。

佐野が部屋で「日本まんが昔話」を見ていたら、アニメが歌っている♪いいな、いいな、にんげんっていいな おいしいおやつに ほかほかごはん こどものかえりを まってるだろな ぼくもかえろ おうちへかえろ でんでんでんぐりがえって バイバイバイ♪

佐野は衝動的に夜の公園に行くと、夢中で砂をほじくり、顔を埋めてミミズのように泣いた。顔を泥だらけにして掘っていると、中からぬいぐるみが現れた。佐野は慌てて自宅に戻った。アパートの狭い廊下が、佐野の目の前で、ドン!ドン!ドン!と大きくなり、やがて圭子が目の前に現れた。

圭子は思いっきり勢いよく、佐野の胸に飛び込み、佐野も圭子をきつく抱きしめた。圭子の部屋には、ドライフラワーが綺麗に飾られていた。「LOUIS」の小水マスターは、いつものように無口で淡々と、カウンターに立っている。そしてエンディングテロップ。でんでんでんぐりがえって バイバイバイ!


ネオ書房さんに、高橋伴明?さんについて、佐野監督にご確認いただきました。ありがとうございます(^^)/

きのうは、ありがとうございました。先ほど佐野監督に確認取りました。
ガイラさんに階段から落とされる役の男性は、映画監督の高橋伴明監督とは同姓同名別人だそうです^ ^

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?